第6話、未莉先輩を拾った社長の正体
ファオの部屋の片付けを済ませた渉夢たちは、2階から下り、1階のリビングルームで休んでいたコンティーニュのところまで行きました。
コンティーニュはリビングルームのソファに足を組んで腰掛けて座り、飲み物を飲んでいます。彼女は渉夢たちに気づき、
「あゆむちゃんたち、お掃除、お疲れ様」
ソファから立ったあと、また足を組んで座り直しました。
「コンティーニュさん、何を飲んでいるのですか?」
渉夢が質問すると、彼女は1口飲み物を飲んだあと、答えます。
「あ、これね、オクターブドウジュース」
「オクターブドウジュースって何ですか?」
渉夢はオープの好物であるプリンゼリーのときのように間違えると悪いと思い、もう1つ質問しました。
「オクターブドウジュースを飲むとね、だんだんテンションが上がって疲れが取れるの。飲んでみる?」
「飲みたいです」
「ゴー、飲まない方がいいよ」
渉夢が空いているコップを借りに行こうとするとき、オープが止めます。
「オープ、どうして?」
「酔っぱらうから」
「そうなんだ。オクターブドウジュースってアルコール飲料なんだね」
「あるこーるいんりょう?」
アルコール飲料が何のことか分からず、首を傾げたコンティーニュです。
「す、すみません、アルコール飲料、こっちの方たちはその言葉知らないですよね」
「渉夢、お酒って言ってみたらどう?」
「コンティーニュさん、じゃあ、お酒って意味は分かりますか?」
クログーに言われ、渉夢はお酒が分かるか聞きます。
「うん、わかるよ、お酒。だって、オクターブドウジュースってお酒だもん」
コンティーニュはそう言ったあと、オクターブドウジュースを一気飲みし、お代わりしていました。
「ジュースなのにお酒か。みゃっ、みゃっ、みゃっ、みゃっ、みゃっ、みゃっ」
小声でツッコんだクログーです。
「コンティーニュさん、お酒が強いんだか、オクターブドウジュース飲んでも酔っぱらっている様子じゃないね。ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふっ」
渉夢までクログーの調子に合わせると、
「ゴーたち、不気味だよ」
と、オープが引いていました。
「あゆむちゃんたち、さっきは助けてくれて、ありがとう。私、一生、外に出られないかと思った」
「コンティーニュさん……」
彼女の今にも泣きそうな表情に、渉夢もじんとなります。
「ピースたちは無事?」
コンティーニュはオープの両肩に両手を置き、尋ねました。
「いいえ、みんないなくなったって、ミュージーン中、大騒ぎになっています」
少女は目を伏せ、答えます。
「それでも、うちの母さんは知らなかったけど」
「ファオ、余計なことはいいから静かに」
と、彼の口を片手で塞いだお母さんです。
「そう、みんな私みたく、どこかに閉じ込められてしまったのね」
残念そうな表情でコンティーニュは言い、仲間たちのことが心配になっていました。オクターブドウジュースを飲む手が止まっています。
「これがピースさんの歌詞ですけど。ちょっと待って下さい」
渉夢はピースの楽譜の最初をらららと歌い、歌詞を出してからコンティーニュに見せます。
「ピース、いつの間に曲を書いていたんだ。でも、私たちにいつも言ってたかな。ビリービングくん以来の地球人が来るまでの間には仕上げたい曲があるって。それがこれか」
「ビリービングって、久々にそれ聞いたわ」
と、オープは何度か瞬きです。
「あの、コンティーニュさんに聞きたいことがあります。ピースさんたちがいなくなる前に、ピースさんが言ってたことなのですが、あいつって誰ですか?」
渉夢がコンティーニュの目を見て、質問を始めます。
「あいつ?」
「はい、あいつが誘いの楽譜をばらまいたって言っていたことが気になって」
「ああね、誘いの楽譜のことならENCOURAGEみんなが知ってるよ。2年前にビリービングくんがミュージーンに来てしまった原因がそれだから。確か、地球の学校で誘いの楽譜を見ながら、ピアノを弾いて、ここに来てしまったって、あの子は話していたかな。あゆむちゃんもそうでしょう?」
「はい、そうです。ここに来た原因はその子と同じです。あと、私ともう1人の地球人の未莉先輩……、言い直します。夕葉未莉さんが先にここに来て、私もそのあとに、ここにクログーと来たかたちです」
「コンティーニュさん、未莉って人、頭に来るんです」
「私を助ける前に何かあったね。オープちゃん、話してみて」
オープは先ほど、未莉と言い争いになったことをコンティーニュに話しました。渉夢もクログーと、未莉について話します。
コンティーニュは、渉夢たちが話した内容の中で社長が気になったようです。口を開きます。
「社長に気になるところがあるね。もしかすると、さっき、あゆむちゃんが話した、あいつと同じ人かもしれない」
「誘いの楽譜を書いた人と社長は同一人物なのですね。その人って、誰ですか?」
「デュールブって言ってね、異世界ミュージーンに異常気象をもたらした上、ボギーノイズを歌と演奏で大量に生み出した男だよ。この異世界に住む人や動物たちが放つことがあるネガティブな感情全部を、男の歌でボギーノイズをたくさん出現させてしまったの」
「デュールブ……」
渉夢はコンティーニュの話にゾクッとなりました。そして、ものすごく怖い男性を想像してしまっていたのです。
「渉夢、平気?」
クログーが後ろ足2本で立ち、渉夢を心配そうに見ます。
「うん、大丈夫」
「ここまでの話でわかる通り、デュールブは私たちの宿敵でもあるの。今度は、あの男、あゆむちゃんの先輩を利用して、いつでも勇気が出せる音楽の異世界と呼ばれるミュージーンを猜忌邪曲の音楽の異世界に変えるつもりだ」
「冗談じゃないな、ミュージーンが猜忌邪曲の音楽の異世界に変わるのは」
これまで、静かにコンティーニュの話を聞いていたファオが怒ったような顔つきで言います。
「あゆむちゃんたち、私の仲間たちを捜すことを続けて。仲間たち全員を見つけることができれば、デュールブの企みを止められる。もし、ビリービングくんも見つかって仲間にしたら、きっと、あゆむちゃんたちの力になると思う。けど、どこにあの子は行ってしまったのか……」
そう言ったあと、コンティーニュはオクターブドウジュースを飲むことを再開しました。
「コンティーニュさん、ビリービングくんのことも捜しますよ」
「あゆむちゃん、本当?」
渉夢が言ってきたことで、コンティーニュの飲んでいたオクターブドウジュースが進み、コップが空になります。
「はい、この異世界のどこかにいることは確かなのですよね」
「ええ、それは確かだよ」
「あの、ビリービングくんの好きそうな場所とかってわかりますか?」
「好きそうな場所か。それはわからないけど、そういえば、あの子は本を読んだり、ゲームが好きだったかな」
「この異世界に本がたくさん読めて、ゲームができる町ってありますか?」
「ゴー、そんな都合がいい町はないって」
と、オープが片手をひらひらさせていましたが、
「あるかも」
「あるの!?」
コンティーニュの答えにぎょっとなります。
「待っててね~」
と、彼女が歌うと、青の星の音符が別のものに変化し、異世界ミュージーンの地図が現れました。
ミュージーンの全体の地図を見ると、渉夢たちは海に囲まれた3つの大陸のかたちに見覚えがあったのです。
しかも、3つの大陸の名前は彼女たちの思った通り、ピアノ大陸、バイオリン大陸、ドラム大陸と書かれてありました。
まず、渉夢たちがピースたちENCOURAGEと出会った場所であり、彼らの故郷でもある場所をコンティーニュは指をさします。そこは、ピアノ大陸の南にあるワールドタウンと書き記してありました。
「あたしたちがいるところは、ピアノ大陸のモッズドタウンだね」
次にオープがワールドタウンより北を指さしたのです。
「ビリービングくんが好きそうな町は、エレクトタウンくらいかな。そこなら、本が読めたり、ゲームができるところがある。モッズドタウンの北西に進んだところにあるよ」
「わかりました、エレクトタウンですね」
次へ行く場所が決まった渉夢たちは、ファオが旅の支度を終わるまで、玄関の外で待っていました。
その間、コンティーニュは渉夢たちにあいさつを済ませ、ファオにもよろしくと故郷のワールドタウンへ帰って行ったのでした。
「お待たせ」
と、ここでファオが服装はそのまま変えず、黒のブロックチェックのリュックを背負って出てきます。さすがに、これまでずっと掛けていた五角形のサングラスは取っていました。
「ファオさん、着替えなくて良かったのですか?」
渉夢が言うと、
「この格好、褒めてくれた子がいたからね、このままにしたよ」
と、ファオはオープをちらっと見て言いました。
「やっぱり、ファオさんはサングラスも格好良かったけど、外してた方がいいな」
オープがにこにこしながら言うと、ファオは照れ笑いをします。
「ファオたち、気をつけてね」
「ファオ兄さーん」
「ユジェたちのことは心配しないでねー、行ってらっしゃーい」
ファオのお母さんと、妹である柴犬のヤジュとユジェが見送りに来てくれ、渉夢たちは手を振り、モッズドタウンをあとにしました。
この渉夢たちの姿を、どこかの建物内のスクリーンで監視しているスーツを着用したアッシュグレーの髪の色をしたミディアムヘアの若い男性と、横笛を吹いていた黒髪のロングヘアにメガネをかけた女の子が演奏を止めます。若い男性の方はデュールブ、女の子の方は未莉です。
彼女が演奏を止めると、スクリーンに映し出されていた渉夢たちの姿が消えました。
「未莉、あの1つしばりの子がお前の後輩か」
「はい、デュールブ社長」
「俺が誘いの楽譜でここに招くはずの地球人の人数は1人だけだったんだがな。まあ、ENCOURAGE全員そろってなければ、あの後ろしばりの子たちは放っておいても問題ないだろう」
「はい、社長。ですが……」
未莉が曇りがちな表情になると、
「未莉?」
デュールブは彼女の顔色をうかがいます。
「わたしはどうも、後輩たちがボギーノイズを退治していることが気に入らなくて……」
「お前は優しいな。ボギーノイズに好かれるわけだな。繊細なボギーノイズは俺以外は人や動物を嫌い、襲うのだが、お前は別のようだ。今後も、SCOLDスコールドの活動し、この異世界のボギーノイズを守ってあげてくれ」
「はい、社長」
未莉がしっかり返事をすると、
「未莉、社長と呼ばなくていいぞ。俺はそんな偉い奴じゃない」
と、デュールブは普通の名で呼ぶよう要求しましたが、彼女は首を振ります。
「いいえ、デュールブさんは社長ですよ。わたしが部下になることを選んだのですから。社長はわたしの命の恩人です。わたしがこの異世界ミュージーンに来てから気絶してしまったとき、社長が助けて下さいました。わたしは、後輩たちのボギーノイズ退治の阻止を続けます。そして、後輩たちが捜しているENCOURAGEを全員そろわせたりさせません」
未莉が片手を胸に当て、デュールブに伝えると、
「期待している」
と、デュールブは、未莉の肩に手を置きます。
「はい」
未莉は頬を赤く染め、デュールブとしばしの間、抱き合ったあと、仲間のボギーノイズ2体と外へ出掛けていきました。
デュールブは未莉たちが出掛けたあと、くくくと笑い出します。
「あいつ、俺のことをどういう奴か知らないで。気に入ったよ、夕葉未莉。お前はどうしてか、俺が生み出したボギーノイズを虜にする能力があるようだ。あいつがいることで、俺の目的はそのうち果たせそうに思えてくる。ENCOURAGE、もうお前らに俺の邪魔はさせない。特にピース!」
彼はそう言い、ディスクテーブルの上にあったCDケースを持ち、棚にしまいました。
一方、モッズドタウンをあとにし、エレクトタウンに向かっていた渉夢たちです。
しかし、渉夢はコンティーニュにエレクトタウンの詳しい行き方を聞くことを忘れ、地べたに座り込んでしまいます。
「失敗した。何で私、コンティーニュさんにエレクトタウンの行き方をちゃんと教わらなかったんだろう」
「ゴー、大丈夫だよ。ピチスお兄ちゃんの楽譜があるじゃない」
軽く落ち込む渉夢に言ったオープです。
「そっか、ピースさんの楽譜なら!」
渉夢は荷物からピースの楽譜をさっと取り出し、楽譜の最初に書かれてあるところを、らららと歌います。
すると、楽譜から光の音符が飛び出し、矢印方向に変化しました。
「ピースさんの楽譜の魔法、すげーな。あの光の音符が道案内をしてくれるのか」
今の矢印方向に変化した光の音符を見てファオは目を輝かせます。
「すごいですよねー」
憧れのファオの隣で目を輝かせていたオープです。
「ピースさんの魔法が掛かった楽譜にまた助けられましたね。ありがとうございます」
渉夢は首にかけていたピースの全音符のペンダントトップを片手の平に置き、微笑みました。
「なあ、ゴー、クロが音符にじゃれようとしてるけど」
ファオが渉夢の肩を人差し指でちょんちょんし、知らせます。
「みゃ、みゃみゃー!」
「あ、矢印の光の音符が出たとき、クログーがああなることを忘れてた。こら、クログー!」
渉夢は、矢印方向に変化する光の音符をクログーがじゃれようとしているところ、追いかけました。
「行きましょう、ファオさん」
オープは彼の手を引きます。
「お、おい……」
ファオはいきなり、少女に手を引かれ、戸惑いながら渉夢とクログーを追いました。
渉夢たちがそうして、走っているときのことです。ボギーノイズが2体現れました。
先頭を走っていたクログーに、光の音符はまるで、引き返すよう矢印方向を変化させながら案内します。
「オープ、ボギーノイズに襲われないうちに、歌と演奏しよう。1節のところは私が歌ってリコーダーで演奏するから、オープは2節のところをお願い」
渉夢が少女に声を掛けると、
「もー、エレクトタウンに行くところなのに」
オープはげっそりとした表情でしたが、渉夢とボギーノイズの相手をします。
このときは、運が良く未莉の邪魔は入りませんでした。渉夢たちは歌い、演奏します。
「真っ暗の中~、それでも歌う~、僕らは君に~、期待の歌を送る~、僕らは~、囚われのENCOURAGE~。この歌を歌う君よ~、僕らをきっと~、捜し出してくれ~、今こそ進め~、ゴー!」
ピースの楽譜の1節を歌った渉夢は、1節のところを繰り返しピアノの音が出るリコーダーで吹きました。
オープが2節のところを歌うときです。ファオの家の前でボギーノイズたちを相手にしたときのように、少女の身体全体が二分音符に包まれ、渉夢と同じ背丈の女の子に変身します。
青の帽子をかぶった茶髪のさらさらのロングヘアに、服装の上は白のキャミソール、下は二分音符のワンポイントが入った緑のフリルスカート、黄緑のリボンが付いた黒のブーツを履いていました。
「ロッビ……」
オープの変身姿を初めて見たファオは、変身後のオープの姿に見とれています。
彼の反応をオープは知らずに、ピースの楽譜の2節を歌い始めました。
「僕らは~、囚われのENCOURAGE~、民家多き町のどこか~、1人動けず歌う~。少女よ~、ハーモニーマジックでこの歌を歌う君の力になって欲しい~! 少女よ~、今こそ変わるとき~、進め~、ゴー!」
2節を歌ったあと、そこを繰り返し鍵盤ハーモニカで吹きます。
それから、渉夢のピアノ音のリコーダーと、オープの気持ちが晴れやかになる鍵盤ハーモニカでオリジナルの曲を奏でると、2体のボギーノイズは二分音符と四分音符のしゃぼん玉になって飛んで行きました。
2体のボギーノイズを退治してから、オープは元の姿に戻ります。このときも、ファオはオープの変身後のときと反応は同じく、見とれていました。
「私、まだわからないことがあったんだけど、オープの変身って、ピースさんの魔法の楽譜の影響?」
渉夢がオープに尋ねると、少女は鼻の頭を人差し指でこすり、照れます。
「うん、そうだと思う。ピチスお兄ちゃん、歌詞の今こそ変わるときのところを意識して、そこの楽譜の音符のところに魔法を仕掛けたんじゃないかな。けど、お兄ちゃんの遊び心が入ってるかな」
「みゃ、みゃみゃ、オープの変身の謎はピースさんの楽譜からきた魔法だったのー!?」
クログーが大げさに驚きました。
「ロッビの持ってる鍵盤ハーモニカも?」
これは、オープの鍵盤ハーモニカを初めて目にしたファオが少女に質問です。
「はい、鍵盤ハーモニカも、もちろん、ピチスお兄ちゃんの楽譜からきた魔法です」
「本当、ピースさんの楽譜の魔法ってすごいな。ファオさんもびっくりしましたよね?」
渉夢が近くにいたファオに振ると、彼は一旦そっぽを向いてから、にこっと渉夢に言います。
「うん、ロッビにすげー驚いた」
「ありがとうございます!」
憧れの人に言われ、頬が紅潮したロッビです。
渉夢たちが話している間、クログーが矢印方向に変化する光の音符に、またじゃれようとしていました。
それにすぐ、気づいた渉夢たちはそれぞれ、クログーの名前を呼び、追いかけます。
光の音符の道案内と、じゃれようとしているクログーを追っているうちに、エレクトタウンまで半分の距離を進んだ渉夢たちでした。