第10話、スカ湖アルバイト
ブルースーパーからブルージータウンの中央にある八分音符の噴水広場まで来た渉夢たちは、ENCOURAGEのメイクとギターのスタチューベンチに座ってお茶をしていました。
彼女たちはお茶にする前、メイクにピースたちが失踪したことや、コンティーニュとエフォートを見つけることができたことを話します。
「あゆむちゃんたち、何人か仲間たちを見つけてくれてサンキューな。ああ、生き返った。ガチャのカプセルの中に、グッズとして閉じ込められていた間は、喉が渇いて死にそうだったぜ。腹も減ったしな」
足首を交差させた座り方をし、渉夢から花のパンと、ファオから分けてもらったメロティーを飲み、さっぱりとしていたメイクです。
「さて、次行くか」
隣のギターのスタチューベンチに座っていたビリービングが立ち上がります。彼が立ち上がったとき、ギュインとギターの音が鳴りました。そこを隣のベンチに座っていた渉夢が止めるのでした。
「ビリービングくん、まだ行かないで」
「ふん、早くしてくれよ。あと4人、ENCOURAGEを捜さなきゃならねえんだから」
ビリービングはそう言ったあと、渉夢の隣に座ってきました。そのときもギターの音がギュインと鳴ります。
「ちょっと、そっちのベンチが空いてるでしょう。いいや、私がそっち座るから」
渉夢が今座っているところから別のギターのスタチューベンチに座ると一瞬、不機嫌そうになったビリービングです。そのあと、彼はオープとファオに話し掛けます。
「ところで、オブーたち、金がもうねえよな」
「うん……」
「さっきのブルースーパーでかなり財布の中の金が減ったな」
ビリービングに言われ、オープとファオはそれぞれの財布の中身を開けてみると、お金がほとんどなくなっていたのです。
「やっぱりな。あれだけ、スーパーで無駄遣いしたり、ガチャガチャに金をかけたりしていれば、あんたらの財布はすっからかんだよな。どうするんだよ、お金なしでこれから」
「オープ、ごめん。ファオさん、すみません。私が2人に遠慮なしで、どんどん花のパンを買ってしまったから……」
渉夢がオープたちに謝ると、2人は首を振り、
「ううん、あたしがプリンゼリーをたくさん買いすぎてた。ごめん……」
「ぼくもごめん。メロティーを買いすぎてた」
「あんたら、3人とも悪ーんだよ」
ビリービングがはっきりそう言うと、渉夢たちはがくっとなったのでした。
「お金がないと、異世界ミュージーンの旅はこれ以上、難しいかな……」
「渉夢、地球に帰る?」
クログーが前足の毛づくろいをしながら、半分冗談で聞くと、渉夢は高速で首を横に振りました。
「メイクさん、お金がないとき、どうしたらいいですか?」
オープがメイクに相談すると、彼はそんなことかと一笑し、
「お金がなかったら、作ったらいいんだよ」
と、言ったのです。
「魔法でお金を作るのですか?」
渉夢がメイクに尋ねると、近くでビリービングがため息をつきます。
「魔法でお金を作るって意味じゃねえよ。異世界ミュージーンの場合も、地球の暮らしと同じでどっかで働いて稼ぐんだよ」
「それが、お金を作るってことなんだ」
「作ると稼ぐって意味はこっちだと基本的意味は同じなんだ。地球と異世界ミュージーンじゃ、国語の意味がちがってくるのかもな」
「そうなんだ、不思議。ビリービングくん、教えてくれてありがとう」
「あとは、オブーか俳優にでも教わりな」
「メイクさん、僕たちが短期で稼げるお手頃のバイトって知っていますか?」
ファオの今の聞き方が、オープから見ると、離職したあとの求職中の男性役に見えたのでしょう。
「ファオさんは、メロティーのCMのお巡りさんのときといい、ご自身の年齢よりも年上の役が演じられて、すごいです!」
と、少女は拍手をしていました。
「メイクさん、僕たち、短期で働けるバイトを探しています。求人、どうか紹介して下さい」
オープの瞳がきらきらと輝いていたからか、ファオは離職したあとの求職中の男性にさらになりきります。
「わかりました。確か、ありましたね。君たちにお手頃なバイトが」
メイクも、ファオの演技に合わせ、会話をしました。
「本当ですか。教えて下さい」
渉夢がメイクに詰め寄ると、
「お前、近いから」
と、ビリービングが渉夢をメイクから引き離します。
「教えて下さい」
今度はファオがメイクに詰め寄ると、
「きゃっ、こ、このまま、どうなるのー!?」
オープはなぜか興奮していました。
「バイオリン大陸にあるスカタウンのスカ湖なら、短期で稼げるよ。スカ湖の管理人のチーさんちに行ってその話ができる相手だといいけど」
「現在地はピアノ大陸のブルージータウンですよね。バイオリン大陸まで行かないとならないのか」
「それ、キツいです」
「メイク、他に短期で稼げるバイトってないのかよ?」
「ない」
「そうだ、こういうとき、ピースさんの楽譜に相談しよう」
渉夢はリュックからピースの歌詞を取り出し、1節目のところを歌います。それから、前にビリービングに手本を見せてもらったところをリコーダーで吹きました。
すると、ピースの楽譜からたくさんの光の音符が現れ、渉夢の回りをぐるっと1周したあと、歌詞の続きの5節目が自動的に書き込まれていきます。
「貸して」
ビリービングは、渉夢に断ってからピースの楽譜を借り、5節目を読み、すぐ彼女に返しました。
「ねえ、ねえ、何て書いてあった?」
オープが渉夢に聞いたとき、ビリービングが歌い出します。
「僕らは~、囚われのENCOURAGE~、狭い中~、1人埋もれながら歌う~。この歌を歌う君よ~、黄金大事にして欲しい~。行動広範囲に~、ゴー!」
「思ったが、ビリービングって、歌が上手いな」
「ピチスお兄ちゃんには敵わないけど」
ファオとオープがひそひそと話していると、ビリービングは彼らをじろっと見ましたが、渉夢の方を向きます。
「ピースがお金を大事にしろだって。金銭感覚ないと、将来に響くぜ」
「反省してまーす」
渉夢は小さく手を挙げ、下を向いていました。
「ピース、難しい歌詞で囚われた仲間の居場所を教えているようだな。“狭い中、1人埋もれながら歌う”って、どこに埋もれているのか、閉じ込められている場所がさっぱりだなー」
メイクはそう言ったあと、メガネを外し、布でレンズを磨き、かけ直します。
「行動広範囲に、ゴー……」
渉夢がピースの楽譜曲の歌詞にある5節目のラストをつぶやくと、
「みゃ、みゃみゃ、渉夢?」
クログーが彼女の座っていたスタチューベンチの上にあがります。
「私たち、バイオリン大陸に行った方がいいのかなって思って」
「あたしも、ピチスお兄ちゃんの5節目の歌詞、バイオリン大陸のスカタウンへ行った方がいいっていうメッセージに聞こえたよ」
「バイオリン大陸行きに決まりだな。だが、現在地からものすごく遠いぞ。どうやって、別の大陸へ行くんだ?」
「方法なら、あるぜ」
ビリービングが親指でENCOURAGEのメイクを指します。
「うん、ぼくが君たちをバイオリン大陸のスカタウンへつながる音符のトンネルを作るよ。る~るる~」
メイクが歌うと、かなり大きなキラキラの音符のトンネルが現れました。
「みゃ、みゃみゃ、トンネルが大きくない!?」
クログーが、あまりのトンネルの大きさにたまげます。
「さあ、あゆむちゃんたち、早くくぐって。ぼくの歌で出した音符のトンネルはあまり時間がもたないから」
「わかりました。メイクさん、ありがとうございます!」
渉夢が彼にお礼を言い、クログーと先にキラキラした音符のトンネルの中に入ったあと、オープとファオも頭を下げ、トンネルの中に入りました。
ビリービングも、メイクを一瞥後、トンネルの中に入り、渉夢たち全員が行ったあと、かなり大きな光の音符のトンネルは消えます。
メイクは渉夢たちが行ったあと、小さなバイオリンのかたちをした携帯電話でコンティーニュと、エフォートに連絡をとっていました。そして、彼らと合流するため、故郷のワールドタウンへ帰ったのでした。
メイクの歌で作られたかなり大きなキラキラの音符のトンネルをくぐり抜けた渉夢たちは、ピアノ大陸のスカタウンに到着します。
スカタウンはトライアングルのかたちの扉が入り口の住居が多い町のようです。渉夢たちは、何軒かあるトライアングルの入り口の扉がある住宅地を通りすぎ、スカ湖に向かいました。
スカ湖に到着後、渉夢たちはスカ湖の管理人のチーが住む家を訪問します。玄関前まで来ると、やはり入り口の扉はトライアングルのかたちをしていました。
ビリービングは扉に掛かっていたビーターでチーンと入り口を叩きます。すると、まるで、登山着のような服装をした中年の女性が出てきました。スカ湖の管理人のチーです。
「あら、見かけない子たち。何の用?」
「あ、あの、私たち、お金に大変困っていて、ここで働かせて欲しいのですが……」
渉夢が恐る恐る管理人のチーに頼むと、
「あんたたち、まだ子どもじゃないか。だめだめ、うちは二十歳以上じゃないと雇わないよ」
即、断られます。
「メイク、話がちげーじゃん」
と、メイクに悪態ついたビリービングです。
「そうだ、ここに来る前、メイクさんが“その話ができる相手だといいけど”って言ってたな」
渉夢が言うと、彼は眉をつり上げます。
「何だよ、それ……」
「私の方を睨んだって、メイクさん本人じゃないから答えられないよ」
「あれ、メイクって聞いたことあるな。有名歌手グループのENCOURAGEの?」
チーがメイクの名に反応しました。
「はい、そうです。あたしたち、メイクさんからここなら短期バイトで雇ってくれるって聞いてここに来ました」
オープがとことこと、チーの前までくると、彼女は困った表情になります。
「メイクさんから聞いたって言われてもね。あ、そこのあんたの首に掛けてるそれ、ピースさんがいつも掛けてるペンダントじゃないか。それを、うちにくれたら、雇ってもいいよ」
チーが渉夢が首にぶら下げているピースのペンダントを欲しがっていましたが、
「すみません、これだけは……」
と、渉夢は断ります。
「やっぱり、だめか。ところで、あんたたちはどうして、お金にそんなに困っているの?」
「スーパーでこいつらがお菓子だの飲み物だのガチャガチャだの金を使い切ったからだよ」
チーに聞かれ、ビリービングが理由を話すと、彼女は怒り出します。
「まあ、そんな無駄遣いして。お菓子と飲み物の買いすぎはだめでしょう、貯金に回さなきゃ。それに、ガチャガチャですって!?」
「みゃ、みゃみゃ、これ、長くなりそうね」
クログーが後ろ足で耳の辺りをかき始めました。
「スカ湖の管理人は守銭奴疑惑だな」
1つ、ため息をついたビリービングです。
「とにかく、うちは子どもたちは雇わないから」
そろそろ、チーの怒りがおさまる頃、ファオが先に頭を下げます。
「管理人さん、そこをどうかお願いします」
「わ、私、地球から来ました、進実渉夢です。こっちの通貨を全然持っていなくて、ほとんど仲間たちにお金を出してもらっていました。私だけでもどうか働かせて下さい」
渉夢も自己紹介をしながら頭を下げますが、オープは彼女を向こうの方に行かせ、
「ガチャガチャもわけがあって、お金を使ってしまいました。管理人さん、ENCOURAGEの失踪はご存知ですよね?」
と、チーの相手をしました。
「ああ、知ってるよ。行方がわからなくなったって。噂だと、解散したとか」
「解散はデマです。ENCOURAGEは悪い人の手によって、どこかに閉じ込められてしまったんです。それで、ガチャガチャのことですが、そのカプセルの中にENCOURAGEの人は閉じ込められていました」
「他にも、ENCOURAGEのメンバーの中で引き出しの中とか、図書館の本の中とか有り得ない場所で発見されました」
「まあ、そうだったの。悪い人によって、ENCOURAGEが閉じ込められてしまっていたなんてね。何も知らずに怒鳴ったりしてごめんなさい」
「いえ、ぼくらも、スーパーでお金を使い過ぎてしまっていたのも悪かったですし」
「お互い様だな」
「まあ、誰? そんなこと言ってるぼうやは」
「ビリービングくんです。彼、地球人で私より先に地球から2年前にここ、ミュージーンに来ていて、ENCOURAGEと活躍していた子です」
渉夢がビリービングのことをそう紹介すると、
「まあ、そうだったの。うち、あなたのファンでもあるよ。サイン、くれないかな」
チーがトランペットのかたちをした色紙代を、自宅の部屋からさっと持ってきたのです。
「いいですよ」
普段冷たいビリービングが珍しく優しく、チーにサインを書きました。彼がサインを書くと、色紙代からトランペットの演奏が流れてきたのでした。
「やった。代わりに、特別にあなたたちを短期間雇います」
喜んだチーは、そう言ってくれます。
「ありがとうございます!」
「ビリービングのおかげで、ここでちょっとの間は働けそうだな」
こうして、渉夢たちは、しばらくの間、スカ湖でアルバイトをしたのでした。
渉夢とオープは、スカ湖のボートこぎ利用客のための受付と、ドリンクサービスの提供をし、ファオとビリービングはボートこぎの担当をしていました。一方、クログーは働けないため、渉夢たちの近くで丸くなりながら応援します。
渉夢はドリンクサービスの提供、オープはチーとボートこぎ利用客のための受付と仕事を分担していました。
ファオはボートをこぐときに、いろいろな役を演じていたため、女性利用客のほとんどは彼のボートに並んでいたのです。ビリービングの方も、真面目にボートこぎをし、どんどん次の利用客を乗せていました。
こういう時間は、あっという間に過ぎ、渉夢たちはスカ湖の管理人のチーから、働いた分よりも多めに給料のお金をもらうことができます。
「オープとファオさんには、これまでおごってもらってばかりだったよね。お金を返さなきゃ」
渉夢が稼いだお金で、少女たちにおごってもらった分を全部返そうとすると、オープたちは首を振りました。
「ううん、気にしないで」
「そうそう、自分で稼いだ金はゴーが自分で持ってな」
「オープ、ファオさん……」
渉夢がブルースーパーのガチャガチャコーナーのときみたく、じんとなっていると、
「進実渉夢、お金は大事にな」
と、ビリービングが言ってきたのです。
「わかってる」
むっとなった渉夢はリュックの内側にお金をしまいました。
渉夢たちが、そろそろスカ湖をあとにしようとしたとき、何とスカ湖から3体の四分音符のボギーノイズが現れます。ファオはクログーとチーと安全な場所へ避難しました。
渉夢は再びリュックを開け、ピースの楽譜とマジックインストルメントであるリコーダーを取り出します。オープも鍵盤ハーモニカ、ビリービングもオカリナといったマジックインストルメントを荷物から取り出しました。
スカ湖から現れた3体の四分音符のボギーノイズは、スカ湖からものすごいスピードで渉夢たちに攻撃を仕掛けてきます。3体のうち、1体がジャンプし、渉夢に襲いかかってきました。
「ゴー、危ない!」
オープが叫んだときには、ビリービングが渉夢を引っ張り、襲ってきたボギーノイズにキックをします。
「お前、体育の成績が悪かったわけじゃないだろう?」
「いや、中学のとき、陸上部に入ってたけどすぐにやめて運動不足かな」
「運動不足でもボギーノイズの攻撃ぐらいは、頼むからかわしてくれ」
「そう言われても……」
「ゴー、そろそろ歌と演奏!」
「うん、オープ!」
「お前たち、ボギーノイズと戦うとき、いつもピースの楽譜曲を全部歌ってから、歌ったところ全部を演奏しているのか?」
「うん、これまでそうしてきたよ」
「うわ、何て効率悪い戦いだ。歌と演奏はピースの楽譜の1部分だけでいいんだよ。見てな」
ビリービングは発声練習します。
「あ~あ~あ~あ~あ~」
「あ~あ~あ~あ~あ~」
彼が軽く発声練習をしたあと、渉夢とオープも発声練習をしました。それから、ビリービングは渉夢たちに手本を見せるように歌と演奏をします。
「今こそ進め~、ゴー!」
ビリービングはピースの楽譜歌詞の1節目のラストを歌いました。次に、オカリナで1節目の最初の「真っ暗の中、それでも歌う、僕らは君に、期待の歌を送る」の部分を演奏したのでした。
果たして、効果はボギーノイズ3体の動きが止まったのです。渉夢たちもビリービングの手本に習い、マジックインストルメントのリコーダーと、鍵盤ハーモニカでそれぞれのパートを歌い、演奏します。このときは、渉夢と同じ背丈の女の子に変身したオープでした。
「行動広範囲に~、ゴー!」
オープが5節目のラストを歌い、
「怯まず進め~、ゴー!」
渉夢が4節目のラストを歌い、あとは少女の鍵盤ハーモニカに合わせ、渉夢はリコーダーを吹き、ビリービングが演奏したところと同じ箇所を奏でました。
すると、ボギーノイズ、二分音符、四分音符、八分音符のしゃぼん玉になって飛んで行きます。
渉夢たちの戦いを十六分音符の2体のボギーノイズであるエージェとビーボと高い空から見ていた夕葉未莉は、涙を流していました。そして彼女は、
「進実渉夢たち嫌だ、信じらんない……」
と、怒りで奥歯を噛みしめます。そのときのことです。未莉のネガティブな感情を傍で受け続けたことで成長してしまったのでしょう。
エージェがボギーノイズから、未莉と年が近い人間の男の子に変わったのです。そのため、エージェは人の言葉が話せるようになります。
「未莉を苦しめる進実渉夢たちは、俺が今度懲らしめてやる」
男の子に変わったエージェは未莉の肩を抱き、ビーボの方は彼女の手を握り、未莉たちは姿を消しました。