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13.酒呑童子

酒呑童子(しゅてんどうじ)だっけ? その友達のとこへ行ってるってことはないか?」


「トモダチ? いや、そういうんじゃ……ない」


 琥珀は「友達」という単語がピンとこなかったようだが、少し考えてから首を振った。カラス天狗の「追い払った」って言葉に怒ってたように見えたけど、仲良しじゃないのか……。


「とりあえず、今日はもう終了だ。泊まるとこ探して、動くのは明日の朝からにしよう!」


 蒸留所の最寄り駅周辺に泊まれるような場所はない。

 繁華街のある大きな駅まで電車で移動し、適当なネカフェへと落ち着いた。

 ラッキーなことに和室タイプの個室が空いていて、少々割高だったが迷わずそこに決めた。


「なんだここは……変わった宿だな」


 ようやく口を開いた琥珀に、俺は何故かホッとした。


「ネカフェって言うんだ。面白い本がいっぱいあるんだぞ」


 イー、アル、サンの三匹も珍しそうにキョロキョロしている。

 フリードリンクコーナーで俺がコーラを注ぐのを、琥珀は興味深そうに見つめてきた。

 料金は俺一人分しか払ってないが、琥珀は人間じゃないし見えない……ノーカン、だよな。

 心の中で言い訳して、罪悪感に蓋をする。


 俺は琥珀の分のコップを手に取った。


「飲みたいの、あるか?」


 琥珀は飲み物のパネルにじっくりと視線を辿らせた。

 吟味してるようだ。


「あの緑のは何だ?」


 琥珀が指差したのはメロンソーダだった。


「甘くてシュワシュワだぞ。飲んでみるか?」


 素直にコクンと頷く琥珀がちょっと可愛い。

 この見た目に騙されて、ついつい小さい子の面倒見てる気分にされちゃうんだよなぁ……。


 俺はメロンソーダを注ぎ、当然のようにソフトクリームをのせた。


「白いのは何だ?」


「へへっ、美味いぞー」


 ニシシと笑って、柄の長いスプーンとストローをそれぞれのコップに突っ込む。


「よし、行こう」


 部屋番号の案内を頼りに本棚の間を抜けるように進み、目についたマンガを3冊ほど取って脇に挟んだ。


「お、けっこう広い!」


 個室に入って荷物を降ろすと、ポケットからセスを取り出して畳に転がしてやる。

 イー、アル、サンも隅っこで丸くなった。


 スプーンで琥珀のコップのソフトクリームを掬って口に入れてやる。

 琥珀の狐耳がピンと立った。


 気に入ったようだ。


 スプーンを琥珀に渡し、俺もコーラで喉を潤してから畳に横になった。

 今日はさすがに疲れた、すぐに眠ってしまいそうだ。


 顔を上げると、琥珀がクリームソーダを幸せそうに飲んでいる。

 その横顔は無邪気にも見える……が、騙されるな。

 中身はのんべえのオッサンだぞ。


「琥珀、さっきの話だけど……酒呑童子ってやつ以外にこっちに知り合い、いないのか? 白が頼りそうな友達とか、行きそうな場所とか」


「……分からない」


 どこか遠くを見るように、琥珀の視線が揺れた。


「酒呑童子と仲良しじゃなくても、頼っていった可能性がゼロってわけじゃないだろ。他に心当たりもないなら、なおさらだ。もしかしたら白の情報だけでも、何か知ってるかも知れないし……酒呑童子に会ってみないか?」


「そうだな……」


 口端についたクリームをペロリと舐め、琥珀は頷いた。


「……酒呑童子って、どこに……住んでるんだ?」


 どんどん重くなる瞼……眠い。

 遠くなっていく琥珀の声が小さく耳に届いた。


首塚大明神(くびづかだいみょうじん)



 

◆◇◆◇◆◇◆



 

「うーーーん……」


 布団じゃなく畳で一晩ごろ寝したせいか、身体中あちこち痛いし強張ってる気がする。

 目を開くと、白いモノがもぞもぞしてるのが視界に入る。

 いつの間にかイー、アル、サンが俺に寄り添って寝ていた。

 エアコンが寒かったのかな……。

 畳に薬壺が転がっている……大事なもんじゃないのか?

 見れば、サンは薬壺の代わりにセスを抱えて寝ていた。


 ……抱き枕にされとる。


 俺はゆっくりと起き上がり、軽く腕と首をまわしてから伸びをした。


「起きたか……」


 琥珀の声に振り向くと……


「げっ!? 琥珀っ、お前……そのマンガっ!?」


 座っている琥珀の横にはマンガが高々と積み上げられている。かなりの数だ。


「ま、まさかと思うけど……一晩中、読んでたのか?」


「あぁ、部屋の外に並んでる棚から借りてきた。お前が言ってた通り、ここは面白い絵巻がいっぱいだな……『マンガ』と言ったか」


 マジか……徹夜で読むなんて、いったい何がそんなに気に入ったんだ?

 近づいて一冊手に取る。

 その表紙には、なんと狐耳に尻尾がはえた超絶イケメンが執事のような恰好で少女に跪いていた。

 積み上がっているのは、全てがこのシリーズのマンガだ。


「妖狐……の、マンガ? 面白かったか?」


 俺はものすごーく複雑な気分で問いかけた。


「あぁ、俺は『暗黒微笑』というのを覚えたぞ」


 得意気に笑う琥珀に、くらりと眩暈がした。




◆◇◆◇◆◇◆




 セスをポケットに突っ込み、鎌鼬たちと琥珀を連れてネカフェを出た。

 またしてもコンビニでパンやおにぎり、飲み物を買い、公園のベンチに座って食べる。

 学生の貧乏旅行なんだから仕方ない。


 琥珀に味付け海苔のおにぎりを買ってやろうと思ったが、残念ながら海老マヨもタラコも品切れだった。


 食べ終わって一息つき、昨夜の会話を思い出す。


「なぁ、琥珀……酒呑童子ってどこに居るって言ってたっけ? ナントカ大明神?」


「……首塚大明神」


 答えながらも琥珀はジト目で睨んでくる。


「お前、ちゃんと聞いてなかっただろう? 必ず首塚大明神に居るとは限らないって言ったはずだぞ」


「ははは、眠かったからな……悪い」


 琥珀はペットボトルのオレンジジュースを一口飲み、小さく息を吐いた。


「以前はウィスキー蒸留所を気に入って、ずっとあそこに居た。今も首塚に戻ってるとは限らない」


「じゃあ、行っても留守って可能性の方が高いのか……」


「酒呑童子は眷属も多い。留守番の者がいるだろうから、そいつに酒呑童子の居場所を聞けばいい……と、ここまで昨日話したぞ」


「……まったく覚えてない、ごめん」


 俺はスマホを取り出し、「首塚大明神」の場所を調べる。

 人気の観光地ってわけじゃないみたいだが、しっかり地図に載ってるぞ。


「は? マジで???」


 俺は自分の目を疑った。

 最寄駅は三つ、しかしどのルートを選んでも駅から徒歩一時間半以上と書かれている。


 俺は大きく一つ深呼吸し、スマホをポケットにしまった。

 腹をくくる。

 しっかりとスニーカーの紐を結び直した。


「よし、行くか……まずは電車移動だ」


 声をかけると、チョコクロワッサンを分け合って食べていたイー、アル、サンが元気にピョンッと飛び跳ねた。ポケットの中でセスがモソモソ動く。

 俺は琥珀を連れて公園を出ると、真っ直ぐに駅へ向かって歩き出した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まさかのネカフェでお泊りッ! みんな楽しんでるなー。しかし琥珀、飲兵衛でもクリームソーダは初めてだったか。あれ子どもの時に飲んで、私も衝撃的だったもんなぁ、美味しくて。 (о´∀`о)
[良い点] 酒呑の眷属、どんな人か楽しみです(∩´∀`)∩
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