14.首塚大明神
「間違ってんじゃないだろな……」
最寄り駅から歩き続けて一時間……、行き交う人もいない。
京都は京都だが、ここはどう見ても観光地じゃない。
田舎の山奥だ。
信号もない、車が一台通るのがやっとという道を歩きながら、俺はスマホを取り出して地図を確認した。
あってる。
セスは俺の頭の上……定位置におさまり、イー、アル、サンの三匹は肩にのったりショルダーバックに潜り込んだりして寛いでいる。いいご身分だな、お前ら……。
少し前を歩く琥珀の尻尾が揺れるのを眺めながら、俺はどんどん山道を進む。
それにしても、太陽の明るい光がさんさんと降り注いでいるのに、何故か暗い……。この空間の明度じたいが低いような、不思議な感覚だ。
琥珀が足を止める。
「琥珀どうした? って、え? ここっ!?」
木立の中……道の脇に突然小さな石造りの鳥居が現れた。
鳥居の横には石碑がたっていて、「首塚大明神」と書かれている。
ヒヤリ……と、冷たい空気が首を撫でた。
人目を避けるようにひっそりと佇むその鳥居からさらに山奥へと階段が続いている。
不用意に立ち入ってしまったら二度と帰ってこられないような、まるで異世界への入口のように感じ、俺は一瞬足がすくんでしまった。
「行くぞ」
チラリと俺を見た琥珀の一言に頷く。
「あぁ……」
ここまで来たんだ、怖いからって引き返せない。
俺は今まで出会った妖たちを思い浮かべた。
カラス天狗はヤな感じだったけど、八尺様や花子さん、イーアルサンも、不気味ではあるけど友好的だった。決して「不気味」は「危険」とイコールじゃないんだ。
俺は一つ深呼吸してから小さな鳥居をくぐり、階段を上り始めた。
いつの間にか鳥のさえずりが聞こえなくなり、うっそうと茂る木々の奥でコココ……カポカポ……と木琴を叩くような音が小さく響いている。音の方に目をやると、小さな光が揺れていた。
茶竹山に行った時にも見た、木霊ってやつだな。
メロディがあるわけでもないのに、どこか優しく柔らかく、不思議な音の連なりだ。
その音に誘われるように階段を上っていく。
「あった!」
さっきの鳥居を少し小さくしたような石造りの鳥居が見えた。
さらにその奥にももう一つ鳥居があり、古びた小さな祠があった。
鳥居をくぐればくぐるほど、入ってはいけない領域に進んでいくような感覚に襲われる。
「ここに酒呑童子が……?」
「こっちだ」
以前にも来たことがあるのか、琥珀は迷うことなく祠の脇にたつ大きな木へと近づいた。
落雷にでもあったのか、その幹は縦に大きくえぐれている。
木に近づこうとした俺の足が止まった。
木の根元に白い何かが居る!
丸くうずくまるようにしていた「それ」は、俺たちの気配に気づいたように顔を上げた。
目が合う。
「え? 女の子???」
白い着物に白い髪……大きな赤い瞳の幼女は不思議そうに俺と琥珀を見比べた。
しかしその幼女が人間じゃないのは明白。
なにしろ頭に大きな角が生えている!
琥珀が幼女に近づく。
「久しいな、星熊」
星熊と呼ばれた幼女はしっかり五秒琥珀を見つめ、ハッと思い出したように立ち上がった。
「金狐! わざわざ訪ねて来るなんて、どうした!?」
まるで仲良しの友人に久しぶりに会ったように星熊のテンションが高い。琥珀の手をぎゅっと握り、嬉しそうにぶんぶん上下に振りながら問いかけた。
親し気な星熊とクールな琥珀……温度差がすごい。
琥珀が言っていた酒呑童子の眷属の一人なのだろうが、実はけっこう仲良しなんじゃないか?
握られた手をさり気なく解きつつ琥珀が経緯を話す。
「ウィスキーをもらいに行ったらカラス天狗に追い返された……酒呑童子はどうしたんだ?」
「あ……」
星熊の顔がくもる。
「カラス天狗の奴ら、急にやってきて『此処は俺たちの縄張りにする』って言い出したんだ……。あ、立ち話もなんだから中に入ってくれ! 茶くらい出すぞ!」
解かれた手を握り直し、琥珀を木の窪みへ促そうとした星熊は、はた……と俺を見た。
「ところで、あの人間は何だ?」
琥珀と俺を見比べて問う星熊に、俺たちの声が重なる。
「眷属だ」
「飼い主だ」
◆◇◆◇◆◇◆
星熊に連れられ、琥珀は木の窪みへと入って行く。
まるで溶けるように、その姿がふっと消えた。
「えっ!? 待てよ琥珀、おいてくなっ」
俺も慌てて追いかける。
窪みに体を滑り込ませると同時に目の前が真っ暗になった。
突然闇に包まれ、前後左右の感覚を失くし焦って手を伸ばす。が、何も触れない。
木の幹に当たってもおかしくないのに、ここは木のうろじゃないのか?
少しずつ目が慣れてくると、前方にぼんやりと灯りが見えた。
すがるような気持ちで光の方へと進む。
灯りは小さな家の玄関灯だった。
おとぎ話にでも出てきそうな、ぬくもりを感じさせる木造の一軒家だ。
玄関の前に琥珀と星熊が立っている。
「遅いぞ、蒼太」
「悪い」
置いて行かれそうになって慌てて追いかけてきたのに、何故か叱られた。
ちょっと理不尽なものを感じていると、頭にのっていたセスがもぞもぞ蠢く。
「どうした? セス」
『こんなに簡単にこちら側へ来られるとは……驚いた』
「こちら側?」
俺たちの会話を遮るように、バンッと玄関扉が勢いよく開いた。
「戻ったか! しゅて――……っ、……」
家から出てきたその人……いや、角があるから鬼か……その鬼は、俺たちを見てあらからさまにガッカリという顔をした。
「なんだ、酒呑様じゃないのか……」
星熊が苦笑する。
「茨木様! ほら、金狐ですよ。覚えてるでしょう?」
茨木と呼ばれた鬼は、琥珀の顔をまじまじ見つめた。
記憶を手繰るように何度か目を瞬かせてから、軽く頷く。
「そうか……金狐か、うん……久しいな」
……きっと思い出してないぞ、こいつ。
その場にいた誰もが確信したが、誰も突っ込まなかった。
◆◇◆◇◆◇◆
「どうぞ……」
星熊がそれぞれの前に湯呑を置いていく。
俺たちは「THE茶の間」に通され、ちゃぶ台を囲むように座っている。
まるでノスタルジックな映画のセットみたいだ。
俺は改めて目の前に座っている茨木という鬼を観察した。
幼女の姿の星熊と違い、こちらはずいぶんと男前だ。見た感じ二十歳そこそこというところだが、こいつら妖の見た目年齢はあてにならないからな……。
ちゃぶ台の真ん中に積まれている茶菓子の山から、せんべいを取ってイーアルサンに渡してやる。三匹がぽりぽりパリパリと美味しそうな音をたてるのを横目に、琥珀がこれまでの説明を始めた。
白とはぐれ、俺たちと一緒に探していること、目的地である京都に来てみたこと……それらの話を、星熊はお茶をすすりながら興味深そうに聞いている。
一通り話を聞き負った星熊は、ゆっくりと茶をすすってから小さく息を吐いた。
「そっかぁ……金狐も大変だったんだねぇ……」
「俺は今は『琥珀』だ。蒼太からそう呼ばれている」
「……えぇっ???」
「……なんだって???」
星熊と茨木がそろって驚きの声をあげ、俺と琥珀を見比べた。
「金狐、名前もらっちゃったのっ!? この人間からっ!?」
「あぁ、そうだ……だから俺のことは琥珀と呼べ」
涼しい表情で答える琥珀に、二人は目をパチクリさせた。
茶竹山でも『名づけ』の話はでたが、名前を付けるってそんなに大変なことなのか?
俺は複雑な気分で茶をすすった。
これからはあんまり気軽に名前をつけるのはやめよう。
それに思いっきり今さらだが、もう少し気の利いた洒落た名前にしてやれば良かったかも知れない。そこもかなりの反省点だ。
「それで、白がこちらに来たかどうか分からないか?」
琥珀の問いに茨木は首を振った。
「白狐を見かけたという話は聞かないな……ウィスキー蒸留所に強引に突っ込んで、カラス天狗に捕まっている可能性もゼロではないだろうが……」
「えぇ……」
俺は思わず声をあげた。
そうか、言われてみればそういう可能性も……あのカラス天狗、不穏だったもんなぁ……。
縄張りを荒らす奴は容赦しない! ってオーラがすごかった。
琥珀は少し考えてから、ズズッと茶をすすり、茨木に問いかけた。
「ところで、酒呑童子はどうしたんだ?」