表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陳思王軼事  作者: 仲秋しゃお
2/166

(二)是れを婦徳と謂う

「「北山(ほくざん)」か、だいぶ進んだもんだ。前に見に来たときはまだ「鹿鳴(ろくめい)」のさわりだった気がしたが」


 畏まって座る童女が(つくえ)の上に広げたままの木簡を覗きこみながら、徳儒は誰に問うでもなくのんびりと呟いた。


「伯女おまえ、励んでるなあ」


 呼びかけられたむすめは白い頬をはにかみの色に染めながら、先ほどにもまして大きな笑顔を浮かべた。


「学問は好きか」


「はい」


 童女は小さくうなずいた。


「叔母上から家事を教わるのと並んで、叔父上から学問を授けられるとなると忙しかないか」


「はい、でも」


「文字や経書(けいしょ)を習うほうが楽しいか」


「―――おさいほうのほうが、すきです」


 ひとつ間をおいてから童女は答えた。その空白のときに叔父の顔へためらいがちな視線を向けたことを察し、徳儒は生来表情に乏しい口元に淡い苦笑をにじませた。


 父母を相次いで失ったがために、この小さなむすめが早くも養い親の顔色を窺うことをおぼえてしまったというなら不憫というほかないが、いましがたの一瞥にこめられていたのはそんなものではなかった。


 「少しでも叔父上の意にかなうようになりたい」という、やや従順すぎるほどに従順で、かつ真剣な願望ばかりが、仔鹿を思わせる漆黒の瞳の奥にくっきりと映っているのだった。








「婦人の第一の務めはむろん機織りと針仕事ですがね、そう固く構えられずともいいんじゃありませんか」


 昨晩吹き荒れた北風のためか、いくらか積もりはじめた枯葉を踏み歩きながら、徳儒は横を歩く従兄に問いかけた。


 伯女には「我々が戻ってくるまでに今日習った詩を諳んじられるように」と言い置き、散策がてらふたり中庭に出たのである。


 季珪の家も墻の補修は半ば以上済んでいるらしく、眺めるでもなく左右を見渡すと、(ふる)い層に比べてどことなく明るさを残した土の肌が遠目にもよく映えた。


「嫁ぎ先でまで学をひけらかすようになったら、夫や義父母から疎まれてつらいめに遭うのはあれ自身だ。不用意に増長しそうな芽は早目に抑えておくに越したことはない」


「そりゃそうですが、最初はあれに女児のたしなみ程度の字を教えるだけのつもりだったのが、経書の講釈にまで手を伸ばされたのは兄さん自身じゃありませんか」


「それは、―――存外、呑み込みが早かったからだ」


「学ぶ楽しさを垣間見せておきながら、半端なとこで断ち切るってのは酷なことですよ」


「あれが書物を好むらしいのは知っている。

 が、女子の本分はむろんそんなところにはない。まして亡き兄上から委ねられたむすめなのだ。婦徳の何たるかは早いうちからよくよく分からせておかねばならん。

 ―――それでこそ、婚家で末永く大切にされるというものだ」


 口調のいかめしさは相変わらずだったが、結局のところ最後のひとことが季珪兄の真情なのであろう、と徳儒には問わずして分かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ