紺碧ー紺の空と碧の庵
ガラガラ
「いらっしゃいませ。ようこそ、碧の庵へ。」
「ど、どうも。」
席に座った。古き良き料亭の椅子に。
「お品書きをどうぞ。その前に、私ここの店主をやっている紺乃遙と申します。」
「黒咲天翔…です。」
「いいお名前ですね。」
「よくないですよ…。過去に名前間違えれれたり、名前でいじられたりしましたし…。」
「そんな事ないですよ。」
遥は笑った。
「お、俺、これお願いします。」
「『旬の野菜天丼定食』ですね。かしこまりました。少々お待ちください。」
店の奥に行った。
「はあ。」
俺は息を吐いた。俺の名前を『良いね』と言ってくれたのは初めてだった。誰も褒めてはくれなかった。
自分の名前を。そっと俺は上を向いて瞼を閉じた。息を吸った。そこは、嗅いだ事があるような匂い。安心感のある、祖母の家の様な匂い。
「懐かしい。」
「黒咲さん?できましたよ?」
そうこうしているうちに料理ができたらしい。
「『旬の野菜天丼定食』です。店の裏で育てた農薬を使わず育てた野菜をふんだんに使いました。」
「あ、ありがとうございます。」
盆の中にある箸を取って天麩羅をとった。
「いただきます。…美味しい…。」
言葉では言い表せれないぐらい美味しかった。箸が進んだ。
「黒咲さん、良い顔してますね。」
「はい?」
「来店なさった時より、顔が明るく見えます。悩みが一つ、消えたのですね。」
また微笑んだ。
「悩み…。」
確かに俺は悩みを持っている。『名前』の悩み。
「暗い顔をしても変わりません。笑顔でいる事が一番ですよ。悩みへの特効薬。」
「笑う…事。」
思い出してみればこの人はずっと微笑んでいた。
「自信を持って、笑顔でいれば、悩みは自然となくなりますよ。きっと。」
「…ありがとうございます。」
俺も微笑んだ。暫くして食べ終わった。
「ご馳走様です。おいしかった…。また来ても良いですか?」
「ここは、悩める方が訪れる食事処。もし、またあなたが迷ったり、悩んだりしたらおこしください。」
少し肩を落として眉を落とし言った。
「その時はまた、来ます。必ず。」
「はい。また、いずれおこしください。」
ガラガラ
俺は店を出た。空を見上げて深呼吸をした。目に映った空模様は紺色の空だった。