09.かまいたち
「そんで、どうして俺たちを襲ったんだ?」
俺は大きな木の根に腰を下ろし、目の前で畏まって座っている三匹に問いかけた。セスは俺の頭の上にのっている。琥珀は木の上で枝に腰かけ、俺たちを見下ろしていた。
三匹の鎌鼬は完全に観念した様子で項垂れている。一匹がおずおずと声を上げた。
「この先に沢があるんですが、このまま進むと崖になっていて危ないのっす……」
「危ない???」
「はい。登山道から逸れてこちらへ入って来る人間がたまにいるっすが、崖から足を踏み外して沢に落ちたら大変なんで……その、引き返すように軽い怪我をさせて脅かしてるっす」
「…………」
山岳登山者見守り隊だ……。
俺は自分の腕へと目をやった。ウィンドブレーカーの袖は避け、皮膚が切れてはいるが痛みもなければ血も出ていない。さっきは傷に驚いたが大したことなさそうだ。
つ・ま・り――……いい奴らじゃないか!!
琥珀が胴体を握りつぶす前に解放させて良かった!
俺は改めて三匹を見た。
右端に座っている一匹が小さな壺を大事そうに抱えている。
「それ、なんだ?」
「薬壺っす……兄さんが作った傷に僕が薬を塗ってるっす。血止めと痛み止めの効果があるんで、深く切り過ぎても大丈夫っす」
すっげぇえええええ~っ!!!!
ゲームに出てくる凄腕ヒーラーもビックリだぞ! それで俺の傷は出血もなければ痛みも感じないのか!!
そっと傷口を撫でると、もうすでに傷が塞がり始めている。
「兄さんってことは、お前ら兄弟なのか?」
「はい」
真ん中に座っている少し大きめの一匹が頷いた。どうやら一番上の「兄ちゃん」ってとこか。
「俺はイー、こっちがアル、これはサン。俺が人を転ばせて、アルが切りつけ、サンが薬を塗るっす」
上から順に、イーアルサン……なるほど。
兄弟の連携プレイってとこだな。
木の枝に腰かけた琥珀の足が、俺の頭上でぷらぷら揺れている。
俺はチラリと見上げた。
花子さんが見かけたという「白い獣の妖」ってのは、どう考えてもこいつらだよな……。人違い……いや、妖怪違いか。
琥珀の表情が読めない。
何か考えているようだが……。
俺は三匹に向き直った。
「俺たち白い狐を探してるんだ。この山で『白い獣の妖』を見たって聞いて来たんだけど……お前らの他に白いヤツいないか?」
念のために確認してみる。
三匹は顔を見合わせた。それぞれ軽く首を傾げたりして考えてはいるようだが、思い当たらないらしい。やっぱり空振りか。
「申し訳ないっす……」
しょぼくれる三匹に、俺はちょっと慌てた。
「いやいや、謝らないでくれよ。知らないもんはしょうがないし、それに俺が沢に落ちずにすんだのはお前らのおかげだ。ありがとう!」
ニッと笑って見せると、三匹はちょっとホッとしたように体の力を抜いた。
『気に入らん』
「へ???」
俺の頭の上からセスの声が降って来る。
『俺の眷属を傷モンにしやがって、お前らただで済むと思うなよ』
三匹はビクッと大きく体を震わせ、兄のイーが弟たちを庇うように後ろに下がらせた。
「……ちょっと待て」
ツッコミどころが多すぎる。
そもそも俺は「眷属」じゃないし「傷モン」って言い方も引っかかる。それより何より、怯えてる奴らをさらに恫喝するような物言い……『気に入らない』のは俺の方だ。
俺はセスをムギュッと掴んでウィンドブレーカーのポケットに突っ込んだ。
『あっ! こら、何をするっ! 蒼太っ!』
くぐもったセスの声を無視し、俺は改めて三匹に笑顔を向ける。
「こいつのことは気にしなくていい。それより俺たち登山道に戻りたいんだけど、案内してくれるか?」
「分かったっす!」
三匹はぴょんっと飛び上がった。
イーが先導し、アルが足元の生い茂った草を適当に刈ってくれる。これはめちゃくちゃ歩きやすい! 俺のためにケモノ道を作ってくれてるようなもんだ。 サンは俺の腕の傷を気にしているのかチラチラ視線を寄越しつつ、俺の横を歩く。
琥珀は少し後ろをついてくる。白がいないと分かった以上、この山にはもう興味もないといった様子だ。
「う、わ……」
うっそうと茂った木々の合間から抜け出した瞬間、眩しさに目を細めた。
開けた場所に出たことに気づく。木漏れ日なんかじゃない降り注ぐ陽の光に、一気に現実に戻って来たような感覚で周りを見回した。
「あ、ここって山頂近くの休憩場所だよな」
そこはちょっとした広場のようになっていて、遠足で弁当を食べる定番スポットだった。他の登山客の姿はない。知ってる場所に出たことでホッとした俺は、ゆっくりと大きく息を吸って山の空気ってやつを味わった。見晴らしのいい場所に設置してあるベンチに腰をおろす。
「はぁ~、助かったよ……イー、アル、サン、ありがとう」
三匹に礼を言うと、遅れてきた琥珀が俺の隣に座った。
「休憩して弁当食ったら山を下りるか……。白が見つからなくて残念だったな」
俺は琥珀の頭にぽふっと手をのせた。
「見つかるまで付き合ってやるよ……約束する」
「バカめ、何度言ったら分かる。簡単に約束なんかするな」
「はいはい、『約束』ってのは呪縛なんだろ? ちゃんと守るから問題なし!」
話しながら背中のリュックを下ろして膝にのせ、行楽用ファミリーサイズの巨大な弁当箱を取り出す。
蓋を開けると腹がグゥと鳴った。弁当箱の蓋に唐揚げや玉子焼き、おにぎりもいくつかのせ、鎌鼬たちに差し出す。
「ほら、お前らのぶん」
「えっ!?」
三匹は小さな丸い目をさらに丸くさせた。
戸惑っているような三匹の前に、弁当箱の蓋を置いてやる。三匹は小さな手で唐揚げや玉子焼きを抱えるようにして食べ始めた。気に入ったのか、一心不乱にかぶりついている。
唐揚げは冷凍食品だが、玉子焼きは母さん直伝のネギとカニカマ入りだ……美味かろう!
「琥珀も腹減っただろ?」
弁当箱を差し出す。
琥珀は少し迷ってからおにぎりを一つ手に取った。具は入ってないシンプルなおにぎりだが、琥珀は海苔のところにかぶりついて金色の瞳をキラキラさせた。味付け海苔がお気に召したようだ。
優しい風が木の葉を揺らすのを眺めつつ弁当を食べる……完全な遠足だな。
平和だ……内心ちょっと苦笑し、俺は箸で玉子焼きを摘まんで琥珀の口に入れてやった。
俺もしっかり弁当を平らげてから、ゆっくりと水筒のお茶を飲んだ。
琥珀も鎌鼬たちも腹いっぱいのようで、それぞれのんびりと寛いでいる。
よし、みんな腹も膨れたし――……と思ったところで、ハッとウィンドブレーカーのポケットに目をやる。
忘れてた!!
俺は慌ててセスを引っ張り出した。
『なんの用だ?』
不機嫌丸出しの声。
さっき強引にポケットに突っ込んだのを、まだ拗ねてるのか。
「前から気にはなってたんだけど……セスって、何を食べるんだ?」
どう見ても消化器官があるとは思えない、口すらないのだ。腹が減るかどうかすら怪しい。しかし生きてる以上、何らかの形で栄養を摂取する必要があるんじゃないか?
セスは俺の手からふわりと浮かび上がった。俺の目の前でゆらゆらと漂う。
「セス?」
『俺の食事は月に一度だ。お前と会った時に喰ったから、しばらくは必要ない』
「???」
俺と、会った……時???
「ばーちゃんの骨董品屋で? セス、何か食べてたか?」
セスが? いつの間に? 何を??? 全く記憶にない。
『俺が喰うのは人間の寿命だ』
「……――は???」
『お前の寿命が俺への贄だ』
ちょっと、待て……。
俺の手から水筒が転がり落ちた。
聞いてないぞーーーーーーっ!!!!