イケオジ執事たちに詰め寄られ、ダメ人間にされそうな私の話。
仕事に疲れていたので休憩します。
スケジュール管理と身の回りの世話。
適度にされる掃除と洗濯。
栄養バランスのとれた食事。
そもそも、社会人歴は末広がりの八年目。
ひとり暮らしも慣れに慣れた私が、上記に関して完璧かと問われると「欠乏」の二文字で事足りる。
「仕事が忙しいのは良いことだ。きっと、良いことなのだ」
ビール缶を片手に、ぶつぶつ言いながら自宅へ重い足を引きずっている私は、もはや生ける屍である。
たぶん、ゾンビ化するのも時間の問題だろう。いや生ける屍の私はすでにゾンビか。そこらへん詳しくないですごめんなさい。
ちなみに、私と同じ顔色をしていた先輩は先週とうとう転職してた。
「はぁ……私も転職して、真っ当な人間になろうかな……」
ぬるくなったビールの最後の一口をあおる。
そのわずかな液体が気管に入ってしまい、思いきりむせていると温かい手が私の背中をさする。
「大丈夫ですか?」
「げふっ、はひ、おきに、なさらげほっ」
時間帯は深夜0時を過ぎている。
低く落ち着いた響きのバリトンボイスではあるが、時間も時間だからここで親切にされても真っ当な人間ではない確率が高い。
背中にある心地よい手を失礼にならない程度に振り払おうとして顔を上げると、飛び込んできたのはカチッとした燕尾服に片眼鏡を身につけた黒髪の美丈夫。
そう、イケメンじゃなくて、美丈夫だ。
年齢は三十代後半くらいだろうか、服の上からでも分かるくらいの均整のとれた体つき。そしてさり気なく私を支える腕は、体の嫌な部分に触れずに安定感バッチリなのがすごい。
いや、ちょっと待って。
まさかビールひと缶で酔っぱらうような私じゃないはず。
「ご主人様?」
「……あたたかい」
うん。幻覚じゃない。
支えられた腕をなでなでする変態を怒ることなく、片眼鏡さんは「失礼」とひと言つぶやき軽々と私を抱えあげる。
こ、これはもしや……女性向け漫画でよくある『お姫様抱っこ』ではないですか奥さん!! 奥さんって誰だよ!!
「とりあえず帰りましょう。お部屋でなら、いくらでもさわっていただいて結構ですから」
「さ、さわんにゃいよ!?」
慌てる私を見てクスクス笑っている片眼鏡美丈夫さん。
迷いなく私の家に向かってるけど、何で住所知ってるの? 姫抱っこの状態で行くの? え? え?
魔法のようにマンションの部屋の前まで運んでくれると、中からドアが開かれる。
出てきたのは、肩くらいまである薄茶色の髪をハーフアップにした美人だ。艶やかな唇の近くにあるホクロがやたら色っぽい。若く見えるけど、落ち着いた雰囲気からすると三十代半ばってところか。
彼は私を見ると、ふわりと微笑んだ。
「良かった、無事にご主人ちゃん合流できたんだね。おかえりなさい。ご飯とお風呂、どっちにする?」
「じゃ……ゲホゲホ」
脊髄反射で「じゃあ君で!」と言いそうになり、お口チャックした私は咳ばらいでごまかす。
「大丈夫ですか? さきほども咳き込んでおられましたが」
「え? もしかして風邪ひいたの?」
「いやだから、そうじゃなくて……」
そうじゃなくて、なぜ私の部屋に勝手に入っているのか、そして薄茶色美人も燕尾服着ているんだけど、それってなんなの? 流行ってんの?
「おーい掃除終わったぞーって……なんだアジーン、帰ってきたんなら早く入れよ」
「また増えた!?」
灰色の髪に無精髭、鬱陶しげに長めの前髪をかきあげる仕草は、(たぶん)四十代の色香をムンムンに醸し出している。
絶妙に着崩した燕尾服も、彼にはとても似合っている……いや、似合っているがそれよりも。
「え、ちょっと、誰なのアンタたち……」
「これは失礼いたしました」
気づくと靴を脱がされていた私を、ゆっくりと床におろす片眼鏡さん。体幹バッチリだね☆
そして、私の前に立ちふさがる美丈夫『三人の壁』ががが。
「ご主人様、自分はアジーンと申します」
「俺はドーヴァ」
「僕はトリィだよ」
「はぁ」
「「「幾久しく、よろしくお願いいたします」」」
「はぁ?」
黒髪の片眼鏡はアジーン、灰色髪の悪そうなのはドーヴァ、薄茶色の美人はトリィね。
よし、おぼえた……って、そうじゃない。
「ご主人様? 頭を抱えて、どうされたのですか?」
「どうされたもこうされたもないから! アンタたちの名前が知りたいんじゃなくて! なんで勝手に部屋に入って来てんのって話なの!」
「落ち着けよ、ご主人。かわいー顔が台無しだぜ?」
「私は落ち着いてるし! 警察呼ぶから!」
「いいけど、ご主人ちゃん怒られちゃうよ? 僕たち不法侵入じゃないから」
のほほんとした表情のトリィは、私に書類を差し出した。
見たところいくつも印鑑が押してあって、最初のページには「契約書」とある。
「何これ……『執事派遣法に基づき、甲は乙に対し依頼した執事を……』って、依頼したの? 私が?」
「そうですよ。あの国内でも数人とされる『主試験』にパーフェクトな回答で合格したご主人様に、執事の中でもトップレベルの我らが派遣されたということです。この書類は我ら一人一人が所持しております」
「そんな試験受けたこと……」
いや、待てよ?
会社で配布されていたメールに、おかしなテストがあったような気がする。
激務の中、朦朧としながらやったから、何も考えずにやったけど、今思い返すと内容がアレだった。
『川で溺れている子犬がいたらどうする?』って問いに対して、選択肢が「助けにいく」と「助けを呼ぶ」と「目で合図を送る」だったり。(三つ目を選んだ)
『生活費に困ったらどうする?』の問いは「とにかく働く」と「誰かに借りる」と「そもそも金に困るという意味がわからない」だったり。(三つ目を選んだ)
あのテスト質問数多すぎて、途中から……いや、かなり最初のほうから適当だったとは言えない。むしろ変な回答ばかり選んでいた気がする。
「あの変なテストが……」
「ええ、それと身辺調査と諸々のことをクリアして、ご主人様は合格となったのです」
「ちょっと待って。身辺調査って何」
「そんな変なことじゃねぇよ。付き合っている男がいたら俺ら嫉妬するからダメだろ? あと犯罪歴がないとか、家族に変なのがいないかとか……まぁ、変なのがいたら俺らが始末すっから別にいいんだけどよ」
「いやいや始末とかヤバいでしょ。法に触れちゃうでしょ」
「僕たち『治外法権』って感じだから、わりと何でもできちゃうよ?」
「なにそれ怖い」
「こちらはご主人様の契約書控えです。すでに押印いただいているので、こちらにお返しいただかなくとも結構ですよ」
「は? 押印?」
見れば自分の印鑑が押してある。サインも書いてある。
おぼえは……ある気がする。
「ご主人ちゃん忙しそうだったから、会社のメールに送ったんだ。それで電子決裁にしてもらったんだよ」
そうだ。どうして疑問を持たなかったんだろう。
押印はともかく、サインはおかしいだろう私。
やっぱり疲れすぎていたんだろう私。
うん。
ダメだ私。
うん。なんとなくわかってきた。
私の脳みそが、まったく役立たずになっていたってことだね。ハハッ☆
「えーと……聞いていい?」
「どうぞ」
「三人の報酬のことが記載されてないんだけど?」
「それは我らと国の契約になりますので」
「……国?」
「はい。国です」
「そっかぁ……国かぁ……」
うん。完璧に理解した。
「とりま、寝る。ご飯とお風呂は、明日にする」
私、きっと疲れているんだ。
これは夢だろう。自分好みのイケメン三種と同居することになるとか、願望欲望丸出しの夢なのだろう。
寝るべきなのだ。きっと睡眠が足りないんだ。
「「「おやすみなさいませ」」」
お色気マシマシに挨拶してくれた三人に引きつった笑みを返すと、綺麗にベッドメイキングされた布団で安らかな眠りについた。
そして翌日。
まったく夢からさめていないことに頭を抱えるのだった。
お読みいただき、ありがとうございました。