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第55話 幽鬼

「ラーナ。それじゃああの三人の完成体の法術師は何なの?」 


「それは……」 


 ラーナが口をつぐむ。そこで嵯峨は懐からディスクを取り出して自分のよれよれのコートのポケットから取り出した端末のスロットに差し込んだ。


「まあこれはオフレコでね」 


 そして映し出される三人の隠し撮りされた男の写真。誠も必然的にそれに目を向けた。その一人、アロハシャツでにやけた笑いを浮かべているのが北川公平だということが分かったが、角刈りの着流し姿の男と長髪の厳しい視線の男には見覚えが無かった。


「北川公平がベルガー大尉のところにいらっしゃったのね。そしてわたくしのところには桐野孫四郎……」 


 そう言うとかなめの表情が曇る。


「桐野孫四郎?」 


「元隊長の部下だった男だ。敗戦直後の甲武で高級士官の連続斬殺事件で指名手配中だ。先の大戦で叔父貴の治安部隊でゲリラをさんざん日本刀で惨殺して恐れられた男。付いたあだ名は……『人斬り孫四郎』」 


 カウラの言葉を聞いて着流し姿の男に誠の目は集中した。その瞳にはまるで光が無い。口元の固まったような笑みも見ていて恐怖を感じさせるところがあった。


「そしてこのロン毛か……。俺もこいつは探しているところなんだよね」 


 そんな反射で出てしまったという言葉に嵯峨は自分ではっとする。当然ランは聞き逃したりはしない。


「推測でいいですよ。今のところはね」 


 ランの言葉に嵯峨は諦めたようにうなだれた。


「まあなんだ。『不死人』の存在は……できるだけ隠しておきたかったのがどこの政府でも思っていたことさ。不死身の化けもの。それだけでもいろんな利害のある連中が食いつくねたにはなるんだ」 


 そう言うと嵯峨はタバコを取り出す。


「ああ、ええですよ。吸っても」 


 明石はそう言うと戸棚からガラスの灰皿を取り出して嵯峨の前に置いた。


「そこでそのロン毛がねえ……」 


 タバコに火をつけながら嵯峨がそう言うと映像が切り替わる。それは中国古代王朝を思わせる遼南朝廷の皇族の衣装に身を包んだ男の姿だった。そしてその表情の見ているものを憂鬱にさせるような重苦しい雰囲気に一同は息を呑んだ。


「お前等も知ってるだろ?遼南王朝初代皇帝遼薫。薫帝が王宮を出た後、帝位には次男の遼宗が付き、惣領のシンバは王朝を追われた。その息子がこいつ、『廃帝ハド』」 


「その廃帝の写真ですか。なるほど、『不死人』なら年を食わないというのも当然か……おっと自分で言うのもなんだろーなー……」 


 ランはそう言いながらソファーの下に足を伸ばす。小さな彼女では当然足は宙でぶらぶらとするだけだった。


「ちょっと待って下さいよ!でもこの人達は法術師でしょ?それがどうして……あんな仲間を実験材料にする連中と関係を持ちたがるんですか?あの化け物の前に現れて片付けた三人の法術師にしても……」 


 ためらうような誠の声に一同の視線が嵯峨に集まる。


 嵯峨は頭を掻きながら画面を消した。


「まあお前さん達の気持ちも分かるよ。こんな正気の沙汰とも思えない計画を誰が考え、そしてそこで生み出された化け物を誰が囲おうとしている奴がだれか。それがはっきりしなけりゃ今回の研究を潰したところで同じことがまた繰り返される……と。厚生局はあくまで生産方法のノウハウを得るための手段として使われたってとこだろうな。すでにこのプラントの完成披露のイベントでもやってる最中かもしれねえ」 


 タバコをくわえていた嵯峨が火をつけるために一服する。だが誠達の視線はそんな落ち着いた様子の嵯峨を見ても厳しさを和らげることは無かった。


「ここからは俺の推測だってことをあらかじめ断っておくよ。まあ推測だから断定しない言い方をするからって責めないでくれってわけで……」 


 そう言うと嵯峨は天井に向けてタバコの煙を吐いた。


「今回の事件には三つの勢力の意図が関係している。そう俺はにらんでいるんだ。一つはお前さん達がこれから潰しにいく研究開発を行っていた同盟厚生局の内部組織……と言うかその研究成果そのものがその組織の価値と同じ意味を持つわけだがね」 


 あいまいな言葉遣いに誠は首をひねった。


「素質のある素体をいかにして自分の望む能力を持った法術師にするかと言うノウハウだ。遼州同盟厚生局がそれを独占しようとしているみてーだがまず無理だな。流出してるぜ。そして三人の法術師を登場させた奴等。たぶんゲルパルトのネオナチの残党だろーな。近藤事件のとき以来ちょろちょろアタシ等を嗅ぎまわっていたからな連中は」 


 ランはそう言って誠を見つめた。


「そして流通した技術を見て遼州人を便利な道具か何かと考える思想が生まれる。丁度、私達の存在が兵器でしかないのと同じように」


 カウラの声が冷たい。 


「私達の髪の色が自然な地球人のそれと違うのは、私達が人間じゃなくて戦争の道具だっていうゲルパルトの地球人至上主義勢力の思惑だしねえ」 


「アメリアさん」 


 アメリアの言葉で誠は嵯峨が後手を踏んだという意味を理解した。


『近藤事件』以後、東和政府は国民に法術適正検査を実施した。そして遼州人で潜在的に法術適正を持っている割合が4パーセントであるという事実も知った。そしてすでに法術適正をめぐる差別や対立がネットの世界を駆け巡っている事実も知ることが出来る位置にいた。


「このままいけば必然的に同盟は割れる。そして力のあるものだけが生き残る世界に……それを望んでいる勢力が北川や桐野を差し向けた……」 


 導かれる結論として誠の口からはそんな言葉が漏れた。


「だからこいつ等は……『廃帝ハド』は動いたわけだ。第三勢力。既存の後ろ盾の無い、だが自らの力に自信のある連中の王国でもおっ建てるために……」 


 嵯峨の言葉にうなづくランを見ながら誠は手を上げる。


「質問ね。なんで差別される側の遼州人が動いたかって言うんだろ?なあに昔からこういう時はどっちが先かなんてことは問題じゃないんだ。どちらにしろ『違う』ってことがあればそれで奴らにゃあ力を振るって相手をぶん殴るには十分な理由なんだ」 


 誠は手を下ろして周りを見る。かなめが生ぬるい笑顔を浮かべている。思わず視線を落とした。


「で、問題は三体の法術師はどこから来たかか……」 


 そう言いながら嵯峨が再び画面を変える。そこには黒を貴重としたゲルパルト風の軍服を着た初老の男の姿があった。


「これって……」 


「ゲルパルト秘密警察。階級からして大佐だな」 


 カウラの言葉で誠も悪名高いゲルパルト秘密警察のことを思い出していた。反体制組織討伐にあらゆる手段を尽くした彼等の行動は永久指名手配と言う形で司法局実働部隊の掲示板にもその顔写真が残されていた。


「ルドルフ・カーン元大佐。今は……」 


「ゲルパルト帝国民族団結党の残党で、その互助会の名目で数十の公然組織で多額の資金を運用している方ですわ。例のバルキスタンのカント将軍の裏帳簿を漁った件では資金運用の助言と言う名目で相当な金額がカント将軍からこの老人の手元に振り込まれていますの」 


 茜の口元が緩む。その姿を見て誠は彼女嵯峨の娘であることがこれ以上ないくらい良く分かった。


「実はとある筋……まあぶっちゃけアメリカがらみの諜報機関なんだけどな、カーンの公然組織からこの数日で大金が引き出されているっていう話が来てさ」 


「その金が同盟厚生局と廃帝ハドの組織に振り込まれたってわけか」 


 かなめの言葉に嵯峨は頭を掻きながらうなづく。


「タイミング的にはぴったりだが……裏づけが無い。疑いだしたらそもそも情報の出所すべてが怪しい話だからな」 


「人を道具として使うことに慣れたゲルパルトの大佐殿か。厄介な話だだなー。で、隊長のお話は終わりっすか?」 


 ランが口を開くと少し飛ぶようにしてソファーから降りる。そのままちょこまかと明石が寄りかかっている執務机の脇の固定式端末を操作し始めた。


「まあアタシ等が今できること。例の生体プラントの確保ってことになるわけだが……」 


 そう言いながら操作した画面でデータのIDやパスワードの入力画面が表示されては消える。この場にはいないもののそのような芸当を得意としているのは吉田俊平少佐がネットでこの状況を監視しているということを示していた。


「そいつは色々探し回ったんだがねえ……できるだけ俺等が目をつけそうに無くてなおかつそれなりの規模の研究を行なっても秘密が漏れないところ……病院や厚生局の外郭団体の研究施設も当たったがぴんと来なくてさ。そこで発想の転換で技術部の将校連を馬鹿をけしかけたら以外にあっさり見つかってね」 


 最終プロテクトが解除された。それを見て誠はあんぐりと口をあけた。


 画面の地図には東都の官庁街を示している。そしてその×印をつけられた地点は間違いなくこの同盟司法局ビルから見える範囲の新しいビルを指していた。


「遼州同盟政治機構第三合同庁舎……」 


 カウラも目を見開いてその×印を見つめていた。


「やってくれるよなあ、租界の仮研究施設はあくまでも仮、本丸は厚生局の手元にあったのかよ。いくら探しても見つからねえわけだ」 


 そう言ってかなめはタバコを取り出す。いつもなら隣のタバコを吸わないラーナは逃げるはずだが彼女は呆然と画面に見入って隣のかなめの行動など見ていなかった。


「これがカウラ達が身柄を押さえに行った片桐博士のディスクの中身だ」 


「コイツは……御大将。この連中だけじゃ無理なんとちゃいますか? 恐らく厚生局の麻薬対策部隊が待ち構えていると考えんと」 


 思わず明石がタバコの煙を吐き出す嵯峨に声をかけた。嵯峨は灰が伸びているタバコに気づいてそれを灰皿でもみ消すとニヤリと笑って明石を上目がちに見上げる。


「ああ、秀美さんの公安がすでに動いてるよ。事が始まればすぐに主要道路の閉鎖と部外者の避難誘導のシミュレーションも済んでる」 


 そう答えると嵯峨は誠を振り返った。


「でもなあ。これだけじゃ不安なんだよな。もし例の三体の法術師や廃帝ハドのシンバの手のものが動けば被害範囲は確実にでかくなる。それに例の化け物が自己防衛の為に動き出したりしたら……」 


 嵯峨は頭を掻きながら相変わらず誠を見つめていた。


「僕が……何か?」 


「お前さあ、パイロットだよな」 


「は?」 


 誠は嵯峨の言葉の意味が分からなかった。しかし薄ら笑いを浮かべながら誠を見てくる嵯峨の目が真剣でもう一度誠はまじまじとその顔を見つめた。


「こんな市街地で05式を起動させるんですか?」 


 ありえないだろうと言う微笑を浮かべてそう答えた誠に、大きく頭を縦に振る嵯峨の姿があった。


「島田には無断でもうブツは裏の駐車場に用意してあって技術部の連中が待ちくたびれているところだ。俺等の仕事は最悪の事態に備えることだからな。出動命令はさっき同盟本部の幹部会議にねじ込んで通したところだ」 


 そう言って嵯峨はタバコをもみ消した。誠が周りを見るとすでにランは携帯端末の画面を開いてカウラとかなめを両脇にすえて小声で打ち合わせを始めているところだった。


「当たり前だが指揮官はつけるよ。カウラが指揮を担当でバックアップはかなめだ。文句は無いよな?」 


 嵯峨の言葉にまだ誠は納得できずに呆然と立ち尽くしていた。


「確かに第一小隊の編成ならそうでしょうけど……」 


 ためらう誠の肩に嵯峨が手を置いた。


「一応隊長命令だ。よろしく頼むぞ」 


 嵯峨はそのままソファーに身体を沈める。


「じゃあ行くぞ」 


 打ち合わせが終わったかなめに引きずられるようにして誠はそのまま明石の執務室を後にした。



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