01.骨董品屋(挿絵あり)
その店は、小学生の頃の記憶とずいぶん違っていた。
古ぼけた看板、飾りガラスのはめ込まれた木の扉、そして店の前に置かれた小さな植木鉢の植物も、なんだか元気がない。
全体的に「くたびれた」という表現がぴったりだ。
俺はちょっと複雑な気分で看板を確認した。
文字は消えかけているが「骨董品ゆかり」と、かろうじて読める。
やっぱり間違いない、ばーちゃんの店だ。
小学生の頃に遊びに来た時は、古い店構えがミステリアスに感じてワクワクしたし、見たこともない謎の宝物がたくさん並び、小学生男子の心をくすぐるロマン溢れる店だった。
それなのに、高校生になった今では全く魅力を感じない。まったく違う店のようだ。……時間というのは恐ろしく残酷だな。
「おじゃましまーす。ばーちゃん、いるー?」
きしむ木の扉を開けながら、俺は薄暗い店内へと声をかけた。
返事はない。
おかしいな、店じまいの手伝いに来るって伝えてあるはずなのに……。
今日一日で仕事を終わらせ、もらったバイト代で人生初のソシャゲ課金の予定なのに……イベントは今夜までなんだ。
何としても、俺は今夜100連ガチャで「雪の妖精! 魔女っ子メイドのティンクルちゃん(温泉ver.)」をゲットする!!
さっさと店の片づけを始めないと……。
「ばーちゃん? 蒼太だけど……いないの?」
もう一度呼びかけつつ、中へ入った。
埃っぽく暗い店内……。灯りはついておらず、窓からの光だけで店内を見回した。
壺、箱、お面、刀、羊皮紙、鏡、人形、掛け軸……。
どこの国の、いつの時代の物かも分からない様々な品物が並んでいる。
店主であり俺の祖母である紫ばーちゃんの姿を探して、店の奥へと進んでいく。
静まり返った店内に人の気配はない。
店の奥の住居部分で休んでるんだろうか……。
俺は店と住居の境目になるガラス戸をカラカラと開けた。
なんだか焦げ臭い気がして眉を寄せる。
「あっ! ばーちゃんっ!!」
六畳くらいの和室の奥は小さな台所だった。
流し台の前に人が倒れている。ばーちゃんだ!
俺は慌てて靴を脱ぎ捨て、ばーちゃんに駆け寄った。
はっとコンロを見ると、黒く焦げ付いた鍋が煙をあげてるじゃないか!
すぐに火を止め、ばーちゃんの状態を確認する。
「ばーちゃん! ばーちゃん、大丈夫か?」
声をかけると、ばーちゃんが小さく唸って目を開けた。
「あぁ、蒼太……来てくれたんだね」
「ばーちゃん、具合悪いのか? 救急車、呼ぼうか?」
ばーちゃんは、ゆっくり体を起こして軽く首を振った。
「大丈夫だよ。最近たまに、ふらっとする事があるんだけど……ちょっと横になって休めば、すぐに元通りだから」
「え……、それって何かの病気とか……ちゃんと病院で診てもらった? 今だって火つけっぱなしで、火事になったら大変だったよ!」
「病院は嫌いなんだ。年を取ったら誰でもこんなもんだよ」
ばーちゃんは俺の心配を鼻で笑い、「よいしょ」と立ち上がると、焦げた鍋を流し台に移動させた。
「…………」
家に帰ったら、母さんにチクってやる……引きずってでも病院に連行されてしまえ!
「ちょっと休むだろ? 布団しこうか?」
「ありがとう、じゃあ頼むよ」
俺は襖を開けて隣の部屋に入る。
なんだか埃っぽいし、ちょっとカビ臭い気がする。
子供の頃の記憶では、毎日掃除するきれい好きの印象だったが……年を取ると掃除も億劫になってくるのかも知れないな。
俺は押し入れの襖を開け、布団を引っ張り出した。
部屋の真ん中に布団をしくと、ばーちゃんは寝巻に着替えもせず横になる。俺には強がりを言ってるが、やっぱりかなり体調が悪いのかもしれない。
「店の片づけは……?」
「もちろん頼むよ。明日、買い取り業者が引き取りに来るから今日中に終わらせておくれ」
望むところだ。
イベントガチャは今日までだからな。
「まずは品物の分類から頼むよ。色んな物がごちゃ混ぜに並んでるから、種類ごとに分けてまとめておくれ。値札がついてる物は、値札も外す」
「分かった。じゃあ、俺やってくるから……ばーちゃんは大人しく寝てろよ」
「はいはい。あぁ、蒼太……そこのテレビのリモコン取っておくれ」
「…………」
俺がリモコンを渡すと、ばーちゃんはすぐにテレビをつけてワイドショーを見始めた。
俺は店舗へと戻り、どんよりと重く澱んだ空気を入れ替えるべく、窓と扉を開けた。
床に俺のカバンが転がっている。
倒れているばーちゃんを見て慌てて放り出したんだった。
カバンを拾い、中からエプロンとマスク、キャップを取り出し、身に着ける。
よし! 装備完了!
俺はさっそく品物の整理に取りかかった。
壺は壺、刀は刀……種類ごとにまとめる場所を決め、どんどん移動させていく。
値札は思ったより小さく、貼り付けてあるのを爪の先で引っかけるようにして剥がす。
この作業が一番めんどくさいかも知れない……。
◆◇◆◇◆◇◆
「ん? なんだこれ……」
古文書などが並ぶ棚からごっそり本類を取り出すと、奥に何かあることに気づいた。
まるで隠すみたいな置き方だ……売る気がないにもほどがある。
腕を伸ばして取り出すと同時に、それは俺の手から滑り落ちた。
「うわっ……マズいっ!」
慌てて拾い上げる。
箱? 小物入れ、かな……素材は磁器だろうか。黒地に見たことない不思議な青い模様が描かれ、蔦のような金飾りが施されている。西洋の貴婦人がアクセサリーでもしまってたようなイメージの小箱だった。
素材が磁器なら「壺類」の場所に置くか……いや、分類不能な「その他」のところへ放り込むか……。
「あれ?」
よく見ると、うっすらとヒビが入っている。
落とした時に入ったのだろうか。
なんて考えていた、その時――……
『おい!』
「……――ひゃっ!?」
突然、太く低い男の声に呼びかけられ、驚いた俺はマヌケな声を上げて持っていた小箱を再び取り落とした。
周囲を見回すも、声の主は見当たらない。
客が店内に入って来た気配もなかった。何より、声はすぐ耳元で聞こえたような気がした。
な、なんだ?
気のせいにしては、やけにはっきり聞こえたような……と考えたところで、床に転がっている小箱が目にとまる。慌てて拾い上げた。
落ちた衝撃で金飾りが弾け飛んだようだ。欠けてしまっている。
しかも、側面のヒビはものすごく大きくなっていた。
「あ~あ、やっちゃった……」
仕方ない……ここは素直に謝ろう。
俺は小箱を手に、靴を脱いで住居部分へと上がった。
「ばーちゃん、悪い。これ、落として壊しちゃったんだけど……」
声をかけつつ、ばーちゃんが寝ている部屋の襖を開けた。
「ばーちゃ……ッ!?」
テレビの方を向いて横になっているばーちゃんの背中と、その向こうに砂嵐のテレビ画面が見えた。
さっきまでワイドショーをやってたテレビが、いきなり砂嵐!? モーレツな違和感に襲われ、俺は思わず後退った。
なんだか、おかしい……。
昼間なのに、部屋がやけに暗い。
埃っぽくカビ臭い空気が、重く冷たい。
この部屋だけ、真冬のように寒い。
「あの……、ばー……ちゃん?」
呼びかけてみるが、俺の喉はカラカラで掠れたような声しか出なかった。
その時、俺は見てはいけない物を見てしまった。
寝ているばーちゃん足元に、人の形をした黒い影が立っていたのだ。
「ひっ、……うわぁあっ!!」
恐怖から勝手に出た叫び声は、まるで自分のものではないように俺の体を震わせた。