12 告白
しばらく馬を走らせると、ようやく目当ての姿が見えた。
黄金色の髪をたなびかせた少女が、魔術師らしいローブを身に纏いながら、杖を片手に一歩一歩足を運んでいる。
——あいつ、一人で移動してたのか。
一人でアイリスを追いかけていた自分のことは棚に上げて、俺は歯ぎしりした。
全く、危ないにも程があるぞ。
とりあえず無事なようだから良かったが、野盗や魔物に襲われていたらどうなっていたことか。
ただでさえ女の一人旅は危険なのに、あんなにかわいいアイリスなら、なおさら危ないじゃないか。
さらに馬の速度を上げさせ、俺はアイリスの元へ向かう。とにかく一刻も早く、彼女に会いたかった。
謝りたかった。感謝したかった。抱きしめてやりたかった。
その時ふと、アイリスの横から何かが飛び出すのが見えた。目を凝らすと、どうやらそれはダークウルフのよう。
三匹がかりで、彼女を囲むようにして追い詰めてゆく。
俺はますます馬の速度を上げさせた。無理を強いたせいか馬がいななき、その声にアイリスはこちらを振り向いた。
分かりやすく現れた彼女の隙を狙って、背後のダークウルフがアイリスへ飛びかかる。
まずい、と思ったその瞬間。
アイリスの杖から閃光のようなものが周囲に飛び出したかと思うと、バチッという音が辺りに響き渡った。
あまりの眩しさに目が眩み、驚いた馬は急停止してその場でヒヒーンとわななき声を上げる。
少しして視力が戻り、どうなったんだ? とアイリスの方を見やると。
そこにはダークウルフが3匹転がり、肝心の彼女は、その真ん中で杖を肩に乗せながらこちらを見据えていた。
……魔法学院でも優秀だとは噂に聞いていたが、まさかここまでだったとはな。
俺はどうやら、いらない心配をしていたみたいだ。
そう言えば、シーラと会う前に撃退した野盗が、さっきのやつもめっぽう強かった、とかなんとか言ってたような。
まさかアイリスじゃないよな? それ。
「……強くなったな、アイリス」
「……どうしてここに?」
ひとまずアイリスを恐がる馬から降りて、彼女から離れたところにある木へ曳き手で括り付けながら言う。
すると、俺の動きを口を引き結びながら黙って見ていた彼女は、開口一番そう尋ねてきた。
「どうしてもなにも、アイリス、お前を連れ戻しに来た。帰ろう、家に」
俺は右手を差し出した。だが、アイリスはその手を受け取らなかった。それどころか、一歩その場から後ずさった。
「……私、卑怯だ」
俯き加減にぽつりと呟く。
卑怯なのは俺だよ、と言うと、ううん、と彼女は首を振ってから、ぐっと顔を上げて話し始めた。
エメラルド色の瞳が、きらりと光った。
「あの手紙さ。もちろん私は、本気で旅に出るつもりで書いたんだよ? 自分ではそのつもりだった。でも、今パパの顔見たらやっぱり嬉しいって思ってる自分がいて、パパが私を追いかけてくれるかもしれないって、どこかで期待しながらあの時の私は書いてたんだろうなって、今考えると思うの。手紙を読んだらパパが私とシーラさんを天秤にかけるだろうって、分かってたんだと思うの、私。だから、私がパパに、選択を迫ったの。ね、ずるいでしょ?」
ひと息に喋り終えると、アイリスはその宝石のような瞳で、こちらをぐっと睨みつける。
俺はため息をつきそうになるのをこらえ、口を開いた。
「……仮にそれが本当だとしても、お前が卑怯だということにはならない。そもそもちゃんと選択してこなかった俺が悪いってだけの話だから。アイリス、お前が気に病む必要は——」
「いいよもう、そういうの。パパのその、『全部俺が悪いから、お前が気にすることはない』っていうの、聞き飽きたよ。ここまで来ておいて、まだそんなこと言うの?」
「…………」
「……やっぱり私、行くね。パパから私の欲しい答えは、聞けそうにないから」
アイリスは俺に背中を見せると、そのまま歩き出そうとする。俺は思わず、彼女の手を掴んだ。
「……なに?」
「…………」
アイリスの言う通りだ。自分のせいだとか何とか言って本当の気持ちを適当に誤魔化して、それで俺は良いのか?
義理の娘とそういう関係になるだなんておかしいとか、そういう「常識」にばかり囚われて。
本当に俺が言いたいのは、そんなことじゃないはず。そう、俺が言いたいのは——
「……愛してる、アイリス」
——やっと言えた。そうだ、これが俺の、本当の気持ちだったんだ。
霧がぱあっと晴れたような、そんな気がした。
アイリスは、ぼけっと俺の目を見つめていた。
しばらくしてようやく言われたことを理解したのか、「ッ!?」と目を見開き、顔を赤らめて俺の手を振り解く。
それから顔を逸らすと、「どうせまた、『娘として』ってやつでしょ? 私、騙されないから」とぼそっと呟いた。
「違う。自分でもおかしいとは思うけど……たぶん、一人の女として」
「たぶんって何? はっきりしてよ、男でしょ?」
「悪い、そうだな……じゃあ、改めて言うぞ、アイリス」
俺は頭を搔くと、ごほんと咳払いしてから背筋を伸ばした。
アイリスの方でも、落ち着かなげに髪を整えたり服の裾をいじったりしていたのはちょっとばかり不思議だったが。
「愛してる、アイリス。だからその、改めて……俺と一緒に、暮らしてくれないか」
その言葉を口にした瞬間。
娘は——いや、アイリスは。呆然と、涙を流した。
* * *
その日は、それなりに依頼が上手くいき、鼻歌を歌いながら俺は家路についた。
家の前にたどり着くと、ちょうど中からドアが開く。姿を見せたのは、鮮やかな金髪と翠玉色の瞳を持つ、見慣れた少女。
「お帰りなさい、アラン」
「ああ、ただいま。……でも、よく分かったな。俺がちょうど帰ってくるだなんて」
驚いた俺がそう言うと、アイリスはふふんと笑って言った。
「舐めないでよ。私、アランのことならなんでもお見通しだから」
「……マジか」
俺は天を仰いだ。
最近俺は、ひと回り年下の嫁の尻に敷かれている。
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