10.山神様
「ウッソだろ……寿命って、マジで!?」
知らない間に寿命が食われてるとか、どんなホラーだっ!!
一気に血の気が引いた俺は、両手でガシッとセスを掴んだ。
『な、なんだっ!?』
「その話、詳しく聞かせてもらおうじゃないかっ!」
俺の剣幕に琥珀も鎌鼬たちも呆気に取られている。
『喰われて困るなら大事にしまっとけ』
「しまっとるわ! いや待て! しまった覚えはねーけど、んなもん勝手に食うなよ!」
『…………』
黙り込んでしまったセスに俺は詰め寄った。
「どれくらい食ったんだ? 怒らないから正直に言ってみろ」
「もう怒ってるじゃないか」
冷静な琥珀のツッコミを無視し、犯人を懐柔する刑事のごとく優しくセスに問い直す。
「セス~、俺の寿命……どれくらい減ったんだ?」
返答によっては、俺はセスを踏みつぶして土に埋めてから下山する!
『……一度に喰うのは一秒だ』
「は? いち、びょう???」
拍子抜けだ。月に一度、一秒……ってことは、一年で十二秒。十年で……二分?
そ、それくらいなら……いい、かな。いや、いいのか? 俺……。
いくら短いとは言っても寿命は寿命だ。
しかし許容範囲のような気もする。
むむむ……と、きっちり五秒考え、俺はセスを解放した。
「まぁ……月に一秒なら、いい」
◆◇◆◇◆◇◆
綺麗に空になった弁当箱をリュックにしまった俺は、上を見上げた。
木の枝に腰かけた琥珀は足をぶらつかせながら、物思いに耽るようにどこか遠くを眺めている。
白の手がかり、途絶えちゃったもんな……。
「おーい、琥珀。そろそろ帰ろう」
琥珀は重力を感じさせない身軽さでふわりと俺の目の前に降り立った。セスはウィンドブレーカーのポケットにしっかりと収まっている。
イー、アル、サンの三匹が何か言いたげに顔を見合わせた。
「どうした?」
訊ねると、イーがおずおずと俺の前に進み出た。
「蒼太サン、帰る前に一つだけお願いを聞いて欲しいっす」
「お願い? 俺に?」
イーはコクンと頷き、意を決したように真っ直ぐに俺を見上げた。
「祠を見つけて欲しいっす!」
「祠? なんで……祠?」
「山神の茶竹様の祠が、人間から忘れられて朽ちてしまいそうになってるっす」
説明するイーの後ろで、アルとサンが悲し気に項垂れた。
琥珀が説明を付け足す。
「神が存在するには人間からの『認識』が必要だ。人間に忘れ去れた神は消えてしまう。蒼太が祠を見つけることで、その神は存在し続けることが出来るんだ」
「難しい話だなぁ、哲学ぽい……とにかく、その祠を俺が見つければOKってことだよな!」
俺はリュックを背負い、靴ひもをしっかり締め直した。やる気になった俺に、三匹は嬉しそうにピョンッと飛び上がった。
「こっちの登山道を使って下山して欲しいっす、そうしたら途中で祠を見つけられるっす!」
イーが指し示した方の登山道はあまり使われていないようだった。学校の遠足で良く使われているのとは違う、まるでケモノ道のようだ。
ちょっと足元悪くて歩きにくそうだが、ちゃんと下山できるなら構わない。
俺が歩き出すと、琥珀が少し遅れてついてくる。
先ほどと同様にイーが先導し、アルが足元の生い茂った草を適当に刈ってくれる。
「祠って、見つけにくい状態になってるのか?」
俺の足元を歩くサンに問いかけると、ひょいっと俺の肩にのってきた。
耳元で説明してくれる。
「昔、こちらの登山道が良く使われていた頃は、人間が通るたびに供え物や手を合わせたりしてたっす。でも最近は人間が通らなくなって、祠も草木に覆われて分かりにくくなってるっす」
「そっか……」
俺は祠を見逃さないように周囲に気を配りながら慎重に下り坂を降りていく。サンも俺の肩にのったまま、辺りを見回しながら説明を続ける。
「茶竹様は俺たちに名前をくれた御方っす。ここ数十年、こっちの登山道が使われなくなってから祠は人の目に触れることもなく……茶竹様は力を失って、俺たちの力も弱まってきてるっす」
「なんで茶竹様が力を失うと、お前らも弱るんだ?」
サンは不思議そうに小さな黒い瞳を瞬かせた。
「そりゃ、茶竹様は俺たちの『名づけ主』だからっす……」
何を今さら、とでも言うようにサンは言う。けど、俺にはさっぱり分からない。
「名づけ主って?」
後ろから琥珀の小さなため息が聞こえ、呆れたような声が続く。
「蒼太は本当に何も知らないな……『名づけ』とは、人間でいう親子のような強く深い絆を結ぶという一種の『契約』だ。場合によっては、力を共有することもある。だから、力の強いモノが弱いモノに名づけをすることで、そいつらに力を分け与えてやることも出来るんだ」
「へぇ~……って、ちょっと待て! 俺、琥珀とセスに名前つけちゃったぞ!?」
思わず足を止めて振り向き、俺は琥珀を見た。
琥珀はちょっと不機嫌そうに目を細める。
「勘違いするなよ、俺はお前から力を分け与えてもらう必要なんかない。セスもだ」
「は、ははは……そうだよな! そもそも俺はなんの力も持ってないしな!」
俺は明るく笑い飛ばした。
ペットに名前をつけるような軽い気持ちだったが、実はかなり重要な意味があったっぽい。
まぁ、考えてみればペットだって家族の一員だよな。
親子のような絆だと? 上等だ!
「絆とやらを結んじゃったってのは間違いないんだろ? 飼い主として、しっかり面倒見てやるからな!」
俺はニッと笑って琥珀の頭にぽふんと手をのせた。
琥珀は何か言いたそうに口を開きかけ、そのまま目を逸らす。ちょっと照れくさそうだ。
俺は再び歩き出した。
しばらく進むとケモノ道の脇に小さな祠を見つけることができた。
サンが言ってたとおり草木に埋もれている。敢えて探そうと思ってなければ見落としてしまいそうなくらいに存在感がない。
「これだよな?」
確認するとイーがコクコク頷く。
古ぼけた祠に手を合わせてから屋根の上に溜まっていた落ち葉を払い落とし、祠の周りの草を引き抜く。小さな祠ということもあり、五分もかからなかった。
「よし!」
俺は祠の前にしゃがみ、お供え物にできるような何か……と考えて、ポケットからクリーミーメロンソーダチョコを取り出して祠の前に置く。最後の一個だ。
手を合わせて目を閉じる。願い事は――……そうだな、
「早く白が見つかりますように!」
目を開くと、チョコの横に小さな爺さんが立っているのが見えた。
俺の人差し指くらいの大きさだ。
爺さんは紺色の作務衣に小さな麦わら帽子をかぶっていて、まるでぶらりと夕涼みにでも出てきたような雰囲気だった。
不思議そうに俺が供えたチョコを眺めていた爺さんは、こちらを向いてにっこりと笑ってから空気に溶けるように消えた。
「……え? えぇっ!? まさか今のが茶竹様っ!?」
思わず声を上げて地面に尻をついた。
イー、アル、サンの三匹が嬉しそうに祠と俺の周りを飛び跳ねる。
「蒼太サン、ありがとうっす! これで数十年は茶竹様お元気ですっ!!」
「えっ!? 俺一人が参っただけで、数十年もっ!?」
それにしても、初めて神様を見てしまった――……。
正直、あまり威厳とか感じなかったが……優しい笑顔が心にふわりと火を灯してくれるような、不思議な感覚だった。
これからも、たまに……掃除に来てもいいかもしれない。
なんとなく、そう思った。
俺は立ち上がり、尻に付いた土を払い落とす。
改めて祠に軽く頭を下げてから、俺は再び登山道を下り出した。