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陳思王軼事  作者: 仲秋しゃお
伉儷
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(十四)対面のとき

 そうやって思いを巡らせているうちに、回廊を歩むふたりの姿がいよいよこの棟に近づいてきていた。

 楊脩は曹植より二歳年上にすぎないはずだが、こうして遠目に眺めると、その挙措の落ち着きといい歩の進め方といい、夫より十も二十も年上の成熟を感じさせた。


(あるいは単に、子建さまが年齢相応の落ち着きをそなえていらっしゃらないからかもしれない)


と思い至ると、崔氏は腕のなかのむすめに思わず微笑みかけたが、しかし曹植と相対するときの我が叔父の顔を思い出して、やや気持ちを引き締めざるを得なかった。


 彼女の育ての親である叔父崔琰と曹植とは姻戚になってもはや二年以上経つとはいえ、十分に打ち解けているとはいいがたい関係であった。

 正確には、曹植のほうは相手が誰であれ己を率直に表すことに躊躇がないが、彼の実質的な岳父たる崔琰のほうはどこまでも礼法を堅持しながら馴れあうことなく応対するのみである。


 曹植らがこの棟の入口に向かったのを確認して、崔氏は金瓠を抱いたまま夫婦の(ねや)を出て、隣の(へや)に入った。

 その後ろには乳母と数人の侍女が付き従う。


 房の中ほどにめぐらされた絹の(とばり)の後ろに崔氏らが座を占めたころ、ちょうど曹植と楊脩もこの房に入ってきた。

 曹植の賓客は普段はこの房どころかそもそも婦人用の区画に足を踏み入れない以上、ここは本来客室として使用する房ではないが、いまは座も卓も酒肴も不足なく調えられ、客室らしいしつらえがなされている。

 崔氏は乳母の腕の中に金瓠を委ね、居ずまいを改めて正した。


「待たせた」


 帳を隔てて妻に声をかける曹植は、いかにも上機嫌なようすであった。

 帳といえどごく薄手の織り物なので、互いの輪郭や表情はおおよそ分かるようになっている。


「子建さま、お帰りなされませ。―――楊主簿(しゅぼ)さま、ようこそおいでくださいました」


臨菑(りんし)侯夫人にご挨拶を申し上げます」


 ふたりが帳越しに拝礼を交わす時間は長くつづいた。

 崔氏としてはむろん、夫の親友に非礼を働いてはならないという思いからであるが、同時に彼の出自に対する畏敬の念が強く働いていたことも確かである。


 実際のところ、三年ほど前に崔氏が郷里の清河の地で初めて曹植に出会い、彼の身元を知ったときも、驚いたことには驚いたがこれほどの萎縮に全身が囚われたわけではない。


 それはひとつには、自分自身が緊張とは無縁で相手の緊張をも簡単に解きほぐすことができる曹植という個人の特質ゆえでもあるわけだが、それだけではなく、やはり彼らがそれぞれ属する家の声望に由来するものであった。


 崔氏は曹植に出会い彼をより深く知ってゆくなかで、彼の一族―――順帝・質帝の治世に権勢を握り、功罪いずれも数えられる宦官曹騰(そうとう)を興隆の祖とする(はい)国曹氏に対し、暗い感情を抱いた瞬間はなかった。

 生まれて初めて親族以外で愛するようになった人間が属する家門、という意味しか持たないはずであった。


 しかしその後、丞相の愛児たる曹植との婚姻が正式に成立したころ、実家である清河崔氏の族人はほぼ一門を挙げて歓喜に沸いたものの、ごく一部ながら、


「―――我が家も宦官の家と姻戚になるわけか」


とひっそり呟く声がないわけではなかったのである。

 その呟きは決して、崔氏の養い親である崔琰をよく思っていない族人が嫉みから発したというわけではない。


 むしろ、冀州府・丞相府官僚として抜擢され一族に栄誉をもたらしてくれた崔琰に深く感謝し、崔琰の側からも篤く敬意を払っているような、一族の年配者のなかでもとくに慎み深く清廉な人々から発せられたのであった。


 それを知ったとき、崔氏は、曹植のことを思うとつらい気持ちにはなったものの、


(そういう捉えかたは、やはり、あるだろう)


と、自分でもある程度納得してその発言をやり過ごしたことは否定できない。


 いくら曹植の父曹操はほぼ実力のみによって現在の圧倒的な地位を築きあげたとはいえ、彼や彼の父曹嵩(そうすう)が官界でもともと得ていた地位はやはり、かつての宮中における曹騰の存在感―――正負いずれの面ももつ政治への干渉―――と切り離すことはできない。

 曹植の代になってもなお「宦官の家」と呼称するのは、決して不当であるとはいえない。


 それに比べたとき、楊脩の一族―――弘農(こうのう)楊氏の家名の輝かしさは別格である。

 一族で初めて三公の地位に就いた楊震より後、楊脩の父楊彪に至るまで四世代の間、いずれの人物もその高潔な人品と官僚としての公正な働きぶりにより、天下の人々から広く崇敬を集めてきたことは論を俟たない。


 楊脩自身はまだ官階を昇り始めたばかりの、中堅と呼ぶにもなお若い二十代半ばであるから、父祖に並ぶほどの名声を築き得ているわけではむろんないが、朝野から―――とりわけ楊彪がつい先年まで重鎮を務めていた漢朝に仕える官僚たちから寄せられる期待は厚いのだと、曹植からも聞いている。


「もし徳祖どのが丞相府を去って天子のお膝元に戻られたら、簡単に会えなくなってしまう」


 夫がそのようにぼやくのを耳にしたのは一度や二度ではない。

 天子の膝元すなわち許都の朝廷へ戻る予定があるのかと崔氏が尋ねると、そんなことはないという。

 兆しすら芽生えていない事態を想像して不安になってしまうほど、夫はこの友人と離れがたいのだと、妻としては微笑ましい思いに落ち着いたものである。


 しかし楊脩という人物に初めて相対したいまは、そんなやわらいだ思いどころか緊張のほうがはるかに強かった。

 決して虚名ではない、至正で剛直な生きざまによって天下随一の名声を築くに至った一門の嫡子と面識を得るなどという機会は、清河にいたころなら考えもつかなかった。


 夫が同席する場であるとはいえ夫の友人と面識をもつこと自体は手放しで褒められたわざではないが、しかし相手が弘農楊氏の(すえ)ならば、鄴にいる叔父たちも清河の族人たちもこぞって名誉と考えてくれるのではないか。

 その思いに打たれていたのである。


 崔氏がその余韻から冷めやらぬうちに、曹植は帳のなかにいる乳母に命じて金瓠を彼らのほうまで連れてこさせ、自らむすめを腕に抱きあげると楊脩に示してみせた。

 帳のこちら側に留まっている崔氏の目にも、楊脩の物柔らかな表情がいっそう和らいだのが―――おそらくそうであろうことが、何となく判じられた。


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