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1 せりじゃねえんだから

本作は元々短編にしようとしていたものを、思いの外長くなったので分割して長編にしたものです。

短い間になりますが、どうぞよろしくお願いします。

 冒険者家業でなかなかパッとしなかった俺——アラン・ノートン——は、自分で言うのもなんだが、女に関しては良縁に恵まれたように思う。

 結婚相手のウェンディは、それほど良い女だった。

 たった今、病気で早死にしちまったという事実にさえ目を瞑れば。


 ウェンディは俺と同じ冒険者で、結婚する時彼女には年端のいかない連れ子がいた。

 俺とウェンディの間には結局子供が出来ずじまいだったから、俺はこれからその連れ子——アイリスという名前だ——と二人で暮らすことになる。王都の端っこの、ボロっちい家で。


 アイリスには魔法の才能があった。


「この子は将来魔術師になるのかな……ま、何にせよいい学校に行かせてあげたいね」


 生前のウェンディは、ことある毎にそう言っていたものだ。

 そして俺自身も、アイリスには良い学校に行ってもらって、良い暮らしをして欲しいと思っている。

 亡くなったウェンディの願いを叶えてやりたかったし、何より彼女の忘れ形見には、幸せになって欲しいから。


「パパ。なんかママ、冷たいね」

「……ママとは、しばらくの間お別れだ」


 ベッドに横たわったウェンディの亡き骸。

 その手に触れながら首を傾げるアイリスの、さらさらと背中を流れる金髪を撫でながら、俺は誓った。


 娘の成長は、俺が責任を持って見守ってやらねば、と。


* * *


 妻が亡くなってから、数年が経った。

 娘は順調に成長し、魔術の腕をめきめき上げた。そして、魔法学院への入学の切符を手中に収めた。


 入学金やら学費やらのせいで我が家の財政は危機に陥ったが、達成感こそあれ、後悔など全くない。

 娘の才能を伸ばしてくれる環境のためなら、ちょっとのお金くらいは安いもんだ。


 そして今日は、待ちに待った入学式の日。

 アイリスの制服姿を目にした途端、感極まって目からぶわっと涙が溢れ出した。


「パパ、どうして泣いてるの?」


 アイリスは母親譲りのエメラルド色の瞳を丸くしながら、不思議そうに尋ねてきた。


「俺は、お前が大きくなって、嬉しくてしょうがないんだよ」


 自分が実は本当の父親ではないこと、それでも彼女のことを実の子供のように思っていて、こうしてここまで苦労しながら——もちろんそれらの苦労は、目に入れても痛くないほど可愛いアイリスのためと思えば、微々たるものだったが——育ててきたこと。


 胸に迫りくるあらゆる思いを、アイリスにも分かるように一言にまとめて答えると、彼女は何を思ったか「パパ、おんぶして」と唐突に正面で両手を広げてくる。


 不思議に思いながらも、娘に甘い俺は特につっこまず、彼女に背中を向けて手を構えた。

 びとっと背中に飛び付いた彼女は、短い手を伸ばして「いい子、いい子」と俺の頭を撫でさする。


「……なんで、娘にいい子いい子されてるんだ?」


 自嘲気味に呟くと、「だって隣のダイブルさんも、こうやって頭にたんこぶができた子をあやしてたよ?」ときょとんとしながらアイリスは言った。彼女からすると、俺は隣家のガキと同じ扱いなのか……と僅かに落ち込む。


 しかし思えば、背中に乗る娘の身体の重みも、以前に比べて随分とずっしりとしたものだ。

 このまま順調に成長すれば、彼女にも親離れの時期が来て、「パパ、なんか臭い!」とか言い出すのだろうな。


 ——今のうちに、アイリスと出来るだけ触れ合っておかねば。


 背中に張り付く彼女の温もりを感じながら、そんなことを思った。


* * *


 アイリスが魔法学院に入学し、数年が経った。彼女は学院の寮に入らず、家からの通学を続けていた。

 寮費がそれなりに高かったというのもあるが、何よりそれを、アイリス本人が望んだためだ。


「パパ、お帰り。夕食作っといたよ」

「お、おう」


 アイリスはこうしてよく、冒険者家業を終えてくたびれながら帰宅する俺を迎えてくれる。

 もちろんそれは俺にとって嬉しいことなんだが、一つ気になることもある。


 それは、アイリスの学院での生活。

 なにせ彼女は1日たりともバカをやったり夜遊びしたりすることなく、非常に規則正しい日々を送っている。

 初等部の頃はまだまだガキだったしそんなものだろうと思っていたが、彼女も今年で14歳。

 贅沢な話だとは思うが、あまりに手がかからないので逆に心配になってしまう。


——もしかして、俺のせいなんじゃないか?


 唯一の肉親——厳密にはそうではないが、実際にはもうほとんどそのようなものだ——の俺を優先し、心配をかけたくないがあまり、学院での友人関係が疎かになっているのではないか。そんな考えが、ふと頭をよぎる。


「……アイリス。お前、学校の方は大丈夫なのか?」


 その日の晩。俺は食卓の向かいに座る彼女に、単刀直入に聞いてみた。

 アイリスはスプーンを動かす手を止め、きょとんとこちらを見る。


「何のことかよく分からないけど、大丈夫だよ、私」


 こうして間近でじっくり彼女を見ると、最近ますますウェンディに似てきたな、と思う。

 親の贔屓目じゃなしに、学院の貴族の坊ちゃん方にもさぞモテることだろう。

 だからこそ、なおさら俺は、こうして毎日アイリスが俺と食卓を囲んでいるのを不思議に思ってしまう。

 彼女には、然るべきところからのディナーの誘いなり何なりがあるはずなのだ、絶対に。


「……本当か?その、俺を心配する必要はないぞ。もっとパーッと派手にやってくれても、こっちとしては構わないんだぞ?」

「派手にって何よ。だいたい、うちにそんな余裕ないでしょ」

「ぐっ……」


 それは確かに、その通りだが。全く、痛いところを突きやがって。性格までますますウェンディに似てきたな。


「……言っとくけど、私は別に、無理なんてしてないから。自分のしたいことを、してるだけ」

「こうして毎日、二人分の夕食を作ることもか?」

「そうだよ。知らなかった?」


 小首を傾げながら、婉然と微笑むアイリス。そんな顔をされてしまっては、こちらとしても何も言えず。


「……まあとにかく、何か要望があったら言え。確かにうちは金持ちじゃあないが、それでも絶対に、お前に不自由はさせないつもりだ」


 ぼそぼそ呟くように言うと、正面のアイリスは、花が咲いたようににっこり笑みを浮かべる。


「じゃあ、一つだけ」

「……なんだ?」

「暇な時で良いからさ。パパの冒険者家業、付いてっても良い?」

「ダメだ」


 きっぱり却下すると、「なんでよ、パパのケチ」とアイリスが頬を膨らませる。

 たとえ過保護と言われようと、彼女にその実力があろうと、そこだけはどうしても譲れない。


「何度も言ってるだろ? 冒険者なんて、本来いい大人のやる仕事じゃない。俺は何の才能もないろくでもないヤツで、たまたま他にありつける仕事もなかったからそうしただけだ。前途有望なお前の前には、もっと良い将来が沢山転がってる。だから俺の冒険者家業に付き合うくらいなら、魔法の一つでも覚えて——」

「パパの言う、『良い将来』って何?」


 こちらの言葉を途中で遮り、アイリスが言った。いつの間にか俯いているせいで、表情がよく見えない。

 

 そんな彼女の様子に戸惑いながらも、


「そりゃ、宮廷魔術師に、貴族お抱えの魔術師。仕事じゃないならその、貴族の坊ちゃんと結婚、とかか?」


 と一つ一つ挙げていくと、


「そういうのって、今こうして私と二人でいるのよりも、楽しいこと?」


 顔を上げないまま、アイリスがまた尋ねてくる。


「……それは分からない。でも、そもそも、楽しいかどうかって問題でもないだろう」

「そうかな? 私はそれが、一番大事だと思うけど。……それと」


 アイリスはそこで一旦言葉を止めると、ぱっと顔を上げる。驚いたことに、彼女の目には涙が浮かんでいた。


「自分のこと、何の才能もないろくでもないヤツとか、言わないで。好きな人がそうやって自分を卑下するのを見せられる、こっちの身にもなって」

「いや、だって、本当のことだし——」

「良いから、返事して」

「……分かったよ」


 俺は席を立つと、アイリスの椅子の背後に回って、背中側から彼女を抱きしめた。

 しょうがないな、この子は。そして俺も。


「……今のは俺が悪かった。お前の忠告に従って、そうだな、今日の食卓に出てきた人参一切れ分くらいは、自分の仕事に誇りを持つことにするよ」

「……それじゃ足りない」


 グスッと鼻をすすりながら、アイリスは言った。


「じゃあ、チーズ一切れくらい?」

「……もうちょっと」

「……肉一切れ?」

「……もう一声」

「せりじゃねえんだから」

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