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第12話 隊長の思惑

「ほう、出かけてったねえ」


 隊長室から部隊の敷地から出ていくカウラの車を眺めながら司法局実働部隊隊長、嵯峨惟基(さがこれもと)特務大佐は頭を掻いていた。


「良いんですか?兄さん。フォローしなくて」 


 思わず腹違いの弟である高梨渉参事がそう言うと嵯峨は死んだ魚のような目をしてたたずんでいた。


「それがあいつ等のお仕事なんだから。駄目だよー、ちゃんと自分に与えられた任務は着実に果たす。仕事きっちり。これ大事なんだから」 


 嵯峨は窓の外に目を向けた。そこには嵯峨の娘の茜が自分のセダンにアメリア達が乗り込むのを眺めているところだった。


「それはさておいて親馬鹿かもしれないけどさあ。安城さんの機動部隊、茜の法術特捜、そしてうち。一番評価が低いのは法術特捜だからな。本音を言うと今回は金星を上げてもらいたいんだよね」 


 その言葉に高梨はうなづいた後、嵯峨の執務机のモニターを開いた。嵯峨は相変わらず北風を浴びながら外を眺めている。


「今回はどろどろしてそうな事件だが『ビックブラザー』は関わっていないだろうからな。あのご仁は東和の平和にしか興味無いし。お役人かマフィア程度か……まあいずれは潰す必要のある連中のいたずらってところかねえ」 


 高梨がその言葉にキーボードを操作する手を止める。


「なんだよ、見せたいものがあるんじゃないのか?」 


 その言葉を聞くと嵯峨の顔を見て恥ずかしそうに笑った後、高梨はそのまま作業を続ける。


「偶然なんですよね。たぶんこれは撮った方も撮られた方も気づいてはいないと思いますし、証拠としては使えない資料なんですが……」 


 そこには労働関係の役所の資料であることを示す刻印のある中層ビルの崩れた鉄骨の写真があった。高梨はその一角、鉄骨の合間に見える外の光景を拡大していく。長髪の男が映っていた。


「確かに資料にならねえな。これがこの前ラン達を前に法術のデモンストレーションを見せた悪趣味な奴か?確かに悪趣味そうな面だわ」 


 そう言って嵯峨は引き出しに手を伸ばした。


 舞う埃の中から取り出したのは三枚の写真。散らばる書類の上に嵯峨はぞんざいにそれを広げた。


 写っているのはどれも長髪の目つきの鋭い男だった。


「同じ人物だな」 


 嵯峨はそこに映る長髪の男をじっと見つめた。


「渉よ。この面は見たことあるか?」 


 嵯峨の突然の言葉に高梨は首を振る。それを見て嵯峨はにんまりと笑った。


「でもこの写真は兄さんが出したんですよね、その机から。それとも兄さんの机には誰かが写真を放り込むことが出来るようになっているんですか?」 


 高梨の言葉に嵯峨が苦笑いを浮かべた。


「そうだな。悪かった」 


 しばらく嵯峨はそのまま沈黙した。高梨の目は嵯峨から離れることが無い。その沈黙は情けなさそうな顔をした嵯峨に破られた。


「あのさあ、タバコ吸って良い?」 


 緊張した空気を台無しにするためだけの嵯峨の言葉。仕方なくうなづく高梨を見て嵯峨は机に置き去りにされていたタバコの箱からよれよれの紙タバコを一本取り出してゆったりと火をつける。


「俺は元々甲武の東和大使館付き武官で軍人の生活を始めたわけだけどな。その時偶然この写真を手に入れちまってね」 


「偶然?大使館付き武官の任務は情報収集活動ですよね。そんな任務の将校が偶然?」 


 高梨の突っ込みに嵯峨は再び泣きそうな顔をする。


「まあ当時から一般メディアで出てこないだけで法術の存在は甲武軍も知ってたからな。東和はこの惑星遼州の富と情報が集まる国だ。いろいろあって法術関連の情報を集めていて手に入れたのがこの写真だ」 


 そう言うと嵯峨は同じ男が写っている写真の一枚を取り上げる。そこには軍服を着た長髪の男が部下と思われる坊主頭の兵士に何かを指示している写真だった。


「コイツは遼帝国開国以前の遼帝国の制服ですか……この人物がクバルカ中佐達に喧嘩を売ったとしたらこの顔つき……って時代がおかしくないですか?若すぎますよ。それともサイボーグか何かなんですか?それとも……兄さんと同じ不死人?」


 遼南が再統一されたのは目の前の中年男、嵯峨惟基誕生以前の話である。先ほどの誠達に法術のデモンストレーションをやった人物と同一人物であるならばサイボーグ化でもしていない限り変化の無いことなどありえないことだった。だが法術に耐え切る義体の開発は未だどの国も成功していない。


「まあね……。だけどこの写真を手に入れて数日後に俺は本人に会った」 


 その言葉に高梨は黙り込む。冗談は言う、嘘もつく、部下を平気でだます。そう言う嵯峨だがこの状況でそんなことをするほど酔狂でないことは長い付き合いで分かっていた。


「じゃあ誰かは分かるんですよね」 


 高梨が嵯峨を見つめて話の続きを待つが、嵯峨はのんびりとタバコをくゆらせる。


「なあに、ちょっとコイツで斬りつけただけだ。それほど会話を楽しんだわけじゃない」 


 そう言って嵯峨は立てかけてある愛剣『同田貫・正国』を指差してそのまま伸びをする。


「穏やかじゃないですね、それは」 


「そう、穏やかじゃないんだよこの男は。実際資料も集めてみたが結果こっちの二つの写真が見つかっただけだ。渉が知らないのも無理がねえよ。電子データはいくら探しても見つからなかった。こんなアナログデータ、お前さんの飯のねたにもならんだろうしな」 


 そして指差したのは遼南帝国軍の制服を着た軍人達に囲まれての記念写真のようなもの。そして背広を着て街を歩いているところを盗撮したような写真だった。


「法術の存在を世に知らしめる必要がある。それを考え出したのはこの男に斬りつけて返り討ちにあったその日のことだ。でもねえ、所詮一介の二等武官がどうこうできる話じゃねえ」


 嵯峨は再びタバコを口にくわえる。


「でもなんで……」 


 高梨の珍しいの真剣な顔をちらりと見た嵯峨は再び机をあさって一冊の冊子を取り出した。


『ソクラテス哲学研究・社会情勢と政治学について』そう書かれた表紙の貧相なコピー冊子に高梨は首をひねる。著者の欄が空欄なのが高梨には気になった。


「これがコイツの書いたものらしい。哲人政治の実現に向けての施策を論じたものだが……俺にはヒトラーの『わが闘争』と区別がつかなかったよ。力を持つものは人々を導く責任を負うっていうのが論旨だが……俺はこういう論じ方している人間が大嫌いでね。弱肉強食を人間同士で当てはめようと言うような論理が見え見えで」 


 嵯峨は皮肉めいた笑みを浮かべる。


「法術師を頂点にしたファッショでもやろうって言うんですか。確かにそれは願い下げだ」 


 高梨はそう言ってその冊子を手に取る。


「だから今回の事件は法術師の王国を作ろうって言うコイツの理想とやらとぶつかるはずなんだが俺の勘じゃあまたこいつの屁の香りでも嗅ぐことになりそうだなあ……『廃帝ハド』……法術師が絡むとどんな案件にも食いついてきやがる」 


 そう言うと嵯峨は机の上の写真を引き出しにしまう。法術を制御されていたとは言え嵯峨を返り討ちにしたほどの実力のある法術師。その存在に高梨達は複雑な表情で嵯峨を見つめる。


「こいつの配下の者が無関係だと良いが希望的観測は命取りだ。ラン達のフォローはしておいてやろうじゃないの」 


 嵯峨は口にくわえたタバコをそのまま灰皿に押し付けて立ち上がった。

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