召喚されたのは老婆でも、やはり聖女だった?
『連れてきたのは聖女じゃない』の設定で指摘された部分を使って作ったお話ですが、別のお話となります。
作者が思い付きで書きなぐった甘い設定のお話ですので、生ぬるい目で読んでいただけると助かります。
魔王討伐のために異世界から召喚される聖女たち。
彼女たちは長きに渡り穢れを知らず生きてきた者たちだ。その彼女たちが蓄えてきた聖なる力は召喚術を施した魔術師たちさえも計り知れない多くの可能性を秘めていた。
「だからなんで老婆ばかりなんだ!? 異世界で一番力のある者を召喚しろとは言ったが、これでは城が老人ホームと化してしまうじゃないかっ!!」
「と、言われましても…… ねぇ?」
顔を見合わせる魔術師軍団。彼らは王族たちが望む条件を組み入れた魔法陣を作成しただけに過ぎない。
「ああっ! もうっ!!」
頭を掻きむしる王子に聖女の一人が飴っこを差し出す。
(彼女を聖女その1とする)
「ほれ、これでも食って。イライラした時は甘いものにかぎるべさ?」
「んにゃ、それを言うならカルシウムだ。煮干しを頭から噛らせとけばいいのっしゃ」
「んだが? どれ、煮干しあったべが?」
ポンポンと紫色の花がプリントされた割烹着のポケットを叩く聖女(その1)。
「ねぇな…… んだ! 近所のわらしっこに、ザリガニ、とさ行くから餌くれって、やったんだった!! なんだべ……」
がっくりと頭を垂れる聖女(その1)の肩に、聖女(その2)が手を乗せる。
「ザリガニは田んぼを荒らすからな。取っ捕まえた方がいいんだ。車さ引かせて殺せばいいのっしゃ」
「んだな。苗切っからな。んで、あんだんどごは、何作付けしたのっす?」
「うちは────」
「……話、終わりませんね」
「そうだな」
魔術師の言葉に相槌を打つ王子の口腔内には、さきほど貰った飴玉がころころ転がっている。
「ところで他の聖女たちは?」
「そちらの件でしたら、聖女はこの国の功労者となられる可能性がある方々なので、重鎮たちのお邸にて厳重に保護されることになりました」
「そうか。で、旅に同行出来る聖女の召喚はいつに」
「そちらは諦めることになりました」
「なんだと?」
「内密ではございますが、後ろに控えています魔術師たちは日頃の過酷な労働環境に辟易していまして、これ以上の召喚は労働組合を通して訴えると……」
「なんだって……」
王子が辺りを見渡せば、青白い顔をした魔術師たちがぐったりとしている。
「ですので、お二方のどちらかをお連れに……」
「この二人のどちらかか!? 他にもっとマトモな……」
まで、王子が口にすると魔術師は首を横に振った。
「お二人以外は足腰が弱い方ばかりで、そればかりか支離滅裂なことをおっしゃる方もいらっしゃいまして」
「マジか……」
「諦めましょう。お二方とも膨大な力を持たれた聖女様には違いありません。ですがご高齢です。持病がおありかもしれません。こちらではなかなか決めかねないところもあるかと思いますのでお二人を交えて今後のことを相談された方がよろしいかと」
「そうだな……」
王子の返事を聞くなり、魔術師が「立ち話もなんですし、お茶でも」と声を掛けにいく。すぐさま行動に移すとは、魔王討伐の旅に出発するまでの時間が差し迫っているらしい。
王子は魔術師の姿を黙って見つめるしかなかった。
◇◇◇
「あらー、ハイカラだこどぉ!」
テーブルの上に用意されたケーキにクッキー、マカロンにシュークリーム。世の女性たちが好むようなお菓子をずらりと並べて二人の老…… 聖女をもてなす。
「どうぞ、お好きな物を」
そう勧めれば「あんらー、いいのすか?」とシワだらけの顔をますますクシャクシャにして、聖女(その1)が早速シュークリームに手を出した。
「あんだ、かねの?」
手を出し渋る聖女(その2)に聖女(その1)が語りかける。
「わだすは、煎餅があればいいのだけんど」
「煎餅。歯っこ、やられねっすか?」
「入れ歯さ接着剤つけてたし、お茶っこさ浸して食えば問題ね」
「煎餅な、オレも煎餅がいいな」
聖女(その1)が手に取ったシュークリームを王子のお皿に乗せ「あんだ、食わいん」と言う。「煎餅はねぇのすか?」と言う。
王子は唖然としながらも使用人を呼び寄せ、煎餅を用意するよう指示を出した。使用人が「探して参ります」と慌てて退室する。
「ただいま煎餅なるものを用意するよう伝えましたので、それまでの間、少しお話を」
「なんだべ?」
二人の聖女は、ずずずぅぅっと紅茶を啜る。
「お二方は歩くことに自信は?」
「わだすは、ゲートボールで足腰鍛えてっから」
「オレはウォーキングしてだ」
「わげごだ!」
「んだがや? 田んぼっこ見ながら歩いてんだぁ」
「なんだっけ! んだば、わだすもウォーキングしてっちゃ!」
「けけけっ」と笑う二人。
「な、なるほど。では持病はおありでしょうか?」
「ねぇーなぁ。紫蘇ジュース飲んでっから。あんだは?」
「オレもねぇーなぁ。んだども睡眠導入剤ばもらいさ病院さ行ってだった」
「あら? わだすも湿布貰いさ行ってだ」
「ん? 湿布とは……」
王子は首を傾げる。
「しゃっけぇのさ。足いでぐなっから貼るのさ」
足腰駄目じゃん……
「なすて、そんなこと訊くんだべ?」
「ああ」と気を取り直した王子は、異世界から聖女である二人を呼び出した理由を丁寧に説明した。
「魔王ってアレが? 斜向かいの孫が『俺の左手には魔王だが、悪魔だがが宿ってる』って言ってたやつ?」
「魔王だが悪魔だがが?」
「んだ。手首さ包帯巻いて」
「いでぇんだべな」
「いでぇのがな? わがんねども」
「まず話しさ戻っけど、その魔王だが悪魔だがさ会いに行がねばなんねのね?」
「そうです」
「んだら、オレは駄目だ。ヘルニアさ罹ってだったもの」
「わだすも、ぎっくり腰やったばっかりだから」
「でも、先ほど……」
さっきと言ってることが違うと王子は狼狽えた。しかし魔王の元に行かなければならない事だけは伝わっていたようで、
「呼べばいいんでね?」
「んだな。あっちの方がわげべから『こっ』て呼べばいい」
「「魔王よ、こっ!!」」
二人が声を合わせると、魔王がドロンと召喚された。
「え…… ぱりん」
突如現れた魔王は咥えていた煎餅をモグモグ食べた。
「あら、あんだ。いいもの食ってっごだ!」
聖女ふたりは煎餅をガン見する。
「えっと…… 良かったらどうぞ」
魔王から差し出された煎餅に早速手を出すふたり。
「あんだ、悪いことしてんだって? ぱりん、モグモグ」
「なすて、そんな事すんのぉ? ぱりん、モチャモチャ」
「だって……」
「悪い事は言わね。止めるなら早いうちがいいんだぞ! ぱりん、モグモグ」
「んだよぉ、ワイドショーで言ってたよ。何でもかんでも文句ばりつけて、殴ったり蹴ったりすんのは自分が衰えてきたことを認めたくねぇんだからだど! まだわげんだがら、鍛えろっちゃ。ぱりん、モチャモチャ」
「あんだ、まだ入れ歯でねぇーんだべ?」
「はい。8020目指してます」
「なら、止めねば! イライラすっとカルシウムねぐなっからな。歯っこ、ボロボロになっぞ」
「骨粗鬆症になれば大変だぞ」
「そ、そっすね…… これからについて少し考え直そうかと思います」
「「んだ、んだ。そうすっぺ。まずはお茶っこ飲まいん」」
こうして魔王の力は聖女たちに封印されたのだった。
「わげごだ!」→若いこと
(後はニュアンスでご理解いただけると……)
似た方言をお使いになったことのない方には、読みづらいお話だったかったと思います。
お婆ちゃん=方言というイメージが強くって……