第4話、ENCOURAGEに代わる歌手
異世界ミュージーンを旅立ってから早2日、渉夢たちはシマウマの暮らしている数が多い、クンビエリアに立ち寄っていました。
クンビエリアに到着するまでの間、1日目の晩はピースたちENCOURAGEのスタッフ関係者のアパートに泊めてもらいます。
2日目の晩は安宿を探し、泊めてもらい、安宿の無料チラシからクンビエリアのことを知り、今に至るのでした。
渉夢とクログーはクンビエリアに来てから、シマウマたちが縦笛を吹く姿や、太鼓を叩く姿を不思議そうに見ていました。そんな彼女たちに、
「ゴーたち、どうかしたの?」
と、オープがたずねます。ゴーとは渉夢のことです。道中、オープが渉夢のことをゴーと呼びたいと言ってきたため、渉夢は了承します。
「ううん、地球のシマウマは楽器を吹いたり、叩いたりしているってことがないから、びっくりしちゃって」
「みゃ、みゃみゃ、普段はあんまり見ない光景ね」
「そうなんだ。異世界ミュージーンで暮らす人や動物たちはね、普通に楽器を演奏したり、歌うことができるよ。でも、歌は人が歌った方が上手いんだけどね」
「おもしろいね」
渉夢はそう言ったあと、前にピースが作った曲から現れたピアノの音が出るリコーダーを取り出し、シマウマたちが演奏しているところを混ざります。
「ちょっと、ゴー、シマウマたちの演奏の邪魔しない方が……」
オープが止めたのですが、渉夢のリコーダーを吹く指は止まりません。リコーダーの音からピアノの音が出ます。
シマウマたちの演奏が少しの間、ストップしましたが、すぐに再開します。渉夢のリコーダー演奏によるピアノの音と、シマウマたちの縦笛と太鼓の音がきれいに合わさり、その辺にいた人やシマウマたちが自然と集まってきました。
「クログー、何かあたしたちの周り、シマウマだらけになってない?」
「人もいるみたいだけど、圧倒的にシマウマが多いわね」
オープとクログーは、周りに集まってきたシマウマたちが気になり、渉夢たちの演奏を聴くことに集中できずにいます。
やがて、彼女たちの演奏が終わると、シマウマたちの歓声がすごく、耳を塞いでしまうオープとクログーです。
「わたくし、いやー」
「たまらないよ、これ」
「あ、あれ、いつの間に、シマウマがいっぱい……」
今、集まってきたシマウマたちの存在に気づいた渉夢はこのあと、シマウマたちに食べられてしまうのではないかと、パニックになりそうになります。
「君、演奏が上手いね」
縦笛を吹いていたメスのシマウマが声を掛けてくれたことにより、落ち着いた渉夢です。
「あ、ありがとう」
「君、どこから来たの?」
次に、太鼓を叩いていたメスのシマウマに聞かれ、
「地球から来ました」
と、渉夢が答えると、集まっていたシマウマが一斉に騒ぎ出しました。急ににぎやかになり、オープとクログーは再び耳を塞いでしまいます。
「おおー、地球人!」
「君、ENCOURAGEにいた地球人のボーイの仲間かい?」
「いえ、ちがいます。私、最近、地球から来たばかりで、その地球人のボーイのことはよくわからないのですが、ENCOURAGEのことなら知っていますよ」
「彼らの歌声は明日への希望の可能性を高めるね!」
「けど、ENCOURAGEに代わる歌手が、ここんとこ現れたって話だよ」
「しかも、今日、ここに来て歌と演奏してくれるって」
「へ、あたし、そんな話、初めて聞いた」
シマウマたちの話を聞き、オープが首を傾げました。
オープが声を出すと、シマウマたちはまた騒ぎ出します。
渉夢は学校で習った曲をリコーダーで吹き、シマウマたちを静かにさせました。
「ゴー、助かったよ。シマウマさんたち、ENCOURAGEに代わる歌手って誰?」
オープが縦笛を吹いていたシマウマと、太鼓を叩いていたシマウマの方を見てたずねます。
「誰だったっけ?」
「あんた、忘れちゃだめでしょ。SCOLDだよ」
「SCOLD……」
渉夢は歌手名を聞いたとき、心がもやっとなりました。
「渉夢、大丈夫?」
飼い主の気持ちをクログーが察し、彼女の近くに来ます。
「うん」
クログーの頭を渉夢がなでたとき、別のところからシマウマの騒ぎ声が聞こえてきました。
「SCOLDが来たぞー!」
「SCOLDー!」
シマウマたちがみんなSCOLDが来た方向へ走って行くと、
「ゴー、向こうに行ってみよう」
「うん」
渉夢たちもシマウマたちのあとに走ってついて行き、SCOLDとはどんな歌手か、見に行ってみます。
すると、メガネをかけ、上はピンクのセーター、下は藍色のミニスカートに黒のタイツ、茶色いブーツを履いた黒髪のロングヘアの女の子が何かを食べながら、歩いているところが見えました。
しかし、後ろに大きな十六分音符のボギーノイズが2体いたため、渉夢たちは離れたところから、SCOLDの歌手の女の子を見ます。
また、渉夢はSCOLDの歌手の顔に見覚えがあったか、手足が震え出したのです。
「ゴー、ぶるぶるしてるけど」
渉夢の震えがオープまで伝わったか、少女までぶるぶるしていました。
「ご、ごめん、SCOLDの歌手の人、未莉先輩な気がして」
「そういうカンって当たることあるよ。ねえ、ゴー、話し掛けに行かなくていいの?」
「でも、あの人、未莉先輩じゃないかもしれないし」
「人ちがいってこともあるか。そろそろ、クンビエリアから移動する?」
「うん、ピースさんたち、いない感じだし、ここにいてもしょうがないよね」
「みゃー」
渉夢たちが、クンビエリアをあとにしようとすると、十六分音符のボギーノイズが道を塞ぎました。
「やばい、ボギーノイズだ」
「逃げよう」
「みゃー」
ボギーノイズから逃げようとした渉夢たちでしたが、
「待って、そこにいるの、進実さんでしょう」
SCOLDの歌手に呼ばれ、渉夢はびくびくと振り返ります。
「あんた、誰なの?」
オープが念のため、SCOLDの歌手は誰なのか、探りました。
「わたしは、地球から来た夕葉未莉よ。進実さん、久しぶりね」
「……お久しぶりです」
やはり、SCOLDの歌手は先輩の未莉で渉夢は彼女と視線を合わせられずにいたのです。
「あなたも、ここに来られたんだ」
「はい。あ、あの……」
「何?」
「こ、ここ……」
「ここ?」
「ここで先輩は何をしているのですか?」
「その言葉をそのまま、あなたに質問したいよ」
「!」
びくっとなった渉夢に、未莉は目を閉じ、微笑しながら話します。
「ここに来たわたしは、社長に拾われてね、歌手になったの。解散した歌手グループのENCOURAGEに代わってね」
「お言葉だけど、ENCOURAGEは解散してないよ」
オープが怒った顔をすると、
「社長がおっしゃっていたの。ENCOURAGEが解散したって」
未莉は涼しい顔で氷でできたチップスを口にしていました。
「そんなの、あんたの社長が嘘をついているに決まってるよ。怪しいな、その社長、誰?」
「あなたこそ、社長のことを詮索しているみたいだけど、誰?」
オープが社長について質問すると、未莉の表情が険しくなったのです。
「ENCOURAGEのピースのいとこ、オープだよ」
「そうなんだ」
「!」
今の未莉の笑い方が恐ろしかったのでしょう。オープが1歩後ろに下がります。
「ところで進実さん、これ以上、先に行っても、この異世界は無駄よ」
「………」
先輩の言葉に渉夢がつばを飲み込ませていると、未莉は彼女のところに近寄ります。渉夢は身動きがとれません。
「どうして無駄か、聞きたそうだね。ENCOURAGEが見つかることがないからだよ。ENCOURAGEは社長がこの異世界のどこか見つからない場所に閉じ込めてしまったのだから」
「どこか、見つからない場所……」
オープがつぶやくと、未莉は声をあげて笑いました。
「あははは、今話したこと、社長にばれたらやばいね。でも、見つかりっこないところにENCOURAGEは閉じ込められているわけだから、捜すとしても無理だね」
「………」
渉夢が黙っていると、未莉は少しだけ彼女から離れてから口を開きます。
「進実さん、さっきはここから帰ろうって言おうとしてくれたのかもしれないけど、わたしは地球に帰る気、ゼロだから」
未莉がそう言ったあとのことです。十六分音符のボギーノイズが彼女の両脇に来ました。
「せ、先輩、危ないです」
ボギーノイズが未莉を捕まえに来たと思ったのでしょう。渉夢が彼女の腕を引っ張ろうとすると、
「触らないで」
と、未莉は拒みました。
「ちょっと、あんたがボギーノイズに襲われそうだったのを、あゆむが助けたのに、その言い方はひどくない」
オープが怒ると、
「今、ひどいこと言ってるのはあなたよ。この子たちは、わたしの仲間なんだけど」
未莉はすぐさま言い返してきたのです。
「先輩、ボギーノイズのこと……」
「知ってる。せっかくだから、進実さんに教えてあげるよ。ボギーノイズは、あらゆる雑音が集まって生まれたものだよ。あらゆる雑音っていうのは、人や動物のネガティブな感情から生まれることがほとんどなの。それが、ボギーノイズよ」
「………」
渉夢はこのとき、四分音符のボギーノイズが出現する前、オープと泣いていたことを思い出します。そのときに、ボギーノイズが生まれてしまったのではないかと思っていました。
「あんたの近くにいる2体のボギーノイズが、あんたに懐いているのはどうして?」
オープがたずねると、
「さあね、たまたまじゃない」
未莉は肩をすくめ、言います。
「真面目に答えてよ」
適当に答えているとオープは未莉に不満そうにしていました。
「悪いね、わたし、もう仕事だから。これ以上、あなたたちと話している時間はないよ。行こう、エージェ、ビーボ」
エージェ、ビーボとは、未莉が連れている2体のボギーノイズの名前のようです。彼らは未莉の言うことを聞き、ついて行きました。
「ゴー、どうする?」
「未莉先輩って子のライブ、見ていく?」
「いつもはううんって首を振りたいところだけど、先輩のライブを見てから、クンビエリアから出発するよ」
そうして、渉夢たちはシマウマたちに混じり、未莉のライブを見るのでした。
歌うとき、渉夢たちの存在に気づいた未莉は怪訝そうな表情になりましたが、笑顔を作り、歌い始めます。
「何ができるかわからない~、エンジンかからない~、それでも無理矢理アクセル踏むんだ~、ブレーキはいらない~、ライトもいらない~、自分の好きなようにコントロールプレー! イエイ!」
渉夢たちはここまで聴いたあと、途中退出しました。未莉は途中退出した彼女たちに一瞬、にやっとしますが、ライブに集中し、ボギーノイズたちと横笛の演奏をし、派手なクライマックスを決めていました。
そして、クンビエリアをあとにした渉夢たちは、未莉のことは今は何も言わず、次の目的地について話し合います。
「今回の花のパン、中身はリンゴカスタードだ。って、次はどこに行ったら、いいだろう?」
ピースのお母さんからいただいた花のパンを食べていた渉夢が、クログーとオープに振ります。
「ここから先は、ピチスお兄ちゃんたちがいないと、もうさっぱりだよ」
「やっぱり、地図がいるよね。どうしよう……」
渉夢がオープと困っていると、
「渉夢、ピースさんの楽譜は?」
と、思いついたクログーです。
「リュックにしまってあるけど」
渉夢は荷物からピースの楽譜と、リコーダーも取り出します。
「あれ、楽譜の歌詞が真っ白になってる」
オープが気付いたことを言いました。
「とりあえず、最初から歌ってみる。ららら~、らら~、ららら~、らららら~」
楽譜の最初に並べて書かれてある音符を渉夢が歌うと、歌詞が自動的に書き込まれます。
「やっぱり、最初から歌うと、真っ白になっていた楽譜の歌詞が出てくる仕組みになっているのか」
と、オープは自動的に楽譜に書き込まれていく歌詞をまじまじと見ていたのでした。
「みゃ、みゃみゃ、また何か出てきたよ」
クログーが目にしたものは、渉夢が歌ったあと、楽譜から光の音符が1つ飛び出してきたものです。
光の音符は渉夢たちの周りをぐるぐるしたあと、時々左の矢印に変化します。もうしばらく、渉夢たちは光の音符の動きを観察したことで、光の音符が自分たちの道案内をしてくれていることがわかったのです。
「光の音符のあとについて行けばいいんだね」
「ピチスお兄ちゃん、かなり曲に思いを込めたんだね。魔法もよく楽譜に掛かってる。そうじゃなかったら、光の音符の道案内ってないよ」
オープが瞳をうるうるさせていました。
「みゃ、みゃみゃ、あの音符を見てたら、じゃれたくなってきた」
クログーがネコの本能で光の音符にじゃれようとすると、光の音符は慌てて逃げ出してしまいます。
「ちょっと、クログー、光の音符が怖がってるよ。しかも、道がわからなくなっちゃうでしょう」
渉夢はクログーを抱っこし、抑えました。
「光の音符、クログーを怖がってるけど、道案内はちゃんとしてくれているみたいね。次は北西の方向を指してる」
と、オープが言ったとき、逃げ出してしまっていた光の音符は途中で引き返してきたようです。矢印に変化させながら、渉夢たちを導きます。
「ピースさん、助かってます」
矢印に変化する光の音符を見たあと、渉夢は首にかけていたピースの全音符のペンダントを片手で握りしめました。
光の音符が導いた先は、民家の多い町でした。この町は、モッズドタウンです。渉夢たちはそこで、今度こそピースたちを見つけ出そうと捜し始めたのでした。




