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私がまだ子供だった時。

私はかわいいいものが大好きな女の子だった。

フリルやリボンが好きで、洋服はそんなリボンやフリルで飾られたワンピースが好きで、色はもちろんピンクが好きだった。


私は恋愛小説や漫画が大好きだった。

そしてそんな小説でも漫画でもドラマでも、好きになるのは必ず主人公のお相手、つまりヒーローポジションの人だった。

物語の中で一番、格好良くて、強くて、なんでもできる素敵な人。

主人公はそんな人と結ばれるのが決まりで、そんなお姫様と王子様の話が大好きだった。私の本棚にはそんな話がたくさんある。


ヒロインには必ず、それにふさわしい相手がいる。

それが当たり前で、そんな話が大好きだった。

そして、心のどこかで、自分にもいつかそんな人が現れると思っていた。


だけど、私の生きているのは現実世界で、現実世界ではなんでも想像のようには行かなかった。


格好良くて、スポーツが得意で、成績が良くて、大人になってからは仕事もできる、誰が見ても素敵だと思うような人が好きで、いつもそんな人ばかりを追いかけてしまう。だけど、そんな人は、いつもクラスで一番美人だったり、かわいらしい子とつきあってしまう。

だから、結局うまくいかないことばかり。


別に私はクラスで一番可愛いわけでも、スタイルがいいわけでもない。

私は人目を引くような子ではない。人を惹きつけるような、何かを持ってもいない。

子供の頃も、今もそう。変わらずに、ずっと同じ。

私は物語の脇役。主人公じゃない。


脇役に王子様が振り向くことなんてない。

王子様が選ぶのは、物語で一番可愛くて、優しい素敵なお姫様と決まっている。


私はそんな人間ではない。私は主人公ではない。

そんなことはよく分かっているのに、こんな風にずっと王子様を夢見てしまう。


高校は女子校だったから、私の夢見る少女ぶりはますます悪化した。それでも大学に入ったら、彼氏はすぐに出来ると思っていた。けれど、実際は大学生活は隣に男性がいることに慣れたころに終わってしまった。

大学を卒業して就職した。

それから私は合コンに参加するようになった。そしていつの間にかその回数が増えていった。ちょっとみんなが引くくらい行っている。いわゆる『社会人デビュー組』だ。

最初は先輩に誘われて参加したけど、そのうち自分でも合コンを企画するようになった。そうすると、今度は今まで誘ってくれた先輩から合コンを頼まれることも増えた。合コンで知り合った人をツテにして、また新しい会を開く。

自分が行きたいわけでもないのに、頼まれるから企画したり、来られなくなった人をカバーするために参加する。


自分だけの王子様を探すための会は、いつの間にか仕事みたいになってしまった。


合コンは嫌いではない。でも、そこまで好きじゃない。

気も遣うし、緊張する。楽しいのかと聞かれたら、ちょっと答えに困る。

だけど、誘われたら断れない。


それから、合コンで欠員が出た時の穴埋めを頼まれたときは、何としても参加した。

だって、人が集まらないときの幹事って、とても大変だから。

私はそれをよく知っているから。

だから、幹事が困らないように、私は穴埋めの会にもちゃんと、参加した。


今日もそんな付き合いで参加した合コンだった。特に楽しいわけでもないのに、たくさん笑って終わった。だけど何を話したか、すっかり忘れてしまったし、何がそんなに楽しかったのかわからない。


会が終わって、私は一人駅まで歩く。疲れた足にはハイヒールはキツかった。

今日の会は先輩に誘われたもので、男性4人、女性4人の会。付き合いで参加したけれど、せっかくだから、少し気合を入れて買ったばっかりのワンピースを着て行った。


だけど、結果は散々。

私が最初にいいなと思った人は、その中の1番のイケメンだった。思い切ってその人に話しかけたけど、全然ダメだった。彼との話は3分くらいで終わって、彼は私から離れて、今日一番美人の先輩に声をかけていた。


どうせダメだと思ってたけど。そう思いながら私はため息をついた。

「かっこよかったのになあ」

ポツリと独り言を言う。

だけど不思議なことに、ついさっきまでいいと思っていた人の顔は、もうぼんやりとしか思い出せない。


私はため息をついて、履きなれないハイヒールでゆっくりと歩く。

痛いのは足だけじゃない。きつく結んだ髪も痛い。気を遣ってろくに食事もできなかったから、お腹も空いている。

何より、気持ちが落ち着かない。


私は鞄から携帯を取り出す。履歴の一番上にある番号を迷わず押した。

松田優一。


数コールで出た電話口の相手に私はいきなり泣きついた。

「松田くん、お腹すいた。飲みたい。今どこ?」

これ以上ない一方的な内容だけど、私は心置きなくわがままをぶつける。

電話口の相手は絶対に断らない。

分かっているから、こんなに無理が言える。

「え?何?今どこ?」

電話の向こうは大学の同級の松田君。

私の唯一の男友達だ。


困ったときは松田君。

これは私の中で決まっている絶対的な法則だ。彼は何があっても私を助けてくれることを私はよくわかっている。

大学の時も、困った時には松田くん。

進まない課題の手伝いも、試験前のノートを借りるのも、就職活動の時に落ち込んだ時の愚痴を聞いてくれたのも、いつも松田くんだった。


合コンに困った時も松田くん。

松田くんに頼んで、彼の会社の人を紹介してもらう。彼は大手の企業に勤めていたから、先輩からのウケも良い会ができた。


松田君とは大学で同じゼミだった。お互いそこまで目立つわけでも成績が良いわけでもない。共通の趣味もない。だけどなぜか仲がいい。

松田君はかなり気を遣うたちで、主張の強いゼミの人たちの中で、いつのまにか調整役になっていた。ゼミの中でもめ事があった時や、飲み会で、みんなをまとめるのが彼の仕事だった。最初、それを見て、個性の強い人たちに囲まれて大変だな、と思った。

だけど、松田くんは時々困った顔しながら、みんなのわがままをしっかり受け止めていた。


すごいお人好しだな。

それが彼の第一印象だった。


そんな彼と仲良くなったのは、ゼミの忘年会がきっかけだった。


やる予定もない忘年会を、急に教授がやりたいと言い出して、それにみんなが好き勝手に希望を言って、ただでさえ直前予約なんて難しいのに、勝手に幹事を押し付けられた松田君はわらいながら、でも頭を悩ませていた。笑っていたけど、ずっとパソコンやスマホで検索していて、日程が近くなっても案内が送られてこない事からも、御店選びに相当困っていたんだと思う。


大人数で、飲み放題で、安くておいしいコース料理、デザートもついて、もちろん安い値段で…。そんなお店、直前に調べて見つかるなんて思っているのなら、自分で決めてほしい。


たまたま、その時大学から2駅離れたイタリアンのお店でアルバイトしていた私はそのお店の店長に頼んで、その日に無理やり予約を取ってもらった。

ちょうど他の予約が入っていなかったけれど、飲み放題だの、デザートだの、メインのお肉料理だの、小さいお店だから貸し切りだと言っているうちに店長が少しずつ苦い顔をしていく。それなりの人気店だったし、忘年会よりは通常営業の方が楽だったのかもしれない。

だけど、なんとかお願いして、お店で忘年会をさせてもらった。条件は私が当日のフロアの担当をすることと、準備と片付けをすること。私は楽しめないけど、それよりも予約が取れたことに安心した。

これで、松田くんも楽になるな、と思ったらほっとした。その理由はわからないけど。


そして翌日、私はお店のホームページをプリントアウトして松田君に渡した。

「ここ、私のバイト先だけど、忘年会で使ってよ」

その時の驚いた表情が忘れられない。

「お酒はあるし、食事もそこそこ美味しいし。せっかくだからうちのお店、つかって」

うちのお店、つぶれちゃいそうなの。だから、人助けだと思って。

そういって半ば強引にプリントを押し付けた。


どうしてそんなことをしたのか、わからない。

でも、私は少し周りの人たちに苛立っていた。

言いたい放題で、何もしない人達に苛立っていた。幹事の苦労を知らずにわがままを言うのは、間違っていると思う。

松田くんが困った顔をしていたのを、見ていられなかった。

だから、こんなことをしてしまった。それだけだ。


結局、忘年会はなんの滞りもなく終わった。ただ当日のフロアは私一人だったから、大変だった。でも予約からメニューまで散々無理を言ったから仕方ない。

なんだかんだ優しい店長が余りのデザートはくれることになったし、まかないも豪華だった。だから、それでいいと思うことにした。


だけど帰るとき、お会計を終えて松田君が私のところに来た。

「渡辺、ありがとう」

「べつに気にしないで。バイトだし」

愛想なく返事したのに、松田くんは頭を下げた。返事をためらう私に

「いや、ほんとに。たすかった」

そう言って松田君は何度も頭を下げた。

「ただ働きさせてゴメン。御礼に今度おごるよ」


その日の給料がタダなことは、みんなにも松田くんにも秘密にしていた。

予約やメニューで無理を言った分、私がただで働きますと店長に交渉したのは誰にも言っていなかった。

だけど、いつの間にか松田くんはそれを知っていた。


それを松田くんが知ったことに、恥ずかしいとか、ばらした店長への苛立ちとか、いろんな感情が浮かぶ。

だけど、その一言で、疲れなんて飛んでしまった。

松田くんの一言に、私は何だか救われたような気がした。


その場の勢いで言ったことだと思ったのに、律儀な松田君は、後日私に大学近くのお店でランチをおごってくれた。

それで終わりのはずだったのに、話があった私たちは、その後大学の近くの安いチェーンの居酒屋でお互い酔っ払うまで飲んだ。


結局それがきっかけで私たちはよく話すようになった。

それが、始まりだった。


よく食事にも飲みにも行った。就職活動の愚痴も散々聞いてもらった。困ったときや、誰かに何かをぶちまけたいとき、私が思い出すのはいつも、松田くんだった。

卒業が無事に決まった時も、就職先が決まった時も、だれよりも先に報告したのも松田君だったし、松田君の就職が決まった時は、二人でお祝いした。


松田君が就職したのは神崎という大手企業で、それが決まった時にはゼミのみんなが驚いた。うちの大学から入るのは、かなり難しい企業だからだ。

みんなが驚く中で、私はなんとなく、その理由がわかる気がした。


あの人は優しくて、思いやりがあって、何よりとてつもなく良い人だ。

一緒に働くならあんな同期がいいし、下につくならあんな部下がいいと思う。

「面接官、見る目あるじゃん」

私は密かにそうつぶやいた。


だけど、悲しいかな。松田君は王子様ではない。


見た目は普通。悪くはない。でもよくもない。普通。

誰もがみて素敵だと言う人ではない。

性格はいい。実直という言葉がよく似合う。

よく言えば真面目で、悪く言えば泥臭い。


私が好きなのは、見た目が素敵で優しくてなんでもできる人。

松田くんはそんな、なんでもスマートにこなす王子様ではない。

彼ではない。


彼ではないのだ。



2話は1時に投稿予定です。

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