第19話、ススミアユム
黒い屋根に、白い壁のところに黒の音符が描かれてある家からバイオリンの音色が響いていました。
ホトトギスのような鳥たちが、バイオリンの音色に合わせて踊っているように、黒い屋根の上をくるくると飛んでいます。
ピースの家に来た渉夢たちは、コンティーニュのバイオリンの演奏を聴きながら和やかに過ごしていました。
ビリービングはピースと談笑、ファオはエフォートとメイクとラビングとカードゲームで盛り上がっています。オープはファインドとピースのお母さんの手伝いをしていました。
そして、渉夢とクログーは、ディアルと未莉とメロティーを飲み、それぞれ好きなものを食べていたのでした。渉夢は花のパン、クログーは魚、ディアルと未莉はアイスチップスを食べていました。
「未莉ちゃん、調子はどう?」
「もう大丈夫です。泣いて、休んだら、いくらか楽になりました。わたし、疲れが溜まっていたみたいです」
「みゃ、みゃみゃ、あなた、SCOLDの活動はどうするの?」
話せないフリをやめ、未莉の前でも言葉を話すようになったクログーです。
「SCOLDの活動はもうしないわ。続けていても仕方ないし。わたし、進実さんたちと、向こうでピースさんと話してる男の子と地球に帰るわ」
「ほ、本当ですか、未莉先輩」
渉夢が恐る恐る聞くと、未莉はくすっと笑います。
「それと、高校は退学しないで教室に戻る。それで部活は、運動部やめて進実さんと同じ吹奏楽部に入部しようかな」
「みゃ……」
「先輩……」
「嘘よ、進実さん。運動部は続ける。それで、高校卒業したあとの進路をよく決めて、進路先で音楽のことを1から始めるわ」
「未莉ちゃん、いいじゃない。あなたはこれから、大事を見つけるところよね。大変なこと、いっぱいあるかもしれないけど、あなたなら大丈夫」
ディアルが未莉の両手を握り、真面目な表情で言うと、未莉は胸がいっぱいになっていました。
彼女たちが話している間、渉夢は席を外し、外に出ようとします。
「あゆむちゃん、どこ行くの?」
ビリービングと話していたピースが声を掛けてきました。
「ちょっと、すぐそこまでです」
「何だ、外に出るなら、おれたちも行くよな。行かない?」
「ピースだけ行ってくれば」
と、ビリービングが断ると、
「そうそう」
「すまない、こっちはゲームで盛り上がっているのでな」
ファオとカードゲームで遊んでいたラビングと、エフォートも断っていたのでした。
「みんな、つれないな。しょうがない、2人だけで行こうか、あゆむちゃん」
と、ピースが引っ掛かるようなことを言うと、ビリービングの眉がぴくっとなり、
「やっぱり、オレも外の空気吸いたい」
先に出て行ってしまいます。
「クログーちゃんもいるのにな。ビリービング、焦りすぎ」
ピースは笑いながら、ビリービングを追い、外に出ました。
あとから、渉夢とクログーも外に出ると、ピースとビリービングは並んで庭の花のパンを見て回っていたのでした。
「ピースさん、これ」
渉夢はピースに話し掛け、全音符のペンダントを返します。
「サンキュー。って、おれのか」
ピースは渉夢から返してもらったペンダントを首に掛けました。
「ピースさん、あの……」
「そうだよな。あゆむちゃんたち、地球に帰るんだよな。寂しくなるな」
「オレも地球に帰るけど、今度こそ帰れるかな?」
「失礼します。ピースさん、地球にはどうやったら帰れるのですか?」
渉夢たちよりあとから来た未莉がメガネを外し、尋ねました。
「ここから遥か南東にあるオルゴール殿でんに行ってゼンマイを回せたら帰れる」
「おるごーるでん?」
クログーがオルゴール殿のことが分からず、後ろ足で頭をかいてしまっています。
「あの、どういうところなのですか?」
渉夢も分からなかったのでしょう。ピースに尋ねますが、
「オルゴール殿っていうのは金殿きんでんみたいなところだよ」
ビリービングが答えていました。
「金殿、地球にもあるのを写真本を見て知っているけど、そんなに行ったことないわね。でも、ミュージーンの金殿はどんなところなのか」
「見た目は金ピカな城門みたいだけどな」
「なら、地球にある金殿だと思えばいいのよね、進実さん」
「あ、は、はい」
急に未莉に振られ、慌てて返事をした渉夢です。そんな彼女にくすっと笑っていた未莉でした。
「オルゴール殿に行くなら、あたしも行く」
「ぼくも行きます。ゴーたちの見送りに行かせて下さい」
「わかったよ。メイクくん、トンネルを」
「はい、リーダー」
ラビングに指示され、メイクはるるると歌い、かなり大きなきらきらの音符のトンネルを出しました。
「あんたたちも、いつの間にいたのか」
と、ツッコんだ者はビリービングです。
渉夢たちはピースの両親や、ENCOURAGEの数名のメンバーにお世話になったとよくあいさつをし、かなり大きなきらきらの音符のトンネルへ入りました。
彼女たちがトンネルの中に入ったあと、ピースだけENCOURAGEを代表し、ついて行ったのでした。
メイクの作ったかなり大きなきらきらのトンネルの中をくぐり抜けると、渉夢たちはオルゴール殿の大きさに圧倒されていました。
「こんなに金ピカな建物が地球にあったら、世界遺産登録に決まりだね」
と、渉夢が言うと、
「そうだな。あと、オルゴール殿の中に入るともっとびっくりするぜ」
ビリービングが彼女に期待を持たせます。
「へー、オルゴール殿の中は、どうなっているんだろう?」
「あゆむちゃんたち、入らないの?」
「中、すごいわよ」
ピースと未莉は先にオルゴール殿の中に入っていたようです。渉夢たちも中に入ったとき、金色の世界に来たようだと、感嘆の声をあげていました。
「こんなところにいると、異世界ミュージーンにいるってことを忘れそうだな、ロッビ」
ファオがオープに話し掛けます。
「そうですよね」
「ロッビ、元気がないじゃん。ゴーたちとの別れが寂しい?」
いつもとオープの様子がちがい、気になったファオです。
「はい、寂しいですね」
「なら、デュールブみたいに誘いの楽譜を書いたらいいんじゃない?」
「さすがに、いくらファオさんのおっしゃることでも、それはちょっと……」
オープが苦笑に、ファオはまずいと思ったのでしょう。
「冗談、冗談」
と、すぐに言い、ため息をついていました。
「でも、ファオさんのおかげでいいことを思いつきました。あ、ゴー」
オープは彼に微笑んだあと、渉夢のところへ行きます。
「………」
このとき、ファオは少女の姿を目で追っていたのでした。それを未莉が見ていたようです。
「あなた、好きなら早く告白した方がいいよ」
と、彼女はそう言い、オルゴール殿のさらに中へ入って行きました。ファオは恥ずかしそうに下を向いていたのでした。
「ゴー」
「オープ、どうしたの?」
「ゴーたちが地球に帰るのは寂しい。けど、あたし、これから、ピチスお兄ちゃんから楽譜の書き方をいっぱい教わって、手紙の楽譜をゴーたちに書いて送るよ」
「お、手紙の楽譜か。デュールブが誘いの楽譜を地球に送れたぐらいだ。手紙の楽譜だって送れるんじゃないか」
「そしたら、返事はどうしようかな」
「ううん、返事はいいよ。地球からこっちに楽譜の手紙を送るのは不可能だから」
「そうなんだ。残念だな」
「ゴーたちが読んでくれるだけでも、あたしは満足だから。手紙の楽譜、書くよ」
「ロッビ、ぼくにも手紙の楽譜、くれないかな」
ファオがそう言うと、
「そんな、ファオさんに送るだなんて、あたし、いいのかな……」
と、オープは遠慮します。
「ロッビが嫌ならいいんだ」
ファオが小さくため息をついていると、やりとりを離れたところから見ていた未莉がそろそろ口を挟みました。
「もー、あんたたち見てると、もやもやしちゃうわ。オープ、本当はファオさんにファンレター送りたいでしょう。ファオさんも、オープにはっきりと手紙の楽譜をどんどん欲しい、ちょうだいって言いましょうよ」
「み、未莉先輩、あまり言わない方が……」
「進実さんは鈍いのよー!」
未莉が渉夢を襲う真似をすると、
「きゃー!」
渉夢は叫び、逃げ出します。そんな彼女にくすっと笑っていた未莉です。渉夢は未莉に驚き、逃げていたとき、
「お、あゆむちゃん?」
とんと、ピースにぶつかります。
「あ、すみません、ピースさん……」
渉夢は慌てながら彼に謝りました。そのとき、彼女は足元に金色のゼンマイがあることに気がつきます。クログーもゼンマイのニオイをくんくんかいだあと、鼻の頭をぺろんとなめていました。
ピースが先ほど、ゼンマイを回せば帰れると言っていた言葉を思い出した渉夢は、足元の金色のゼンマイを回してみます。しかし、ゼンマイは回りませんでした。
「みゃ、壊れてる?」
渉夢といたクログーがゼンマイの上に片足をちょんと乗せては下ろします。
「あ、ゼンマイは手で回すわけじゃないんだ。歌と演奏ね」
「みゃ、みゃみゃ、ピースさん、それはお早めに言いましょう」
「悪い。いつも抜けてるところがあるって、仲間たちからよく言われてる」
クログーに言われ、後ろ頭に手をやったピースです。
「ゴー、オレはそのゼンマイを回せなかったから2年前、ここから地球に帰れなかったんだ」
「ビリービングくん、歌と演奏は試したの?」
「ああ、ピースとオープと何回かやってみたけど、だめだったよ」
「ピースさん、わたしたち、本当に帰れるのですか?」
未莉がピースを細目で見ます。そんな彼女にピースは苦笑をし、
「未莉ちゃん、それはおれに聞かれても分からないよ」
と、言ったのでした。
「だいたい、ここ、オルゴール殿は怪しくないですか? 本当にここから地球に帰れるのですか?」
「SCOLD、質問多いな」
まだ未莉のことをそう呼んでいたビリービングです。
「ちゃんと帰れるよ。ここはビリービングの前にだって地球以外の惑星世界から来た人が、ほとんど帰れたぐらいなんだ」
ピースが答えると、
「そんな話、オレ、初めて聞いたぞ。てっきり、オレが異世界ミュージーンに最初に来た人だと思ってたよ」
ビリービングは大げさに反応しました。
「あれ、ビリービングにそのことをおれ、話していなかったっけ」
「もういいよ。今はゼンマイを回せるかどうかを心配しようか」
ビリービングが本題に戻します。
「おれも歌と演奏は協力する。あゆむちゃんたち、おれが書いた楽譜、ある?」
ピースに聞かれ、
「ピースさん、晴空の楽譜ですか?」
と、反対に聞いた渉夢です。
「いんや、そっちじゃない方」
「ENCOURAGEを捜していたときの歌か」
ファオがそう言ったあと、
「ピースさん、その楽譜のタイトル、何て言うのですか?」
渉夢はこう質問しました。
「お前も質問多いぞ。でも、オレも質問だな。ピースの楽譜のタイトルって『失踪のENCOURAGE』?」
と、ビリービングも質問すると、
「ちがうよ、ビリービング。『ススミアユム』ってタイトルだよ」
ピースはこう答えたのでした。
「ピチスお兄ちゃん、それって、ゴーのフルネームだよね」
と、オープです。
「そうだな。もっと別のタイトルが思いついたかもしれない。けど、『ススミアユム』がいいって思ったんだ」
「ピースさん……」
渉夢は照れた表情をしていたのでした。
「悪い、ピース、あんたの楽譜はデュールブに取られて、ちょっと歌詞と曲を変えられてしまったんだ」
ビリービングが申し訳なさそうにしていると、
「そうだったのか。わかった。じゃあ、見ないで歌おうか。オープもこっちに来て、歌と演奏を頼んだよ」
と、ピースは気にするなと、次のことを言います。
「うん」
このとき、何とオープは渉夢と同じ背丈の女の子に変身します。茶髪のさらさらのロングヘアに青の帽子をかぶり、服装が上は白のキャミソール、下は二分音符のワンポイントが入った緑のフリルスカート、黄緑のリボンが付いた黒のブーツを履いていました。
「オープ、その姿、かなり久しぶりだね」
「ピースの楽譜がないのに、どうして変身ができたんだろう?」
「そりゃあ、楽譜を書いた本人が目の前にいるからじゃないですか。楽譜を書いた本人がいれば、楽譜があるのと一緒じゃない?」
「なるほどな」
未莉の話に納得していたファオです。
渉夢たちは『ススミアユム』を歌う順番と演奏の仕方を話し合ったあと、1列に並びました。まずは、ピースが1節目を歌います。
「真っ暗の中~、それでも歌う~、僕らは君に~、期待の歌を送る~、僕らは~、囚われのENCOURAGE~。この歌を歌う君よ~、僕らをきっと~、捜し出してくれ~、今こそ進め~、ゴー!」
ピースは、しめの「ゴー!」のところでヘッドボイスを出していました。2節目はオープが歌います。
「僕らは~、囚われのENCOURAGE~、民家多き町のどこか~、1人動けずに歌う~。少女よ~、ハーモニーマジックでこの歌を歌う君の力になって欲しい~!少女よ~、今こそ変わるとき~、進め~、ゴー!」
少女は歌い終わるときに片手を上にあげ、ビリービングが3節目を歌うとき、下にさげました。
「僕らは~、囚われのENCOURAGE~、本の世界の中で~、1人動けずに歌う~。蒸発した友よ~、そこにいるなら~、この歌を歌う君のことを~、守ってあげて欲しい~。ともに歩め~、ゴー!」
ビリービングは片手を渉夢の方に広げます。渉夢が4節目を歌うとき、彼は片手を後ろに引っ込め、もう片方の手も後ろにやって組んでいました。
「僕らは~、囚われのENCOURAGE~、カプセルの中で~、1人動けずに歌う~。この歌を歌う君よ~、蒸発した友よ~、それぞれが怯まず進め~、ゴー!」
渉夢が4節目を歌い終えたときのことです。ゼンマイがわずかに動きました。
ゼンマイのわずかな動きに気づいたファオと未莉は渉夢たちに拍手を送って応援していたのでした。クログーはしっぽを左右に振って応援です。
ピースもあとは渉夢たちに任せることにしたのでしょう。ファオたちの横に移動し、渉夢たちに拍手を送っていました。
「僕らは~、囚われのENCOURAGE~、狭い中~、1人埋もれながら歌う~。この歌を歌う君よ~、黄金こがね大事にして欲しい~。行動広範囲に~、ゴー!」
オープが5節目を歌い終え、ビリービングは少女に微笑したあと、6節目を歌います。
「僕らは~、囚われのENCOURAGE~、熱き心持つ者の~、1人目の前でいつでも歌う~。この歌を歌う君よ~、熱き心で~、闇に立ち向かって欲しい~。負けるな~、ゴー!」
1節目のピースの歌声に刺激されていたか、ビリービングも歌詞のしめにある「ゴー!」のところでヘッドボイスを出していました。
そして、ラストの7節目を渉夢は異世界ミュージーンにクログーと来てからのことを思い出しながら歌います。
「真っ暗の中~、それでも歌う~、僕らは君に~、期待の歌を送る~。この歌を歌う君よ~、僕らをきっと~、捜し出してくれ~、気力を底から~、ゴー!」
7節目を歌い終えた渉夢は、オープとビリービングと『ススミアユム』の楽曲を演奏し、加えてピースはフルートを演奏しました。彼の持つ楽器もマジックインストルメントでした。
渉夢たち4人で演奏していると、マジックインストルメントの効果により、ピアノの音やトランペットの音、バイオリンの音などに変わり、音が1つになります。
「きれい……」
「ああ……」
「みゃみゃ……」
未莉とファオとクログーは、渉夢たちの演奏に感動していました。2人と1匹の胸がいっぱいになります。
『ススミアユム』の5節目のところを渉夢たちが演奏していたとき、足元のゼンマイが自動的にくるくると回り始めました。
それにより、渉夢の集中力が1度、乱れそうになります。けれども、未莉に睨まれたため、演奏を止めることなく続けられた渉夢です。
こうして、無事に『ススミアユム』の楽曲を最後まで演奏ができた渉夢たちは、ただゼンマイがくるくると回転していくところを見ていました。
やがて、ゼンマイの回転が止まると、今度は反対方向へ回転し、オルゴールの音が流れます。オルゴールから流れた音楽は何と、渉夢たちが今歌い、演奏した『ススミアユム』でした。
オルゴールの音で『ススミアユム』の楽曲が流れると、カラフルな光を放ったダブルシャープが現れました。
カラフルな光のダブルシャープは大きなアーチとなり、トンネルとなります。
「あゆむちゃんたち、あのトンネルを抜ければ、地球に帰れるよ。おそらく、元いた場所に戻れると思うけど」
「ピースさんたちには、いろいろ助けられました。ありがとうございます。オープ、ファオさん、じゃあね」
「ゴー、手紙の楽譜、書くからね……」
と、言ったあと、渉夢と同じ背丈になっていたオープは元のぽっちゃりとした少女に戻ったのでした。
「ゴー、地球に帰っても頑張ってな。クロもじゃあな」
「ビリービング、地球に帰れるな。良かったじゃん」
「何で、2年前のときは地球に帰れなかったか謎だったけど、今となると意味があったからな気がしてきたよ」
ビリービングはそう言ったあと、渉夢を一瞥し、ピースに視線を戻しました。
「そうだな。おれ、正直、2年前のお前が地球に帰るの心配だったんだよな。そのときのお前は暗い表情が多かったからな。だから、今のお前を見て、ほっとしてる。安心して見送れそうだ」
「ディアルと同じようなこと言ってるな。あんた、その人と気が合うんじゃないの」
ビリービングがニヤニヤしながら言うと、
「ほら、早くお前、帰れ、帰れ」
と、ピースは笑いながら冗談交じりに言っていたのでした。
「では、そろそろ……」
「あゆむちゃんたち、ちょっと待って。『ススミアユム』の歌詞の最初をちょっと変えて言う感じだけど、離れていても、それでもぼくらは歌うよ。ぼくらは君たちに、期待の歌を送ってる。ずっとね」
渉夢たちはピースの言葉にじんときていました。別れが少々、名残惜しくなっていた彼女たちでした。
「ゴーたち、早く行かないとまずいんじゃない。オルゴールの音が鳴りやみそうだよ」
「しかも、トンネルの幅が狭くなっているぞ」
「あ、やべ。じゃあなピース!」
「オープ、ファオさん、元気でね!」
「失礼します」
「みゃー」
渉夢たちがピースたちに手を振りながら、カラフルな光のダブルシャープのトンネルの中に入っていくと、トンネルは消えます。
そして、光のダブルシャープは、光のナチュラルの記号のようなものに変わり、星くずになって飛んで行きました。
「ゴー、バイバイ」
「行ってしまったか」
「もうビリービングも心配ないし、あゆむちゃんたちもきっと大丈夫だろう」
「あいつら、地球に帰ったのか」
ここでデュールブが来ます。
「デュールブ、いつから来ていたんだ!?」
「さっきかな。あいつらが行ったあとだ」
「残念でしたー」
と、オープが舌を出すと、デュールブは鼻で笑い、数枚重なった楽譜を少女の前でひらひらと踊らせます。
「お前、ここに何しに来た?」
「俺も地球に行く。そのためにこれを歌と演奏しに来た」
次にデュールブは数枚重なった楽譜をピースにひらひらと踊らせていました。
「何だよ、その楽譜?」
「償いの楽譜だよ。あれから、すぐに曲を作った」
ピースに聞かれ、どんな楽譜か答えたデュールブです。
「償いの楽譜って、その楽譜で地球にもし、行けたあと、どうなるかお前は分かっているのか?」
「ああ、2度とミュージーンに戻れないってことはな」
「あんた、地球に行ってどうするつもり?」
オープが両手を腰にやり、尋ねると、
「普通に生きていくつもりだ」
と、デュールブは両手をズボンのポケットに突っ込みました。
「お前、地球にそんなに興味あったのか」
「まあ、最近、興味がわいてきたよ」
「おれたちはお前を見送らないぞ」
「ああ、結構だ」
デュールブはピースにそう言ったあと、償いの楽譜を見ながら、らららと歌い、クラリネットを吹きました。
「ピース、あれ、シェードインストルメントじゃないですか?」
「ちがうみたいだ。ボギーノイズが出てこないからな」
ファオに振られ、そう答えたピースです。
「じゃあ、マジックインストルメント?」
次にオープがピースに振ります。
「そっちでもないみたいだ」
ピースたちがひそひそと話している間に、デュールブは演奏が終わったのでしょう。
「グリスンインストルメントだ」
と、応え、クラリネットをピースたちに見せました。デュールブのクラリネットは光沢がかなりあります。
「いいなー、すっごく輝いているな」
ファオが羨ましそうにデュールブのクラリネットを見ていました。
「それ、お前が償いの楽譜を作っていたときに編み出した魔法?」
ピースがデュールブに尋ねると、彼は頷きます。
「ああ、そうだ」
「何だ、お前、本当はいいインストルメントが魔法で出せるんじゃないか。お前、歌も上手いし、実力を知ってたら、ENCOURAGEにスカウトしたのに」
「進実渉夢」
「曲のことか?」
「いや、地球人の方のことだ。おれは地球のどこかで暮らすあいつの力にもなりたいと思った」
と、デュールブは渉夢のことを言っていました。
「そっか、お前が魔法で出したクラリネットは、あゆむちゃんへの気持ちも入っているわけか」
「そんなわけじゃない。では、俺は行く。ダブルシャープのトンネルが閉まるからな」
「あれ、もう行っちゃうのか」
「ピチスお兄ちゃんと、こそこそ話をしてたから気づかなかったけど、デュールブの歌と演奏で足元のゼンマイが回っていたみたいだね」
ピースとオープがそう言っていると、
「って、お前ら、見送らないんじゃなかったのか」
デュールブは呆れた表情になります。
「そうだ、忘れてた。オープ、ファオくん、帰ろうか、ワールドタウンへ」
「ピース、いいや、ENCOURAGE、これまでのこと、悪かった」
デュールブは背中を向け、そう言ったあとに片手をあげ、走って行ってしまいました。
「デュールブも行っちゃったな、地球」
「あの人を行かせて良かったのかな……」
ファオが言ったあと、オープは不安そうに言います。
「ああ。もう悪いことをするって顔じゃなかった。それに、あいつ、おれの勘だけど、あゆむちゃんにぞっこんかな。だからかな。止められそうもなかった」
「大丈夫かな、ゴー……」
「ロッビ、意味がわかっていないみたいだけど」
ピースの言葉にますます、不安そうな顔をするオープに、ファオはピースに内緒で教えると、ピースは目を閉じ、笑います。
「ぞっこんはないか。オープ、あゆむちゃんは大丈夫だよ」
「そうだよね、ピチスお兄ちゃん。ところで、帰ったら、楽譜の書き方を教えて」
ピースの言葉に安堵したオープは彼にそうねだりました。ピースは喜んで頷き、
「うん、いいよ。ファオくんもうちに寄ってきなよ。メロティー、まだあるぜ」
ファオにも声を掛けます。
「ありがとうございます、ピース」
小躍りしたファオです。
「じゃ、おれたちも帰るか。ワールドタウンへ~!」
と、ピースはドレミファのメロディーで歌い、ワープの魔法を使いました。ピースたちはオルゴール殿をあとにし、ワールドタウンへ帰ったのでした。
一方、カラフルな光のダブルシャープのトンネルをくぐり抜けた渉夢たちは、見覚えのある場所に来ていました。 八分音符高校の第2音楽室でした。
第2音楽室には渉夢と未莉の荷物があり、彼女たちがデュールブの誘いの楽譜を見ながら弾いていたピアノもそこにありました。
「わたしたち、地球に帰れたのね」
「はい」
「あれ、夕方のはずが昼間ってことは、わたしたち、何日か無断欠席してしまったってことよね」
未莉が窓を開け、外を見ると、若葉だった桜の木が紅葉していたのです。また、彼女は荷物のバッグから携帯を取り出します。
携帯の日付カレンダーを見ると、10月になっていました。これに渉夢たちは絶句します。
「嘘、ここから異世界ミュージーンに行ってから5ヶ月が経ってる。5月から10月になってる!?」
携帯をバッグにしまい直し、未莉が頭を抱えながら言っていました。
「ニャー」
クログーはもう人の言葉を話せなくなっていました。
「さすがに、地球に来たらネコは人の言葉を話せないよな。ゴーとSCOLDはでも、補習を受けて追試がちゃんと受かれば留年はないんじゃないか」
第2音楽室の中のピアノを少しだけ弾いていたビリービングです。
「それだといいけどね。ビリービングくんって言ったわね。こっちであまりビリービングくんって呼ぶのはまずいよね。あなた、本名は何て言うの?」
「異世界ミュージーンに長くいたから、ビリービングの名前に慣れて、すっかり本名を紹介するのを忘れてたな。オレの本名は、鳩利亜勇信だ。漢字はハトに利用の利に亜鉛の亜が苗字で、名前は勇気の勇に信じるの信だ」
「勇気を信じてクリアするみたいでいいね、鳩利亜くん」
「オレも、あんたたちのことを、ゴーとSCOLDってあんま呼ぶのはまずいか。進実さんと夕葉さん。変な感じするけど、慣れるか」
「鳩利亜くんは、中学2年くらいから学校に行けてないんだっけ。学校、これからどうするの?」
「そうだな、頼みづらいけど、親戚に相談して夜間中学にでも通うわ。そしたら、中学卒業できて高校受験して受かったら、普通に高校通えるからさ。あんたたちより学年は下になっちゃうけど、しょうがないよな。異世界ミュージーンに行ってて、中2から学校に行けていないのと、勉強ができてないから」
「鳩利亜くん……」
「そうだ、わたしのお母さん、中学校の教師してるから、鳩利亜くんの勉強を見てもらうよう頼もうか」
「あ、助かるかな」
「なら、携帯、アドレスを教えて。進実さんも、教えてもらったら。今度、3人で遊びに行きたいし、進実さんのアドレスも教えて欲しいな」
「はい、アドレス、今教えますね。鳩利亜くんも、アドレス教えてもらってもいい?」
苦手だった先輩の未莉とのわだかまりが取れてきた渉夢は、彼女に携帯のアドレスを教えたあと、勇信にアドレスを聞きました。
「ああ、進実さん、もちろん。やっぱ、何か進実さんって呼びづらいかな。お前だけゴーって呼び方に戻す」
「いいよ、ゴーで」
そうして、渉夢たちは携帯で連絡を取り合うようになったのでした。
渉夢と未莉は5ヶ月学校を休んだ分の補習を受け、1学期と2学期の分の中間テストや期末テストの追試を受けるための勉強を毎日、していたのでした。
そんな渉夢たちのことを笑う者が中には何人かいました。けれども、彼女たちそれぞれのクラスメートが授業中、ノートをとってまとめていた者がいたため、助けられます。
渉夢たちはそれぞれのクラスメートたちの助けもあったおかげか、1学期と2学期の分の中間テストと期末テストの追試を合格することができたのでした。
そして、渉夢は冬休み、未莉と勇信とよく会って音楽で遊び、3学期を迎えました。このとき、渉夢の教室に臨時教師の紹介があり、クラスで騒ぎになります。
臨時教師が教室に入ってくると、渉夢はあっと声を出しそうになりました。きちんとした黒のスーツを着用し、アッシュグレーの髪の色をしたミディアムヘアの若い男性に見覚えがあったからです。デュールブでした。
しかし、彼は黒板に白のチョークで『星出流良』と書き、自己紹介をしていました。
渉夢は先輩の未莉を携帯で連絡をして呼び出し、放課後、デュールブを探しますが、もう学校にいなかったようです。
第2音楽室で吹奏楽の練習をした帰り、渉夢が1人で帰っていたときのことでした。
「渉夢」
と、男性の声がします。渉夢は目の前の男性を見て、驚きの声をあげていました。
「デュールブさん!?」
「もう俺はデュールブじゃない。星出流良として生きている」
「あの、星出先生はどうしてここに?」
「ここでは学校が近いから別の場所に移動する」
デュールブすなわち星出がハミングをすると、渉夢はテラスのある公園に移動します。彼はワープの魔法を使ったようです。テラスのある公園は人気ひとけがそんなにありませんでした。
「星出先生、まったく知らない公園に来てしまったのですが……」
渉夢が困っていると、彼は笑い、テラス席に座りました。
「で、お前はどうして、俺がここにいるのか聞いていたな。異世界ミュージーンでこれまでしてきた悪行を償うためもあるが、地球で普通に暮らしたくなったからだ。地球に来てから、ここが気に入った。ミュージーンに俺はもう戻ることはない。戻れないけどな。地球に来て、お前に会えたら、こうして2人で話がしたいと思った」
「ほ、星出先生、お話が終わったら、すぐに私を元の場所に戻して下さいね。帰ったあと、宿題と演奏と自主勉とクログーのお世話があるのですから」
渉夢は星出の話を聞く度に胸の鼓動が早くなり、ついそう言ってしまうのでした。
「わかっている。先生と生徒があまり一緒にいるとまずいことは。渉夢、お前を前向きにしているエネルギーの源は何だ?」
「異世界ミュージーンにいたからでしょうか。こっちに帰ってきてから、目標が決まりまして」
星出の問いに照れながら答えた渉夢です。
「目標がお前を前向きにしているエネルギーの源なんだな。お前の目標とは何だ?」
「音楽家になることです。そのために、空き時間はさまざまなことを調べて、どこの大学に行こうか決めているところです」
次の星出の問いのとき、渉夢は真剣に答えていました。彼女の真剣な表情に、今度は星出の胸の鼓動が早くなる番でした。
「いいな、目標。俺にはそんなのない」
「私も前までは目標ってありませんでした。異世界ミュージーンでENCOURAGEを捜していたおかげで、目標が明確になってきました」
「音楽家か。お前ならなれるんじゃないか」
「そう言ってくれて嬉しいです、星出先生。あの、音楽のことをこれから、ご指導していただけませんか?」
星出の言葉に頬を紅潮させた渉夢です。
「俺が?」
「はい、先生に」
「他に先生がいるだろうに」
星出が困った顔で笑うと、
「星出先生がいいです。お願いします」
渉夢はまた真剣な表情になり、彼に頭を下げました。
「わかった。それで俺がお前の力になれるなら、音楽のことを1から教えよう」
と、星出は渉夢の願いを聞いてくれ、
「ありがとうございます」
渉夢はとても嬉しそうに彼にお礼を言います。
「さあ、次はどこへ渉夢を連れて行こうかな。地球はいいところばかりだ」
星出はテラス席から立ち、渉夢を別の場所へワープの魔法を使って連れて行こうとしていると、
「もう、星出先生、お話が終わったら、すぐに元の場所に戻してくれる話でしたよね。今日のところは、おうちに帰して下さい」
と、顔は笑っていますが、半分怒っていた渉夢です。
「どうしようかな」
星出は意地悪そうに口の端をにやりとさせます。
「困りますよ、先生ー」
このように、地球に帰ってから、渉夢の身辺は未莉、勇信、星出とにぎやかになってきました。
渉夢はそれから、星出に帰してもらい、自宅でクログーのお世話を済ませ、ダイニングテーブルのところで宿題を早く済ませます。
夕飯を少し口にしたあと、彼女は異世界ミュージーンの花のパンとちがう普通のクリームパンを口にし、オープやファオ、ピースたちENCOURAGEのことを思い出していました。
そして、『ススミアユム』の楽曲のことも思い出したあと、渉夢は音楽家を目指すための勉強をするため、自分の部屋の机に向かいます。渉夢はノートと参考書を広げ、
「今こそ進め~、ゴー!」
と、歌い、利き手に持っていた筆記用具の小さな演奏をノート上に響かせたのでした。