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陳思王軼事  作者: 仲秋しゃお
伉儷
143/166

(十七)夢想

 肉親としての欲目があるので、決して公平な見方でないことは分かっている。

 だがしかし、崔氏の目からみた従弟たちは、幼いころから叔父の期待にたがわず勉学に励み、実直に努力を重ねていると思う。


 十代の後半という弱年ながら、丞相府一の美丈夫と名高い父親に似て容貌は凛々しく挙措は正しく、その点では曹植にも好ましい印象を与えているといってよいだろう。


 惜しむらくは、際立った才能のきらめきを未だ見せていないということだが―――それでも、曹植のような圧倒的な学識と才能をもつ人間と、彼が認めた選りすぐりの友人たちの交遊の場に少しでも近づけるならば、ほかの同年代の若者に先んじて、多大な啓発を受けられるのではないだろうか。


 そうなれば、従弟たちも名実ともに臨菑(りんし)侯の側近くに仕えるにふさわしい青年になるのだ。

 そして、いずれは官僚として頭角を現し、志どおりの道を歩む―――


 そこまで思い描いたところで、崔氏はふと我に返った。


(わたしは一体何を、―――これこそ、叔父上が強く戒めてこられたことではないか)


 自分の目には従弟たちが健気に日々研鑽していると映るように、他家の若者たちもやはり真摯に身を慎んで学業に打ち込み、いつか登用され官庁に出仕できる日を夢見て努力しているはずだ。


 自分と曹植との婚姻を通じて、実家たる清河崔氏が天下第一の権門と結びついたことは否定できない事実である。

 だからといって、非正常な経路で恩恵にあずかるのは当然恥ずべきことだ。

 むろん、曹家が通婚しているさまざまな姻族を見渡せば、あるいは過去の史書をひもとけば、現実にはそういう事例は数多くあるが、叔父崔琰はそれを同族に許すことは決してないだろう。


(あの子たちが自分自身の実力で身を立てられないならば、それは仕方のないことなのだ)


 帳の向こうの楊脩の存在を意識から締め出せないまま、崔氏は自らにそう言い聞かせようとした。


(―――だけれど)


 自分が折を見て曹植に従弟たちの起用を懇願すれば、臨菑侯府の正式な属僚は無理としても、近従あたりには取り立ててくれるかもしれない。


 自分を姉と慕ってくれる彼らが曹植のすぐ近くに仕え、日々の喜び悲しみを自分とともにし、曹植からも実の弟のように目をかけてもらい、彼らの将来の選択肢を広げてもらう―――そのような夢想は甘美であったが、毅然と振り捨てなければならなかった。


 かつて、崔琰の養い子で崔氏にとっては義理の兄といえる公孫氏の男性を、曹植が援助する意向を示したとき、崔氏はひっそりと謝絶した。

 あのときと同じように―――いやむしろ、野心のない民間人の義兄と違って従弟たちは官界に入ることを志している以上、このような発想はいっそう強く否定しなければならない。


 崔氏は視線を上げ、帳越しに楊脩を見つめた。


「いいえ、従弟たちはそもそもまだ未熟ですし、―――いつか出仕の機会があるにしても、自分の才覚に相応の形でなければなりません。

 子建さまがそこに介入なさるようなことは、叔父も決して望んでおりません。

 ―――わたくしも、望んでおりません」


 最後のことばを真情らしく発することが―――心からの正直な思いとして発することができたかどうか、崔氏は自信がなかった。


 果たして、帳の向こうの楊脩はしばらく何も言わなかった。

 まるで、じっくり自問する時間を崔氏に与えようとするかのようであった。






 十分な間をおいてから、彼は口をひらいた。


「まことに、ご立派なお心がけでいらっしゃいます。

 列侯の夫人とはかくあるべきですな」


「もったいないお言葉です」


「が、公正を心がけるあまり、ご夫君のお立場を安泰にする機会をみすみす逃しておられる。そうではないでしょうか」


 崔氏は顔をあげた。


「どういう、意味でしょうか」


「もちろん、季珪どのがご自身の堅い信念のもとに、臨菑侯と距離を置く方針を貫かれるのは敬服すべきことです。

 ですが、季珪どのにとって愛女(まなむすめ)にひとしい貴女さまが懇切にお願い申し上げれば、少しずつお考え直しになることもありましょう。

 そもそも、姻戚同士が親しく行き来するのは礼にかなっております」


「それは、そのとおりですが―――」


「そしてまた、貴女さまが臨菑侯に日々ご助言なさることで、臨菑侯の平素のお振る舞いが叔父君の目にかなうものへと近づき、ひいては叔父君の支持を―――信頼をより厚く得られるようになる。

 そうではありませんか」


 崔氏は答えなかった。

 夫の友人が発した問いの意図がつかめなかった。


「―――先ほどの、子建さまのお立場が安泰でなくなるかもしれないというのは、どういう意味でおっしゃったのですか」


「お分かりになりませんか」


 楊脩はひとつ間を置いた。


「臨菑侯は、兄君から―――五官中郎将から、敵意をもたれておいでです」


「まさか、そんな」


「まことにご存じありませんか」


「そのようなお話を、子建さまから伺ったことは一度もございません」


「臨菑侯はそうでしょう。

 兄君への親愛を抑えきれないおかたであるのと同様に、兄君からの親愛を疑うことができるようなおかたではない」


「まさしく」


「ですが、兄君の側はそうではない。

 殊に、目下のような状況ではますますそうなります」


「目下の状況とは」


「ご兄弟の父君は―――丞相は、魏公の位を継がせる世子の候補として、臨菑侯を考えておられます」


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