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第48話 頭脳の影

「どういう人物なんでしょうか?人体実験の研究者って」 


 そのまま寮を出て駐車場のカウラの車にいつもどおり後部座席にかなめとアメリアが座り、誠は助手席でそうつぶやいていた。


「何といっても生体人体実験だからな、今回のは。研究者の矜持で動いているんじゃねえの?科学の進歩は人類のためになるとか……まったく迷惑な話だな」 


 かなめは無関心そうに動き出した車の振動に身を任せている。アメリアは誠に見つめられると首を振っていた。


「あっさり引くなよアメリア。お前も『人造人間』だろ?私もこの前の肉の塊に変化した少女と違いは無いんだ」 


 ハンドルを切りながらカウラが言った。二人は人の手で創られた存在であり、科学が生み出した地球人類を超える存在をうたわれて作られた人造人間である。


「それはそうかもしれないけど。私は誰が私を作ったかなんて考えたこともないし……ってそれじゃあ嘘になるかもね」 


 そう言いながらアメリアは笑う。車は前に飛び出してきたサラを後ろに乗せた島田のバイクについて走る。


「科学者の好奇心?禁秘に触れる快感?自分の理論の証明?どれにしても勝手な理屈だな」 


 かなめの言葉に誠達はうなづいた。後ろを見やればすぐに茜のセダンが迫っていた。


「そう考えると……今のところはひよこも容疑者の一人なわけだな」 


 かなめの一言。あぜに黄色い枯れ草を晒している田んぼの向こうに巨大な菱川重工業の豊川工場の姿が見え始める。


「まあアリバイはすぐ取れるからいいとしても聞いてみる価値はありそうだな。同じ法術の研究者として今回の事件のきっかけを作った理論を組み上げた奴が何を考えていたのかをさ」 


 かなめの声に全員が心を決めるようにうなづいた。工場に向かう車にトレーラーが混じり始めると流れは極端に悪くなり、それまで先導するように走っていた島田のバイクがその間を縫うようにして先行した。


「島田の奴、ひよこをつるし上げたりしないだろうな」 


 冷ややかな笑みを浮かべるかなめを誠はにらんだ。 


「冗談だって!島田もそこまで馬鹿じゃねえのは分かってるよ。だがアイツの法術を使っての体再生能力は今回の実験で作られた化け物の共通点だ。アイツらしく頭に血が上ったとしか思えない暴走ばかりしていたのは覚えているだろ?」 


 そんなかなめの言葉に車の中の空気が寒く感じられる。工場の正門を抜け、リニアモーターカーの車体を組み上げていると言う建物の先を折れ、生協の前を抜けると司法局実働部隊を囲む高いコンクリートの塀が見えた。


「ただ容疑者が一人減るだけじゃないの。そんなにひよこちゃんが信用できないの?」 


「アメリア。西園寺もそこまでは言ってない」 


 カウラが笑みを浮かべながら部隊のゲートに車を進める。警備部の隊員が珍しそうに詰め所から顔を出した。


「あれ?今日は帰ったんじゃ……」 


「残業だよ!……班長が居ないから面倒ごとが増えてんの!」 


 スキンヘッドの整備班の隊員にかなめが叫んだ。彼の軽い敬礼に右手を上げると再びカウラは車を駐車場へ向けた。


「いかがしましたか?お姉さま」 


 車から降りた誠に声をかけたのはとうもろこしを持った日野かえで少佐だった。


「今日は暇そうですね」 


「たまには息抜きもいるものだ」 


 かえではそう言って話しかけてくる誠に笑顔を返した


「島田は……」 


「ああ、彼ならハンガーに向かった」 


 特に余計なことは言うつもりはないという表情でかえでが答える。カウラは隣に立っていたアメリアに目を向けるとそのままハンガーへ向かう。


「しゃあねえなあ」 


 かなめもそれに続くのを見て誠もハンガーを目指した。


 グラウンドの前に立つアサルト・モジュールを待機させているハンガー。誠達は沈黙に支配されている夕闇が近づくハンガーを覗き込んだ。


「あ、ベルガー大尉」 


 兵長の階級章の整備員がカウラを見て敬礼する。その敬礼を返しながら静かなハンガーをカウラ達は見回していた。


「いねえなあ」 


 かなめはそう言いながらやはりいろいろ言われているものの隊の象徴になりつつある美少女のカラーリングを施された誠の機体に目をやりながら奥の階段に向かう。


「第一会議室がやはり一番機密性は保てるでしょ?多分そこよ」 


 アメリアは後ろに続く誠にそう説明した。いつもならもっと活気にあふれているハンガーが沈黙していたのはそこに島田がかなりの剣幕でひよこをつれていったと言うことを暗示している。そう彼女には思えているようだった。


 管理部は主計担当の菰田がいないので私服で上がってくる誠達を気にするはずも無く、隣の実働部隊の詰め所ではかなめを心配そうに見つめるかえでの姿があるだけだった。


 取り出したセキュリティーカードでセキュリティーの一部を解除した後、カウラが網膜判定をクリアーしてセフティーの完全解除を行う。そうして開いた司法局実働部隊の情報分析スペースである会議室の中にはひよことそれを監視する島田の姿があった。


「ああ、おそろいなんですね」 


 振り返ったひよこに頭をかきながら正面に座るのはカウラだった。


「私は何もしてませんよ」 


「なにか?何かをするつもりはあったってことか?」 


 ニヤニヤ笑うかなめに島田は硬直したように静かに視線を落とした。


「まあ茜ちゃんを待つ必要も無いでしょ。私達が来た理由は島田君から聞いてるでしょ?」 


 アメリアの言葉にひよこはうなづくとそのまま端末に手を伸ばした。


「確かに今回の研究と関連する論文を書いている研究者はそう多くは無いんです。地球人に無い能力を遼州人が持っているということになれば混乱は必至ということで、ほとんどの研究発表は秘密裏に行われていたから。法術師について学んだ時にはオカルト信者と仲良くやれって言われたこともあったくらいです。もっとも誠さんが『近藤事件』であれだけ派手にアピールしたおかげで今や人気の研究テーマですから。どこにでも相当研究費を出したい人達がいるらしいですけど……」 


 そうつぶやきながらひよこのか細い指が器用にキーボードを叩いている。


 そして画面には顔写真つきの資料が並ぶ。三人の比較的若い研究者のプロフィール。誠達はそれに目を向けていた。


「茜さんの資料と東都近辺に勤務している法術の基礎理論の研究者と言うことで絞り込むとこの三人になります。全員若手の法術研究者としてその筋では知られた顔なんですよ」 


 そう言って笑うひよこを無視して誠達はそれぞれの個人の携帯端末の三人の情報を落とし込む。


「若いってことは野心もあるだろうからな。人間を研究する法術関連の技術開発だ。金はいくらでもほしいだろう」 


 かなめはそう言うと三人の顔を表示させて見比べている。めがねをかけた細身の四十くらいの男。三十半ばと言う目つきの悪い女性研究者。少しふけて見える生え際の後退した男。


「人となりは警視正が来てからでいいか?」 


 そう言うと再びひよこは端末に手を伸ばした。その次の瞬間部屋のセキュリティーが解除されて茜が姿を見せる。


「おい、無用心だぞ。アタシの端末にもオメー等の情報が落とし込まれているぞ。少しは配慮ってものをしろよな」 


 苦笑いを浮かべた子供の様に見えるランがそのまま彼女の小さな体には大きすぎる椅子に登るのを萌えながら誠は見守っていた。


「そうはいいますが神速が必要な時期ですよね」 


 そう言ってかなめは平然として三人の顔写真から目を離そうとしない。


「神前軍曹。とりあえずこの三人に絞り込んだ理由を聞かせていただけなくて?」 


 茜の声にうなづいたひよこはそのまま全員の携帯端末の画像に資料を落とし込み始めた。


「法術の基礎理論の開発の歴史をちょろっとやってそこから現在の研究の流行なんかを語ることになりますが……」 


「別に勉強してーわけじゃねーんだ。さっくり説明してくれりゃーそれでいい」 


 ランの言葉にひよこは静かにうなづいた。



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