第2話 ジョブ選択の方法はゲームによって違う
納得した俺を置いてチュートリアルは進んでいく。といっても、メニューの使い方に戦闘方法の大雑把な説明ぐらいだ。
<これにて基本事項のチュートリアルは終了です。チュートリアル終了後、冒険者ギルドにてジョブの取得、ないしはアドバイスを得ることができます。戦闘で不安な方も同じく、冒険者ギルドにてシミュレーションが可能です。それではよい旅を>
女性の声をしたアナウンスがそう締め括ると同時に、ポーンと軽い音が鳴った。メニューを開いてみれば、メッセージと書かれた項目に赤い丸がついている。どうにも先程の音はメッセージが届いた音らしかった。
開いて見ればチュートリアルクエスト完了の報酬と題に書いてある。ポーションとか、この世界でのお金だろうか。
ちょっとだけワクワクしながらも、届いたメッセージをタップした。
<チュートリアルクエストが完了しました! 以下の報酬がアイテムボックスに自動で入りました!>
・初級ポーション×10
・5000フィル
・初心者装備セット
おお、装備は純粋に嬉しい。早速アイテムボックスから取り出して装備する。初期服であるTシャツとゆったりとしたズボンの上から、自動的に装着された。
初心者装備セットの防具はどれも革製だ。胸当て、肘あて、靴の防具三点が揃っており、加えて鞘のついたベルトと一緒に短剣もついていた。ベルトは防具ではなく、どうにも短剣とのセットのようだった。
名称はどれもが頭に≪初心者の~≫といった言葉から始まっている。ステータスを見てみればSTRに+1、VITとMNDに+3となっていた。
「防具一つにつきVIT+1とMND+1ね」
呟きながら確認する。最初にこの装備を着てお金を貯め、そうしてもう一つ上の装備に新調すればいい。もしかしたらクエストとかでもらえるかもしれないけど。
さて、それではチュートリアルの言葉通り冒険者ギルドに行くとしよう。後続も来ているようだし、今でさえ多いのにさらに増えそうだ。
立ち上がって向かう場所はすぐ近く、広場を囲むようにして並ぶ建物の中でもひときわ大きい冒険者ギルドだ。どの建物なのか、なんて迷うことはない。マップには赤のアイコンでマークされており、拡大してみれば冒険者ギルドと書かれていた。
マップを横目に冒険者ギルドの前へと向かう。
朱色の屋根、元はもっと色が濃かったのであろう薄茶の土壁、入口には両開きの扉がついており、開いていることを示すためか開け放たれていた。そのおかげで室内が見えるが、全容はあまり詳しく見えない。先程からの人の出入りが激しいうえに、中もそこそこ混んでいるのだ。
人の間を縫うようにして中へと入ってみる。奥にカウンターがあり、職員と思しき人達がいた。そしてその前に多くの人が並んでいる。
(この並んでいる人達って、プレイヤーだったりNPCだったりするのかね?)
適当なところに並びながらもぼんやりと思う。
実際、今の俺と全く同じ装備を着ている人がいるのだ。少なくとも彼らはプレイヤーだろう。それ以外はもしかしたらNPCかもしれない。
いやはや、それにしても多いだろう。しかしチュートリアル終了後、冒険者ギルドでジョブに関することができると知らされている以上、人が多くなるのは当然だ。それにしても多いけれど。
列自体はスムーズに前に進んでいるようだった。前の方が確認できないが、決してつっかえているわけではないようだった。
少し待てばとうとう俺の番が近づく。カウンターに近づくとどうしてこれほどスムーズに列が進んでいるのか分かった。カウンターで職員と話したのち、別のエリアに移動しているのだ。専用のエリアに行っているのだろう。
そう考えている間にも、目の前の人がふっと消え、とうとう俺の番となる。話し方は騎士を意識して、丁寧な口調で行こう。
ちょっと意識を変えるために喉を一撫でして、カウンターへと近づいた。
「ほい、次はあんただな」
カウンターへと近づいた俺に、職員である男性が慣れた様子でそう言う。
短く刈り上げられた髪にたくましい体の男性だ。三十代ぐらいだろうか。
「ええ、そうです。お時間を取らせるようですが、どうぞよろしくお願いいたします」
「おっと、こいつはご丁寧にどうも。そいじゃ、ちょいと移動するぞ」
一礼しながら言えば、男性はひらりと手を振る。
その動作に合わせて、周囲の喧騒が消えた。振り返ってみれば、あれほどごった返していたギルドの中が俺と目の前の男性職員以外いないのである。他の職員はと隣のカウンターを覗き見たが、彼らもどうやらいないようだった。
「ここにはお前さんと俺しかいねえよ。個人的な話もあるだろうということで、疑似空間を作ってそこに転移する形になってるんだ」
くつくつと笑いながらも、男性は言った。
「それは何とも便利なものです。そのようなことができるとは」
「あー、勘違いしちゃいけねえが俺個人で出来てるわけじゃねえ。冒険者ギルドだからできることだ」
「そうでしたか」
「おう。さて、それじゃあ早速本題に入ろうか」
その言葉を聞いて、思わず背筋を正す。いわばここで最初のジョブが決まるようなものなのだ。自然と緊張してしまう。
どうにもその緊張が伝わってしまったらしい。男性職員は苦笑を漏らした。
「そう緊張すんな。取って食われるわけじゃねえ」
「そうなのですが、つい。お恥ずかしいところをお見せして申し訳ない」
「騎士みたいな話し方してんなあ。気にすることはないさ、緊張する奴や泣く奴だっている。緊張する必要はないが、そうなってしまうとは分かってるから」
男性の言葉にちょっとだけ安堵する。実際恥ずかしいところを見せてしまったと後悔していたのだ。騎士のRPをすると決めた矢先のこれ、ちょっとした失態である。
気持ちを切り替えるよう空咳を一つすれば、男性職員が「よし」と一つ頷いた。
「とりあえず名前を教えてくれるか」
「アーヴィングと申します」
「アーヴィングね、了解。俺はブスルトゥと言う。ここを利用する際はよろしく」
「こちらこそよろしくお願いします、ブスルトゥさん」
紙に書き込んでいるブスルトゥさんにそう言うと、彼は妙に照れ臭そうにしていた。どこか誤魔化すように、手に握るペンで頬を掻いている。
「うーん、さんを付けられると妙にこそばゆいな」
そう言いながら、ブスルトゥさんは再度ペンを動かし始めた。そのままペンを動かしつつ、彼は再び口を開く。
「それで、このギルドに来たってことはジョブ探しでいいか? こっちから適性のあるジョブを提示する形もできるが」
「そのことなのですが、一つ聞きたいことがございまして。……騎士になるにはどうすればいいのでしょうか?」
ジョブに関しては冒険者ギルドに聞くなりすればいい。確かにチュートリアル終了後、メッセージでそのように教えられている。ブスルトゥさんの言葉からして、適正のあるジョブを教えてもらってそこから選ぶ形なのだろう。
本来なら提示されたジョブから探してみた方がいいのかもしれない。しかしどうしても騎士になりたく、それならば聞いてしまえと、半ば自棄になって聞いたのだ。
冒険者ギルドで騎士になる方法を聞くのも少しおかしい気がしないけども。
「騎士か?」
意を決した質問に返ってきたのは、ブスルトゥさんの呆けた顔だった。
あ、これ失敗した気がする! 恥ずかしい! けどどうしようもないから、このまま進めるしかねえ!
「い、いえ、俺、ではなく私、実は騎士になりたくてですね」
恥ずかしさでつっかえながら、それでもと言葉を紡ぐ。顔が熱い、何だこれは、新年会に上司に無理やりやらされた一発芸の時ほどの恥ずかしさだ。
すみません、と最後に小さな声で思わず付け足してしまう。怒られてしまうだろうか。いや、でも……。
「おお、騎士になりたいのか。いいぜ」
「へ?」
「話し方からして騎士志望かとは思ったが、やっぱりなぁ」
返ってきた反応はむしろ納得したといわんばかりのそれである。思わずこちらが呆けた表情になってしまうのも無理はないだろう。
てっきりあちらから提示され、そこからジョブを選ぶ形式だと思っていた。けれどどうにも違うらしい。
「確かにこっちからジョブの提示もするが、なりたいジョブがあるならそっちがいいだろう? さすがに突拍子もないものは無理だがな」
笑いながらそういうブスルトゥさんに呆気にとられながらも脱力する。先程までの不安は一体何だったのか。というか、ジョブ選択ってこっちからの要望でも可能だったのか。ゲーム側の提示分から選ぶと思っていた。
呆気にとられる俺をよそに、彼は実に男らしい笑みを浮かべながら口を開いた。
「騎士になるにはまず騎士団に所属せんとな。この街にも騎士団があるんだが、そこの兵舎で騎士は毎日訓練をしている」
「訓練ですか?」
「おう、その訓練の一部は一般でもできるようにされていてな。体を鍛えたかったり、それこそお前さんのように騎士になりたい人間がその訓練に参加している。事前に申し込めば参加が可能だ」
それならできるのでは、そう思ったがふと思いとどまる。事前に申し込めばということは、今やって間に合うのだろうか。
不安を読み取ったのか、ブスルトゥさんはひらひらと心配ないとばかりに手を振った。
「安心しな、話はこちらから騎士団に通しておくから」
その言葉に表に出すことなく内心でガッツポーズする。やったぜ、聞いておいてよかった!
さて、問題はその話を通す旨だ。これはすぐにできるものではないだろう。ゲーム内での明日にした方がいいかもしれない。
「それではよろしくお願いします。騎士団兵舎に伺うのは後日がよろしいですかね」
「いや、大丈夫だ。連絡自体、時間は取らんから気にすんな。空いた時間に行くといい」
にっかりと笑いながらそう言われれば、こちらも「分かりました」と返答せざるを得ない。せっかくの厚意なのだし。
「そういや騎士団の場所は分かるか?」
「いえ、すみませんが……」
「そうか、それじゃあ簡単に教えるぞ」
そう言って冒険者ギルドからどのように訓練場に行けばよいか、ブスルトゥさんは説明してくれた。
騎士の拠点である騎士団兵舎はその職務上、外のフィールドに近い場所に建てられているとのことだった。そして騎士団兵舎の建つ敷地内の一角に訓練所があるらしい。訓練を受けるのであれば、裏口から入ったほうがいいとのことだった。
まるでクエストみたいだな。そんなことを考えていればポーンと音が鳴る。
<ジョブクエスト『騎士への一歩』が発生しました>
クリア条件:訓練場にいる教官の話を聞く
クエストを受諾するかの問いと共に、半透明の板に書かれたメッセージが目の前に出てくる。あ、やっぱりこれクエストなのね。
そしてどちらを選ぶのか、そんなのもはや考えるまでもない。
「最初から礼儀正しい上に、騎士になりたいと言ってきたんだ。お前さんならなれるさ!」
「はい!」
ハイをタップすると言われたブスルトゥさんの言葉に、俺は勢い勇んで答える。同時にクエストの受諾が完了したとメッセージが出た。
ダメだ、どこか落ち着かない。ここまでとんとん拍子でよいのかと思わなくもないが、スタート地点に確かに近づいていると思うと嬉しい。早く騎士になりたいと逸ってしまいそうだ。
けれどそれでは俺の理想としている騎士RPではない。
落ち着いて、悠々と、余裕を持っている。そんな騎士像にはそぐわない。
心の内で今にでも飛び出してしまいそうな己を抑えていれば、ブスルトゥさんは苦笑した。
「お前さん、本当に騎士になりたいんだなあ。きちんと話は通しておくからあわてなさんな」
「申し訳ない、恥ずかしいところばかりお見せしてしまって……」
「はっはっは、気にすんな。冒険者登録をしに来る奴は大方そんな感じだ。とりあえず、騎士団へは自分の好きなタイミングで行きな」
「はい、ありがとうございます」
「これも仕事のうちだからよ」
快活な笑みを浮かべながらブスルトゥさんはそう言えば、「それじゃあ戻るわ」と再び手を振る。瞬間、先程の喧騒が戻ってきた。
さて、ジョブクエストは受注することができたのだし、ギルドを去るとしよう。そうして騎士団兵舎へ向かおう。自分が好きなタイミングでと言ったのだし、言っても大丈夫! なはず!
専用のエリアから戻ってすぐ、そんなことを考えながらも列から外れる。邪魔になってしまうだろうと、足早に人混みを抜けて外へと出た。
出たからと言って人混みから完全に抜け出せたわけではない。先程よりも広場にいる人は増えていた。
ゲーム内の時刻を確認してみれば昼前。リアルでもそろそろご飯を食べる時間だ。
リアルで腹が減ってクエストどころではない。そんなことがないよう、ちょっとしたものでも食べてから訓練場に向かおうか。




