第18話、猜忌邪曲の異世界
サンポーニ山の麓の地面に描かれた影の五線譜の上に、禍々しい黒の音符が描かれていく中、横笛の演奏の音が聞こえてきました。
未莉が涙を流しながら、横笛を吹いていたのです。しかし、彼女の吹く横笛はシェードインストルメントであり、ボギーノイズが何体か発生してしまいます。
渉夢たちは、未莉を止めに走りましたが、シェードインストルメントの暗い音色の力により、彼女に近寄ることができませんでした。
「未莉先輩!」
「SCOLD、演奏はよせ!」
「まずい、影の五線譜の楽譜が完成してしまう。未莉さん、横笛の演奏をよすんだ!」
「未莉、演奏ストップ!」
渉夢たちは大きな声で未莉に横笛の演奏をやめるよう叫びました。けれども、彼女たちの声は未莉に届きません。
未莉は社長のデュールブに対する失恋と、エージェとビーボを失った悲しみに囚われてしまっていました。未莉の深い悲しみの演奏が渉夢たちの胸に痛く伝わります。また、彼女の演奏により、ボギーノイズの数がどんどん増えていきました。
「さすがだな、未莉。お前は当たりの地球人だ」
デュールブはくくくっと笑ったあと、地面の影の五線譜上に描かれていった禍々しい黒の音符を見ます。
未莉の横笛の演奏により、影の五線譜の楽譜が完成すると、グレーの色した楽譜の紙に変わり、デュールブの手元に飛んでいきました。
「暗澹の楽譜、完成だ。これがあれば、あれはもう、いらないか」
デュールブはそう言ったあと、シンバルを叩き、未莉が吹いていたシェードインストルメントの横笛を消滅させてしまいます。
横笛が消滅すると、未莉は地面にしゃがみ込み、暗い表情で下を向いていました。彼女の涙は止まらないままでした。
「やべ、ボギーノイズの数がどんどん増えていってる」
ビリービングがうんざり顔をし、
「しかも、空とこの辺りが暗くなってくよ」
心配そうに上を見上げていたオープです。
「猜忌邪曲の異世界。これが、デュールブの変えたかった異世界なのか」
ファオは恐怖を感じたか、体が震えていました。
「みゃ、みゃみゃ、場所が変わった?」
クログーに言われ、渉夢たちはサンポーニ山から別の場所に来ていたことに気がつきます。
「デュールブ、ここはどこだ!」
ビリービングが怒鳴り声をあげると、
「俺のねじろだよ。お前たちが空を見ている間にハミングで移動の魔法を使った」
デュールブは余裕の笑みです。
「ねじろって、アジトのことか」
「ゴー、さっき、またあの人にキスされてたけど……」
「え、ううん、されてないよ」
オープの問いかけに渉夢がそう答えると、デュールブと話していたビリービングが彼女の方に冷めた顔を向けます。
「嘘言うなよ。オレたちは確実にお前があいつにキスされてるのを見たんだからな」
「だから、されてないよ。そりゃあ私、デュールブさんに腕をつかまれて、顔をこっちに近づけられたけど、何もされてないよ」
ビリービングに慌てながら両手を振り、否定した渉夢です。
「ということは、ゴーとのキスはデュールブの演技か。未莉さんの気持ちを知ってて、わざとやったな」
ファオが腕を組んで言うと、
「何て人なの!」
オープは両手を腰にやり、憤ります。
「俺は初めから暗澹の楽譜を完成させることを目的にしてきた。そのためには、なりふり構わない」
「あんた、2年前のときより、せこくなったな」
開き直ったような発言をしたデュールブを睨んだビリービングです。
「君こそ、よく見たら、2年前にピースたちENCOURAGEとよく俺の邪魔をしていたオカリナ少年じゃないか。背、高くなったじゃん」
そこでデュールブは、ビリービングのことをやっと思い出します。
「デュールブ、オレが2年前に地球に帰れなかった理由がわかったよ。あんたをとことん、懲らしめないといけないからだな」
「ふっ、ピースなしで、どう懲らしめるのかな、オカリナ少年」
「オカリナ少年って呼び方、やめて欲しいけど、ウケるからいいや。デュールブ、ピースがなかなか見つからないんだけど、どこに隠した?」
「俺は君にピースの隠し場所を教えるほど親切な大人じゃない」
「だから、だめってことか。いいぜ、あんたに勝ってピースを捜し出す。ゴー、オープ!」
ビリービングの声を合図に、マジックインストルメントを構えます。
ピースの晴空の楽譜を見ながら、渉夢はリコーダー、オープは鍵盤ハーモニカ、ビリービングは楽譜を見ないでオカリナを吹きました。
すると、晴空の楽譜の五線譜がきらきらと光り出し、6つの光の音符が現れます。それから、6つの光の音符から6人の男女が現れました。ENCOURAGEでした。
「エフォート、ラビング!」
と、ビリービングが呼ぶと、彼らはグッドサインをし、
「コンティーニュさん、メイクさん!」
オープが呼ぶと、2人は両手を上に掲げ、手を振ります。
「ファインドさん、ディアルさん!」
渉夢が呼ぶと、彼女たちは渉夢の肩に手を置いたあと、
「あたしたちが、あゆむちゃんたちのところにいるということは、晴空の楽譜が見つかったんだね」
と、ファインドが言いました。
「はい」
「ビリービング、ピースは?」
ラビングに聞かれ、彼は残念そうに首を横に振ります。
「まだ見つかっていないんだ。デュールブが知っていると思うけど、聞いても教えてくれねえ」
「そりゃあ、そうでしょうに」
「ん、向こうに愛を失いかけている子、発見だ。君、だいぶ目が腫れているな。泣き疲れただろう。ゆっくり休みな。な、こういうときほど寝た方がいい。おやすみ」
ラビングが未莉のところに行き、眠くなる歌の魔法をかけ、彼女を眠らせたのでした。
ラビングは未莉を肩に担ぎ、コンティーニュのいるところまで運びます。
コンティーニュは静かにらららと歌い、音符のかたちをした枕と音符柄の布団を魔法で出し、未莉をそこで寝かせました。
「かわいそうに。あゆむちゃん、この子が先にデュールブの誘いの楽譜によって、異世界ミュージーンに来たんだよな」
と、声を掛けてきた者はエフォートでした。
「はい、そうです。そのあとに私とクログーが来ました」
「ふふふ、未莉は大変、俺に貢献してくれたよ」
「デュールブ……」
ビリービングは不敵な笑う彼に立腹です。
「周りを見て、ENCOURAGE。ボギーノイズでいっぱいだ」
コンティーニュが言うと、
「ぎゃ、うじゃうじゃいるし!」
メイクが今、ボギーノイズたちに気づいたようなかたちで言いました。
「君たち、ピースがいないのに多くのボギーノイズと戦えるの?」
と、デュールブはENCOURAGEを挑発後、奥の部屋へ行ってしまいます。
彼が奥の部屋の扉を閉めた途端、ボギーノイズが何体か扉の前に集まり、誰も通さないようにしていました。
「オレ、わかったかも。ピースは絶対にあいつが行った部屋の中だ」
「あたしもそう思うよ」
ビリービングと意見が一致したオープです。
「ボギーノイズは、わたくしたちがお相手になりますから、あゆむちゃんたちはデュールブのところに行って」
と、ディアルが声を掛けると、
「わかりました」
渉夢は頷き、仲間たちと走る準備をしていました。
ENCOURAGEが1人1人が力強く歌うと、部屋の前に集まっているボギーノイズたちの動きが止まります。
渉夢たちはその間に突入したものの、ENCOURAGEの歌が効かなかったボギーノイズが1体いたようです。
1体のボギーノイズが渉夢とクログーを奥の部屋へ連れて行ってしまいます。
「ゴー、クロ!」
「くそ、何となく、デュールブがゴーを狙っていたのが分かっていたのに。まさか、そういう作戦でゴーと、クログーまで奥の部屋へ連れてくとはな。ボギーノイズ、邪魔だ!」
「ビリービング、落ち着け」
興奮していた彼をラビングが抑えました。
「ラビング……」
「君は、あゆむちゃんが簡単にデュールブにやられると思っているのかい?」
「思うさ。2度もキスされてるんだぜ」
「ビリービング、2度目はちがうぞ。あの人の演技だって」
と、ファオがツッコみます。
「ビリービング、今は僕たちに力を貸してくれないかい」
そう頼んできたラビングのハートのサングラスは光って見えたか、ビリービングは苦笑してから真顔になりました。
「力を貸してって……」
「知っているんだぞ。お前がピースと同じ力を持ってること」
「ああ、あれね」
「感じ方、捉え方によっては、ボギーノイズがかえって増えそうって意見が多い力だけど、僕はそんなことないと思っている」
「でも、オレ、ピースほど強く力は出ないよ」
「わかってるわ。けれど、君がいるだけで状況は良い方向に変わってくる。ピースがよく、それを言ってたじゃない」
コンティーニュが言うと、
「2年前のこと、ちょっと思い出したな。ピース、よく言ってたっけ」
ビリービングは微笑し、発声練習をしました。彼はそのあと、目を閉じ、思い切り鋭い高音をあげたのです。
彼の鋭い高音により、奥の部屋の前に集まっていたボギーノイズたちはいっぺんにしゃぼん玉になって飛んでいきました。さらにこの場にいたボギーノイズたちもしゃぼん玉になって飛んで行き、全滅します。
「よし!」
ビリービングは片手をぐっと握りました。
「ビリービングのあの声、何なんだ……?」
耳がびりびりとなっていたファオです。
「ヘッドボイスです、ファオさん」
オープはファオの疑問に答えていました。
「ヘッドボイス……」
「オレの得意な声と言いたいけど、もっとヘッドボイスが出せるプロがいる。それがピースだ」
ヘッドボイスは喉に負担が掛かるか、ビリービングはそのあと咳をしていたのでした。
「ぼく、知らなかったよ。ピース、かなりすごいな」
ファオが感心していると、横に来たコンティーニュです。
「あなたたち、話中になんだけど、早く奥の部屋に行った方がいいんじゃない。あゆむちゃんとクログーちゃんが心配よ」
「あ、そうだ!」
と、ビリービングが先に走り出し、奥の部屋へ進むと、何とまだ奥に部屋が続いていたのです。しかも、ボギーノイズもたくさんいました。
「やだ、もー!」
オープがうんざり顔です。
「戦うしかないよ。僕たちの音で」
ENCOURAGEはディアルだけ未莉のところに残り、5人は少女たちについて来ていたのでした。
一方、1体のボギーノイズに、デュールブのところへ連れて行かれた渉夢とクログーは早速、彼に襲われていました。
「みゃ、みゃみゃ……」
最初にデュールブに捕まったクログーは彼のハミングの魔法でうっとりしてしまっています。
「なぜか、俺の魔法はお前に効かないな。お前のような奴は本来、誘いの楽譜で呼んでいないはずだ。なのに、お前はここ、異世界ミュージーンに来ている。不思議なことだ。未莉のようにネガティブな力が強そうな地球人を呼んだはずが、予想外だ」
「2年前のビリービングくんのときもそれで呼んだのですか?」
「ああ、そうだ。しかし、オカリナ少年は失敗だった。彼も相当、ネガティブな力を持っていたが思いのほか、ピースたちENCOURAGE側についてしまった」
「デュールブさん、この異世界は今、猜忌邪曲の異世界になりましたね。ここにいるからまだ私は大丈夫ですが、外は真っ暗で怖いです。窓を開けると、ボギーノイズだらけか、すごい雑音が聞こえてきます」
渉夢は部屋の窓を開けようと、すき間を開けてみましたが、あまりの雑音ですぐに閉めます。
「雑音はボギーノイズだけではない。ここの異世界の奴らの妬みと憎しみの声さ。俺にはそれが心地いい」
「私は、デュールブさんが嬉しそうに見えません」
「何だと……」
渉夢の言葉にいらっとなったデュールブです。
「本当に猜忌邪曲の異世界に変えられたことに喜びを感じているのですか?」
「ああ、俺の希望通り」
「こんなの絶望です」
渉夢は思い切り首を横に振り、悲しそうな表情になります。
「絶望。そうだな、そっちが正しいな。俺は希望通りに明るく生きている奴らのことが嫌いだ。特にENCOURAGEみたいにな。俺は小さい頃、親に追い出され、独りで生きてきた」
「デュールブさん……」
「小さい頃、俺は運良く、親切な人たちの家で暮らせていた時期はあった。だが、その人たちは親切じゃなかった。俺が成人する前、俺を置いてみんな出て行ってしまった」
「そんな……」
「また独りになった俺は暮らしていた家を出て行き、別の家で暮らした。働けるところも探し、就職した。しかし、そこでもいろいろと上手くいかず、すぐに退職。別の家からも出て行くことに……。それから、俺はアルバイトをしながら異世界ミュージーンのアパートを転々とし、日常、ぼうっとしながら過ごしていた。唯一の趣味が曲作りだったが、毎日過ごしているうちに、周りを羨むようになった俺はだんだん、生きることが嫌になった。それが自分の書いた楽譜から表れてきたか、ボギーノイズを生み出せるようになっていった」
「みゃ、みゃみゃ、そのとき、ENCOURAGEとの戦いが始まったのね」
クログーが言うと、デュールブは1度はネコの方をちらっと見ましたが、視線を渉夢に戻しました。
「俺は明るく生きているENCOURAGEが嫌いだった。また、楽しそうに生きている異世界ミュージーンで暮らす奴らのことも」
「だから、2年前、ボギーノイズを大量発生させて異常気象を起こす計画を思いついたのですか」
「ああ。ENCOURAGEとオカリナ少年に阻止され、失敗したけどな」
「デュールブさん、あなたは希望通りに明るく生きている奴らのことが嫌いって言っていましたね。でも、希望通りに明るく生きている人って、なかなかいないと思います。希望通りに進まなくて、苦労している人や動物が多いとも思っていますよ」
と、渉夢が言うと、
「奴らがいるだろう、ENCOURAGEが」
デュールブはそう言ってきます。
「ENCOURAGEだって、デュールブさんが見えていないだけで、きっと独りを経験されている人たちが多いとも思っています」
「奴らも独りを……。そんなバカな……。独りの奴なんか……」
「バカって言っていたら、私もそうなってしまいます。私も独りは経験したことあったから……」
渉夢が目を伏しがちにしていると、
「進実渉夢……」
デュールブは彼女を見つめ、黙り込んでしまっていました。
「デュールブさん、あなたは私たちみんなのことが嫌いかもしれません。でも、みんなのことが嫌いだって、誰も相手にしてくれる人がいなくなると、デュールブさんは本当に独りになってしまうのですよ」
「俺は前から、独りだ」
「今は、独りですか?」
「!」
渉夢に突飛なことを聞かれ、たじろぐデュールブです。
「私とクログーが相手になっているじゃないですか。それと、ここのどこかに閉じ込められているピースさんも。デュールブさん、ピースさんをどこに閉じ込めたのですか?」
「俺が教えるわけないだろう。見つけたかったら、自分で捜せ。捜しはさせないけどな!」
デュールブは渉夢を床に押し倒しました。彼女は持っていた晴空の楽譜もぱらぱらと床に落としてしまいます。
「みゃー!」
クログーはデュールブの腕に噛みつき、渉夢を助けに行きましたが、デュールブに強く振り払われてしまったのです。クログーは怯え、彼に近づけなくなります。
「進実渉夢、思い上がってるんじゃねえよ。俺はお前にレインスティックの森で会ったときからか。いや、ショーロードでお前と会ったときから、むかむかしていた。ENCOURAGEとオカリナ少年を越えるむかむか感だ。お前を始末しないとな。早くこうすれば良かったな」
デュールブは渉夢の両腕を押さえつけ、彼女の顔に自分の顔を近づけようとしました。
「真っ暗の中、それでも歌う、僕らは君に、期待の歌を送る。この歌を歌う君よ、僕らをきっと、捜し出してくれ。気力を底から、ゴー!」
渉夢はデュールブから顔をそらし、ピースの楽譜曲の7節目を歌い、彼に抵抗します。
「この!」
渉夢が暴れると、デュールブは彼女の両腕をさらに強く抑え、渉夢の首に唇を寄せましたが、
「気力を底から~、ゴー!」
と、渉夢がもっと大きな声で歌うと、 何と床にばらばらと落ちていた晴空の楽譜が自動的に動き、彼女の首から守ったのです。
そして、太陽のようなまぶしい光を放ち、デュールブの目をくらませました。渉夢はデュールブから離れ、数枚重なった晴空の楽譜をキャッチし、マジックインストルメントのリコーダーを取り出します。
デュールブの視界がすぐ、まともになるところで、クログーが彼の顔に飛びつき、視界を遮らせていました。このとき、デュールブは後ろにふらつき、頭から転び、失神します。
「あれまあ、気絶しちゃったわ、この人」
クログーはデュールブの頭をくんくんし、自分の鼻をぺろん、ぺろんとなめていました。
そんなクログーと、失神しているデュールブを一瞥後、渉夢は晴空の楽譜を見ながら、リコーダーを吹きます。
すると、デュールブの机の上にあった緑色のCDケースが光り出しました。渉夢は光っている緑色のCDケースを手に取り、中身を開け、CDを取り出します。
そのとき、CDが点滅したように光り出したことで、渉夢は思わず手を離してしまいました。しかし、CDは宙に浮いたまま、点滅していたのです。
CDは点滅後、また光り出し、代わりに黒のジャケットにズボン、白のシャツに、両手に黒のリストバンドを付けた金髪のベリーショートの男性が現れます。ピースでした。
「ピースさん!」
渉夢は彼がやっと見つかり、涙があふれそうなほど嬉しくなっていました。
「あゆむちゃん、クログーちゃん」
ピースも嬉しそうな表情で渉夢たちの名を呼んでいたのでした。
「みゃ、みゃみゃ、ピースさん、そんなところに閉じ込められてたのね」
「ああ、ずっと窮屈してた」
「ピースさん、すみません。見つけるのが遅くなって」
「いや、多分、おれが発見最後になるって自分で予測してた。あゆむちゃん、君がおれを絶対に見つけ出すって信じていたよ。仲間たちのこともみんな捜してくれてありがとう」
「ピースさん……」
渉夢は感激のあまりか、言葉がこれ以上、出せません。
「みゃ、みゃみゃ、これでENCOURAGE全員、そろったね」
「あとはデュールブのことと、異世界ミュージーンのことか。あゆむちゃん、デュールブは暗澹の楽譜を完成させてしまった。それでボギーノイズだらけなのと、妬みと憎しみなどの雑音だらけの真っ暗な猜忌邪曲の異世界に変わってしまった。正直、2年前のときより最悪な状況だ」
ピースが真顔でそう言うと、
「みゃ、やばいじゃない」
クログーはしっぽがしゅんとなります。
「だから、これから、ミュージーンを元のいつでも勇気が出せる音楽の異世界に戻す」
「ピースさん、これ、ピースさんのお母さんが」
渉夢が首に掛けているペンダントを、持ち主の彼に返そうとすると、
「ペンダントはまだあゆむちゃんが持ってて」
と、ピースは片手で制しました。
「みゃー、オープたちはところでどうしているのかしら」
「仲間たちもあっちだな。行こうか、あゆむちゃん、クログーちゃん」
ピースに促され、
「はい」
「みゃっ」
と、返事をし、渉夢たちは彼のあとについて行きます。
デュールブのいた部屋から出た渉夢たちは、多くのボギーノイズたちと戦っていたオープや、仲間のENCOURAGEと合流しました。
彼女たちが来たとき、ビリービングが咳き込んでいたのです。
「ビリービング!」
「ビリービングくん!」
ピースと渉夢の声にビリービングを始め、この場にいた全員が振り返りました。
「ピチスお兄ちゃん!」
「ピース!」
オープとファオは嬉しそうに渉夢たちのところまで駆け寄ります。ENCOURAGEの仲間たちもピースとの再会を喜んでいました。
「みんないるな。あれ、ディアルは?」
「ディアルはあゆむちゃんの先輩についてる」
ピースの問いに答えた者はエフォートです。
「わかった。お、ビリービング、久しぶりじゃん」
ビリービングがいることが分かったピースが片手で彼の肩をとんと叩いてあいさつをします。
「久しぶりって感じがしねえ。こん、こん」
ビリービングは話すたびに咳が出てしまっていたのでした。
「お前、風邪?」
ピースが心配そうに尋ねると、ビリービングは首を振り、微笑します。
「風邪、引いてないから」
「そうじゃないんだ、ピース。ビリービングはここにいるボギーノイズたちを退治するために、ヘッドボイスを出したんだ」
「ビリービングくん、ヘッドボイスが出せたの?」
ラビングの言葉を聞いていた渉夢がビリービングに声を掛けました。
「ああ。ヘッドボイスを連続で使ってたら、これだ。こん、こん」
「お前、こんなに喉を目茶目茶にして。お前のヘッドボイスの出し方は喉に負担が掛かりすぎなんだ。ほら、この飴をなめて」
ピースはヘ音記号のマークののど飴をビリービングに渡します。
「こん、こん」
と、ビリービングは咳をしながら喉飴を受け取り、口に入れました。喉飴で喉がすっとなったか、彼は微笑します。
「ここにいても仕方ないよな。ラビング」
ピースが言うと、
「ああ、移動しよう。ワールドタウンへ~」
と、ラビングは頷き、歌うと、
「いきなり、ワールドタウンへ移動かいっ!」
エフォートがツッコんだときには、ピアノ大陸のワールドタウンへ、渉夢たちはワープをしていました。布団の中で寝ている未莉と、ディアルもともにワープしてきます。
「ここ、本当にワールドタウン……?」
オープの言うことが分かったか、渉夢たちは周りの景色にぞくっとなりました。
デュールブのねじろよりは雑音の大きさはまだ増しでしたが、人や動物たちが未莉のときみたく、涙を流しながら座り込んでいました。さらにケンカをしていた者たちもいたのです。また、多くのボギーノイズがうろうろしていました。
「こっちの空もだいぶ暗くなってる」
と、ピースが空を見上げます。空はシャープの月が見えないほどの暗闇色に染まっていたのです。
「ワールドタウンがこれだから、他のところに行っても状況は同じよね」
「どうするの?」
コンティーニュとファインドが顔を見合わせていると、
「異世界ミュージーンを救う方法ならあるよな。ゴー、お前の首に掛かっているピースの全音符のペンダントにある秘密の力だ」
と、ビリービングが言います。
「これ?」
渉夢が全音符のペンダントトップを彼に見せるとビリービングは頷き、
「ああ。で、オレの知っている、全音符のペンダントの密かな力のことを話す」
にっと口の端を上げました。
「前にビリービングくんが言ってたことか」
「そうそう。全音符のペンダントの密かな力を発動させるには、ピースたちENCOURAGEの優れたボイスサウンドが条件なんだ」
「優れたって言ってくれてどうもね、ビリービング。秘密のあるピースのペンダントの力、早く発動させましょうか。あたしはチェストボイス」
ファインドが話し声に近い声を大きな声で出し、
「ぼくはミックスボイス」
メイクがファインドより高い声で発声します。
「私はファルセット」
コンティーニュは落ち着いて発声すると、
「オレはホイッスルボイス」
エフォートは喉の奥からまるで、ホイッスルのような音を発声したのです。
「わたくしはウィスパーボイス」
ディアルが癒やしの声を発声し、
「僕はビブラート」
ラビングがうっとりする声を発声すると、
「そして、おれがヘッドボイス」
ピースの鋭い高音の発声が辺りを響かせました。
ピースたちENCOURAGEのサウンドボイスが合わさると、渉夢の首に掛かった全音符のペンダントがほのかに光り出しました。
「きれい」
と、渉夢が言うと、優しいメロディーが流れてきたのです。
「ゴーが『きれい』って言ったあと、何か音楽が流れてきたよな。これで、全音符のペンダントの密かな力が発動されたわけだ」
ビリービングが説明したとき、ピースが続けて言います。
「あゆむちゃん、気持ちが明るくなれる言葉を何でもいいから、言ってみて」
「ここに来て、異世界ミュージーンを救うのお前に掛かってきたぞ」
「こら、ビリービング、圧力掛けないの」
「いてっ」
ピースが叱ったとき、彼の魔法か、小さな二分音符の石が現れ、ビリービングの頭にこつんと当たり、消えました。
「あゆむちゃん、リラックスして大丈夫。君の気持ちが全音符のペンダントがメロディーになって応えてくれるから」
ピースが言ったあと、渉夢は頷き、ペンダントトップを両手に握りしめながら、口を開きます。
「ENCOURAGEのみなさんの名前は、気持ちが明るくなりますよね。元気にそれぞれ自分のできること、趣味で創作とかに打ち込んで、続けて努力して恋愛もして大事なものも見つけて安らぎを得る。これがなかなか簡単に前に進まなくて悩みますよね。自分の名前は進実渉夢なのに止まることありますし」
渉夢の話をピースを始め、この場にいた全員が口を真一文字に結んでいました。渉夢は続けて話します。
「やっぱり周りのことが羨ましくなって、もう何もしたくないって全部が嫌になったときもありましたが、それでも大丈夫でした。これがやってみたいってことが見つかって取り組んでいるうちに、先のことの不安が和らいでいきました。だから、まったく希望が持てなくなって何もかもが嫌になってしまっても、諦めずにゆっくりでも進んで行くうちに、希望がまた持てるようになるって信じています。それは、これからもです!」
「ゴー、誰に言っているんだよ、それ……」
ビリービングが不機嫌そうに言うと、
「デュールブじゃない?」
オープがにやりとします。
「しっ、2人とも静かに」
ここでピースが、ビリービングとオープを注意しました。
「猜忌邪曲の異世界になってしまったミュージーンが、元のいつでも勇気が出せる異世界に戻りますように」
渉夢が言葉を話し終えたとき、全音符のペンダントの効果により、自然とメロディーが流れてきました。
その後、ボギーノイズたちは完全にいなくなり、空が明るくなります。シャープの月も見え、きらきらの音符と黒の音符が交差している光景も再び見られるようになりました。
渉夢たちや、ピースたちENCOURAGEは喜びの声をあげます。
悲しんでいた人や動物は笑顔になって立ち上がり、ケンカをしていた人や動物たちもお互い謝り、仲直りをし、握手を交わしていたのでした。
布団の中で寝ていた未莉も目を覚まし、渉夢たちの方を見て微笑んでいます。
渉夢の言葉により作り出された自然のメロディーが、ドラム大陸にいたデュールブの心にも響いたか、彼の目は赤くなっていたのでした。そして、彼はワープをし、ワールドタウンに来ます。
「地球人たちやENCOURAGEがどこにいるか知らないか?」
と、デュールブは、ホトトギスのような鳥に聞き、渉夢たちのところまで案内をしてもらっていました。
「デュールブ」
彼が来たことに気づいたピースです。
「どけ、ピース、俺が用があるのは、そいつだ」
「みゃ、みゃみゃ、デュールブ」
クログーがしっぽを太くし、威嚇をしていると、
「もう何もしないから」
と、彼はネコの頭をなでましたが、クログーはぷるぷるっと首を振っていたのでした。
「デュールブさん」
「進実渉夢、さっき、聞こえた不思議なメロディーはお前?」
「あ、はい。ピースさんのペンダントの力なのですが」
「それは知っている。ピースのペンダントを首に掛けた者が、前向きになれる言葉を何か話したりすると自然に作曲されてメロディーが流れる魔法の仕組みだろう」
「はーい、デュールブクン、よく説明できましたー」
ピースが皮肉っぽく言いました。
「渉夢」
「はい」
デュールブに下の名で呼ばれ、どきっとしながら返事をした渉夢です。
「君のおかげで決心したことがある。じゃあな」
デュールブはそう言ったあと、どこかへワープしてしまいました。
「何だろうね、決心したことって」
「興味ねえな。あいつの決心なんて」
「ビリービング、気になっているくせにクールに言うよな」
肩をすくめたファルです。
「あゆむちゃんたち、ぼくんちにこれから来ないかい?」
と、ピースの提案により、渉夢たちはピースの家へ走って行ったのでした。