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9 愛してるよ、アラン

「やらかしたなあ……」


 私はベッドに仰向けに寝転がり、天井を見つめながら呟いた。


 最近は上手くやっていたはずなのに、気持ちをコントロールしていたはずなのに。 

 シーラさんのシチューを見た瞬間、自分の中で抑えていた感情が一気に膨れ上がり、爆発してしまった。


 ただ、改めて考えると。さっきのようなことが起きるのは、時間の問題だったのかもしれないと思えてくる。

 パパに思いの丈を告白してそれですっきりする、なんてことはなかったし、最近シーラさんがちょくちょく顔を見せるようになって、彼女にメラメラと嫉妬心を燃やす醜い自分がいるという自覚もあったから。


 ……でも、しょうがないじゃないか。

 だってシーラさんはあんなに綺麗な人で、強くて、大人っぽくて、しかも賢くて、おまけにパパと同じ冒険者。

 私が敵うところなど何もないし、パパだって嫉妬でヒステリックに喚く私より、ああいう人を好きになるに決まっている。

 彼女は私が嫉妬しても仕方のないくらい、非の打ちどころのない人なのだ。


 さらに悪いことに、あの人はパパのことを好いている。

 そしておそらく、私がパパをそういう意味で好きなことにも気付いている。

 気付いているから、あんな頻繁に家へ顔を出すようになったのだろう。

 鈍感なパパは、そのことに気付いてないようだけど。


 ……さて、明日からどうしようか。

 これまで通り、起こったことをまるでなかったかのようなふりして、自分の気持ちに蓋して、そうやって日々を過ごす? 


 いや、そんなの無理だ。また耐えられなくなる時が来ると、分かりきっている。


 じゃあ、シーラさんにもう来て欲しくないって、パパに頼む?

 パパは「家族として」私のことを愛しているから、頼めば一応聞いてくれるはず。


 いや、それも駄目だ。やっぱりパパには幸せになって欲しいし、自分がその足枷になんてなりたくない。


——もうそろそろ、ここを出て行く時なのかもしれないなあ。


 ふと、そんな思いが芽生えた途端。

 あらゆる面倒事を解決し、この胸に巣食う苦しみを無くす一方で、一番大切な物を永遠に失う痛みも伴うであろう、究極の選択へと私の思考は割かれていった。まるで熱に、浮かされているかのように。


 私はベッドから身を起こし、部屋の隅に置かれた小さな机の前の椅子に座った。

 思いつく言葉をさらさらと紙に書き出していき、書き終えてからそれを改めて読み直してみる。


 最後にしては短いな。でも、自分のパパへのあらゆる想いを全て言葉にしようとしたら、それこそ一冊本が書けてしまう。

 そう思ったので私はそこで筆を置き、身支度をして家を出た。


 行く当てはない。でも、それでいい。


* * *


 目を覚ますと、まず室内の明るさに気付いた。どうやら今は、昼頃のようだ。

 無理もない。ようやく眠りについた時、外はもう朝になろうとしていたのだから。


 ベッドから身を起こし、自室のドアを開けて居間へ入ると、今度は異様な静けさに違和感を覚える。

 昼だから誰もいないのは不思議じゃないし、静かなのも問題じゃないはず。でもこの感じは、何かが変だ。

 そう、まるで大切な存在が、この家からすっぽりと抜け落ちてしまったような——


 その時、テーブルの上に一枚の紙片が置かれているのに気付いた。嫌な予感がして、慌てて紙の前へ駆け寄る。

 手にとって頭から読んでみると、そこにはこんなことが書いてあった。


* * *


 愛しのパパへ。


 私ね、パパのこと好きだよ。

 パパには幸せになって欲しいって、本当に思ってる。


 シーラさんのことも好き。だって、シーラさんはとっても良い人だし、綺麗だし、かわいいし、賢いし。

 シーラさんとなら、パパは幸せになれるんだろうなって、心の底から思えるから。パパを幸せにできる人は、私も好き。


 パパは、シーラさんと一緒になるべきだと思う。でもそうすると、私は絶対邪魔になる。

 だから私は、この家を出ることにします。二人の幸せを、私が崩したくはないから。


 ……ごめん、ここまでの全部嘘。本当は、パパもシーラさんも大っ嫌い。

 二人が仲良くしてるとこを見ると、すごく胸が苦しくなるから。

 それってどうしても抑えられないもので、痛くて、ズキズキして、泣きたくなって、どっちもいなくなっちゃえって思ったりして、でもその後でやっぱり、本当にいなくなったらって想像して私はもっと泣きたくなるの。


 そうやって振り回されるのがもう嫌だから、今日をもってこの家を出ることにします。

 多分もう、ここには戻らないと思う。


 バカなんだ、私。


 パパは私のことをしっかりとした学校に行ってて、成績も優秀で、頭も良くてって思ってるんだろうけど、違うの。

 私はバカでバカでしょうがなくて、昨日のシチューの件みたいな小さいことに頭を悩ませてばかりで、ちっとも前に進めなくて、むしろ後退したりして……ごめん、書いてて自分でもよく分からなくなってきた。

 だからこの辺で、この手紙を終えようと思います。


 本当は書きたいこともっとあるけど、そういうのを全部一々書き出してたら、多分きりがない。


 だから旅立つ前に、最後に一つだけ。……愛してるよ、アラン。私は世界で一番、あなたのことを愛してる。

 それだけは、自信を持って言える。


* * *


 手紙を読み終えた俺は、しばらく呆然とそこに突っ立っていた。


 なんなんだ、これは。彼女は一体、何を言っている? 家を出る? なぜ。

 そんなに俺が、不満だったのか? だったらもっとはっきり言ってくれればいいのに。


 というか、魔法学院はどうするつもりだ?

 せっかく卒業間際まで来たのに、ここで辞めてしまっては今までの努力が水の泡じゃないか。

 それとも、それすら覚悟の上ということか?


——いや、そんなぐだぐだと考えるよりも、今俺がすべきことは。


 俺は紙を机の元の位置に置くと、すぐさま自室へ引っ込んだ。

 そうして身支度を整えると、何も持たずに家を飛び出した。

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