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第17話 過去の男

「それじゃあ行くぞ」 


 そう言ってかなめは立ち上がる。見事に数分でうどんを完食して見せた彼女に驚いて誠は顔を上げる。


「おい急ぐなよ。まだ食ってるんだから」 


 そう言いながらランは最後の一すすりをした。その視線の先には湯気の上がる汁を吹くカウラがいた。


 かなめは仕方がないというようにどっかと椅子に座る。


「姐御、これから暇……なわけ無いっすよね」 


「そうだ暇なわけがねえな」 


 三郎の言葉にぞんざいにそう言うとかなめはポケットからタバコを取り出した。気を利かせるようにライターを差し出す三郎の手を払いのけてかなめは自分のライターで火をつけた。


「昔は俺の方が火をつけてくれたもんですのにねえ」 


「アタシがタバコに火をつけてやった連中の多くは墓の下にいるからな。そうだ!今からでも遅くないから送ってやろうか?三途の川の向こう」 


 そう言って素早く拳銃を取り出すかなめに三郎は立ち上がって両手を上げて泣き顔を作って見せる。


「馬鹿は止めろ。食べ終わったぞ」 


 カウラが立ち上がるとそのままかなめは銃をホルスターに戻した。


「すまねーな大将。勘定はこの馬鹿で良いのかい」 


 そう言って足が届かない椅子から飛び降りてランがカウンターに向かう。


「なに、また来てくれよ。あんた遼南だろ?」 


 店の親父はふてくされる息子を無視して小さなランのことをうれしそうに見つめる。さすがに誤解を解くのも面倒なようでランは照れ笑いを浮かべながら財布を取り出す。


「おー。やっぱり分かるか。うどんの食い方ひとつにもこだわるのが遼南人の心意気って奴だからな……そこのチンピラ」 


 ランはそう言うと三郎を見上げる。三郎もかなめの知り合いと言うこともあり、その上司のランを子供を見る目ではなく真剣に見つめていた。


「人の売り買いは金にはなるかも知れねーが手の引き時が肝心だぞ」 


 親父とは違って三郎の目は真剣だった。ランのくぐった修羅場を資料で見せられている誠も二人の緊張した雰囲気に息を飲んだ。


「ご高説感謝します」 


 そんなランの言葉に三郎は皮肉たっぷりにそうやり返した。そしてその様子にサディスティックな笑顔を振りまきながら、肩で風を切るようにさっそうとランは店を出る。誠も三郎に追い立てられるようにして租界の道路に転がり出た。


「凄いですね、あの三郎とか言うヤクザ相手に一歩も引かないなんて」 


 店を出てずんずんと歩くランがそんな言葉を言った誠を振り向いた。いかにもあきれ果てたそんな表情が浮かんでいる。


「オメーなあ。自分の仕事が何かわかって言ってんのか?軍人は舐められたら終いだ……そんぐらい覚えとけ」 


 それだけ言ってランは骨董屋の前に止められたカウラの車に乗り込む。


「精進しろよ。新兵さん!」 


 かなめはそう言って誠の肩を叩いて続いて車に体を押し込む。誠は彼女が助手席のシートを戻すとそこに座った。


「カウラ。ちょっと良いか」 


 そう言うとかなめは自分用の端末をサイドブレーキの上に置いた。『志村三郎』と言う租界管理局のパーソナルデータがそこには映っていた。


「先に言っておくけどアイツとの関係はオメエ等の想像通りさ。まあアタシは娼婦以外にも甲武陸軍の工作部隊員と言う顔があったわけだが」 


 かなめの言葉が暗くなる。誠はいくつもの疑問が渦巻いていたが、そのかなめの顔を見て口に出すことが出来なかった。


「おい、西園寺。貴様の戦闘における判断の正確さや義体性能を引き出す能力は私も感服しているんだ」 


 静かにカウラがそう言いながらかなめの死んだ魚のようになる目を見つめている。


「だとしてもだ。なぜ甲武四大公の筆頭がこんな汚れ仕事に携わるんだ?生まれを重視する甲武なら私のような人造人間を引き受けて育成するとか方法はあったろうに」 


 その言葉にただ無表情で返すかなめに車内の空気は次第に重くなっていった。外の景色はただ建ってからの年月からみると不思議なほど痛みの目立つビルが続いている。そんな中で誠は黙ってかなめを振り返っていた。


「カウラ。そいつは……」 


 かなめの表情が曇る。カウラも自分の言葉がかなめの心に刺さったことに気づいて黙り込んだ。


「そいつは物を知らない、甲武と言う国の構造を知らない人間の台詞だな」 


 相変わらずうつろな瞳のかなめをじっと誠は見つめていた。


「アタシが入った陸軍は親父とは対立関係にあった組織だ。爺さんを三回爆殺しようとしたのは退役軍人の貴族主義活動家ということだが、全員が陸軍の予備役の身分だった連中だ。今じゃ語り草の醍醐将軍のアフリカでの活躍にしても、西園寺家の被官(ひかん)と言う醍醐さんの家柄を煙たがれて僻地に飛ばされたと言うのが実情みたいなもんだ」 


 かなめの抑揚の無い言葉に誠は心をかきむしられる気分がした。回りの計画性の欠如した建物の群れもそんな気持ちに後押しをするように感じられてくる。


「前の甲武の内戦、『官派の乱』のきっかけも、自分になびかない陸軍への政治干渉を狙った親父の挑発に陸軍が乗っかったのが真実だ」 


 そう言うとかなめは窓を開けてタバコを取り出す。いつもなら怒鳴りつけるカウラも珍しくかなめのすることを黙って見つめていた。


「『官派の乱』に負けて外への発言が出来なくなった陸軍の貴族主義的な勢力は、露骨な反政府人事を内部で展開したわけだ。内戦で勝利した陸軍の親父のシンパの醍醐文隆将軍がしばらく陸軍大臣に就任できなかったのもすべては陸軍の貴族主義勢力の根回しが原因だからな」 


「なるほど、内戦の敗北で頭の上がらなくなった陸軍の貴族主義者が民主勢力の旗頭の西園寺義基首相の娘に汚れ仕事を引き受けさせて面子を潰そうとしたわけか……まるで餓鬼の発想だな」 


 明らかにかなめのタバコを嫌がるように仰ぎながらランが言葉をつむぐ。


「でも西園寺公がお前の配属にブレーキをかけるくらいのことは出来たんじゃないのか?公爵家の嫡子が元娼婦なんてスキャンダル以外の何者でもないぞ」 


 カウラの言葉には誠も賛同できた。甲武の貴族制度はもはや形骸になりつつあると言っても長年の伝統がすぐに廃れるはずは無い。誠はそう思いたかった。かなめが見知らぬ租界の成金達にもてあそばれる姿など想像もしたくなかった。


「ああ、でもアタシは志願したんだ」 


 あっさりそう言うとかなめはタバコを携帯灰皿に押し込んだ。カウラはその様子と気が抜けたような表情の要を見るとそのまま車を出した。


「親父さんへのあてつけか?」 


 ぼそりとランがつぶやく。ドアに寄りかかるようにしてかなめは上の空で外を眺める。街は再び子供達が駆け巡るスラム街の様相を呈してくる。


「それもあるな。『貴族制は国家の癌だ』なんて言ってるくせに法律上の利権だけはきっちり確保している親父の鼻をあかしたかったって気持ちが無いって言ったら嘘になるよ。自分の手で何かをしたい、親父や醍醐のとっつぁんの世話にはなりたくない。そうつっぱってたのも事実だからな」 


 かなめは上の空でつぶやく。その姿はコンクリートの壁など一撃で砕くような軍用義体の持ち主のかなめにしてはあまりにも小さく見えて誠は目をそらして正面を向いて街を眺めていた。冬の日差しは弱弱しく見える。まだ時間が早いのか繁華街にたどり着いたカウラの車の両脇には無人の酒場と売春窟が続く。


 その時ランの携帯端末がけたたましく鳴った。ランは黙ってそれを取り出して画面をのぞき込む。


「おう、茜達も仕事が済んだらしい。このまま寮に直帰だ」 


 ランの言葉がむなしく響く。カウラもランも一人ぼんやりと外を眺めているかなめに気を使って黙り込む。誠もこの痛々しい空気に耐えられずに外を眺める。


 警備部隊は遼北人民軍に変わっていた。だが彼等もやる気がなさそうにカウラの『ハコスカ』を眺めているだけだった。


「良いことも無い街だったが、なかなかどうして、アタシの今を作ったのはこの街なのかも知れねえな」


 ぼんやりと窓の外を眺めていたかなめがそんなことをつぶやいた。カウラはその声にはじかれるようにして車のアクセルを踏み込み、大通りへと向かった。

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