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Tales of Stardust  作者: 碧月くらげ
1/5

星屑物語

これは太陽と月の代わりに星が輝く世界、そこで起きたとある物語の話。





※作品の一部分にBL要素(ブロマンスに近いものであり、表現規制が入るような過度な接触等はありません)となるものが含まれます。

※こちらの物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません

ステラの大国の一つ、セルニ。

その国のとある街を管理する子爵家にある日一人の息子が産まれた。

その息子はアマリオと名付けられ、家族から、そして領民から大切に愛情深く育てられた。

父親譲りの金髪は良く実った小麦が輝くようで、瞳は母親譲りの深い青。

海の近いその街ではまるで朝日に揺れる海のようだと評判だった。

明るく活発でいて心優しい息子を両親や使用人達は溺愛しており、街の人々からみても彼らは仲睦まじい親子であった。

そんな家族に少年が5歳の頃鏡合わせのようにそっくりな双子の妹が生まれる。

父の澄んだ空色の瞳と母の優しいラベンダーの髪の色を受け継いだなんとも可愛らしい妹達だ。

少年はすぐにこの「ライラ」と「エリス」と名付けられた妹達の事が大好きになった。

妹達も父と母と兄の事が幼いながらに好きになったようで彼らの手に抱かれている時はなんとも幸せそうに笑う。

明日も明後日もその先もこんな幸せが続くのだとアマリオ達は信じてやまなかった。

 アマリオが六歳の頃、両親に王都からの呼び出しが掛かった。

貴族の定例会議の時期ともずれた呼び出しに両親は難色を示していた。

王都までは片道三日はかかる上、呼び出しの事情も濁されていてよく分からない。

しかし王家からの呼び出しに答えない訳にもいかず、両親は泣く泣く幼い息子達を残し、数人のメイドや従者達と共に王都へと向かう事になったのだった。

走り去る馬車から「すぐに帰ってくるから!」と手を振る両親をぐっと涙を堪えてアマリオは見送る。

本当は大泣きしてしまいたい気持ちだったのだが、横に立っている屋敷に残った乳母達の腕の中にいる妹達の泣き声を聞いていたら兄になった自分が泣く訳にはいかない、と思ったのだ。

両親はアマリオに一週間程で帰ってくると言っていた。

用事が済んだらすぐに飛んで戻るからと。

しかし待てども暮らせども両親は帰ってこない。

早く自分達を迎えに来てはくれないかと朝から晩まで門を見詰める日々が続き、そうしてもうじき一月が経とうとしていた。


 その日もアマリオがいつものように暗く夜になって見えなくなりかけた門を窓から見詰めていると後ろから声を掛けられた。


「アマリオ様、そろそろ夕食のお時間ですよ」


声をかけてきたのはアマリオの屋敷の使用人達を纏める執事長のマールズだった。

彼は初老の白と黒の混じる髪を後ろで細く纏めた実力者の執事で、アマリオからはじいやと呼ばれている。


「…じいや、明日は僕の誕生日だから…父様も母様も帰ってくるよね?きっと二人とも誕生日のプレゼントに迷ってるだけだよね。二人ともね、いつも僕よりあれがいいこれがいいって悩むんだ、だから…」

「えぇ、きっと帰られますよ。ですから今は、スープが冷めてしまう前に夕食を食べに行きましょうね」

「…うん」


沈んだ表情のアマリオの手を引いてマールズは歩き出す。

本当はあまり褒められた行為ではないのだが、アマリオが誰かと手を繋いだりハグをしたりする事を好む事を知っていたマールズは少しでもこの小さな子供の心の助けになればいいとその冷えきった手を握ったのだった。


 結局、その晩も次の日もその次も両親が帰ってくることは無かった。

あまりにも帰ってこない両親に寂しさと悲しさを募らせ、アマリオはもしかして自分は捨てられてしまったのかと思い始めていた。

そんな時、屋敷に向かって一台の黒い馬車が走って来ているのを見つけたアマリオはようやく両親が自分達の元へ帰ってきたのだ、といても立ってもいられず誰に声をかける訳でもなく屋敷を飛び出して馬車に向かって走った。

真っ黒な暗い色をした服を着た御者は知らない顔だったが、きっと早馬を雇って帰ってきたのだろう。


「母様と父様が帰ってきたんでしょう!母様、父様アマリオですよ!」

アマリオがその入口を叩きたい気持ちをなんとか抑えて馬車の扉の向こうに声を掛けるも返答は無い。

もしかしたら扉が随分分厚いのかもしれない。

いつもの両親ならきっと従者に止められるのも聞かず、馬車の扉を開けて「ただいま、遅くなってごめんね」とアマリオを抱き締めてくれるはずだ。

「貴方がご子息のアマリオ様ですか」

「そう、ですけど、あの、母様達が乗っているんですよね?早く帰る為に王都から早馬の馬車を借りて帰ってきたんでしょう?そうですよね?」 

「…いいえ」

「え…でも、でも、一週間で戻るって、もう二月も経つのに、」

「残念ですが、貴方様の母君方は…」

顔色の悪い御者は気まずそうに目を逸らしながら口を開く。

その先の言葉を聞きたくない。

しかし嫌な予感に硬く冷たくなった手足は、その場から逃げる事も耳を塞ぐことも出来ず、ただ無情に両親と気心の知れた従者達が死んだ、と言葉を紡ぐ御者の声を聞くしか無かった。

街の途中の崖から転落し、悪天候で捜索が難航した上に損壊が激しく遺体も連れて帰れなかった、と。

唯一の形見として見慣れた母親のロケットが呆然と御者を見上げるアマリオの手に落とされた。

手の中の酷く傷付いたロケットを見て何も言わないアマリオを見つけたマールズが駆け寄ってくる。

「王都の方ですな?失礼、お話は後で。

アマリオ様、お姿が見えずじいは心配致しましたよ…どうされたのです?」

「…父様と母様が…死んだ、って…」

「何をおっしゃいますか、そんな事…」

「でも、これ、母様のロケットだよ」

「…そんな、」

「…父様と母様はもう帰ってこないし、会えないし、お話も出来ないし、お別れなんでしょ…死んじゃうって、そういう事だって…」

母様言ってたよ、と涙も流せずに濁った瞳をした子供が言った。

寒くなり始めた気温に熱を奪われて氷のようになった小さな手を暖かいマールズの大きな手が包み込んだ。

俯いたアマリオに視線を合わせるためにしゃがみ込んだマールズがアマリオの手を温めながら優しく語りかける。

「…アマリオ様、ここは冷えます。屋敷に戻りましょう。アマリオ様の好きなホットミルクを入れて差し上げますから、そうだ、今日は蜂蜜もたっぷり入れましょうね。…じいはお傍におりますから、ミルクを飲んだら寝てしまいましょう、ね?」

手が暖かくなるにつれてじわじわと涙を滲ませたアマリオの頬に幾筋も涙が伝う。

容量を越えた悲しみが遅れて姿を現しているのだ。

「…うん…っ」

「よろしい。じいは御者の方と少しお話があります。アマリオ様は先に屋敷に入って寝る準備をしてください。

出来ますかな?」

「できる…」

「流石ですな。さ、行きなさい」

大粒の涙を零したままアマリオはようやく動くようになった足で走って屋敷に入っていった。

「…まだあのように幼い子供に両親の死をなんの配慮も無く伝えるとは。王都の御者というのも随分質が低いのですな」

「な、」

「無駄口は結構。

貴殿の仕事は私に主人の死とその詳細をを報告し渡すべきものを渡す事の筈。相手を違えるな。…それとも、アマリオ様のお心を乱す事が貴殿の目的か?」

「…いや、すまない」

「早急に仕事を済ませろ。アマリオ様をお待たせする訳にはいかん」

マールズの言葉に従った御者は淡々と当主夫婦と従者の死、その原因となるものの報告書を渡し僅かな遺留物と王都からの見舞金を馬車から下ろしマールズに預けた。

「…伝える事は以上だ。質問はあるか」

「従者も全員死んだ、とあるが…先に王都に向かっていた先発隊もか?」

主人達よりも前に経路の安全を確認する為の先発隊が出ていた筈なのだが、彼らも合わせて死んでしまったというのだ。

どちらかが、ならまだわかる。

しかし両者が一時間以上間を空けて同じ場所で事故死とは不審に思えと言っているようなものであった。 

「報告書によればその筈だ。俺は伝令役だから実際に見た訳じゃないから確かだとは言えんがな」

「…分かった。この報告書は誰が?」

「ちょっと待て、証印を見ればわかる…あぁ、王都の神官だな。最近は忙しいから城に手伝いで来ていたやつが纏めたんだろう」

「他部署の重要な文書を手伝いの神官が?」

「…大きい声じゃ言えないが、今城の方は大変なんだ。なんでも守護者が死んだとかでな」

「何?」

守護者とは各国に二人ずつ定められた剣と魔法それぞれの国一番の実力者達だ。

守護者は十年毎の神託で決まるが、今年はまだ神託の年ではない。

代わりになりそうな兵も育ちきっておらず、今新たな守護者になり得る存在は居ないだろう。

守護者の力は神からの祝福で人の域を越えたものであり、そんな守護者がいると言う事実が互いに抑止力となる為各国の間に大きな軋轢や侵略等が起きないようになっている。

そんな守護者が死んだ、となればこの国は荒れに荒れる事になるのが目に見えていた。

「…なんという…」

「これ以上詳しい事は言えねぇ。あんたも気を付けろよ。…あの坊ちゃんには…悪い事をしたと思ってる。すまなかった」

それだけ言い残した御者は逃げる様に来た道を戻って行った。

馬車を見送り、渡された報告書や遺留物を持って屋敷に戻るマールズは一つの事を決心していた。

屋敷に戻り、温めたミルクと蜂蜜を用意したマールズはアマリオの部屋へ向かう。

「アマリオ様、お待たせいたしました。ちゃんと着替えられておりますね。偉いですよ」

きちんとパジャマに着替え、ベッドの上で背中をクッションに預けて座っているアマリオがゆっくりとマールズの方を見た。

乱暴に擦ったのか随分目元が赤くなってしまっている。

「じいや…」

「このじいや、腕によりをかけてホットミルクを入れて参りました。さ、蜂蜜はどれくらい入れますかな?今日はアマリオ様のお好きなだけ入れましょう」

「…じいや、じい、…っ」

マールズを呼ぶ声が震え、下唇を強く噛み締めたアマリオの顔が歪む。

喉を引き攣らせて、目を抑え必死に泣かないようにしているのだ。

兄なのだから、と思っているのだろう。

「…そんな風に堪えずに泣いてしまいなさい。あなたはまだほんの小さな子供なのですから、大きな声で泣いたって癇癪を起こしたって我儘を言ったって誰も怒りはしませんよ。」

ミルクを置いて、抱きしめたマールズの腕の中でアマリオはようやく普通の子供みたいに声を上げて、父と母を失った悲しさを、虚しさを、辛さを吐き出すことが出来たのであった。

その後泣き疲れて眠ってしまったアマリオをベッドに寝かせ、マールズは使用人達を全て集め、事の次第を報告した。


 

  家や家財や資産があろうと幼い子供達だけでは生きていけない。

それにどんなに頭が良かろうと、六歳の子供が情報や心の読み合いが常の貴族の当主としてだなんてやって行ける訳がなかった。

当主を引き継げる歳でもなく、親族にもアマリオの家を継げるような都合のいい人間はいない。

そうなると家は没落、という形になるざるを得なかった。

両親の葬儀を終え、馴染みの使用人達はそれぞれの次の仕事場へと散っていった。

次の仕事先もマールズが手配してくれたらしい。

「アマリオ様、大丈夫ですか。お疲れでしょう、今日はこの辺りでお休みになられては…」

「ううん、大丈夫。まだやる事があるんでしょ」

両親の死を告げられた夜から数ヶ月経ち、げっそりとやつれたアマリオはあの後葬儀の喪主を務めあげ、土地や両親が進めていた契約に関する大量の書類をマールズから教えられながら捌いていた。

今や彼の無邪気さはどこにもない。

マールズをじいやと呼び甘えることも、両親を思って泣く事も無く、ただ今までの自分の幸福の欠片と別れを告げていた。

「…はい。まずはこの家や資産の管理をどうするか、そして妹のライラ様とエリス様、ご自身をどうなさるか。これらはアマリオ様の意向にお任せしなければなりません。

他の諸々は私で事足りますが、これだけは…」

「…わかった。マールズはどう思う?」

「…家と資産に関しては残して置いても管理費が嵩むだけですから、どうしても手元に残しておきたい物以外は売却してしまうのが手かと。

…それからアマリオ様達ですが…幼子だけで生きていくのは到底不可能でございます。勝手ながら養子縁組を組んで頂けそうな貴族の方に既に目星をつけてあります。そちらが良いかと」

必要書類にサインする手を止めないまま、アマリオは答える。

「うん。それでいいよ。ライラとイリスには父様と母様の形見から似合いそうなものを選んでおくからそれ以外は売ってしまって構わない。

養子縁組もマールズが選んだ所ならば問題無いだろう。一番あの子達が幸せに生きていけるところに頼むよ。家財を売ったお金の八割はあの子達に。残りは君に渡すよ。

父様が死んだと言うのに君を随分働かせてしまった。

僕、は養子縁組は必要無い。今更、他の誰かを父や母と呼べる気がしないんだ。教会にでも行って、どうにか生きていくよ」

サラサラと最後の署名を書き終えたアマリオはそう言ってペンを置いた。

「…そう仰ると思っておりました。アマリオ様もう一つ提案があるのですが…」

「うん、何かな」

「私めの養子になる気はありませんか。」

「………マールズの?」

「えぇ、今までのような暮らしは出来ませんが、市井での暮らしを教えて差し上げることは出来ます。金銭面も貴方様一人くらいならば問題ありません。…そうですね、正直に言えば、貴方様がどこかで震えているかもしれないと思うと、じいは心配で眠れなくなってしまいます。ですからどうか私を助けると思ってこの話に頷いてはくれませんか。」

「……君の迷惑にならないかな、僕は本当に何も知らないんだよ」

「そんな事はありませんとも」

暫くの間、アマリオは黙りこくって胸元に下げた母のロケットを眺めていた。

冷たい金属のロケットにアマリオの体温が移ってぬるくなる頃に、ようやくアマリオは顔をあげてマールズを見た。

「…じゃあ、この家を出たら敬語は禁止だ。家族になるんだから」

「えぇ、分かりました。ありがとうございます、アマリオ様」


 そうしてアマリオは妹達と家に別れを告げ、マールズと共に街外れの家に引っ越して行ったのであった。

アマリオが七歳の時の出来事である。

とは言え彼はまだ幸運であった。

街の人間の殆どはアマリオに対して優しくて、街外れの家も人々が好意で手直ししてくれたおかげで市民が暮らす家としては随分と綺麗だし、街外れの為に庭が広く井戸や畑もある。

マールズとアマリオの二人暮しには充分すぎる程の家であった。

その上養子にいった妹達へ匿名で年に一度だけ誕生日プレゼントを渡す事も許されている。

平民になったアマリオが保護者にきちんと認められた上で貴族の娘に贈り物が出来る機会があるだけで幸運だった。

そしてマールズは冒険者としても実力者で、彼が依頼をこなす傍らアマリオはギルドで見習い職員として働き始める事にした。

最初は慣れない労働だろうと見守っていたギルド職員もやがてアマリオの努力と実力を認め、アマリオは10の歳にして正式にギルド職員としての地位を手に入れたのである。


一次創作小説を書くのは初めてなのですが、できるだけ多くの方に楽しんで頂ければ幸いです。

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