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Tales of Stardust  作者: 碧月くらげ
3/5

虚偽

 その後、防音魔法を解く前にクラウンがアマリオを見て言った。

「そうだ、アマリオ殿。これからこの家を出た先俺とマールズ殿以外は基本的に信じてはいけません。よろしいですね」

「…はい」

「ご協力、どうもありがとうございます」

にっこりと微笑んだクラウンは今度こそ防音魔法を解き、外で待っていると告げ出ていく。

急いで必要なものだけ纏めようとアマリオが立ち上がる。

マジックボックスと呼ばれる基礎魔法の一つを使い、魔法空間に必要なものだけをぽんぽん投げ入れていく。

ものの十分で部屋は家具以外は綺麗に片付き、着替えを済ませ旅支度をしたアマリオは準備が整った。

「アマリオ。準備は出来たか?」

「マールズ!うん、大丈夫。」

「…アマリオ、私は君の旅に着いていく。それはかつての執事としての責任感ではなく私が今君の家族で、君の歩む道でこの老耄が少しでも力になりたいと思っているからだ…さっさと終わらせて家に帰ってじっくり休む事にしようじゃないか」

まだ背筋も真っ直ぐで現役の冒険者をこなせる程力があっても、この家に越してきた時よりも深くなった皺と白く染まった髪から老いというものはマールズにも等しく訪れるものなのだと理解する。

それが命の刻限を見せている事も。

家族の彼との別れが自分が思っていたよりも近くにあることも。

「…うん、分かった。早く終わらせて家に戻ってこよう!戻ってきたらマールズのケーキが食べたいな。紅茶は僕が煎れるから、作ってくれるよね?」

「あぁ、そうしよう」

マールズと共に外に出ると、冬になりかけの冷たい風が頬を刺していった。

暖かさの残る家は暫く空けることになるだろう。

ギルドの方はどうしようかと思っていたらクラウンからそちらは私共の方からご連絡しておきます、と先手を打たれた。

クラウンが連れてきていた部下は先程玄関で怒鳴っていた男を含めて全部で五人の少人数部隊だった。

急拵えというのは冗談ではなかったらしく、胸元にある所属を示すエンブレムはてんでバラバラ。

微かな不安を覚えつつ、アマリオは用意されていた馬車に乗り込んだ。

初日の道中は特に何がある訳でも無く順調に進んだ。

強いて言うなら座りっぱなしのせいで腰が死にかけた事くらいだろうか。

何故マールズが平気な顔をしているのか分からない。

本人に聞いても慣れですね、としか教えてくれなかった。

二日目の夜、馬車の扉が乱暴に叩かれてアマリオは飛び起きた。

「ど、どうした?!」

「星が…っ!」

尋常ではない様子のクラウンに驚いてアマリオは外へ飛び出す。

顔に絶望と言ってもいい様な色を浮かべたクラウンが冷や汗を滲ませながらアマリオの肩を掴んで、星が、と繰り返していた。

驚きながら空を見上げる。

そして、愕然とした。

空に満天に輝いていた星達が昨日と変わって雲が晴れた今、半分程に数を減らしていたのだ。

幸い夜を照らす一番の星は消えていないがその光も今チカチカと明滅している。

クラウンは空を見たまま、星が、とずっと呟いていた。

星はこの世界の信仰対象でもある。

星は神の御心そのものであると信じられているからだ。

この光景を見れば熱心な信者は失神してもおかしくはない。

だが、クラウンは熱心な信者という訳ではなさそうだった。

しかし今のクラウンのその様子は危機迫っていて、どこか異様だ。

神ではないとしたら、星そのものに何か大切な記憶があるのだろうか。

その後、電池が切れた様に黙りこくって一言も発しなくなったクラウンを連れ、三日程で王都に着いたアマリオはそのまま謁見室へと連れていかれる事となった。

せめて身支度をさせて欲しいと言ったが、案内についた女騎士にそれどころでは無いと一喝され、アマリオは泣く泣く旅装束のまま王族の前に出る事になってしまった。

流石に緊張する、と思いながら謁見室の扉の前で立ち止まる。

マールズは謁見室までは着いて来れないらしく、心配そうにする彼にどうにか笑顔を向けて、アマリオは謁見室へと踏み入った。

薄い布の向こうにいるらしい王の目の前まで進み、礼儀通りに跪く。

途端、アマリオの首に鋭い金属音と共に剣の鋒が突き付けられた。

頸動脈の上にピタリと当てられた剣に嫌な汗が背中を滑り落ちていく。

まさか最初からこんな風に敵意を向けられるとは思ってもいない。

「平民アマリオで間違いないな?」

王の隣に居た大臣らしき背の低い男が高圧的にアマリオに話しかける。

「…は、その通りにございます。」

「貴殿に神託が降った。消えた星を取り戻すのは貴殿だ。励むように」

端的に無理難題を押し付けられたのを理解し、反射的に口から疑問符が零れた。

「は…?」

「何かね?平民が何か文句でも?」

とても民を大切にしていると言われている王家の傍にいるとは思えない言葉にクラウンの「あの馬鹿」の意味をしみじみ理解した。

大臣の圧に合わせて首筋に当てられた剣が薄皮をぷつ、と切る。

微かな痛みを横目にアマリオは大臣の顔をはっきりと見て答えた。

本来は頭を更に下げて受けるべきだろうが、ここにいるのは「平民」のアマリオだ。

多少のマナー違反は許せる度量が無ければ大臣の方が後ろ指を指されることになるだろう。

「…いえ、謹んでお受け致します」

アマリオの答えを聞いた大臣はどこか不満気に鼻を鳴らし 退室を命じる。

アマリオはその後ただ一つのミスも犯さずに王の前から退いた。

アマリオの後ろで大臣が馬鹿にされた事に気付いて顔がどす黒くなるほど怒っていたがそれはアマリオの知ったことでは無い。


 退室後、アマリオはマールズと共にクラウンの元へ向かった。

自分の執務室で何かを調合していたクラウンが二人が入ってきた所を見て指で座って待っていてくれ、と指し示して自分は調合に戻る。

ふかふかのソファーに座り、クラウンを待つ間、ぐるりと部屋を見回すとそこは執務室というより研究室と言った方が正しい様相をしていた。

アマリオに調薬の専門知識は無いためその機材を何に使うのかだとか詳しい事は分からないが、アマリオが分かる素材だけでも普通に入手出来る訳ではない素材が見える範囲でもゴロゴロしている。

これは彼の趣味、なのだろうか。

ゴポゴポという沸騰音、ガラス瓶に抽出された薬液が落ちていく水音、たまにガラス同士がぶつかる軽い音が聞こえる。

暫くすると漸くクラウンがソファーの方へとやってきた。

彼の顔は初日と至って変わらないようにみえる。

てっきり深い隈があるだろうと思っていたのだが。

クラウンはまた部屋全体に防音魔法をかけ、アマリオ達の向かいのソファーに座った。

「お待たせしてすみません。謁見はどうでしたか?」

「…貴方の言っていた事がよく分かったよ」

「やはり大臣が出てきましたか」

「そうですね、あと、ほら。首筋に剣も当てられた。あれが王城での普通なんですか?」

アマリオが束ねていた髪をよけて首筋を見せるとそこには所々血の滲んだ一本線の傷がある。

マールズはアマリオの傷を見たままかたまって、持っていたカップの取手を握りつぶしていたし、クラウンはそれを見て深い溜息を三度つくと思い切り頭を下げた。

「……本当に申し訳ない。少し待っていてください、治癒薬を持ってきます」

クラウンは奥の戸棚から塗り薬形式の治癒薬をもってアマリオに渡す。

マールズにも零した紅茶を拭くように布巾を渡していた。

「そちらは丸ごと差し上げます。本当に申し訳ない…まさか謁見室で武装するなど…」

「武装しないのが常識なんですか?」

「えぇ。謁見室での武装は厳禁。魔法もあの場では一切使えないようになっています。王が襲撃されるのを出来るだけ防ぐ為ですね。あの場で武装出来るのは守護者のみ、という…筈なのですが…ね」

もう一度溜息をついたクラウンはぐ、と顔をあげアマリオを真っ直ぐ見つめて言った。

「大臣は何と?」

「消えた星を取り戻せと言われました」

「…大臣が?」

口元に運びかけた紅茶を止め、クラウンが真っ直ぐアマリオを見詰めている。

まるでアマリオの発言が嘘では無いのかと疑っているようだ。

「え、はい」

「大臣は…星を、いえ、星を信仰する宗教を大層疎ましく思っていましたから…そのシンボルを取り戻せなどと言うのはあまりにも不可解です」

「じゃあ、何故…」

「以前言っていた大臣の協力者の話を覚えていますか?」

クラウンの言葉にアマリオは数日前にクラウンに聞いた話を思い出した。

「あぁ、神託が受けられる立場の人間かもしれないっていう…」

「そうです。今まで確信が持てませんでしたが…黒幕は大臣ではなくそちらなのでしょう。となると貴方を利用したいのも星が必要なのも黒幕の方…アマリオ殿、国の未来の為に一つ協力して頂けますか?」

とっくに冷めた紅茶を一口飲み、クラウンの目を見てその目の真剣さを認めたアマリオは一息ついて少し微笑んだ。

嘘をついたり隠し事がある人間を見抜くのは得意だ。

ギルドと言う場所も嘘や隠し事が蔓延る場所であったので。

クラウンは何かを隠しているが、国の未来を憂いているのも助けたいというのも嘘ではない。

「…今更でしょう。良いですよ」

アマリオの返答にクラウンがほんの少し肩の力を抜くのが分かった。

こちらに伸ばされたクラウンの手を掴む。

「それでは、よろしくお願いしますね」

「ええ、勿論」


  アマリオとの協力を取り付けたクラウンは紅茶を飲み終えると立ち上がり、机の上に散らばっていた資料を整え始める。

ちらりと見えた内容は王都周辺の魔物の増減傾向のようだった。

「本日からは王城の客室に……いえ、俺の邸宅の客室を開けさせましょう。後程使用人をやって案内をさせますから、城下町の観光などで時間を潰して頂いても?」

少し考えたあとに言い直したクラウンは今度は執務用の椅子に座って書類を捌き始めた。

本当に忙しいらしい。

「えぇ、構いませんよ。…それから口調も崩して頂いて構いません。僕は平民で貴方は王城勤めの役人ですし」

「…では貴方も敬語は結構。城下町まではマールズ殿が詳しいから案内して貰うといい。王都のギルドは国一番の大きさだから見てみるのもいいかもしれない」

「そうだな。うちの街のギルドは王都の次に大きいギルドだが、王都のギルドはうちにくる依頼とはまた一味違った依頼がある。」

「へぇ…それは興味があるな。行ってみるよありがとうクラウン」

机から視線を上げたクラウンが笑う。

「あぁ、また後程会おう。アマリオ」

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