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飼い主眷属ふわもふ事件帖  作者: みつなつ
綿毛と妖狐
2/16

02.黒い影

 俺の悲鳴に反応するように、黒い影の頭がゆっくりとこちらを向いた。


 目が合ったらダメなやつだ!


 直感した俺はとっさにガバッと横を向いて視線を外し、部屋から逃げ出そうとした。

 許せ、ばーちゃん! 今は置いて行く!!

 しかし何かに引っかけられたように足をすくわれ、俺は見事にすっころんだ。

 手から小箱が飛び出し、どこかへ転がっていく。


 慌てて振り返る。黒い影がゆっくりとこちらへ近づいていた。


 ズル……ズルル……、…ズル……、


 何かを引きずるような嫌な音に、鳥肌が立つ。


「ひぃいっ! こわい、怖い、コワイって!!」


 俺は涙目で叫びながら、畳に尻をついたまま必死で後退った。

 立って走って逃げたいのに、ガクガク震える足には全く力が入らない。


 背中が壁に当たった……。


 黒い影がどんどん迫って来る。


「こっち来んなっ!!」


 すぐ横にあったゴミ箱を引っつかみ、投げつける。

 黒い影に当たりはしたものの、謎の法則に従って弾き飛ばされた。

 ダメージ0のようだ……。

 

 ふと……指先に硬く冷たい感触……、さっき飛んでいった小箱だ。

 そう認識した瞬間――……、


『おい、さっさと俺を解放しろ!』


 頭に響く男の声。


「えっ!? な、なに……っ!?」


 迫る黒い影、頭に響く知らない声、……大混乱で思考停止のまま、俺はその小箱を掴んで影へと投げつけた。


「近寄るなってば!」


 小箱はゴミ箱と同じ運命をたどった。影に当たって勢いよく弾かれ、そのまま壁に激突する。

 ガシャッ!!

 磁器の割れる音がすると同時に、小箱の中から強烈な光が溢れ出した。


「えぇっ!? な、なななな何だっ!?」


 真っ白な光に溶けるように黒い影は消えてしまう。


 いったい何が起こってるんだ……?

 助かった、のか?


 ゆっくりと光が弱まっていく。

 俺は恐るおそる小箱の残骸へと近づいた。


『投げんじゃねぇ! こら!!』


「うわっ! ごめんなさい、ごめんなさいっ!!」


 俺は思わず飛び退いた。

 さっきは頭に直接響くような声だったが、今は小箱の残骸から聞こえてくる。

 薄暗い室内で、ゆっくりと目を凝らす。

 小箱の残骸の中に何か白いものが見える。


『おい、お前! こっちへ来い!』


「ひゃっ!」


 なんか分からんが、逆らったらダメな気がする。

 警戒しつつ近づいて見てみると、それは……野球ボールくらいの大きさの、白いふわふわした綿毛のような物だった。


 こ、これが……しゃべってる、のか?


 綿毛がふわりと浮かび上がったかと思うと、俺の鼻先でふわふわ浮遊しだす。


『俺の封印を解いたのはお前か……普通のガキじゃねぇか』


 綿毛は、俺の目の前をゆらゆら漂う。

 やたらと偉そうな物言いにムッとした俺は思わず、ふーーーーーっと息を吹きかけた。

 綿毛は俺の息に押され、ふわぁ~っと離れてゆく。


『こ、こらっ! 何をするっ! 助けてもらっておいて、恩知らずな人間めっ!』


「えっ!? お前がさっきの影をやっつけてくれたのか?」


『ふっ、あの程度の低級霊……俺の敵ではない!』


 俺の頭に「居丈高」という単語が浮かぶ。


「えーーーーーっと、お前って……妖怪か何か?」


 その時、背後で苦し気な呻き声が聞こえた。


「あっ! そうだ、ばーちゃんっ!!」


 俺は「居丈高」をいったん放っといて、ばーちゃんが横になっている布団へ駆け寄った。

 別に忘れてたわけじゃないぞ!


 肩を掴んで仰向けにし、顔を覗き込む。


「ばーちゃん、ばーちゃん大丈夫かっ!」


 俺の声にうっすらと目を開けたばーちゃんは、ちょっと辛そうに苦笑した。


「やだねぇ、怖い夢を見ちゃったよ。昼間の変な時間にウトウトしたからかねぇ……」


「…………」


 ふいにテレビの音が耳に入る。

 さっきまで砂嵐だったのに、今は普通にワイドショーをしている。

 重く冷たかった部屋の空気も、まるで重力が変わったように軽く感じる。


 さっきの黒い奴……あれが消えたから?


「蒼太? どうかした? あ、それ壊したのかい!?」


 割れて転がっている小箱に気づいたばーちゃんの責めるような言葉で、俺は慌てて小箱の方へと戻る。


「ごめんっ、ていうか……なんか変なのが入っててさ……」


「変なの? それは鍵が壊れてて中は確認してなかったんだよ。何が入ってたんだい?」


 俺は床に転がっている綿毛をそっと摘まみ上げ、手の平にのせて、ばーちゃんに見せる。


「…………これ、しゃべるんだけど」


「しゃべる???」


 ばーちゃんは俺の言葉の意味が分からないとでもいうように、目をパチクリさせて綿毛を見た。

 俺は右手にのせた綿毛を、左手の人差し指でツンツンつついた。


「ほら、もっかいしゃべってみ?」


『こら! 俺は見世物じゃないぞ!』


 男の怒声が響く。


「な? しゃべるだろ?」


 ばーちゃんは眉を寄せ、心配そうに綿毛と俺を見比べた。


「こんな埃の塊がしゃべるわけないじゃないか……蒼太、大丈夫かい?」


 あ、れ……? ばーちゃんには声が聞こえないのか?

 俺を見るばーちゃんの顔は、本気で心配している。


「ご、ごめんっ! 俺の気のせいかも……っ……」


『はははははっ、バカめ! 俺の封印を解いたお前にしか、この声は聞こえないのだ!』


 …………なんだろう、すっごいイラつく。

 俺は床に転がっていたゴミ箱を壁際に置きなおし、その中へ綿毛を放り込んだ。


『あぁっ! 待てまて! こら、捨てるな! さっきの悪霊が戻ってきたら、どうするんだ?』


 え……? やっつけてくれたわけじゃないのか? 追い払っただけ?


 俺はピタリと動きを止め、ごみ箱をまじまじと見つめた。ぴったり五秒考えてから、ゴミ箱から綿毛を取り出しポケットへ突っ込む。


 ばーちゃんが台所から新聞紙を取ってくる。割れて粉々になった小箱の欠片を新聞紙にまとめだした。


「蒼太、さっさと店の片づけを頼むよ」


「あ、あぁ……うん」


 俺は平静を装い店へと戻る。

 一人になると店の隅で壁の方を向き、大きく一つ深呼吸してポケットから綿毛を取り出した。


 まじまじ見つめる。

 やっぱり普通の綿毛だ……。


 ばーちゃんに聞こえないよう、俺は声をひそめた。


「おいっ、お前……何なんだ? 妖怪とか精霊とか、すぴりちゅある的な何かだよな?」


『れい』


「は? れいって……霊???」


『違う、バカモノが! 助けてもらったのに礼も言えんのか……これだから人間は』


「……ありがとう、ございました」


 俺一人の言動で人間全体の評価が下がるのは避けたい。俺は仕方なく丁寧に礼を言った。


「それで……あなた様はいったい、どういう御方で?」


『俺は人間ではない』


「……うん、それは見れば分かる。あっ! そういえば……俺、知ってるかも!」


 すぐには出て来ないが……なんか、そう! こういうの知ってるぞ!

 スマホを取り出し、『綿毛 妖怪』で検索をかける。

 一番最初に出てきた単語は――……、


「ケセランパサラン……?」


 スマホの画面に表示されている画像と、目の前の綿毛を見比べる。


『ふはははっ、ケセランパサランは世を忍ぶ仮の姿! その正体は――……!!』


 謎の声を遮るように、ばーちゃんの声が響いた。


「蒼太ー? サボってないで、しっかりやっておくれよ?」


「わゎっ! ご、ごめんっ!」


 俺は慌てて綿毛を引っ掴んでポケットに突っ込みながら、返事をする。


 悪霊を追い払った上に話まで出来るという謎生物だが、これといった害はなさそうだ。

 俺、前から犬か猫を飼いたかったんだよな……。

 可愛さではかなり落ちるが、話せるペットなんてそうそういないぞ。

 ふわふわの綿毛も、なかなかの触り心地だ。


 飼ってみても……いいかも知れない。


 俺はポケットを気にしながら、本格的に店の片付けに取りかかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 綿毛の妖怪、ケセランパサランッ! お婆ちゃんも無事で、よかったーッ! 思いっきりペット扱いしようとしてますが、果たしてこの綿毛くんの正体は……? |ωΦ)
[良い点] ケセランパサランじゃないんですね(´ω`)
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