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午前中、私のスマホに連絡が入る。

『ごめん、今日ダメになった。また誘って』

私はデスクの上のP Cを操作しながら、それを横目に見て、思わずため息をつく。


これで二人目。

そう思って、もう一度ため息をつく。

幹事の苦労をみんなわかってない。


あの日、気まずいまま別れたのに、松田君は翌日メールをくれた。

そして律儀なことに、私の望むように合コンを手配してくれた。

『あの人は無理だけど、いいやつに声かけるようにするから』

私は謝ることも、「もういい」の一言もいえないままだ。


ただ、松田君の言葉が影響しているのか、最近は少しメイクをナチュラルにしている。

おかしいのは、メイクの時間も手間も省いているのに、それを褒められる事だ。なんだか納得はいかないが、それはそれでいいのかと思っている。


今日はその合コンの日。

なのに、運悪く参加するはずの人から、しかも二人も断りの連絡が来る。

「最悪」

だから昼休みに私はあわてて代理を探すことになる。なのに今日に限って、みんな断られる。

焦りながら人を探していたら、ちょうどトイレに同期が二人いた。

そこまで仲のいい子達ではないけど、声をかけてみる。


案の定、二人とも渋っていたけれど、最終的にはなんとかO Kをもらう。私は内心ほっとした。

二人とも大人しいけど、しっかり者で、仕事の評判もよかった。見た目もいい。メイクはナチュラルなのに、清楚な感じで可愛らしい。ネイルはしていないけど綺麗に桜色の爪をしていて、ネイルもいらないくらいだ。


だけど、それができるのは、二人とも元々可愛いから。


二人とも可愛らしい。女の私が見てそう思うのだから、きっと男の人はこんな子が好きだと思う。今日だって二人とも、なんでもないブラウスにスカート姿なのに、流行りの形のワンピースを着ている私よりずっと可愛い。

私が彼女たちと同じようにしていたら、きっと冴えない、地味な子になってしまう。


悔しいとも違う。

負けたくない、とも違う。

だけど、少しでも自分を良く見せたい。


そのせいだろうか、せっかくナチュラルに仕上げていたメイクなのに、つい以前みたいにアイラインを太めに描いてしまった。そして、ポーチの中の口紅を取り出す。


本当は今日つけていなかった色の口紅。

何年も『彼女にしたいナンバーワン』になっている人気の女優が宣伝している今年の新色。発売開始から大人気で、買うのも大変だった。

少し青味の入ったはっきりしたピンク色。


私にはこの色は似合わない。それはよくわかっているし、別にその女優も好きではないけれど、なぜかこれを買ってしまった。その理由は宣伝している女優が綺麗だったし、男性からの人気があるから、だと思う。

そして私はその口紅をつけてしまった。

何だかそうせずにはいられなかった。


だけど、結果は散々だった。


会が始まったとき、私は一人の人に目を奪われた。メガネをかけた切れ長の目の男の人。10人が10人、格好いいと言うような人。

松田くん、ありがとう、と心の中で手を合わせて、話しかける。

だけど、ダメだった。

彼は、彼曰く『元カノ』と話すのに、夢中だった。途切れがちな会話の合間に話に参加するけど、全く効果はない。

もう一人、遅れてきた男の人も、いいなと思った。

だけど、こっちはもう最初から一人に狙いを絞って、周りの気遣いも無視していた。


その二組が二組とも、会が終わるのを待つようにいなくなってしまったのだから、もう、散々だった。

二次会は無しになって、私は結局また松田くんと飲みに行くことになる。


「サイアクだ」


私はそう言ってハイボールを飲む。ちょうど届いたからあげを摘んだ。サイアク、と言いながら唐揚げもハイボールも美味しい。私は合コンには満足できないけど、それには満足する。

なんだかんだ、今日はプラスマイナスゼロくらいには持ってこられたかもしれない。

松田君は苦い顔をしてビールを飲む。

「いや、あんなに知り合いが集まるなんて、すごいよな。こんな偶然ってあるんだな」

同級生とか、元カノ、とか、こんな風に偶然会うことなんて、本当にとてもすくないのに、それが今日の会で起きるなんて、奇跡みたいな確率だと思う。


「ああいうの、本当に運命っていうのかもな」

松田君はそういって、笑った。

だけど、わたしはあからさまに大きなため息をついてしまった。


運命とか、そんなの簡単に言わないでほしい。

そんなの、運命じゃない人たちが悲しくなるだけだ。


運命じゃなかったら、ダメなんだろうか。

運命という単語で、私たちはいろんなことを諦めないといけないのだろうか。


私はハイボールを飲みほすと、お代わりを頼んだ。飲まないとやっていられない。

「おい、飲みすぎるなよ」

松田君は珍しく私の手を握って、グラスを傾ける私を止めた。それを私は不満げに見てしまう。


悪いのは私。

わかっているけど、返事がでない。

松田君は私の腕から手を離すと、困ったようにうつむいて、それから自分の前のグラスを傾けた。

「あのさ、渡辺」

私は黙って松田君へ顔を向ける。松田君は私と視線があうと、それをすっとずらした。

「もう、こういうの、よくない?」


言っている意味が分からなくて、私は首を傾げた。

「こういうのって?」

松田くんは珍しく言い淀んだ。視線を下に向けて彷徨わせる。

「こういう…合コンとか。もういいんじゃない?」

私は思いっきり嫌そうな顔をした。彼氏がいないんだから、合コンだってしないとできることもない。

「そんなの無理だよ。だって彼氏いないし。松田くんだって彼女いないじゃない。だから合コン行かないと。そうでしょう?」

松田くんは顔をあげた。そして私の目を見る。いつにない真剣な顔に、私は少しだけ怯む。

「何?急に」

黙り込んだ松田くんは、目の前のビールを手にするとそれを持って一気にグラスを開けた。

「ちょっと、どうしたの?」


私が声をかけてもお構いなしに、全部飲み干すと、大きな音を立ててグラスを置いた。

「渡辺」

そう言って顔をあげた。まっすぐに私を見据える。

「いい加減わからない?」

「何が?」

「今までの俺のこと見て、わかることない?」

何が言いたいのか、さっぱりわからない。だけど松田くんがイライラしているのが伝わる。その勢いに押されて私は少し怖くなる。松田くんは少しだけ体を前にして、私を真っ直ぐに見つめた。


「俺、渡辺のこと好きなんだよ」

「え?」


思いも寄らない告白に私は驚いて、ただ松田くんの顔を見つめた。

松田くんはそのまま私の顔を見ながら続けた。

「好きでもない人間のために、こんなになんでもすると思う?」

「で、でも合コン作ってくれてたでしょ?」

好きな相手のために合コンを作るなんて、おかしい。そう指摘すると松田くんは苦笑いした。「それは頼まれたから」

そう言った後で、真顔になる。

「渡辺の頼みだったから、嫌だったけど、引き受けた」

そして本当に苦い顔をして続けた。

「でも、どこかでうまくいかなければいいって思ってた」

「ひどい」

思わず呟いた言葉に、もう一度松田くんは苦笑いした。

「ひどいのはどっちだよ」

人の気も知らないで、そう言って私から視線を逸らせて、ため息をついた。

「俺は好きだったよ、渡辺のこと。ずっと、学生の頃から」


「そんなの…」

その後の言葉は、辛うじて飲み込めた。


困る。


そう言おうとして、止まる。

それを言ったら、全部おしまいになってしまう気がした。


困るのか、実際は困っていないのか、もうわからない。

どうしていいのか分からなかった。


目の前のグラスについた水滴を、私はじっと見つめていた。

それがゆっくりと下に落ちてテーブルに広がるのを見て、涙みたいだと思った。



次は31日の夜に投稿します。


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