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7 いい人だと思うよ、私

 俺を抱えながらずんずん居間へ入って行ったシーラは、あたりを見回しながら、


「おおー。なんか懐かしいな」


 と目を細めた。またもアイリスが、ぴくりと眉を動かす。


「……へえ! 本当に『長い付き合い』なんですね! ちなみになんですけど、最後に来たのはいつ頃なんですか?」

「二人が、あ、いや、アランと君のお母さんが同棲する前だから、アイリスちゃんが生まれる前、か?」

「……いや、生まれた後だろう。そもそも俺とお前が初めて会った時には、アイリスはもう生まれてたから」


 シーラに身体を掴まれたまま俺が言うと、「へえ、そうだったのか」と彼女は頷いてから、


「とりあえず、このままベッドまで運ぶぞ。部屋はどこだ、アラン」

「……そこの、扉だ」

「りょーかい」


 俺の指示に従って、ずるずると部屋の前まで運ぶシーラ。

 アイリスが気を利かせて部屋の扉を開けると、シーラは「ほれ」と俺をベッドの上に投げた。


「ごふっ!」


 とこちらが奇声を上げるのにも構わず、「じゃ、あとは任せたぞアイリスちゃん」と言い残して、来た時と同じようにずかずかと我が家を去って行くシーラ。


 その背中にアイリスが


「そうですね。あとは私が、父の面倒を見ますので。ここまで送って下さってありがとうございます、シーラさん」


 と頭を下げるのが、俺の目に辛うじて映った。


 そうして後に残されたのは、酔いからは醒めつつあるものの半ばグロッキー状態でベッドに腰かけている俺と、いつも通りの地味な装いだが、野に咲く可憐な花の如く、その愛らしさを隠しきれていないアイリスのみ。


「……さてと。行っちゃったね、シーラさん」


 彼女はこちらを振り向くと、感情の見えない微笑みを浮かべながら言った。

 どう答えれば良いのか分からず黙っていると、


「いい人だと思うよ、私。美人だし、カッコいいし、意外に賢そうだし」


 とアイリスが重ねて言う。


 しかし、美人やカッコいいはまあ分かるとして、賢いだって?

 シーラにアイリスがそんな印象を抱くとは、思ってもみなかったな。

 それとも今日ここに来てからのあいつの言動の中に、彼女にそう思わせるような何かがあったのだろうか。


 ……いや、今はそんなことよりも。


「……あいつとは、そういうんじゃない。本当に。そもそも俺は、再婚する気なんてない」

「でも、向こうは満更でもないみたいだったけど?」

「……」


 いきなり図星を指された俺は、思わず口を閉ざしてしまった。

 こちらのそんな様子に推測を確信へと変えたアイリスは、


「パパ、もしかして分かっててやってるんだ? そういう気はないのにいつも二人で飲んだり、今日に限っては送らせたりするなんて、シーラさんかわいそう。勘違いしちゃうよ、普通なら」


 と攻勢を強めてくる。


「……同僚と二人で飲むくらいのことに、勘違いもくそもないだろ。だいたい、俺がいつもシーラと飲んでるだなんていつ言った? 他のやつと飲んでる可能性だって——」

「でもそうなんでしょ? 分かるよ、そういうの」

「……」


 やっぱりアイリスには敵わないな。というか、彼女と戦おうとすること自体間違っているのだろう。

 だからここは、方向性を変えるべきか。


「……アイリス、何が不満なんだ。言いたいことがあるなら、はっきり言ってくれ。出来るだけのことはするから」


 そう告げると、今度はアイリスの方が押し黙った。


「……ごめん、変なこと言って。途中からちょっと、私情が混ざってた」


 しばらくの沈黙の末。彼女は髪の毛を弄りながら、そんなことを言う。


「……いや、だから、私情でいいから、言いたいことを言ってくれって言ってるんだが」

「……それは無理かな。蓋してた感情が、爆発しそうになるから」

「……なんだよそれ」


 よく分からん、と首を捻る俺にまた微笑みかけると、


「とにかく、シーラさんはいいと思うよ。それだけ。あ、夕食はちゃんと食べてね」


 と言い残して、アイリスは自分の部屋へ引き返して行った。


 部屋に残された俺は、ため息をつく。最近は娘の考えが全く分からない。

 前はもう少し分かりやすかったはずなのに——いや、それこそ傲慢な考えというものか。

 俺は単に彼女のことを、分かったつもりになっていただけなのだろう。


「……とりあえず、飯、食うか」


 俺はポツリと呟くと、ベッドから重い腰をよろよろと持ち上げた。


* * *


 その後シーラは、長いブランクを経てちょくちょく俺の家へ顔を出すようになっていた。

 わざわざ断るのも変かと思い、今のところは俺もそれを受け入れている。


 アイリスが何を考えているのかは、相変わらず読めない。

 ただ少なくとも、シーラが来ることに表立って彼女が何か言うことはなかった。


 そんなある日の夜、シーラが家にやって来た。

 その日は彼女とギルドで顔を合わせなかったので、俺は当然の如くまっすぐ家に帰り、これからアイリスと夕食を取ろうとしていたところだった。


「いやー、私もちょっと、料理してみたんだけどさ。これ、作り過ぎたから貰ってくれないか?」


 俺が家の戸を開けると、シーラは鼻の頭を掻きながら、開口一番そう言った。

 見ると確かに、彼女は両手で鍋を抱えている。蓋がしてあって、中に何が入っているのかまでは分からなかった。


「あー、どうすっかな……」


 断り辛いところだが、こちらは既にアイリスの夕食がある。

 若い頃ならともかく、今現在の俺の胃の許容量的には、正直勘弁して欲しいところだ。


 一方シーラは、俺の様子から何が言いたいのかを察したようで、


「あー、そっか。お前のところは、アイリスちゃんが作ってくれるんだったな。悪い、忘れてた。でもこれ、そうすると他にあげる当てもないしな……」


 と眉根を寄せる。結局俺はそんな彼女を見るに見兼ねて、


「……分かった。せっかくだから貰うよ。いいか?」


 気付くとそんなことを言っていた。シーラはみるみる内に顔色を良くして「うん!」と首を大きく縦に振る。


「……ちなみにこれ、中身はなんだ?」


 鍋を受け取り、もののついでにと聞いてみると、


「ヘッヘッヘ! 聞いて驚け、なんとシチューだぜ!」

「……嘘だろ」


 俺は呆然と呟いた。

 よく聞こえなかったのか「ん? なんか言ったか?」と尋ねてくるシーラに「いや、なんでもない」と返して、満足げに帰ってゆくシーラを見送る。


 彼女の後ろ姿が完全に見えなくなった後、俺は鍋の蓋を外してみた。

 確かにそこには、肉やジャガイモなどの入った白いスープがたっぷりと入っていて。


「……嘘だろ」


 俺は改めて呟いた。

 なぜならそれは。今日アイリスが作ってくれたものと、全く同じだったからだ。

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