拠点
クラウンの家の使いだと名乗った綺麗な薄緑の髪をしたメイドは優雅に一礼すると二人を馬車へと案内した。
乗ってきた馬は別の使用人が城へ送り届けてくれるらしく、気にする必要は無いと言う。
馬車に揺られること三十分。
馬車から降りた二人がみたのは王城の役人にしては手狭な屋敷だった。
それでも広い事に代わりはないが。
先程のメイドと同じく薄緑の髪の執事とメイドが玄関口を開く。
そこに王城で見た時よりもラフな格好をしたクラウンがいた。
「ようこそ我が家へ。生憎人間は俺一人だがくつろいでくれ」
「じゃあさっきの人達は…」
アマリオが後ろを振り返ると玄関口はもう閉められていて、彼らの姿は見えなかった。
「あぁ、【風の精霊】だよ。魔法族に少しツテがあって、彼らの眷属の力を借りてるんだ」
魔法族というのは人族よりも魔法生物に近い人型の生命体の事で、彼らは眷属として様々な精霊を使役する事ができる。
クラウンはその「ツテ」から精霊を借りているらしかった。
珍しい事だが前例が無いわけでは無い。
「成程」
「さぁこっちへ。少し状況を整理しよう」
二人が城下町で胃を大分満たしてきた事を察しているらしくクラウンは真っ直ぐ自分の執務室だという部屋に案内した。
部屋にある大きなソファに腰を落ち着け、向き直る。
クラウンが指を一振するとその場にパッとティーセットが現れた。
「お手並み拝見といこうか。私は君の腕を手紙でしか知らないからね」
「…緊張しますが、是非」
苦笑したクラウンが今度は魔法を使わずに手ずから紅茶の準備をし始める。
「マールズと知り合いなんだとは思っていたが紅茶関係で?」
「いや、執事業全般でだな。当時は世話を焼きたい人が沢山いて…執事の技術を身に付けたくて仕方なかったんだ。だから王都の定例会議で君の父君が連れていたマールズ殿に教えを乞うた…手紙でね。返事が来るかは一か八かだったけどマールズ殿は子供の覚束無い怪しげな手紙を真面目に返してくれたというわけだ」
「そういう事だ。まさかあの手紙の相手が王都の役人だとは思わなかったがね」
マールズの言葉に何かを思い出す様な顔をしながらクラウンは準備の整ったカップに紅茶を注いでいく。
「それでもあの手紙をくれた事、感謝しています。おかげで俺は恩人の好みの紅茶を煎れられるようになったので」
「それは何より」
しばらく紅茶の芳しい香りと紅茶が注がれていく水音だけが部屋に響く。
やがて紅茶をいれ終わると、指打ちのひとつで茶菓子を出したクラウンは「どうぞ」と二人の前に紅茶を置いた。
彼の煎れた紅茶はマールズには及ばずとも美味で、失礼さを自覚しながらも驚く。
それを察したクラウンがおかしそうに笑いながらマールズの方にどうだと視線で聞いていた。
「ふむ…悪くは無い。多少粗が目立つが手紙のみの数度のやり取りでここまで上達した事は素晴らしい。私がここに居る間聞きたいことがあれば聞くといい」
「それは…ありがとうございます、嬉しいです」
一瞬目を見開いたクラウンは次の瞬間本当に嬉しそうに笑った。
しばらくの間雑談を楽しんだ三人はそろそろ、と本題に入る。
「先程二人が城下町に行ったあと、いくつかの事を確認してきた。王に意思があるのか、とそれから大臣の目的、君が呼ばれた意味…後半ふたつは俺の憶測も多分に含むが殆ど間違いないと思っていいはずだ」
「…初手から王に意思が無かったら本当に大問題では?」
片眉をあげてアマリオが訊ねるとクラウンは悪びれた素振りもなく頷いた。
「その通り。そして残念な事に王に意思は無い。というか王はもう居ない。居室に忍び込んでみたが、王の姿形そっくりの人形があった以外はもぬけの殻。人形の中に魔力の残滓があったから必要な時はそれで動かしてたんだと思う」
「ツッコミどころが凄い」
「一旦全部どうぞ?」
茶菓子のレモンケーキのクッキー部分にフォークをいれながらクラウンがアマリオに先を促す。
「王の居室に普通の役人が入り込めるものなのか?王の死亡を国民に伝えなくていいのか?」
「まぁその辺は俺にはツテがある、としか今は言えない。国民に公表するのも今はダメだな。何せ星が消えかけてる。そこに王が死んだなんて国が崩壊しかねない。今の所黒幕さんの思い通りにするしかないわけだ」
「星が消えかけてるって言うのはこの前の?」
無駄に緊張しても疲れるだけだと察したアマリオとマールズもケーキの出来に満足そうに笑うクラウンを見習ってフォークに手を伸ばした。
「そう。そして君が解決しろって言われたのもこれだ。隣国のスワンが信仰大国なのは知ってるな?うちの国はまだ信仰が緩いけど隣は一日一週間一月一年が全部信仰によって作られているような国だ。信仰の象徴の星が消えたりしたらうちが潰されかねない」
「何故そこで隣国からのヘイトがうちの国に向くんだ?」
その質問にクラウンは一瞬動きをとめ、話し出す。
「十年前、うちの国の守護者が…死んでから神の神託は止まった。うちの国だけじゃない。人族のうちを含めた三国の他に魔法族の三国でも同様に神託が止まっている。隣はうちの守護者が死んだのが原因だと言ってうちを潰せば神の神託が戻ってくると思っている、故に実は既に大分危うい状態なんだ。混乱を防ぐ為に出来るだけ隠してはいるが…それももう限界だ。そこに星が消えてその上王が死んだとなれば争いの引き金を引くのには充分だろう」
「…思っていたよりまずい、んだな」
飲み込んだ紅茶の苦味が目立つ。
「そうだな。そしてこの争いを起こすか起こさないかが君一人に託されていると言う訳だ。悪いニュースをもう一つ言うが、先程大臣が隣国に向けて君がこの事態を一年以内に解決する、と文書を出した。もう君に逃げ場はないという訳だ」
「…は?」
「嘘でも冗談でもない。本来ならしっかり訓練をしてからこの問題を解決する為に大人数の人員を割いてもおかしくは無い事態だ。…けど大臣は君に人手を割くつもりは殆どないだろうな」
「まさか、僕一人…いや、マールズと二人で…?」
事の大きさのあまりに視界が暗くなったような気すらした。
そんなアマリオの気を紛らわすように少し声を明るくしたクラウンが声をかける。
「忘れないでくれるか。俺も行く」
「それでも三人…知らないうちに巻き込まれて、知らないうちに二国分の戦争の重荷を背負って、その上原因の目処すら分からないものを一年以内に解決…?」
「…申し訳ないけどそうなるな。とはいえ星に関しては俺の方に少し考えがあるんだ」
「続けてくれ」
「スワンの向こう、魔法工学に秀でた完全実力主義の王国「クローク」に行こうと思う。というのも星に関する文献は近代のものから古代のものに渡るまで幅広くあるけどどの文献にも星の消失については載ってなくてな。うちの国では千年前に遡るのがやっとだった」
「…もしかしてクロークにならそれより前の資料がある?」
「その通り!」
「そうか、クロークは今では技術大国として名を馳せているが元は文献やその解読者の多さが目立つ国だったはず。もしかするとクロークには千年以上前の資料が複写か何かの状態で残ってる可能性がある…」
マールズの言葉にそうだと言わんばかりに頷いたクラウンは胸元のポケットから鉱石を加工して券の形にしたものを三つ取り出す。
それは飛龍、所謂ドラゴンを使った航空移動の手段の為の往復チケットで、一枚でかなりいい値段がした筈だ。
飛龍以外の手段となればどんなに急いでも十日はかかる。
そんな中時間はあまりにも有限で、少なくとも今は金銭で解決出来るのならするべきであると理解出来た。
「そういう訳で五日後のクローク行きの飛龍のチケットを三人分取ってきた。五日は準備や計画の話し合いに回そうと思うが、どうだろうか」
「それしかないだろうな。…よろしく頼む、クラウン」
「勿論。それに、俺にも俺の目的があるからな」
「…そっか」
じゃあ今日はもう寝ようか、とクラウンが言うと分かっていたように部屋の扉が開かれて先程のメイド達がマールズとアマリオを客室に案内していった。