第15話、晴空の楽譜と暗澹の楽譜
渉夢たちのいるワールドタウンから場所が変わり、デュールブはどこかの建物内で、棚にあった緑色のCDケースの中からCDを取り出しました。
それを彼は、CDプレーヤーの中に入れ、イヤホンマイクを両耳にし、再生します。
すると、デュールブのイヤホンマイクからピースの大きな声がしました。ピースはデュールブの名を叫んでいたようです。
デュールブはCDプレーヤーのボリュームを小さく調節し、ピースと話します。
「よお、ピース、君はなかなか、いい声してるじゃない。CDの中の居心地はどうかな?」
「居心地は、悪いに決まってるだろう。こんなところに閉じ込めやがって。今、お前、CDプレーヤーを使っているな。おかげで、おれの視界がぐるぐると景色が回っていて、酒でも飲み過ぎたみたいに酔っ払った気分だ」
デュールブの問いにピースは怒った声で言いました。
「君を特にこっちに閉じ込めておかないと、すぐに、進実渉夢たちに見つかってしまうだろう。君を始め、ENCOURAGEにはもう僕の邪魔はさせない」
イヤホンマイクを両耳にしたまま、デュールブは口の端を上げます。
「お前、まだ懲りずに異世界ミュージーンを猜忌邪曲の音楽の異世界に変える気でいるのか」
ピースは目が回ってきたか、ふらふらしていました。頭と目頭を両手で抑えています。
「無論だ。暗澹の楽譜も、もうすぐ仕上がる」
「暗澹の楽譜か。おれがこっちに閉じ込められるかなり前の日に言ってたな。お前が書く楽譜のことだから、大方ロクでもない曲だろう。だから、おれもお前のやることを阻止するために、晴空の楽譜を急いで書いた。完成はしている」
ピースは、何とかふらふらとする姿勢を保ちながら言いました。
「完成していても残念だったな、ピース。君はずっとここから出られないのだから」
くくくと、デュールブの口から笑い声が漏れます。
「あゆむちゃん、いいや、進実渉夢は仲間を連れて、そのうちここに来る。晴空の楽譜を持ってな!」
ピースがはっきりとした声で言いましたが、
「君のことだから、ENCOURAGE仲間に言って、晴空の楽譜を異世界ミュージーンのどこかに隠したのだろう。だが、無駄だ。おれは君の仲間たちを各場所に閉じ込めたとき、晴空の楽譜を隠したところの記憶を忘れさせたよ。おれの歌と演奏でな」
と、デュールブは冷笑します。
「くそ、そこまでやるとは思わなかったな。なんてね、予測してたよ、お前がおれの仲間たちに晴空の楽譜を隠した記憶を忘れさせることなんか。しかし、残念だったな」
ピースは悔しそうにしていましたが、それはフリだったようです。にっと笑います。
「何……」
デュールブはいらっとした様子でした。
「お前の魔法が効かないおれの仲間が1人いるからな」
「ふん、1人いたところで、あいつらにお前の晴空の楽譜を探し出すことなんか……」
デュールブはここでピースと会話をやめ、CDプレーヤーの電源を切ったのでした。
「デュールブ社長?」
「未莉……」
いきなり、夕葉未莉に声を掛けられ、びくっとなったデュールブです。CDプレーヤーを流しながら、CDの中に閉じ込められているピースと会話をしていたところを聞かれたと思ったのでしょう。
「あの、社長、SCOLDの活動報告をしたいのですが」
未莉はノートを持ち、レポートをデュールブに見せようとしていました。エージェとビーボ、クログーは彼女の後ろに横1列に並んでいます。
「報告などはいい」
デュールブはCDプレーヤーを通したピースとの会話を未莉に聞かれていなかったことにホッとし、彼女に近づきました。
「………」
未莉の後ろにいたエージェがむっとなります。
「ですが……」
と、未莉が言うと、デュールブは彼女を抱きしめ、唇を寄せようとしていました。未莉は頬を赤くし、目を閉じます。
しかし、デュールブはこのとき、渉夢の顔が浮かび、未莉からさっと離れました。
「未莉、ノートは預かる」
デュールブはそう言い、彼女からノートを受け取ったあと、CDが入ったままのCDプレーヤーも持ち、別の場所へ行ってしまいます。そんな彼を見て、エージェは鼻で笑い、
「あいつ、未莉が好きじゃないよ」
と、ぼそっと言っていました。
「エージェ?」
未莉が振り返ると、今度はエージェが彼女に近づき、
「未莉、俺……」
レインスティックの森でデュールブが渉夢といたことを話そうとしますが、口をつぐみました。
「用がないのなら、わたしはお化粧室に行ってくるわ」
エージェに首を傾げていた未莉が行ったあと、
「あなた、未莉先輩に何のお話があったの?」
と、クログーがエージェに問いかけます。
「おー、お前、話せたんだ」
クログーが人の言葉を話せたことを知ったエージェは大げさに反応しました。
ビーボの方は反応はなく、ただクログーの横に突っ立っていただけでした。
「エージェさんって名前だったかしら。エージェさん、あなたは渉夢たちがこれまで退治してきたボギーノイズとタイプがちがうみたいね。みゃ、みゃみゃ、人間の感情、わたくしも多少は解るつもりよ。あなたは未莉への恋愛感情が芽生えてしまった」
「!」
エージェはクログーの言葉に動揺していました。
「あなたがさっき、未莉に言おうとしていたことは何?」
「お前に言ってどうするんだよ。未莉に言うつもりか?」
と、尋ねるエージェに、
「ううん」
首を振ったクログーです。
「聞いたら、飼い主のところに帰れば。こっちにいたってお前はつまらないだろう」
エージェはクログーに背を向けて言うと、
「そうね。でも、わたくしはまだ帰らないわ」
クログーは毛づくろいを始めます。
「お前、どうして? 何をしにこっちに来た?」
クログーの方をエージェは振り返りました。
「渉夢の力になりたかったから。それでね、未莉とデュールブのことを探りに来たの」
と、クログーが言うと、エージェはネコの前であぐらを組んで座ります。
「探らなくたって、未莉がデュールブを恋い慕っているのがすぐ分かるだろう」
「まあね。みゃ、みゃみゃ、あとは、あなたの未莉に対する気持ちもね、すぐ分かった」
「こら、クロのネコ。はあ、でも、デュールブは未莉のことを何とも思ってないぜ」
「あなたが未莉に伝えたかったことはそれ?」
「ああ、そうだ。デュールブ、あいつの本命は別にいる」
「誰?」
クログーが首を傾げると、
「分からねえ。ただの俺の勘だ。もう1つ、未莉に言いたかったことは、レインスティックの森にあったプレハブ小屋の中でデュールブの奴が進実渉夢と居たことだ。奴はシンバルと嘘の名乗りをあげていたが」
あぐらを組んで座っていたエージェは立ち上がり、腕を組みました。
「ショーロードで会ったときの人ね。わかった、わかった。さっき会ったデュールブ、どこかで会ったかもって思ってたら、やっぱりシンバルさんだったのね」
ここでクログーもようやく、シンバルの正体がデュールブだと分かります。
「俺は元々、デュールブによって生み出された音符の化け物のボギーノイズだ。だから、デュールブの気持ちはその辺のボギーノイズよりは解るつもりだ。デュールブは進実渉夢を気にしている」
エージェは再び、クログーの前にしゃがみ、言いました。
「デュールブが渉夢を?」
「どうしてだか、何をデュールブは考えているかまではさっぱりだけどな」
「デュールブが渉夢をね……」
「みゃ!」
クログーは未莉が化粧室から戻ってきたことに気づき、話すことをやめます。
「あなたたち、だいぶ仲良くなってきたね」
彼女は先ほどより、ばっちりとメイクをしていました。目にグレーのアイシャドウ、唇に赤の色付きリップが塗ってあり、よく潤っています。
「未莉……」
エージェは悶々としていましたが、彼女に近づくことを我慢していました。
「みゃ……」
そんなエージェの様子おかしくなったか、クログーは笑いをこらえています。
「おい、クロのネコ、何を笑おうとしてるんだよ」
「未莉」
別の場所からデュールブも戻り、彼女にノートを返しました。
「はい、デュールブ社長」
「SCOLDに新曲を渡す。これでドラム大陸へ行って来い。俺もあとから行く」
ノートを返した次に、デュールブは数枚重なった楽譜を渡します。クログーはその楽譜に見覚えがあるようでしたが、口を動かせずにいました。
「わかりました、ドラム大陸ですね。行ってきます」
「………」
エージェはデュールブの言うことを素直に聞いている未莉を見て、もやっとなります。
「エージェ、文句ある?」
浮かない顔をしていた彼の顔に未莉は近づけてきました。
「い、いいや……」
エージェは彼女がまぶしく、顔をそらします。
「ビーボ、クログーも、ドラム大陸へ行こう。デュールブ社長、お願いします」
「ああ。ドラム大陸へ~!」
デュールブは発声練習したあと少し歌い、シンバルを叩きました。すると、穴の大きなチューブのようなものが現れます。
「行ってきます」
と、未莉は穏やかな表情で彼に言ったあと、チューブの大きな穴の中に入ります。続いてエージェ、ビーボ、クログーの順番に入っていくと、チューブは消えていきました。
未莉たちが行ってから、デュールブはもう1度シンバルを叩き、その魔法でスクリーンの映像をつけます。
スクリーンの映像はピアノ大陸のワールドタウンでピースの家に向かっている渉夢たちの姿が映っていました。デュールブは最初に渉夢の姿を目で追い、次にビリービング、ラビング、オープ、ファオを見ます。
彼は渉夢たちの監視を終えてから、ドラム大陸へ行く準備をするのでした。
ワールドタウンの中央まで進むと黒い屋根に、白い壁のところに黒の音符が描かれてある家があります。
ピースの家に到着した渉夢たちは、トアノブのない玄関扉の前まで来ました。すると、玄関扉は自動的に開きます。ピースのお母さんが開けてくれたようです。渉夢たちが来たことがわかったからでしょう。
「オープたち、おかえり!」
ピースのお母さんは喜んで出迎え、
「叔母様、ただいま!」
オープは彼女に抱きつきました。
「おかえり! あゆむちゃんたち、ラビングくんも、さっ、入って。みんなリビングで待ってるよ」
「みんな?」
ラビングはハートのサングラスを片手で直し、渉夢たちとリビングの方に行きます。
リビングに入ると、ピースのお父さんを始め、ENCOURAGEのメンバーがそろっていたのです。
「あゆむちゃんたちじゃない!」
ソファーに座っていた金髪のポニーテールに青のドレスを着た女性が立ち上がります。コンティーニュです。
「ラビング~」
小麦色のショートボブの髪型に薄いピンクのドレスを着た女性、ディアルはマンドリンゴジュースと書かれてあった飲み物の瓶のフタを開け、カップに注ぎます。
マンドリンゴジュースをカップに注ぐとき、ちりちりっと言うような音が鳴り、渉夢が興味を引いていました。
ラビングがマンドリンゴジュースを飲んだあと、渉夢たちをソファかイスに座らせ、ENCOURAGEのみんなを立たせます。
「あゆむちゃんたち、僕たちを見つけ、助け出してくれたこと、ここにいる一同、感謝している」
ラビングがENCOURAGEのリーダーとして、代表で頭を下げました。
「まだピースさんが……」
渉夢が焦ったような表情で言うと、ラビングは頷きます。
「そうだな。あゆむちゃんたち、ピースの楽譜曲の歌詞をみんな知ってると思うが、7節目で終わりだ。ピースの居所はもうその楽譜では特定できない」
「やっぱり、歌詞はそこまでだったか。じゃあ、これからどうピースを捜したらいいんだ?」
ビリービングがラビングに問うと、
「ピースが捕まっている場所は、見当が付いている。デュールブのところだろう」
と、彼は目を閉じ、ハートのサングラスを両手でぷらぷらさせながら、言いました。
「デュールブのところか……」
「しかし、デュールブの居場所の特定は難しい。ここで僕はいいことを考えた」
「いいことを考えたって?」
「ピースが超一気に完成させた晴空の楽譜をドラム大陸のどこかに僕らが隠したから、それを君たちに探してもらおうと思う」
「本当、ミュージーンにいると探すことばかりだな」
面倒くさそうにしていたビリービングは、片手で髪をくしゃくしゃにしていたのでした。
「ラビングさん、晴空の楽譜って何ですか?」
渉夢が質問をすると、
「何だっけか。はい、エフォートくん」
ラビングは後ろに下がり、緑のメッシュが入った金髪の男性が渉夢たちの前に出ました。
「リーダー、説明が面倒くさくなると、すぐにオレを指すんだから。晴空の楽譜は、ピースが2年前の戦いのあとから、書き始めていた魔法の仕掛けが大きい楽譜だ。2年前の戦いの決着がついたとき、デュールブがピースに暗澹の楽譜でこの異世界ミュージーンの世界を変えることを、宣言していったんだよな。この暗澹の楽譜に対抗するための楽譜が、晴空の楽譜なんだ」
「そうなんですね。では、暗澹の楽譜って何ですか?」
今度はファオが尋ねます。
「暗澹の楽譜の話自体が暗いから、ファインド、お前の明るい説明の仕方に頼る」
「もう、あなたも病み病みな話になってくると、あたしにすぐ振るんだから。あゆむちゃん、怖がらずに聞いてね。何の話があっても、気をしっかり持って」
エフォートに暗澹の楽譜の説明を任された茶髪のロングヘアにオレンジのドレスを着たファインドです。
「はい!」
渉夢は真剣な目つきでファインドの話を聞きます。オープたちも、ファインドの話をしっかり聞こうとしていました。
「暗澹の楽譜は、別名が絶望の楽譜なの。しかも、ピースが書いている曲と正反対のものよ。デュールブが暗澹の楽譜を完成させてしまったあと、この異世界ミュージーンは真っ暗になってしまう。雑音が半端なくなる異世界になるでしょうね。そして、雑音に苦しめられ、あたしたちの命も……」
「ダメダメダメ、私たちの命もないって、死ぬかもしれないとか、地獄に行ってしまうかもしれないとかって言うのなしですよおー」
渉夢はファインドの話を聞き、考えすぎてしまったのでしょう。自分の頭を両手でポカポカと叩きます。
「お前が言っちゃってるじゃん」
そんな彼女にツッコんだビリービングでした。
「命を失うかもしれないどころか、ぼくたちがボギーノイズになって大暴れしてしまう可能性もありますよね」
と、深刻そうな表情で言ったファオです。
「そうだな。この異世界ミュージーンがもしも、暗澹の楽譜によって真っ暗になってしまったら、自分たちの身に何があってもおかしくない。そのことで恐怖になるのは勘弁だよな。あゆむちゃんたち、ピースの晴空の楽譜、探す気になってくれたかな?」
ラビングが渉夢たちを見ると、彼女たちは全員首を縦に振っていました。
渉夢たちはピースの両親にあいさつを済ませ、外に出ます。
「あの、晴空の楽譜を隠した場所って、ドラム大陸のどこですか?」
「ごめんね、あゆむちゃん、隠し場所が思い出せないんだ私……」
両手を合わせて謝ったコンティーニュです。エフォートと、メイク、ディアル、ファインドもすまなそうな表情を見せていました。
「思い出せなくても、しょうがないんじゃない。君たちはデュールブの魔法によって、晴空の楽譜の隠し場所を忘れてしまったのだから。僕はデュールブのその魔法、効かなかったけどさ」
と、ラビングが口を開くと、
「あんたが1番、デュールブの魔法に掛かりそうなのにな。実はあんた、すごかったんだ」
ビリービングはこう言ったのです。
「ビリービング、お前、リーダーに失礼だな」
エフォートが腕を組んで細目で言います。
「まあまあ、エフォートくん、いいよ。晴空の楽譜の隠し場所は、あゆむちゃん、君が首に掛けているピースのペンダントが知っているよ」
「このペンダントですか?」
ラビングにペンダントトップを見せた渉夢です。
「ああ、ピースの魔法がよく掛かっているからな。それと、君たちが持ってるマジックインストルメントの楽器が、晴空の楽譜の隠し場所から取り出す鍵になっているんだ」
「そうだったのか。ピースのペンダントの秘密はオレが知ってることだけだと思ってたよ」
「ビリービングくん、どういうこと?」
「今、それを話すとややこしくなるから、晴空の楽譜を見つけてから、そのうち話すよ」
「うん、そろそろ、ドラム大陸に行く流れだな、ロッビ」
ファオがオープに話し掛けました。
「はい、あの、ファオさん、ファオさんは故郷に帰らなくて大丈夫ですか?」
「ロッビ、何を言い出すんだよ」
「多分、多分ですよ。この先、もっとファオさんを巻き込んでしまうかも……」
オープが目を伏しがちに言うと、
「そんなこと気にするなよ。ぼくはピースが見つかって、デュールブの企みを阻止するまでは帰る気ないからな。それに、ロッビ、ぼくは君のことを放って帰ることができないよ。大事なファンだ」
と、ファオは優しく言ったのでした。
「ファオさん……」
彼にどきっとなったオープです。
「うーん、君のそれ、愛だねえー」
ラビングがファオの後ろにいきなりいたからでしょう。
「ギャー!」
と、オープが叫びます。
「愛……」
ファオの方は顔を赤くしていました。
「さあ、メイクくん、ドラム大陸行きの音符のトンネルを頼んだよ」
「はい。る~るる~」
リーダーのラビングから指示を受けた黒髪のワイルドヘアーでメガネをかけた男性、メイクは歌います。すると、かなり大きな音符のトンネルが現れました。
渉夢たちは、ENCOURAGEそれぞれのメンバーに声を掛けていったあと手を振り、大きな音符のトンネルの中をくぐります。
こうして、渉夢たちはドラム大陸へ進んで行ったのでした。