12.カラス天狗
「な、なんだっ!?」
思わず身構えた俺の視界に白い三匹が飛び込んで来た。
「蒼太サーーーーンっ!!」
「えっ!? イー、アル、サンっ!? お前らこんなとこでどうしたんだっ!?」
三匹がじゃれるように俺の体に駆け上り、腕や頬にすり寄って来る。
「くっ、くすぐった……って、いや、お前らどうしたんだよっ!?」
愛玩動物のような可愛さに緩みそうになる頬を引き締めて問いかける。
イーがくるんっと身を翻し、スタッと地面に降り立った。
「お手伝いに来たっす! 蒼太サン、茶竹様に『白が見つかりますように』ってお願いしたっす。だから、少しでもお力になれるように手伝いに行けって、茶竹様が言ってくれたっす!」
「え……?」
俺、そんなお願い……した?
いや、した……したぞ!!
祠に手を合わせた時、思いつくままにそんなことを願った気がする。
「いや、あれはっ、本当に手伝ってもらおうとかじゃなくて、『おこづかい値上げしてもらえますように』とか『可愛い彼女ができますように』って初詣でお願いするくらいの軽い気持ちで……っ、……」
慌てて説明するが、三匹は嬉しそうにはしゃいでいる。
俺の肩にのったアルが、甘えるように頬を摺り寄せてきた。
「蒼太サンのおかげで茶竹様のお力もずいぶん復活したっす! 今度は俺たちが蒼太サンのお役にたてるように頑張るっす!」
大張り切りの三匹に、俺は説明途中だった口をパクパクさせた。
琥珀を見ると、その顔には「好きにしろ」と書いてあった。頭上のセスも黙っている。
俺は少し考えた。
数が多い方が手分けして探すこともできるかもしれない。この三匹が白を探す邪魔になるとも思えない。そして何より、こいつらは……可愛いっ!!
「分かった、頼む!」
改めて頭を下げると、三匹は嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねた。
◆◇◆◇◆◇◆
軽いハイキング気分で坂道を登りきったところに、蒸留所はあった。
茶色いレンガ造りの建物はあまり工場っぽくない。歴史的な趣すら感じさせる。
常夜灯のおかげで真っ暗じゃないが、人の気配もなく静まり返っている。
大きな門の脇には『蒸留所見学ツアー』の看板やパンフレットが並んでいた。
あー、製造工程の見学ができるのか……。
パンフレットを開いてさっと目を通す。
見学ツアーのための簡単な見取り図がのっていた。
敷地内に入って白がいないか探したいところだが、不法侵入で捕まりたくもない。
見学ツアーがあるなら、明日の昼間に堂々とツアーに参加してやろう。
俺はパンプレットをたたんでショルダーバッグにしまった。
顔を上げると、イー、アル、サンが物珍しそうにキョロキョロしながら中の様子を伺っている。
琥珀は狐耳をピクピクさせて建物の奥を探るように見つめていた。
「琥珀、いったん撤収だ。明日――……って、うわぁああっ!」
急にすごい羽音と共に突風に襲われ、俺は反射的に目を閉じて頭上のセスが飛ばされないように掴む。吹き飛ばされないようにと、鎌鼬たちが俺の服にしがみついた。
「何者だ?」
太く低い男の声で問いかけられ、視線を上げる。
門柱の上に誰か立っていた。
「えぇっ!? な、ななななっ! なにっ!? なんだっ!?」
驚きで素っ頓狂な声がでてしまった。
威嚇するようにギョロッと黒い瞳が俺たちを見下ろしている。
山伏のような服と大きな黒い羽――……こいつは、えーーーーっと……
琥珀が声をあげた。
「カラス天狗!」
そう! それだっ!!
俺の記憶にある『全日本妖怪大図鑑』のイラストとは似ても似つかないイケオジだが、山伏装束と黒い羽からして間違いない!
「ここは我々の縄張りだ。狐や鼬にうろつかれては、酒が獣臭くなる」
うっわ、感じ悪っ!! 自分だってカラスのくせにっ!!
イケオジ撤回、ただのオッサンだ!!
モーレツにムッとしたのが俺の顔に出てたのだろう、カラス天狗はバカにしたようにフンッと鼻で笑った。
「人間、お前は何だ? なぜ妖を連れている」
「何故って……それは、」
俺と琥珀、そしてセスの声が重なる。
「飼い主だから」
「眷属だから」
…………共通認識の確認が必要だ。
「五十年前に来た時は、お前らの縄張りじゃなかったぞ」
良く通る声で琥珀が反論する。
カラス天狗は胡散臭いものでも見るように琥珀をねめつけた。
「今は我々の縄張りだ」
ふいに琥珀の周りの空気が変わった気がした。
「ここにいた酒呑童子はどうした?」
黒く冷たい何かが琥珀の周りを漂っているような……その口から発せられる言葉も、やけに低い。琥珀の表情は見えない。
酒呑童子……どっかで聞いたことがある、気がする。有名妖怪だろうか。
琥珀の知り合いなのか?
「あぁ……アレか、我々が追い払った」
「追い払った? カラスごときが、鬼を?」
琥珀の声には感情がこもってないのに、めちゃくちゃ圧を感じる。
俺にしがみついていたイーとアル、サンが素早く地面に降り立ち、カラス天狗に向かって全身の毛を逆立たせた。
これって、どう見ても一触即発だよな。
もの凄い緊迫感……空気がピリピリと音をたててるようだ。
嫌な汗が滲む。
その時、雲の切れ間から月が顔を出した。
周囲が明るくなると同時に俺は息をのんだ。一気に血の気が引く。
カラス天狗は一人じゃなかった。
少し距離をとって、十人以上のカラス天狗が俺たちを取り囲んでいた。
琥珀がどれだけ強いか知らないが、いくらなんでもアッチの数が多すぎる!
カラス天狗も優勢だと確信しているのだろう、不敵な笑みを浮かべて俺たちを見下ろしている。
俺の頭の上から、セスがふわりと浮かび上がった。
チリチリと白い電流のようなものがセスの周りで光る。
それを見たカラス天狗の眉が上がった。
「ほぅ、面白いのをつれているな……それは何だ?」
「なにって、ケセラ――……」
「仕方ない……出直すとしよう」
俺の言葉を遮るように琥珀が声を上げ、くるりと踵を返してスタスタと歩き出す。
いきなりどうした?
さっきまで思いっきり出ていた「殺ってまうぞ!」オーラが嘘のように消えている。
「琥珀? おい、ちょっと待てって!」
俺はセスを掴んでポケットに突っ込み、慌てて追いかける。
イー、アル、サンは、周囲のカラス天狗たちを警戒しながら俺の足元をチョロチョロとついてくる。
背中に感じるカラス天狗の視線がピリピリ痛い。
なんとかその場から離れ、駅近くまで戻って来た俺はコンビニの灯りを見て一気に力が抜ける。俺は地面にへたり込んだ。
「はぁ~……なんだよ、あれ……怖いし、感じ悪いし、敵意むき出しだったよな……」
「それだけあそこの酒に価値があるってことだ」
琥珀の返事がどこか上の空みたいに感じて、俺は顔を上げた。
「あの様子だと、たとえ白がここに来たとしても蒸留所には入れないよな……」
琥珀は難しい表情で頷いた。