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第14話 わらしべ長者

「さてと、わらしべ長者を目指してがんばるか」 


 かなめはそう言うと端末から先ほど手にしたディスクを取り出した。誠はその言葉の意味が分からずにランに後頭部を突かれて仕方なく車の助手席から降りる。


「わらしべ長者ねー……しかし殺伐とした場所だな」 


 ランの言葉も当然だった。もし暴動が起きればゲート脇の土嚢から重機関銃の掃射が始まり、武装した難民がいたとしても装甲を張り巡らせた鉄塔の上からの狙撃で簡単に制圧されることは間違いなかった。さらに明らかに過剰装備と思える飛行戦車用の運搬トレーラーまで用意されていた。さすがに車両が無いのは予算の都合でもあるのだろう。


「物々しいというより大げさに過ぎる気配があるな」 


 呆れる誠の肩を叩きながらカウラが本部へ向かうかなめとランについていくように誠に知らせる。


「あのー、わらしべ長者って?」 


 誠の声に呆れたような顔のかなめが振り向く。ランはそのまま警備本部の入り口のドアにたどり着いた。


「早くしろよ!」 


 そう急かされて誠は知らず知らずい早足になる。それを見たランはそのまま本部に入った。誠が遅れて建物に入ると怪訝な表情の甲武陸軍勤務服の兵士達が入り口に目を向けた。


「司法局実働部隊の方ですね!」 


 その中で一人の将校がさわやかな笑顔を撒き散らしながらランに近づいてくる。


「広報担当か……気に食わねーな」 


 ぼそりとつぶやくランに表情を崩すことなくその中尉は闖入してきた誠達を迎えた。


「司法局管轄の人間だからってそんなに構えることねーだろ?」 


 にこやかに笑う広報の腕章の士官をランは冷めた目で見つめている。その状況で誠はこの警備本部が非常に胡散臭いものに感じられてきた。


 同盟内部でも軍事機構と司法局の関係はギクシャクとしたものだった。特に司法局実働部隊のように軍事機構の権限に抵触する部隊には明らかに敵意をむき出しにする軍人も多い。一方で停戦監視任務や民兵の武装解除などを行っている場合になると軍事機構の側の人間の反応が変わるという話を部隊付き技官として出張した経験のある先輩の島田からは聞いていた。


 一つは明らかに仕事を押し付けてくる場合である。停戦合意ができた以上、危ない橋を渡る必要は無いと、武装解除作業を司法局実働部隊に押し付けて隊員は街にでも飲みに繰り出す。昨年春の東モスレムでのイスラム教徒と仏教徒の衝突が突然の和平合意で遼帝国陸軍の監督に向かったときには露骨に仕事を押し付けられたと島田は愚痴った。


 そしてもう一つのパターン。それが目の前のケースだった。


『明らかに邪魔者だから消えてくれって感じだな』 


 広報の士官のにこやかな笑顔が誠の神経を逆なでする。ランは広報の士官を見上げながら明らかにいらだっているようにかなめの脇を突いた。


「構えてなどいませんよ。それに本部長は外出中ですので……君!お茶を入れて差し上げて!さあ、こちらにどうぞ」 


 地図とにらめっこしていた女性下士官がそのまま立ち上がるのを見るとかなめはデータチップを手にした。


「別に挨拶に来たわけじゃねえんだ。これ、ちょっと面白いもんを手に入れたんだけど見てもらえるか?」 


 かなめのその言葉に広報の士官の態度が明らかに硬くなる。その表情でランとかなめは半分満足したようにそのまま広報の士官が立ち止まるのに合わせて通路の脇の端末を勝手に起動させる。


「ちょっと!困りますよ」 


「なにが困るんだ?こっちから良い仕事のネタを提供してやろうって言うんだから……ほい、出た」 


 かなめはすぐに人身売買や非合法の臓器取引のデータがスクロールするように設定して警備本部の広報中尉にそれを見せる。


「……これがどうしたと?」 


 その反応の薄さにかなめはにやりと笑った。


「ほう、こんな卑劣な犯罪を見逃す警備軍じゃありません……そう言いたいわけか?これはフィクションで実在の警備部隊とは関係ありません……とでも?」 


「ありえないですよ。租界から生体臓器が流れ出している?そんなデータどこで手に入れられたか分かりませんが、租界における人権問題の重要性は同盟内部でも常に第一の課題として……」 


 そこまで中尉が言ったところでかなめが右腕を端末の乗っている机に思い切り振り下ろした。机はそのサイボーグの強靭な腕の一撃でひしゃげる。そして広報の中尉はおびえたように飛び上がった。


「アタシの情報がでたらめって言うんだな?」 


 腕を机にめり込ませたままかなめが怯えている将校を見上げる。


「でたらめですな。マスコミの捏造記事じゃあるまいし……」 


「火の無いところに煙が……って奴だ。邪魔したな」 


 そう言うとかなめは机にめり込んだ腕を引き抜き、振り返る。ランもせせら笑うような笑みを浮かべてそれに続く。誠とカウラはただ二人が何をしたかったのかを考えながら警備本部から出ることにした。


「面白いものが見れたろ?」 


 そう言うとかなめは満面の笑みを浮かべながらタバコを取り出した。本部にはいつの間にか中から武装した兵士が出てきて入り口を固めている。それを面白そうに眺めたかなめはそのままタバコに火をつけて歩き始めた。


「ディスクは端末に刺したままで出てきたが良いのか?」 


 カウラの言葉にかなめとランは目を合わせて笑顔を浮かべる。


「コピーは取ってあんよ。だからわらしべ長者なんだって。あのデータはあそこの検問の外ではそれなりの意味を持つが、あそこをくぐって租界の中に入ってしまえば麦わら一本以下の価値しかない。証拠性が消滅するんだよ、アイツ等の手に渡るとな。奴等は狼少年だからな、何を言っても誰も信用してくれない。賄賂を取って国に家でも建てれば別だが。とりあえず現金は稼ぎましたという現実は間違いなくその豪邸が証拠として残るからな」 


 そう言ってかなめはタバコをくわえたままカウラの銀色のスポーツカーの屋根に寄りかかって話はじめる。同盟軍組織の一部、こう言う二線級部隊の腐敗はどこにでもあると言うように、かなめは時折振り返って兵士達に笑顔を振りまく。


「じゃあ何の意味が?」 


 そうたずねた誠に手にした端末の画面をかなめは見せた。次々と画面がスクロールしていく。良く見つめればそれはある端末から次々に送信されているデータを示したものだった。


「あいつ等でも多少はコイツの存在が気になるんだ。さっそくあのリストと出所と思われるところに連絡を入れて事実関係を確認中ってところかな。後はあの連中が連絡をつけた糸をたどっていけばどこかに昨日見た連中の製造工場があるだろうって話だ……まあそううまくいくかどうかは昔話にある通りだがな」 


 そう言うとかなめはタバコを投げ捨てる。検問の兵士ににらみつけられるがかなめは平然とドアを開けてそのままランと組んで車に体を押し込む。


「それじゃあ今日はこれで終わりですか?」 


 助手席の椅子を戻して乗り込む誠をかなめとランが呆れたような目で見つめる。


「馬鹿だな。これからが今日の二時限目の授業だよ。オメエ等がこの租界の流儀を知らねーのは分かってんだ。とりあえず入門編のレクチャーをアタシ等が担当してやるよ」 


 そう言うとランは端末のデータを車のナビに転送した。


「このルートで走れって事ですか?」 


 カウラは租界の外周を回るような順路を見た後そのまま車を出した。


 外の湾岸再開発地区よりも租界の中は秩序があるように見えた。しかし、それが良く見れば危うい均衡の上にあることは誠にもすぐに分かった。四つ角には必ず重武装の警備兵が立っている。見かける羽振りのよさそうな背広の男の数人に一人は左の胸のポケットの中に何かを入れていた。それが恐らく拳銃であることは私服での警備任務を数回経験した誠にも分かる。


「今でこの有様だったら東都戦争のときはどうなってたんですか?」 


 思わずそんな言葉を吐いた誠を大きなため息をついたかなめがにらむ。


「なに、もっと静かだったよ。街もきれいなものでごみ一つ落ちて無かったな。なんといっても外に出たらどこからか狙撃されるんだから」 


 そう言ってかなめは笑う。確かに今見ている街には人の気配が満ちていた。大通りを走るカウラの車から外の路地を見ると必ず人影を目にした。子供、老人、女性。あまり青年男性の姿を見ないのは港湾の拡張工事などに人手が出ているからだろうか。


「空気の悪いのは昔からか?」 


 ランがかなめを見つめる。


「そりゃあしょうがねえだろ。こんな狭いところに50万人の人間が閉じ込められているんだ。呼吸だけで十分空気が二酸化炭素に染まるもんだ。もっともアタシはここの空気は嫌いじゃないがね」 


 そんなことを良いながら外を眺めるかなめだが、その表情が懐かしい場所に帰ってきたような柔らかい笑顔に覆われていることに誠は不思議な気持ちになった。

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