第61話 魔なるもの
生体プラント製造研究室に突入したラン達はガラス越しに激しくうごめき始めた巨大なナマコのような生体プラントを見つめていた。
「駄目です!まったく外からのコントロールを受け付けません!」
ランにライフルの銃口を突きつけられながら白衣の研究者は振り返った。
「何をされたのですか?先ほどそのスイッチを押されたのは見ていましてよ」
厚生局の武装隊員を抑えているラーナを見やりながら茜が静かにつぶやいた。
その向ける銃口の先の開発責任者とでも言った感じの白髪交じりの厚生局の女性研究者がほくそ笑んでいた。
その視線の先で見る間に十メートルを優に超える大きさに成長した法術師の成れの果ての脳下垂体分泌ホルモン生産プラントが拘束する鎖を引きちぎって暴れだしていた。
「あなた方には分からないのかしら?これは人類の一つの新しい可能性の象徴なのよ。あのプラントから生産される各種のホルモンと発生する思念波。そしてさまざまな薬物投与により遼州の人類は新たな進化の道をたどることに……」
「馬鹿……言うなよ……そんなことして何になる!」
突入の際に腹に銃弾を食らって休んでいた島田はそう言うと静かにサラに起こされて上体を持ち上げる。その腹の傷はどう見ても致命傷だが、黒い霧のようなものとそれに活性化されたとでも言うように盛り上がりうごめく内臓と筋肉の組織の動きで流れていた血は止まって傷口がふさがっていくのがわかる。
「あなたはもしかして……『不死人』?」
女性技官の驚愕の表情に青い顔の島田の口元に笑みが浮かぶ。
「こんな小物よりよー、アタシの方がよっぽど調べがいがあるぜ。なんと言っても遼南の共和軍の秘密兵器だったこともあるからなー」
そう言ってランが笑う。技官は諦めたようにそのまま置かれていたパイプ椅子に腰掛けた。
「司法局の介入は予想された事態よ。どうせアサルト・モジュールでの戦いではあの法術の存在を世界に知らしめた神前曹長が相手では勝ち目も薄い。なら……」
ガラスの向こうの生態プラント。巨大なナマコのような姿を晒す褐色の化け物が衝撃波を放った。ラン達のいる地下研究室の強化ガラスが吹き飛ぶとランの表情が青くなった。
「なんだ!こいつは!」
ランはそう叫ぶことしか出来なかった。彼女が生まれた異世界文明もそんな感覚をランには教えてはいなかった。恐怖、怒り、悲しみ。この生体プラントに生きたまま取り込まれた人々のさまざまな思いがランの心を振り回した。だが彼女はすぐに周囲に干渉空間を展開して思念を遮断して周りを見回した。
銃口を向けていた研究者はすでに倒れて痙攣していた。女性技官も椅子から投げ出されて気を失っている。この部屋に連行された武装隊員と研究スタッフも多くは失神するか恐慌状態でただ震えるばかりだった。
武装解除した厚生局の職員を監視をしていたはずのラーナは頭を抱えてうずくまっていた。その唇が青く染まり口ががたがたと震えている。茜はラーナに手を伸ばす。そのままラーナに声をかけようとしているがその声が出ない事に気づいて焦っているように見えた。
「クバルカ中佐!」
ようやく腹部の傷がふさがりかけた島田が衝撃波で飛ばされた銃を引き戻し、弾倉を差し替えている。それは銀色の対法術師用の弾丸の入った銀色のマガジンだった。
「大丈夫か!」
隣には気を失ったサラの姿がある。島田はゆっくりと彼女の盾になるように立ち上がると薬室に新しい弾丸を叩き込む。
「やれるだけやりましょう!」
島田のその言葉でランは本当の意味で我に返った。もはや目の前の生体プラントはつながった干渉空間からのエネルギーを吸い込んで先ほどの倍ほどの大きさとなり、天井を衝撃波で壊しながら脱出を図っているように見えた。
「わかった!」
ランはそう言うと自分の銃のマガジンを差し替え、対法術師用の弾丸を装填する。
「一斉に撃て!あれだけ的がでかいんだ、どこでも当たるだろ!」
そのランの言葉で島田が射撃を始めた。その銃声で我に返ったラーナが弱々しく立ち上がる。茜もすでに銃撃の体勢に入った。
『アタシ等じゃこれが限界だ。神前……うまくやれよ!』
ランは心の中で念じながら銃の引き金を引いた。土砂の崩れる音と銃声だけが地下室を支配した。




