04.妖狐
聞きなれた駅名のアナウンスがあり、ドアが開く。
俺は電車を降りた。
不思議な世界からようやく現実に戻って来たような感覚……。
悪い夢でも見ていたような気分で、俺は改札を通り過ぎた。
駅前のロータリーはバス停やタクシー乗り場に数人ずつ並んでいる。
家までゆっくり歩いても十五分というところだ。
さっさと家に帰って風呂につかりたい。
その時、視界の上の方に何か金色の物が映り込んだ。
ロータリーの真ん中……不思議な形のモニュメントの一番上に、子供が立っている。
「……――は???」
思わずマヌケな声が出てしまった。
その光景はあまりに現実味がなさ過ぎた。
金髪に白い着物……それはまるで、そう! どっかのゲームから飛び出してきたかのような姿だった。ケモ耳とたくさんの揺れる尻尾は見るからに本物ぽくて、コスプレ衣装じゃないのは明らかだが……。
俺はポカンと金色の子供を見上げたまま固まってしまう。
駅前の無機質なモニュメントの上の、あまりに場違いなその存在……気づいているのは、俺だけ?
他の誰も気にしている様子はない。
ふいに、子供が下を見た。
正確には、俺を見た。
俺は、がばっと視線を逸らして歩き出す。
見ちゃダメなやつを見てしまったのは、今日何回目だ?
「お前、見えてるだろう?」
上から振って来る言葉に反応することなく、俺はスタスタと大股で歩く。
全身から「なにも聞こえてませんよ~、見えてませんよ~」というオーラを放ちつつ、さり気なくスマホで時間を確認してみたりする。
しかし――……、
その子供は重力を感じさせない動きで、ふわりと俺の目の前に降り立った。
「うわっ! み、見えてないっ! 見えてないぞっ!」
「じゃあ誰と話してるんだ、お前……」
呆れたような子供のジト目に耐え切れず、俺は子供の横をすり抜けるようにして走り出した。
いや、逃げ出した。
「あ! こらっ! ちょっと待てっ!」
背後から聞こえる声は、遠ざかるどころか、ぴったりついて来る。
こ、こぇぇええええ~っ!!
しばらく走り続けたものの、俺はとうとう住宅街に入ったところで力尽きた。
ゼーゼーと肩で息をして膝に手をつく。
ゲームばっかしてないで、もうちょい運動して体力つけとけば良かった……。
「おい」
すぐ近くから呼びかけられ、俺は観念して顔を上げた。
汗だくでヘトヘトの俺とは違い、その子供は涼しい表情をしている。
「だーっ! もう、何なんだよ!? 言っとくけど、俺に憑りついたって何にもいい事ないからなっ!」
やけくそ気味に声を上げると、子供はスッと目を細め、俺を観察するように見た。
「聞きたいことがある。お前、『見える』んだろう? 白い狐を見なかったか?」
「……白い狐?」
「あぁ、見た目は俺とそっくりな……白い狐だ」
「えーっと……」
俺は改めて金色の子供を見た。
頭には大きなケモ耳がぴょこんと生え、ふんわり大きな尻尾が一、二、三、四……とにかくたくさん!
白い着物は平安時代の……狩衣みたいだが、歴史の教科書で見たやつよりずっとデコラティブだ。
うん、どこからどう見ても「狐」では……ない!
これは、アレだ……妖狐とかいうやつだ。
「見てない。知らない……悪いな」
もう俺に用はないだろう。
再び歩き出そうとしたその時、金色の子供が俺の服を掴んだ。
「だったら一緒に探せ」
「は? なんで俺がっ!?」
「最近は『見える』人間なんてほとんどいない。しかも話まで出来る奴に会ったのは二百年ぶりだ。眷属にしてやるから、一緒に白を探せ」
「……ちょっと待て。誰が、誰の、眷属だって?」
「お前が、俺の、眷属」
「…………」
俺は軽い眩暈に襲われそうになった。
ついさっき、全く同じやり取りをした記憶がある……デジャヴかよ!
『待てこら! こいつは俺の眷属なんだ、お前は引っ込んでろ!』
俺のポケットの中でもぞもぞと蠢きながら綿毛……セスが声を上げた。
妖狐は不思議そうに首を傾げて俺のポケットへと視線を落とす。
「お前、なにを連れている?」
「…………」
俺は無言でポケットからセスを取り出した。
妖狐は顔を近づけ、まじまじとセスを見つめる。
大きな金色の瞳がくるくると興味深そうに動く。
「これ、なんだ……?」
「ケセランパサラン」
俺の答えに、妖狐は怪訝な表情で問い返す。
「け、せ……???」
どうやら初めて見るらしい。
妖怪同士だからって、知り合いとは限らないもんな。
『こいつは俺の眷属だ。お前のものにはならん、諦めろ』
セスは妖狐の目の前をふわふわ漂いながら、やたらと上から目線で言い放った。
妖狐はムスッと頬を膨らませて、不満げに俺とセスを見比べた。
「なんだ、契約も交わしてないじゃないか……だったら俺が――……」
小さな子供の手が俺へと伸ばされた、その時……、
バッチーーーーンッ!!!!
白い火花が弾けた。
冬にお馴染みの静電気を大きくしたような衝撃。
「うわっ!」
俺はもんどりうって地面に尻もちをついた。
顔を上げると、白い電流のようなものがチリチリとセスの周りで光っている。
妖狐はたくさんの尻尾をピンと立たせて腰を低くし、構えている。
どう見ても戦闘態勢だ。
「こ、こらっ! お前ら、ちょっと待て! 喧嘩すんな!」
俺は慌てて起き上がり、セスを鷲掴みにして乱暴にポケットへと突っ込む。
『おいっ、勝手にしまうなっ!』
セスの怒声を無視して妖狐へとズカズカ歩み寄り、狐の耳をむぎゅっと掴んだ。
「なっ、なにをするっ! いたたただだだっ!」
涙目の妖狐を、俺はビシッと叱りつける。
「俺は誰の眷属でもねーから! 勝手に揉めるな!」
耳が弱点だったのか、俺の手が離れると妖狐は痛そうに耳に手をあててしゃがみ込んだ。
「う……うぅう……、……ぐすっ……」
「え!? な、泣くなよっ! 俺が苛めたみたいじゃないか!」
見た目は小さな子供だ。
泣かれたら、めちゃくちゃ心が痛む。
俺は小さくため息吐いた。
「しょうがないな……眷属にはなれないけど、その白い狐とやらは一緒に探してやるよ」
「本当かっ!?」
パッと顔を上げた妖狐は、嬉しそうに黄金の瞳をキラキラと輝かせた。
ぜんっぜん泣いてない……。
「お前、ウソ泣きかよ……」
そうだった、狐ってのは化かすんだ。
しかし妖狐からどこかホッとしたような空気を感じる。もしかしたら本当に困っていたのかも知れない……。
よく見れば、ぴくぴく動くケモ耳ももふもふの尻尾も、ちょっと可愛いような気がするぞ。
「俺は蒼太……お前、名前は?」
「狐だ。お狐様と呼んでいいぞ」
「それは名前じゃないだろ。……んー、名前がないと不便だよな」
俺は少し考えた。
「よし、金色だから『琥珀』って呼ぶことにしよう!」
安直だが、分かりやすくシンプルなのが一番だ!
「こはく? 琥珀か……分かった」
妖狐は何やら確認するように繰り返し呟き、頷いた。
やたらと偉そうな綿毛と、信用ならない狐――……。
初めて飼うペットとしてはかなり難易度高めの気もするが、これも成り行きというやつか。
「んじゃ、行くぞ……」
俺はケセランパサランと妖狐を連れて、夜の住宅街を歩き出した。




