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6 これでも付き合い長いから

 シーラと久々に飲んで以来。仕事終わりに時折俺は、彼女と飲みに行くようになっていた。


 シーラに惹かれていたのかどうかは、自分でもよく分からない。

 もしかすると、ちょっとは惹かれていたのかもしれない。

 実際彼女は魅力的だし、俺のような男にはもったいない女だと、心の底から思う。


 ただ、アイリスとシーラのどちらかなら、シーラと恋愛する方が世間的には遥かに「正常」なのだろう——そういう意識が俺の根底で働いていたのも、間違いなくて。

 そして、そんな考えを抱くこと自体が、二人に対して不誠実なのだろうという自覚もあった。


 詰まるところ、俺は自分を取り巻くこの関係に、日に日に頭を悩ませるようになっていた。


 そんなある日のこと。珍しく俺は自分からシーラを誘って、飲みに行くことにした。

 理由は自分でもよく分からない。これもまた、魔が差したというやつなのかもしれない。


——いや、本当は分かっている。


 要するに俺は、彼女の優しさに甘えて、安易な快楽へ身を溺れさせたいだけなのだ。

 そんな卑しさに気づかないふりをする自分の性根が、吐き気を催すほど嫌になる。


 誘われたシーラの方は初めきょとんとした目でこちらを見ていたが、徐々に顔を綻ばせると、「よっし!今日は景気良くいくぞォ」と言いながらこちらの背中をバンッと叩いてきた。


 そのあまりの強さに咳き込みながら「力加減を考えろ、このバカ女」と文句を言うと、「ヘヘッ、だって、嬉しかったんだもん」と彼女は口元をニンマリさせる。


 そんなシーラの様子に俺は、嬉しいという感情よりむしろ、罪悪感の方を強く抱いた。

 かと言ってこちらから誘っておいて、「やっぱりなしで」などと言えるはずもなく。


 俺は彼女と二人、ギルド内の酒場でグダグダと酒を飲み、酒に呑まれた。


* * *


 その日は日々のストレスが溜まっていたのか、珍しく酒へのセーブが効かなかった。

 おかげで俺は、近年稀に見るレベルの泥酔っぷり。

 反対に珍しくあまり酔っていなかったシーラは、「お前、そんな状態で家まで帰れるのか?」と形のいい眉を顰めている。


「帰れるわ!俺を、誰だと思っへる!」

「……うん、これは無理そうだな。よし、分かった。今日は私が送ってやる。感謝しろよ、アラン」


 辛うじて残っていた理性が、シーラとアイリスを会わせてはならないと全力で告げていた。

 なので、うまく回らない呂律を精一杯使って、彼女の提案に抵抗する。


「嫌だ! おえは、一人で帰れるんだ!」

「ほーう。そんなに言うなら、とりあえず店の外まで行ってみろ」

「その勝負、乗っら!」


 そうして歩き出して数歩。酒場内の客のいないテーブルの角に足をぶつけ、床に蹲っている情けないやつがそこにはいた。

 何を隠そう、俺のことだ。


「……この様子だと、明日には何も覚えてないな。せっかく恩に着せてやろうと思ったのに」


 シーラは呆れたようにため息をつくと、俺の右腕を彼女の右肩へ後ろから回した。

 そうして持ち前の怪力で、俺を店の外へ引っ張ってゆく。


 酒場を出た後、シーラはまるで俺の家までの道を覚えているかのようにずんずん突き進んで行った。

 散々酔ってはいたもののまだ正常な判断力を微かに残していた俺が、結局彼女とアイリスとの出会いを阻止出来なかったことに諦念を覚えつつも、「お前、ウチ来たことあっらっけ?」と尋ねると、


「昔に何度かな。アランとウェンディが、同棲する前だよ」


 とぶっきらぼうな答えが返ってくる。


 確かに昔は同じ冒険者仲間を家に泊めたり、その逆にこちらが泊まりに行ったりというのを時々やっていた。

 その中にシーラもいたのだろう。ウェンディと同棲してからは、そういうこともめっきり無くなったが。


 半ばシーラに引き摺られるようにしてしばらく歩いていると、ようやく家の前に辿り着いた。

 シーラがドアをノックすると、中からパタパタと弾むような足音が聞こえた後、ギイッと扉が開く。


「お帰りなさい、パパ。夕食出来て——」


 ドアを開けたアイリスは、いつものようにそう言いかけたところで、俺の隣のシーラを見て言葉を止める。


「……ええっと、こちらの人は?」

「私はシーラ、シーラ・エッセルだ。アランと同じ冒険者で、今はこいつとお付き合いさせて貰ってる」

「付き合ってはねえだろ。ええと、なんだ……そう、飲み仲間らよ、飲み仲間」


 朦朧とした意識の中でなんとか否定すると、シーラはカッカと笑ってから、「わかってるよ。ちょいと冗談言ってみただけだ」と肩を竦めた。そんな俺たちをアイリスは交互に見やった後、「……へえ」と呟く。

 それから思い出したように、「あ、私はアイリスって言います。アイリス・ノートンです」と自己紹介を付け加えた。


「知ってるよ。アランから聞いてる。こいつは口を開けば、アイリスちゃんアイリスちゃん、だからな」

「……んなこたねえらろ」

「まあ、そう強がるなって。こんな可愛い娘がいたら、そりゃそうなるのも無理ねえよ」

「……アイリスが可愛いのは、否定出来らい」

「ハハッ! やっぱりアラン、お前の芯はブレないな」

「……どういうことだよ」


 軒下でそんな会話をシーラとしていると、


「ええと、シーラさん、でしたっけ。父と仲が良いんですね」


 にこやかな笑みを浮かべながらアイリスが言った。

 散々酔いが回って頭の鈍くなっている俺ですらその笑みにどこか威圧感を覚えたのだから、シーラはさぞかしビビっているのだろう。そう思って横を見ると、意外にも彼女は不敵な笑みを浮かべている。


「まあな。これでも付き合い長いから。……こいつ重いから、せっかくだし中まで運ぶよ。入らせてもらってもいいか?」


 付き合い長いから、のところで、アイリスがぴくりと眉を動かすのが俺には分かった。

 ……頼むぞ、シーラ。お前に悪気はないのだろうけど、あんまり地雷を踏むようなことは言わないでくれよ。


「ええ、もちろん! シーラさん、とっても力がお強いんですね!」


 弾むような、でも、どこか普段よりよそよそしさを感じさせるような、そんな声でアイリスが言う。

 シーラはそれを全く意に介さず、「だろ? これでも鍛えてんだぜ」と俺を両脇から抱え上げた。

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