第17話、未莉先輩の後悔
晴空の楽譜が手に入った渉夢たちはサンポーニ山を下山し、ウォームコートをレンタル店まで返却しに寄りました。
ウォームコートを返却後、渉夢たちがレンタル店なら外に出たところ、人間の男の子の姿をしたボギーノイズと、クロネコとばったり会います。エージェと渉夢のペットのクログーです。
「エージェ!」
「クログー!」
ビリービングと渉夢が順番にそう名前を呼んでいました。
「一緒にいるということは、クロをさらった奴はやっぱり、エージェか。クロはすっかり操られているな」
と、ファオが言い、
「待っていてね、クログー、今、あたしたちが歌と演奏で助けてあげるから」
オープが渉夢とビリービングとマジックインストルメントの楽器をかまえると、
「おい、クロのネコ、俺がお前をさらっては、お前が操られていることになってるぞ」
エージェはクログーを抱き上げ、ひそひそ話をしたのです。
「みゃ?」
「この際、お前が俺に操られていることにしちゃえばいいんじゃないか。そしたら、飼い主たちのとこに戻るチャンスだぞ」
「みゃー、わかったわ」
「そうさ、俺がこいつをさらったんだよ。こいつを取り戻したければ、取り戻してごらん!」
ひそひそ話を終え、クログーをおろしたエージェは口の端をにやりとあげ、渉夢たちを挑発します。
「クログーを取り戻すついでに、あんたも倒しちゃうんだから」
オープが発声練習をしていると、
「ゴー、歌と演奏するぞ」
ビリービングは渉夢に声を掛け、
「うん!」
渉夢たちはピースの楽譜曲をひと通り歌い、マジックインストルメントの楽器で演奏しました。
「わー、うるさーい」
エージェは耳栓をした上、両手で両耳を抑え、ダメージも最小限に抑えます。
「みゃ、みゃみゃ、渉夢!」
エージェに操られたフリをしていたクログーは、渉夢たちの歌と演奏を聴いたあと、元に戻ったことにしていました。渉夢の元へ駆け寄ります。
「クログー、元に戻ったんだね」
渉夢はクログーの前をしゃがみ、嬉し泣きをしていました。
「元に戻ったって?」
彼女の言っていた意味がわからなかったか、クログーは首を傾げます。
「クロは何のことだか、さっぱりだよな。エージェに操られていたんだから」
「みゃ……」
ファオに頭をなでられていたクログーは、エージェと目が合うと苦笑です。渉夢たちに嘘をついているからでしょう。
「ゴー、良かったじゃん、クログーが戻ってきて」
「うん!」
ビリービングがそう声を掛けたとき、渉夢は笑顔で頷きました。
「あとは、あんたを倒すからね」
オープが鍵盤ハーモニカを吹く準備をすると、エージェは両手を振ります。
「タイム、タイム、降参させてくれないか。俺は未莉のアシスタントをしなくちゃならねえ」
「未莉って人、ここに来ているのか?」
と、ファオに尋ねられ、エージェは片手を腰にやり、踵を返しました。
「ああ、これから、SCOLDの新曲を披露だ。お前らも観たければ、観に来れば。ここの麓でフリーライブだから」
エージェが行ったあと、渉夢たちは未莉のことで話し合います。
「渉夢、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
クログーに聞かれ、弱気にならないよう答えた渉夢でしたが、体が震えてしまっていました。
「ちっとも、大丈夫そうじゃねえ……」
そんな渉夢の様子をいち早く見抜いたビリービングは心配そうです。
「ゴーに未莉って人と無理に戦わせるのはよした方がいいよ。ぼくがゴーをガードしてるよ」
ファオが渉夢にグッドサインを出すと、
「ファオさん、頼りになります」
渉夢は微笑むのでした。
「ロッビとビリービングのことも、ガードするぜ」
オープとビリービングの方にもグッドサインをファオが出すと、
「ファオさん……」
憧れの人が格好良かったのでしょう。目がきらきらと輝くオープです。
「いや、オレはガードなしでいいから」
ビリービングは、固く遠慮していました。
渉夢たちが話している間にも、シマリスの他に人やシマウマ、タヌキとキツネ、ウサギなど、どんどんサンポーニ山の麓に集まってきます。
サンポーニ山の登山口から麓まで移動した渉夢たちは、人や動物たちに囲まれながら、SCOLDの登場を待ちます。
やがて、黒髪のロングヘアでメガネをかけ、上はピンクのセーター、下は藍色のミニスカートに黒のタイツ、茶色いブーツを履いた女の子が現れました。未莉です。観客の人や動物たちが騒ぎます。
未莉の登場後、男の子の姿をしたボギーノイズと、十六分音符のボギーノイズが登場しました。エージェとビーボです。
彼らは、未莉に笏拍子で合図をされたあと、横笛を吹き、ダンスを踊っていました。しかし、彼らの踊り方がENCOURAGEのピースみたいだと、渉夢たちの後ろで見ていたシマウマたちが話していたのです。
シマウマたちの話を聞いていた渉夢たちも同じことを思っていたか、緊張の面持ちで未莉たちを見ていました。
「みなさーん、ここに集まってくれてありがとうございまーす! わたし、ここでフリーライブをすること、そんなに情報を発したりはしていないのですよ。なのに、こんなに集まってきてくれるなんてさすが、異世界ミュージーンは携帯のSNSいらずですねー! 嬉しいです!」
「SNSって、意味がわからねえぞ、未莉ー」
エージェが芝居がかった口調で話します。
「そうですよね、エージェくん。すみません、みなさん、わたし、地球から来たもので、地球の暮らしに慣れすぎてしまいまして」
未莉も不自然な話し方でしたが、彼女がお茶目に見えたようです。渉夢たちを除く観客の人や動物たちにウケていました。
ビーボがそこでボードを掲げます。ボードには『そろそろ、新曲を歌おうよ!』と書かれてありました。
「そうですね、ビーボちゃん、そろそろ、新曲行っちゃいましょうか。行きますよー、『チャンスコールド』!」
ビーボのボードを見た未莉は片手に持ったマイクを手前に掲げ、大きな声で曲名を叫んだのでした。
未莉たちの後ろに控えていた八分音符のボギーノイズたちが何体か演奏を始めると、わあっと渉夢たちのいる観客サイドは盛り上がります。
「チャンスコールド……」
渉夢は曲のタイトルを聞いてから、ぞくっとなっていました。
「暗闇の中~、それでも歌おう~、僕らは歌おう~、見込みの歌を~、僕らは~、後任のENCOURAGE~。この歌を歌わない君~、おじゃんよパー、チャンスコールド!」
「未莉って人が歌っているSCOLDの曲のフレーズ、ピースの楽譜曲に似てね?」
ビリービングが渉夢たちに振ると、
「ああ、全体的に似てるな」
と、彼の隣に立っていたビリービングが返事をします。
「みゃ、みゃみゃ、そうだわ、デュールブが渉夢の持っていたピースの楽譜を持ってたけど」
ここで、クログーが、まだ未莉たちのところにいたときのことを思い出し、口に出しました。
「それがね、ゴーはあの人に楽譜を取られちゃったんだよ」
クログーの言葉に返事を返したオープです。
「それじゃあ、やっぱり、デュールブが持ってた楽譜はピースさんの楽譜だったのね。渉夢から奪うなんて」
少女の返事に、クログーは目を閉じます。
「奪われたの、それだけじゃないよね」
と、オープに言われると、
「オープ……」
顔が赤くなり、口元を片手で隠した渉夢です。
「デュールブの奴、ピースの楽譜の歌詞と曲を多少、変えてSCOLDに歌わせているな」
ビリービングが冷静に話すと、
「あ、エージェが出てきた」
クログーが彼の歌う姿に注目します。渉夢たちもエージェに注目しました。
「僕らは~、後任のENCOURAGE~、民家多き町のどこか~、1人行動を起こす~。この歌を歌わない君~、おじゃんよパー、チャンスコールド!」
エージェが2節目を歌い終えると、ビーボが横笛を吹き、それから未莉が前に出て3節目を歌います。
「僕らは~、後任のENCOURAGE~、本の世界だって~、1人行動を起こす~。この歌を歌わない君~、おじゃんよパー、チャンスコールド!」
「1節目どころか、2節目も3節目も完璧ピースの楽譜曲に似てるな。って、ことはあとの4節目以降も歌詞と曲が多少変えられてるな」
「チャンスコールド」の3節目まで聴き、ビリービングが感じたことを話していると、
「み、みんな、周りを見て」
渉夢が異変に気づきます。SCOLDの曲を3節目まで聴き、観客の中で泣き出す者や怒り出す者が続々と出てきたのです。
それでも、SCOLDは続けて歌います。4節目を歌うときは、エージェが再び前に出ました。
「僕らは~、後任のENCOURAGE~、カプセルの中でも~、1人行動を起こす~。この歌を歌わない君~、おじゃんよパー、チャンスコールド!」
エージェが4節目を歌い終えると、ビーボの横笛の演奏が再び入り、そのあとに未莉が前に出ながら5節目を歌います。
「僕らは~、後任のENCOURAGE~、狭い中も埋もれようが~、1人行動を起こす~。この歌を歌わない君~、おじゃんよパー、チャンスコールド!」
「僕らは~、後任のENCOURAGE~、冷えた心持つ者の~、1人目の前で歌おう~。この歌を歌わない君よ~、おじゃんよパー、チャンスコールド!」
未莉が6節目を歌い終えると、
「暗闇の中~、それでも歌おう~、僕らは歌おう~、見込みの歌を~、この歌を歌わない君よ~、おじゃんよパー、チャンスコールド!」
7節目のときは彼女とエージェの熱唱と、ビーボの横笛の演奏でクライマックスでした。
SCOLDの新曲が気に入らなかった客の人や動物が多かったのでしょう。半分以上、観客が帰って行きました。
「帰って当然だよな。SCOLDは、踊り方から曲の歌い方までENCOURAGEにほとんど似てたんだから。しかも、歌詞が氷のように冷え切っているしな」
ビリービングが腕を組んで言い、
「未莉先輩……」
渉夢が声を出すと、エージェの耳が良かったようです。
「どうした、進実渉夢、未莉に文句か?」
と、言ってきました。
「進実さん」
未莉はかつん、かつんと靴音を響かせながら、渉夢のいるところまでやってきます。観客の人や動物は未莉が通れるよう、道を開けていました。
「やばいな、未莉って人が、こっちに来る」
ファオは頬に汗を流しています。
「進実さん、ENCOURAGE捜し、諦めてなかったんだ」
「あんた、またゴーに手を出すつもりでしょう。ここ、通さないから」
未莉が来ると、オープが彼女を渉夢に近づかせないよう、通せんぼうします。けれども、ビーボの妨害により、オープは退かされてしまいました。
「ビーボ、助かったよ。ねえ、進実さん、何人、ENCOURAGEを見つけた?」
「6人です……」
渉夢は固唾を飲み込んだあと、未莉の問いに答えたのでした。
「まあ、すごい。あと1人じゃない。あと1人はピースって呼ばれている人?」
未莉が渉夢に手を出そうとしたところ、
「やめな」
ビリービングが素早く止めました。未莉の腕をつかみます。
「あんたから最初にどうにかしないとだめか」
未莉は彼の手を振り払い、後ろに下がりました。
「お前は俺がまた抑えるか」
と、エージェがビリービングに襲いかかろうとしたとき、
「今度は、ビリービングを抑えることはさせないよ」
ファオがガードしたのです。彼は小型レコーダーを再生し、ピースの歌声に合わせ、ダンスをしました。
ファオのダンスがエージェと、オープを相手にしていたビーボまで効き目があったか、つられて踊り出します。
「失敗したわね。背の高い黒髪のあんたからにすれば良かったか。でも、わたしにはシェードインストルメントがあるから。この横笛のことね」
と、未莉は隠し持っていた横笛を背中から出してきました。
「シェードインストルメント!?」
ビリービングが驚きの声をあげると、
「ビリービングくん?」
渉夢がはっと彼の方を向きます。
「2年前にピースから聞いていた。デュールブ、の歌と演奏によって、作られていった暗い音色を放つ楽器だ。オープも知ってるだろう」
ビリービングは、渉夢にシェードインストルメントについて簡単に伝え、オープに振りました。
「うん、シェードインストルメントの力を受けてしまうと、精神的ダメージが大きいんだ」
少女も簡単にシェードインストルメントについて説明をすると、
「くらったら、まずいってことじゃん」
ダンスをしながら答えていたファオです。
「未莉先輩……」
ここで渉夢が荷物から晴空の楽譜とマジックインストルメントのリコーダーを取り出します。
「あはははは、進実さん、わたしに抵抗する気になったんだ」
未莉は渉夢の行動に大声で笑っていました。
「もう、私は仲間たちを傷つけたくない。未莉先輩、私たちが勝ったら、一緒に地球に帰って下さい」
「!」
後輩の渉夢が初めて、はっきりと言ってきたからでしょう。未莉はたじろぎます。
「ゴー、よく言ったぞ!」
ビリービングは渉夢の肩に手を置いたあと、オカリナをかまえました。
「あたしたち、勝てそうな気がしてきたよ」
オープも鍵盤ハーモニカをかまえ、渉夢にニコニコします。
「ボギーノイズたちからのガードは、ぼくに任せて。みんな、ここから、もっと盛り上がレッジ!」
ファオは小型レコーダーを再び再生し、ピースになりきり、ダンスをしていました。エージェとビーボはつられて踊るか、動けなくなるだけでした。
「ファオ、あんたの演技力は大したもんだ。ダンスにしても、ピースを見ているようだ。で、ゴー、晴空の楽譜は何て書いてある?」
「ちょっと、最初のところを歌ってみるね。歌詞が隠されているかもしれないから」
ビリービングに尋ねられた渉夢は、楽譜の最初のところをらららと歌います。
結果、晴空の楽譜の歌詞は出ませんでした。ただ、渉夢のらららと歌った声に、五線譜と音符が光っていただけです。
「歌詞、ないんだね」
楽譜をのぞき込んでいたオープが言いました。
「うん、そんなに難しい演奏じゃないかな。オレはもう晴空の楽譜の曲を暗記したから、楽譜は2人で使って」
ビリービングは、渉夢に晴空の楽譜を見せてもらったあと、片手をひらひらと振ります。
「もう覚えたんだ。早いな」
「あたし、何かを暗記するときは紙に書きながらか、誰かと練習をしていかないと、なかなか覚えられないけどな」
渉夢とオープはビリービングの歌詞の暗記力に感心していた様子でした。
このあと、渉夢たちが晴空の楽譜を通し、演奏をしようとしたときのことです。
「進実さんたち、やめて」
未莉が、エージェとビーボの前で両手を広げ、止めました。
「未莉先輩?」
渉夢はリコーダーを加えていた口を離します。
「あなたたちがここで演奏すると、エージェとビーボを失ってしまう。お願い、やめて」
「先輩……」
「それって、降参かな。オレたちの勝ちでいいんだな」
ビリービングが渉夢と未莉の間に割って入りました。
「ええ。でも、わたし、地球に帰りたくないの」
「どうして?」
オープに尋ねられると、未莉は渉夢たちに自分のことを話し出します。
「帰っても、うちと学校に居場所がないし。わたしね、高校2年に進学してから、クラスメートと上手くいかなくて、学校に行きたくなくなって、教室に行かなくなった。相談室登校を始めた私に両親が教室戻れって、日に日にうるさくなって、わたしは何もかも嫌になった。退学も考えていたそんなあるとき、誘いの楽譜をたまたま第2音楽室の前の廊下で拾った。放課後、みんなそれぞれの帰りのホームルームが終わる前に、職員室で第2音楽室の鍵を借りて、それから今に至るわ」
「未莉先輩……」
渉夢が同情していると、
「進実さん、わたしは中学の頃、本当はあなたにずっと謝りたかった。でも、こんな先輩だから、今さら謝ってもおかしいよね」
と、言ってきた未莉です。
「そんなこと……」
「あなたは、できる子なんだから、もっと自信を持って話した方がいいよ」
未莉は、首を振った渉夢に微笑して言いました。
「みゃー」
クログーが鳴くと、彼女はクロネコの頭をなでます。
「クログーも、あまり飼い主の進実さんに心配掛けさせたらだめでしょう」
「あーあ、あんたが地球に帰らないなら、オレがこいつと帰ろうかな」
「ビリービングくん、それ、本当?」
彼の意外な発言に目を丸くした渉夢です。
「何となく、スカ湖を発つあたりからかな。地球に帰ること決めてたよ」
「その方がいいわ。わたしは、SCOLDの活動、デュールブ社長と頑張るから」
ビリービングの話を聞いていた未莉はそう言いましたが、
「未莉さん、あなたはデュールブの素性を知らないでいますね」
と、ファオが言ってきたことで、
「え……」
未莉は動揺していました。
「そうだ、デュールブは、未莉をいいように使っているだけだ」
ファオの隣に来たエージェが、ファオの言葉を付け足すように言うと、未莉は首を振ります。
「エージェ、そんなことないわ。もし、そんな人だったら、わたしがこっち来てから気絶したところを助けてくれないよ」
「あー、もー、未莉はデュールブを信用しすぎだ」
エージェが両手で頭をくしゃくしゃにかいていたときです。
「君たち、何の話をしているかな?」
ここで、スーツを着用したアッシュグレーの髪の色をしたミディアムヘアの若い男性が現れ、渉夢たちは一斉に後ろへ下がります。
「デュールブ社長、お疲れ様です!」
未莉とビーボは頭を下げ、エージェの方は腕を組み、明後日の方向を向いていました。
「未莉、フリーライブが途中じゃないか。こんなにがらがらでどうした?」
デュールブが困ったような表情で尋ねると、
「すみません……」
未莉は慌てながら謝ります。ビーボも頭を下げていました。
「いいよ、君の後輩の進実渉夢ちゃんに会えたことだし」
「え?」
デュールブが視線を送ってきたため、どきっとなった渉夢です。
「デュールブ、こっち来んじゃねえ」
彼が、渉夢に近づくところをビリービングが通さないようにしていたのでした。
しかし、デュールブはハミング魔法でビリービングの動きを一時停止させてしまいます。ファオとオープも彼のハミング魔法により、動けなくなってしまったのです。
渉夢の方はデュールブのハミング魔法が効かなかったか、後ろに1歩ずつ下がりながら逃げて行きます。けれども、デュールブは渉夢の腕をつかみ、彼女の顔に自分の顔を近づけ、接吻します。
「!」
未莉はデュールブの行動に衝撃を受けていました。彼女の表情を見て、デュールブに対し、怒りの感情が出たエージェはビーボとともに突進します。
「デュールブー!!」
「エージェ、ビーボ、お前たちには消えてもらおうかな」
デュールブは荷物からシンバルを取り出し、ばーんと叩きました。
シンバルの音が響くと、ビーボが先にシャボン玉になって消えてしまいます。
「ビーボ!」
叫ぶ未莉です。
「エージェ、しぶといな」
デュールブはシンバルを何度も打ち鳴らし、エージェに攻撃していました。エージェは相当なダメージを受け、足の部分がシャボン玉化しますが、デュールブの頬を一発殴ることができたのでした。
「俺は未莉が好きだ。だから、お前がしたことはすげえ許さねえ!」
「エージェ……」
未莉は涙を流していました。それでも、デュールブのシンバルを打ち鳴らす音は止まりません。
「未莉、俺は消えてしまったとしても、お前のこと好きだから。ずっと……、好きだ……」
エージェはそう言い残したあと、十六分音符のシャボン玉となり、飛んでいってしまいました。
「エージェ、エージェー!」
未莉はわあっと泣き崩れます。周りにいた渉夢たちも涙があふれ、目が赤くなっていました。
「ふっ、俺はこれを待ってた。未莉、お前のネガティブなエネルギーの力が増したことによって、暗澹の楽譜の完成は近い。わはははは!」
デュールブの笑い声が響いた直後、地面に影の五線譜と、禍々しい黒の音符が描かれていきます。
それを目にした渉夢たちは、息を呑むのでした。