観光
クラウンの部屋からメイドに王城の出口まで案内された二人は城下町に向かう。
とはいえ王城から城下町までは歩いていくには大分距離がある。
「ふむ…知り合いがいるから騎士舎の方に行って馬を借りよう。歩いていくには城下町は遠い」
「…マールズ、君何者なんだ?」
「はは!ただの騎士崩れの老耄だよ!」
笑って濁したマールズの後について歩く。
手入れの行き届いた庭園を抜けると広々とした訓練所が見えた。
端がギリギリ見えるほどに広い砂地の訓練所は丸く広く整えられていた。
訓練所の向こう側に経つ宿屋のような見た目の大きな建物が訓練生の宿舎らしい。
「馬舎は宿舎の裏にある。先に挨拶だけすませようか」
「うん」
マールズの先導で宿舎の前まで辿り着く。
ちょうどその時宿舎の扉が開いた。
「あれ、お客さん?誰か呼んでこようか?」
そういって人懐っこい笑顔を浮かべたのは短髪の緩いウェーブの淡い金髪の少女だ。
格好を見るに訓練兵なのだろうと分かる。
「あぁ。レイヴンはいるか?君の旧友が来たと言えば伝わると思うが」
「えっ!教官のご友人?嘘、あの人友達居たんだ…あ、ごめんなさい!すぐ呼んでくるね!」
素直な感想を言った少女は気まずそうに口を抑えて宿舎の奥に走っていく。
三分もしないうちに大きな足音を立てて、正面の階段を転がり落ちそうな勢いで白髪混じりの一人の大男が走ってきた。
「マールズ!この老耄、まだ生きてやがったのか!なんで文の一つも送らんのだお前は!」
大声で叫びそのままマールズの肩を掴んだかと思えば前後に激しくゆする。
特に気にした素振りもなくその手を外すとマールズは咳払いを一つして口を開いた。
「久しいな、レイヴン。三十年ぶりか?」
「お前、俺がどれだけ苦労したと思ってるんだ!クソ…この三十年何度お前の力があればと思った事か…」
「泣くな泣くな、泣き虫は治ってないのか?」
「うるせぇクソ野郎…」
大の本当に大の大人が鼻をすすりながら豪快に涙を拭うのを気まずい気持ちで眺めながらアマリオはマールズに問いかける。
「あー…マールズこちらの方は?」
「あぁ、こいつはレイヴン。騎士時代の私の後輩で共に戦場を掛けた戦友さ」
「そうだ。俺はレイヴン、この騎士舎の教官をしてる。このマールズとかいう馬鹿は第一部隊に入っていたのにも関わらず戦闘の混乱に乗じて離脱した上、今の今まで連絡してこなかった大馬鹿者だ」
恨みがましそうにそう言っているがアマリオはそれどころでは無い。
第一部隊と言えば王家直属の騎士部隊で国一番の実力者が集まる部隊だ。
只者ではないと思っていたが、まさかそれ程とは。
「離脱したんじゃない。川に流されて死にかけてたのを旦那様に助けて貰ってから騎士なんぞは辞めて執事をしてたんだ」
「…執事?執事?!!お前が?!第一部隊の隊長まで張っておいて一介の貴族の執事!!?」
執事の一言に飛び上がりそうなくらいに驚いて──実際少し飛び上がっていた──またレイヴンが叫ぶ。
よく叫ぶ人なのだろうか。
というかマールズは隊長だったのか、もう何が出てきても驚かないなとアマリオはマールズを横目で見ながら思った。
「全く煩い…そもそも騎士は向いてないとあの時から何度も言っているだろう。金銭目的で騎士になって騎士道についていけなくなった馬鹿だからな私は」
「金銭目的で入った癖に第一部隊の隊長になった天才だろうが!クソ、本当にお前は何をするか分からん…あぁすまんな坊主。お前さんは?」
「あー…えぇと。すみません少し驚いて…僕はアマリオ。マールズの…息子です」
「息子」
か細い声をあげたとうとうレイヴンは後ろ向きに倒れてしまった。
余程驚いたのだろう。
倒れたまま息子、息子?と繰り返している。
マールズと言えばアマリオが自分の息子と言ったことに嬉しそうにニコニコとするばかりだ。
「…お前…結婚式くらい呼べよ…」
「いやアマリオは養子だからな。私に妻はいないままだ」
「養子…そうか…養子…俺も養子にした息子がいるんだ…今は隣国で同期だった奥さんと商会をしてる…俺も息子に会いたい…」
涙腺が緩んでしまったのかまた泣き出しそうになっているレイヴンが床に倒れたままボソボソと呟く。
そろ、と戻ってきた先程の少女が化け物でも見たような顔で自分の教官を見ていた。
「自分…こんな教官見た事ないんですけど…教官、大丈夫ですか?ハンカチいります?」
「あぁ…」
「うわ素直。教官の新たな一面っすね!そういえばお二人とも何か用事があったのでは?」
薄手のハンカチをファサ、とレイヴンの顔の上にそっと乗せた少女はアマリオ達を振り返ってそう言う。
「あ、そうだった!馬を借りたくて…」
「あぁ!いいっすよ、二頭でいいですか?」
「構わない。レイヴンを騒がせてすまないね」
マールズが謝ると少女は勢いよく首を振り、満面の笑みを浮かべた。
「全然!教官が思ってたより親しみやすいのが分かって嬉しいっす!この人いっつもしかめっ面なんですもん。お酒も…」
「クレア、それ以上言うなら明日のお前の訓練メニューを変えるぞ」
「ゲェ!勘弁してください!じゃ、自分馬連れてくるんで!」
クレアと呼ばれた少女はアマリオの横をすり抜けて馬舎の方へ走っていった。
その後無事に二頭の馬を連れて戻ってきたクレアに礼を言い、レイヴン達と別れて二人は城下町へと向かった。
「それにしても驚いた。マールズは第一騎士隊長だったんだね」
「昔の話だ。さっきも言ったが私に騎士は向いてなかったんだよ」
執事は天職だった、と少し困ったように笑ってそう言うマールズにアマリオはそっか、と返すことしか出来なかった。
馬を十五分ほど走らせると城下町が見えてくる。
流石王都の城下町、その賑わいが遠目からでもよく分かった。
「アマリオ、小腹も空いた事だし下についたら馬を預けて何か食べよう。」
「いいね、肉がいいな。おすすめはある?」
「私のおすすめは流行遅れだと思うが…だが、食事屋台が並ぶ通りの端から三番目の店は美味かった。代替わりして味が変わってないといいがね」
「じゃあそこにしよう!楽しみだな」
そこからもう十分ほど馬を走らせ、城下町に辿り着いた二人は一時預かり用の馬舎に馬を預けて街へ繰り出す。
マールズの案内で食べ物屋台が並ぶ通りに辿り着いたアマリオの鼻腔に香辛料の効いた肉の焼ける香ばしい匂いや音、呼び込みの活気づいた声などが聞こえてくる。
肉に魚、パン、ご飯物に、スイーツ、フルーツ、飲み物。
とにかく食べ物と言われて思いつくものの大体がその通りにあった。
数々の誘惑を振り切り、端から三番目の屋台へ辿り着く。
少し古いの屋台の見た目をしたその店は随分繁盛しているようで短いながらも列が出来ていた。
どうやらマールズの記憶は確かだったらしい。
「はいよ!飛び豚の串焼き二本!熱いから気を付けてくれな!」
「どうも!」
飛び豚とは飛翔能力を持った豚形状の魔法生物のことで山の頂上付近など気温の低い場所に生息している。
肉の味は甘みが強くまたさっぱりとした脂でやみつきになると評判の豚だ。
そんな飛び豚が塩と少量の香辛料でカリッと焼かれた串の一本をマールズに渡し、すぐ近くの食事用スペースまでやってきた二人はまだ湯気を立てる串に同時にかぶりついた。
瞬間、アマリオの口の中にまだ熱い肉汁が溢れる。
火傷をしかけながらも咀嚼すると焼きたてならではの美味しさが口を楽しませた。
「うん、マールズの言った通り美味しい!」
「味も落ちてない。アマリオも気に入ったようで何よりだ」
口の中のものを飲み込んだ後に感想をそう延べればマールズは満足気に頷いて次の肉に取り掛かる。
黙々と串を食べ切った二人は残った串をゴミ箱に捨て、次は水分を…と求めて歩き出した。
充分通りを楽しんだ後に二人はギルドへ向かう。
アマリオもギルド職員証の他に一応ではあるが冒険者証を持っているのでなんの問題も無くギルドに入る事が出来た。
王都のギルドはアマリオの街のギルドよりも確かに広く、冒険者も活気づいている。
依頼書の内容を見に行くと、成程確かにマールズが言っていたように討伐依頼が多いアマリオのギルドと比べ、王都のギルドは難所に存在する素材収集の依頼が多い。
恐らく需要の差によるものだろうが、地域が違うだけでここまで明確に差が出るものなのかと思う。
「何か依頼をお探しですか?」
近寄ってきたギルド職員の青年がそう声をかけてきた。
「いえ、別のギルドに勤めているんですが王都のギルドに来るのは始めてで…僕の街の依頼とは依頼内容が結構違うんだなと思ってつい眺めてしまいました。すみません」
「全然!構いませんよ。そちらの方は?何か受けられますか?」
「すまんね。今日は彼の付き添いなんだ。この後用もあるからまたの機会にするよ」
「そうですか…」
マールズの答えに分かりやすく萎んだ顔をした青年はついでに肩まで落としてため息を着いた。
「何かお困り事でも?」
「あ、すみません…その、今日はというかここ最近依頼が多くて…少しでも減ってくれれば奥にまだ積み上がっている依頼書が出せるのにな、と」
「あぁ…分かりますよ僕の街も最近物凄く依頼が多くて。貼っているだけで腕が疲れてしまいますよね」
「そうなんですよ!っと…雑談ばかりしていては怒られてしまいます。すみませんほんと、今は昼下がりで人も少ないですしゆっくりご覧くださいね。もし聞きたいことがあれば受付にいるので何時でも僕にお声がけ下さい」
「ありがとうございます」
別の受付のサボるな、という視線を受けた青年は器用にアマリオと受付にペコペコと頭を下げながら戻って行く。
一通りギルドの中や依頼を確認した二人はギルドを後にし、クラウンの家の使いが二人を呼びにくるまで生活雑貨や武器、魔法具に魔法薬、服屋などじっくりと城下町を堪能するのであった。