11.指切りげんまん
「うーん……」
残念ながら白の手がかりは完全に途切れてしまった。
イー、アル、サンと別れ、茶竹山から帰ると、俺はすぐに自分の部屋で地図を拡げた。
琥珀と一緒に眺める。
セスは出窓の陽だまりでゆるゆるふわふわ体を揺らしていた。
「琥珀、白が行きそうな場所……どっかないか?」
地図の上を琥珀の目線が動く。
「……分からない」
少し考えて琥珀は答えた。
心当たりなし、か……。いや、待てよ。
「はぐれたから先に家に帰ってるなんてこと、ないかな……お前らはどこに住んでたんだ?」
琥珀は地図から顔をあげて首を振る。
「この地図には載ってない。俺たちは遠野から京へ行く途中だった」
「遠野?」
「岩手と言ったら分かるか?」
「あー、岩手県か……京ってのは京都だよな。じゃあ、その道中ではぐれたってことか……」
ずいぶん遠くから来て遠くへ行くんだな……。
そこまで考えて、俺はちょっと引っかかった。
「あれ? 琥珀って八尺様と知り合いだったよな? 俺、てっきりこの辺のご近所さんだから知り合いなのかと思ってた」
俺の言葉に琥珀は不思議そうに目を瞬かせた。
「八尺は遠野にも京にもいる。花子もそうだ、日本中どこの小学校にも存在する」
「ん? 八尺様や花子さんが何人もいるってこと?」
今度は俺が目をパチクリさせた。
琥珀は何を今さらとでも言うように小さくため息を吐いた。
「あいつらみたいな有名どころになると、たくさんの人間が存在を認識している。あいつらはもう概念みたいな存在なんだ」
「概念……」
またしても哲学的な難しい話になってきたぞ……。
「八尺も花子も一人しかいない、しかし、いつでもどこにでも存在する……」
なるほど……だから全国で八尺様や花子さんの話があるわけか。
確かに、誰でも知ってるような有名妖怪が、こぞって俺の住んでる地域に集まってるなんておかしいもんな……。
ちょっと納得して俺は地図をたたんだ。
「琥珀や白はそういうんじゃないのか?」
「俺たちは違う、妖とひとくくりに言っても様々だ。たとえば、カラス天狗なんかは一匹じゃない。実際に何匹もいて派閥もあるようだ。鎌倉や京……棲んでる場所によってその性質もずいぶん違う」
「へぇ~……」
つまり「カラス天狗」ってのは固有名詞じゃなく、種族名みたいなものか。
そこまで考えて、ちょっと脱線してた思考を軌道修正する。
「はぐれちゃった白が、遠野に帰ってる可能性は?」
「ない」
確信でもあるのか、琥珀はきっぱりと否定した。
「じゃあ京都に行った可能性は? 目的地で会えることを期待して先に行ったってことは考えられないか?」
琥珀は考えを巡らせるようにほんの少し金の瞳を揺らした。
「…………ある、かもしれない」
「よし! んじゃ行ってみるか、京都!」
京都は修学旅行で今年の秋に行く予定だ。
一足先に行ってしまうのはちょっと残念な気もするが、それは仕方ない。
あくまで白の捜索が目的だ、観光地をまわるってわけじゃないしな……。
コクンと頷いた琥珀の頭に、俺はぽふんと手を置いた。
「早く見つかるといいな」
看護師の母親は今夜も夜勤。
妹の茜は仲良しの青木さんのところへ土日お泊りだし、俺は思いっきり自由がきく。
壁の時計を確認する。
もう夕方だが、すぐに出発して今夜中に移動すれば、明日の日曜は朝から一日京都を捜索できるな。
考えがまとまると、俺は机の引き出しから封筒を取り出した。ばーちゃんからもらった掃除のバイト代だ。半分ゲームに課金しちゃったが、残りで充分京都往復はできるだろう。幸い今月の小遣いもまだ手付かずだった。
上着を羽織り、出窓で揺れているセスへと手を伸ばした。
セスはうとうとしていたのか、俺に掴まれてビクッと揺れる。
『なんだ、どうした?』
「白を探しに京都へ行く。セスは留守番がいいか?」
『バカを言うな、行くに決まってるだろう』
「よし!」
俺はセスをポケットに突っ込み、軍資金を入れたショルダーバッグを肩にかけた。
準備万端で振り返ると、琥珀はなんとも微妙な表情をしている。
なかなか白が見つからなくて不安なのかな……。
「一緒に探してやるって言っただろ? 見つかるまで、ちゃんと付き合ってやるよ……約束だ」
俺はニカッと笑って琥珀に右手の小指を突き出した。
「お前はまた、そんな簡単に『約束』なんか……っ、……」
いつものお小言かと思ったが琥珀は言葉を切り、俺の顔と小指を見比べた。そして、やたらと神妙な表情でゆっくりと小指を絡ませる。
繋いだ指の小ささに驚きながら、俺は軽く手を揺らした。
「指切りげんまんだ!」
遠くからやってきて、旅の途中で白とはぐれて独りぼっちで……どんなに心細かっただろう。
飼い主として、しっかり面倒見てやる! 白も見つけてやるぞ!
俺は決意を新たに、もう一度琥珀にニカッと笑ってみせた。
◆◇◆◇◆◇◆
「京都っつーか大阪寄り……いや、大阪なんじゃないか?」
俺と琥珀は電車のシートに並んで座り、スマホに表示した地図を確認していた。
目的地として「この辺りだ」と琥珀が指差したのは、京都と大阪のちょうど境目辺りだった。
大阪かぁ……。
正直なところ遊びに行くなら、神社仏閣の京都よりUSJや海遊館のある大阪の方が心惹かれる。上品な出汁のきいた京都料理より、こてこてソースのお好み焼きの方が俺好みだ。
俺はスマホの地図を拡げてみた。
都市部から離れ、ずいぶんのどかな地域みたいだな。
やっぱりギリ大阪側のようだぞ。琥珀の感覚ではこの辺りも「京」に入るのかも知れないが……。
「ここに何しに行くんだ?」
琥珀は他の乗客には見えない。
独り言を言ってる変な奴だと思われないよう、俺は声をひそめて問いかけた。
「酒の調達だ」
「は? 酒???」
全く予想外の答えに、俺は思わず聞き返した。
琥珀は軽く身を乗り出してもう一度スマホの画面を指さす。
「ここで人間が美味い酒を造ってるんだ、それを少々もらいに行く」
俺はもう一度スマホの画面に目を落とした。
地図には、山の麓に超有名飲料メーカーのウィスキー蒸留所があった。
わざわざ岩手から、酒を調達しに!?
いや、その前に……日本酒じゃなく、ウィスキー!?!?
妖怪と言えば、大きな徳利に日本酒を入れてぶら下げてるイメージしかない。
「……ウィスキー、好きなのか?」
「あぁ、喉に流し込むと鼻にぬける濃厚で芳醇な香りがたまらん」
琥珀は金色の瞳をうっとりと細めた。
そうだ、こいつは酒だって飲める! 子供なんかじゃなかった! 妖狐なんだ、騙されるな! 可愛い子供の見た目をしてるが、中身はのんべえのオッサンだ!!
迷子を保護して世話してるような気になってた俺は、複雑な気分でスマホをポケットにしまった。
◆◇◆◇◆◇◆
ウイスキー蒸留所の最寄り駅に着いた時には、もうすっかり夜になっていた。
泊まるのはネカフェでもどこでもいいが、寝るにはまだ早い。今夜のうちに目的地の蒸留所を確認しとくか……。
とりあえず腹ごしらえだ。
駅前のコンビニで焼きそばパンと玉子サンド、シャケおにぎりとジュースを2本買い、蒸留所へ向かって歩きながら琥珀と分け合って食べた。
琥珀はおにぎりにかぶりつき、ちょっと残念そうな顔をする。狐耳も少し下がってしまった。
「甘くない……」
「あー、それは味付け海苔じゃないからな……」
俺は苦笑した。
茶竹山で食べた味付け海苔で巻いたおにぎりが、よっぽど気に入ったんだな。
可愛い奴め、また作ってやろう。
夜道は人とすれ違うこともない。
駅周辺の住宅街はすぐに途切れ、坂道は山へと続いていく。
「白の気配とか、なにか感じないか?」
くぴくぴ喉を鳴らしてオレンジジュースを飲んでいた琥珀は、ぷはっと一息ついてから首を振った。
「分からない……」
「うーん……、蒸留所まで行ってみるか。こんな時間だから閉まってるだろうけど、近くまで行けば白がいるかどうかくらいは分かるんじゃないかな」
歩きながら相談しているとポケットがもぞもぞ動いた。
「セス? どうした?」
『ずっと窮屈で肩が凝った、ちょっと出せ』
俺はふわふわの毛玉をポケットから取り出し、まじまじ見つめた。
どこが「肩」なんだ?
俺の手からふわりと浮かび、セスは頭の上にのってくる。
『うむ、やはりここが落ち着く』
満足気なセスの声が降って来る。
乗り物にでもされてる気分で、ちょっと複雑だ。
「落っこちるなよ」
セスに声をかけ、俺は再び歩き出した。
道はどんどん急になり、家々の灯りは遠く、山の中へと入って行くような感覚。
しっかり舗装された広い道だから間違ってはいないだろうが……と思った、ちょうどその時――……
視界の端を白い何かがすごいスピードで横切った。
「――……っ!?」