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あの合コンから2週間たった。あれから、松田くんとは連絡をとっていない。こんなに連絡をとっていないのは、仲良くなってから初めてかもしれない。
でも、それは仕方ない。
だってどんな顔をして、どんな声で、どんな話をしたらいいか、さっぱりわからない。
あんなにわがままを言っていた時は、なんでも躊躇わずに言えたのに、もう今は何も言えない気がした。
「いつから…」
いつから、あの人は私のことを好きだったのだろう。
思い出しても、わからない。自分の何がいいのか、なんてわからない。
「あ、渡辺さん」
昼に食堂で一人でご飯を食べていると、ちょうど空いた目の前の席に人が座る。この間の合コンに誘った子だ。ここいい?と言われて頷いた。
「安藤さん、この間はありがとう」
突然誘ってごめんね、でも来てくれて助かった、と言うと、安藤さんは笑った。
「ううん、誘ってくれてありがとう」
その笑顔は私がみても可愛いと思うようなものだった。
そう言えば、彼女はあの会で元カレと再会したのだと思い出す。
何だか、羨ましいな、と思う。
彼女の隣に居続けた彼は、最初からずっと、彼女だけをみていた。
どうしてそれを知っているかなんて、簡単だ。
私が彼を見ていたから。
私が彼を見る。
彼は彼女を見る。彼女だけを見る。
みんな、自分が想っている人のことを、見ている。
思わずぼんやりとしていると、
「あの会、先に帰ってごめんね」
そう言って安藤さんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「…ああ、大丈夫」
少し時間が経ってから、私は返事した。実際、私はあの会のいろんなことを忘れていた。彼女が元カレといなくなった時も、最初は嫌だったけど、もう、そんなこと頭から抜けていた。だから反応が遅れてしまった。
だって、もっと衝撃的なことが起きたから。
松田くんが、私を好きだと言ったから。
安藤さんは私を見た。
「あの、あっちの幹事の人、渡辺さんの同級生だよね」
「うん」
どうしてそんな話を出したのかわからなくて、私は疑問に思いながら返事する。
「え、何かあった?」
あの会のことを思い出そうとしていると、彼女は首を振った。何もないと言った後で
「すごくいい人なんだってね」
そう、笑った。
それが誰から聞いたのかは、聞かなくてもわかった。あの、とてつもなく格好いい『元カレ』からなんだろう。
「明るくてみんなのムードメーカーで、仕事も頼りになるって」
そんな事はわかっている。昔からあの人はそうだった。
優しくて、明るくて、いつも人のために頑張っている。そういう人だ。
私が口を開いた時、私の斜め前の椅子が引かれた。
「ここ、いい?この間お疲れ様」
この間の合コンに誘った別の子だ。
彼女にお礼を言いながら、私と彼女は知り合いと再会もせず、いい出会いもなく全く収穫のない会だったことに気が付いて、彼女には悪いことしたな、と思う。
きっとあの会の話になるんだろうな、と思っていたら斜め前の彼女が私を見て声をかけてきた。
「ねえ、渡辺さん、お願いがあるんだけど」
「何?また合コン?」
企画するの大変だな、と思いながら、返事すると、彼女は首を横にふった。
「あの男性側の幹事だった松田さんって、渡辺さんの知り合いだよね」
「大学の同級生だけど、何?」
どうして松田くんの話が出るのかわからなくて、私は聞き返した。彼女は私の方をチラッとみてから口を開く。
「松田さんの連絡先を教えて欲しいんだけど」
その言葉に、私は固まった。
言われている意味が理解できなかった。
「どうして?」
聞き返すと、彼女はなんでもない事のように答えた。
「あの会で少し話したけど、ちょっといいなって思って。でもあの人、連絡先教えてくれなかったから」
言葉を失っている私に気がつかずに、彼女は話を続ける。
「あの人いい人だったし、ちょっと連絡してみようと思って」
松田くんはいい人だ。それは保証する。
だけど、『ちょっと』いい人、ではない。私が知る中で世界一、いい人だ。
だから、『ちょっと』連絡するなんてことは、やめて欲しい。そんな適当な気持ちでなく、しっかりと真剣に彼を思って欲しい。
本気で彼に接して欲しい。
だけど彼女は本当にさらりと続けた。
「とりあえず、一回飲みに誘ってみようと思って」
私はそれにも不満を感じる。
話の流れとはいえ、彼のことを軽く扱われたような気がして、とてもいやな気持になる。
そして、この彼女が松田くんに声をかけて、二人で飲みにいくところを想像する。
多分、松田くんは彼女の好みを聞いて、いいお店を探すだろう。
だけど、よく私といくお店には連れて行かないで欲しい、と思う。
あのお店は良いお店だから、一緒に行くのは私だけにしてほしい。
でも、それからすぐにあのお店でなくても、どこのお店でも他の女性と行かないでほしいと思う。
そして松田くんが誰か他の人と並んで楽しくお酒を飲んだり、笑い合っていることを想像しようとして…
でも、それは想像できなかった。
想像できなかったのではない。考えたくなかった。
「ねえ、渡辺さん、聞いてる?」
斜め前から、少し苛立った声が飛んできた。私は黙ったまま彼女をみた。
「いいよね?渡辺さん。お願い」
彼女はランチを食べながら、本当にあっさりと口にした。
「あの人、ちょっと良かったよね」
だから、あの人は『ちょっといい』ではない。
そう思って、また苛立って、そして私は動きを止めた。
あの人は…なんなのだろう。
どうしてか、私は返事できなかった。
私は遠くを見る。
あの人は、私にとって、どんな存在なのだろう。
そして、私は何をこんなに嫌がっているんだろう。
そうして、ようやく、とても大切な事に、気がついた。
誤字脱字報告いただきました。ありがとうございます。
次回で完結です。31日の23時に更新します。