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第46話 片道切符

 出勤した誠達を待っていたのは茜の部下のラーナだった。


「茜はどうした?」 


「もうすぐ来るんじゃないすか?工場の生協に寄るとか言ってましたから。ラーナ、急ぎの用事か何かか?」 


 かなめの言葉を聞くとリアナは息を整えるように深呼吸をする。


「隊長が来てくれと……たぶん警視正が追ってる事件のことで上から何か言われたらしいっす」 


 ラーナの言葉にはじかれるようにしてかなめが勢いをつけて歩き出す。だが、その前にアメリアが立ちふさがって両手を開いた。


「アメリア!どけ!」 


 タレ目だが低く響く声でかなめが怒鳴りつける。だが、そのかなめの肩をカウラが叩いた。


「我々は組織人だ。組織には秩序が必要だ。だから……」 


「優等生は黙ってろ!」 


 カウラを一喝するとかなめは立ちはだかるアメリアを突き飛ばしてそのまま進んでいく。仕方なく玄関をくぐり階段を駆け上がるかなめについて誠も進む。カウラとアメリアも心配そうにその後に続いた。


「お姉さま!おはようございます!」 


 廊下で部下のリンと談笑していたかえでが敬礼して見せる。だがかなめはまるで無視して隊長室のドアをおもむろに開けた。


「なんだよ、呼ぶまでも無かったじゃねえか」 


 声の主の嵯峨は苦笑いを浮かべて闖入してきたかなめ達を自分の執務机に座って迎える。


「どういうことだ!」 


 そう言ってかなめは思い切り机を叩こうとするが、力加減では叩き壊してしまうと思い直したように拳を寸前で止めて見せた。


「覚えてたんだな、菰田の言ったこと。備品の寿命が延びるのは良い事だねえ」 


 そう言うと嵯峨は机の片隅に置かれたタバコを手に取る。管理部の『几帳面すぎる』と陰口を囁かれていた司法局実働部隊の良心で備品管理も担当していた管理部部長代理の菰田邦弘主計曹長を思い出して誠は不意に含み笑いを浮かべた。突っかかるかなめの肩を叩いたカウラは三人を机の前に整列させた。


「ベルガー。様になってきたじゃないのか。隊長が」 


 そう言って嵯峨は三人を見上げた。


「最初に言うけどさあ……捜査。まだ続ける?」 


 タバコに火をつけて大きく煙を吐いた嵯峨は三人を満遍なく眺めた後にそう切り出した。当然、かなめを見た誠の前には殴りかからないのが不思議なほどに歯軋りをしているかなめの姿がある。


「怖い顔すんなよ。一応さあ、茜とカルビナは専従捜査官だから事件の報告書を同盟司法局本局に上げるまでが仕事だ。でもお前等は俺の顔で駆り出された協力者だからな。今回の事件の最後まで付き合う義理は……」 


「あります!」 


 その声がカウラの声だったので驚いたように嵯峨はくわえていたタバコの灰を落とした。


「脅かすなよ……まあやる気は買うけどね」 


 嵯峨の声は笑っている。しかし、ハンカチで灰を拭って誠達を見上げている目のほうは笑っていなかった。それでも気になるように明華を見る嵯峨だが腕組みをした


「感傷や義理ってわけじゃないみたいだな、ベルガーは。それならかなめ坊は無視して……」 


「叔父貴!無視するなよ!」 


 ようやく嵯峨の狙いが分かったとでも言うように喜びを含んだかなめの声が響く。誠はカウラとかなめのやる気に押されるようにして一歩踏み出した。


「最後まで勤めさせてください!」 


 誠の言葉を聞いてアメリアが拍手を始めた。


「私としても最後まで見届けたいんですよね」 


「そうなんだけどねえ……上の意向もあるし……」 


 そう言いつつ嵯峨は頭を掻きながら辺りを見渡した。


「そんなものいつだって無視してきたじゃないですか。聞いてますよ遼南内戦では北兼南部攻略戦で……」 


「しつこいねえ、アメリアも。もう十年以上前の話じゃないの、それ」 


 嵯峨は思い出したように根元まで燃えてきたタバコに手をやる。そして誠達がにらみつけるのを見て困ったような表情を浮かべて黙り込む。


 突然背後のドアが開いた。


「捜査から外すってどういうことですか!」 


 開けたのは腰に取り付いているサラを引きずる島田だった。その後ろでは手を合わせて謝るようなポーズを嵯峨にしているパーラの姿があった。


「誤解だってえの。上は茜に捜査の統括をさせたいって言う意向なんだ。それを……」 


「捜査の統括?要するに捜査と摘発は東都警察と遼帝国軍がやりますから俺等は手を引けってことでしょ?そんなのこのこ後から出てきておいしいところを全部持って行きます、なんて言う連中が信用できますか?」 


 島田はそのままサラを引きずって嵯峨の机のそばまで来ると思い切り机を叩いた。


 鉄粉と埃が一面に舞い、誠とカウラがくしゃみと咳に襲われ口を手で覆った。


「島田君!考えて動いてよ!」 


 アメリアが口を押さえて叫ぶ。そのドサクサにまぎれてかなめも机を叩く。


「馬鹿!西園寺止めろ!」 


 満面の笑顔のかなめの腕をカウラが握りしめる。仕方が無いというように立ち上がった嵯峨が窓をあける。ここ豊川市の北、野呂山脈を吹き降ろす冬の風が一気に部屋の中に吹き荒れて埃を廊下へと吹き飛ばしていく。


 開いていた扉に立っていたランと茜が口を押さえて立ち尽くしている。隣のアメリアとラーナがすでにハンカチを用意して待機していた。


「お父様……たまにはご自分で掃除をなされては?」 


「来週やるよ」 


「来週って!私が配属になってから一度も掃除をしていなかったではありませんか!いつもやっている私の気にもなってください」 


 茜の声にようやく部屋の緊張が解けた。島田もようやく自分が起こした騒動が結果的に場を和ませてしまったことが意外だったらしく、我に返ったように立ち尽くしている。


「島田の……俺だってさ、はらわた煮えてるのは確かなんだからさあ。そこでだ」 


 嵯峨はそう言うと封筒を取り出した。かなめ、カウラ、アメリア、島田、サラ、誠、そしてラン。それぞれに名前の書かれた封筒を嵯峨は手渡す。


「これは?」 


「そりゃあ退職願だよ」 


 突然の嵯峨の言葉に誠は青ざめる。慌てて中を見れば規定の書式にサインをするだけの退職願の原紙が入っている。


「へえ、ずいぶんと思い切るねえ」 


 にやにやとかなめが笑いながら手にした辞表に机の上からペンを取って署名する。


「片道切符ですか。地雷を踏めばもう司法局実働部隊には一切かかわりが無いということに出来るということですか?」 


 カウラの言葉に明華がうなづく。


「それだけの覚悟をしなさいと言うことだ。これだけの部下が一度に退職となれば俺の首も飛ぶんだからね」 


「皆さんは本当によろしいんですの?」 


 茜の心配そうな顔を見てかなめが肩を叩く。


「よろしいも何もアタシは気にくわねえだけだ。なんでも政治的解決なんぞ願い下げだ」 


 そう言ってかなめは辞表を机に投げつける。


「島田、顔が青いぞ」 


 余裕のかなめの声に島田の笑顔が引きつっている。


「正人……」 


「分かりました!書きますよ!」 


 島田はそう言うとかなめからペンを受け取る。


「ああ、今日からしばらくは休職扱いで……給料は出ないよ」 


 ポツリと嵯峨がつぶやいた言葉にかなめは振り向いたがどっと疲れたように誠にもたれかかった。


「叔父貴……計りやがったな」


「え?何のこと?」


 凄むかなめをまるで無視して嵯峨は悠然と扇で顔をあおいでいた。


「給料無しね。来月は漫画雑誌買うのは控えないと」


「そこから来るのかお前は」


 うなだれるアメリアのつぶやきにカウラは呆れながら退職願のサインを済ませた。



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