第8話 slave for you Ⅱ
「おじさま、コレをお渡ししておきますわ。」
礼奈がショルダーバッグから取り出したのはピンクのプラケースに入った1枚のCDだった。
「これは…?」
「この中に入っている曲を24時間、あの赤ちゃんのいるところにかけっぱなしにしておいてください。とりあえず、それで呼吸が苦しくなる事は防げますわ。」
首を絞められていた赤ん坊の祖父、鈴原陽平をなだめた後、改めて治療室に戻り、西村と対策を話し合った。礼奈は、鈴原の背中に潜んでいた3組の手がその背中に吸い込まれるように消えていったのを確認した。
(あれは一種の呪いの類ですわ…でも、それが実祖父の体内に潜んでいるだなんて……あの涙が演技だとも思えませんし。)
「大音量でかける必要はござません。赤ちゃんの精神を落ち着けるという名目にしておけば、そこまで怪しまれないと思いますわ。」
「わかった。そのようにしよう。礼奈くんには、原因がわかったのか?霊感のある看護師達が見たという、"手"が見えたようだが…。」
さすがに、原因が実の祖父である鈴原にありそうだとは言えない。
「申し訳ありません。追いかけたのですが、その手を見失ってしまって。詳しくはさらに調査が必要ですわ。CDの中に入っている音楽には退魔効果がありますの。あの程度の霊障でしたら十分防げますわ。
それ以上は、もう少し調査を進めないとなんとも…。明日、もう一度参ります。」
「そうか。明日は私がいないが、皆に伝えておこう。鈴原さんは毎日、面会時間ギリギリまでいるから。何か聞きたいことがあれば聞くといい。
あの方はね、奥様を早くに亡くされて。娘さんを男手一つで育てあげたんだよ。その娘さんが結婚して、待望の孫が生まれたと思ったら……娘さん…あの赤ちゃんのお母さんも心労でまいってしまっていてね。旦那さんもそうそう仕事を休めないし。それで鈴原さんが仕事を辞めて、孫の葵ちゃんの様子を毎日見に来ているんだ。」
「そうですか、そんなご事情がありましたのですね。私が全力をもって対処いたします。お任せくださいませ。」
礼奈は深くお辞儀をして挨拶を済ませると、一旦引き上げることにした。
ーーー
杉並区某所、駅から離れた閑静な住宅街に覇王家の本家がある。大きな一戸建てが並ぶ区画に、まるで中世ヨーロッパの城のようなひときわ大きな建物が、一区間占領する形でそびえ立っている。
白い壁に囲われて街灯のあかりが届かない敷地内には、これまたヨーロッパ風のナトリウム灯がいくつも設置され、オレンジの優しい光が広大な庭を照らしている。
建物の一部は塔のような形をしており、 その一室から優美な音楽が聞こえていた。そこにはグランドピアノを始め、所狭しと様々な楽器が壁一面に飾られている。
たっぷりとした吐息に合わせてカーテンが微かに揺れた。
曲はG線上のアリア…奏でているのはバイオリンではなくフルートだ。
風に流れと一体になっていた音が不意に止まった。
「お父様?」
「おや、気付かれてしまったな。もっと聴いていたかったのだが。邪魔してすまない。」
お城の様な屋敷の一室で優雅にフルートを奏でていたのは、覇王家の令嬢、礼奈だ。白のワンピースに髪をピンクのリボンで後ろに結んでいる。
その部屋のドア越しに耳を傾けていたのは、礼奈の父、覇王大地だ。
こっそり愛娘の音楽に酔いしれていた大地は、ドアを開け頭をかがめながら部屋に入って来た。
2メートルはあろうかという長身に、纏うスーツがはち切れんばかりの体格、スキンヘッドに髭面とくれば、プロレスラーと間違えられても無理はない。
「今夜はお帰りにならないと思っておりました。夕飯も済ませてしまいましたわ。わかっていればお待ち申し上げておりましたのに。」
「いや、いいんだ。青森の件が早く片付いたのでね、一日繰り上げて帰ってきたんだ。しばらく家を空けてすまなかったね。」
「いえ、お仕事ですもの。どうぞお掛けになって。」
礼奈が促したのは大きなピアノ椅子、大地専用の特注品だ。背もたれの後ろ側はチャンピオンベルトのデザインを模していることから、本人の趣味が伺える。
「ああ、ありがとう。西村の一件はどうだ?」
ネクタイを緩め、ジャケットを椅子にかけ座ると、ピアノの蓋を開けて人差し指で鍵盤をポロンポロンと叩く。
「対象は生後間もない乳児でしたわ。生まれつき心臓に病気を抱えているとのことでしたが…それとは別に呼吸困難に陥ることが度々《たびたび》あるそうです。
あれは呪詛に間違い無いですわ。破邪の音を置いてまいりましたので、当面は問題ございません。ただ、その呪いの元となったものが……。」
礼奈はためらいながらも赤子の首を締めていた"手"が、対象の祖父の体を出入りしている事を大地に告げた。
「初孫を楽しみにしていたようですし、お仕事もお辞めになって、毎日お見舞いにいらしているようです。とても術者とは思えません。誰かに依頼して…という可能性はありますが。」
「本人に自覚が無く、潜在的な霊力が形になって現れる場合もあるからな。生き霊なんかはその典型だ。あとは、負の連鎖が続いている場合も……」
ジャランっ♪
大地が何か言いかけたその時、壁に掛けられていたアコースティックギターが突然、弦を震わせた。
「これは…C#マイナー?…ですわね。」
「ああ、そうだ。嬰ハ短調が表すのは、悲愴、残忍、皮肉……霊障の原因は、もっと根深い所にあるかもしれんな。」
大地は目の前の鍵盤を順に叩いていく。
ド# レ# ミ ファ# ソ# ラ シ ド#
何処と無くハッキリとしない、陰鬱な音階が響いた。
「礼奈、お前がこの件を担当するに至ったのも偶然ではあるまい。恐らく身の回りを取り巻く環境に、この一件は食い込んでくるぞ。」
身の回りと言えば……思い当たるのは一つしかない。
「この件は私が責任を持って解決してみせませすわ。用心して参ります故、ご安心ください。」
礼奈の一言に、強面の表情が緩む。
「そんなに大人ぶらなくていいぞ。まだ17歳だろう。」
「もう、17歳ですわ。いつまでも子供ではございませんのよ。西村先生にも褒められましたわ!」
「そうか、そうだな。ほれ、一曲付き合わないか?」
「そうですわね〜、これはいかがでしょうか?」
フルートを構えた礼奈の唇から、静かな吐息がリッププレートに当たり渦を起こす。
伸びやかな高音に合わせて、大地の太くゴツい指が鍵盤の上を踊るように滑って行った。
ーーー
翌日、火曜日の放課後、生徒会書記の矢韋駄満は、体育館に向かう西側の渡り廊下を歩いていた。
その手にはカメラが一台、フィルム時代を思わせるクラシカルなデザインだが、中身は最新のデジタルカメラだ。
「来月の高校総体用の写真撮らきゃだった〜今日は水泳部とテニス部…バトミントン部もやってたかな?
ついでに鬼瓦さんとツーショットをゲットしちゃおう♪」
ルンルン気分に思わず足が速くなる。
「ん? アレは何?」
数メートル先に、キラキラ光る細長いモノが落ちていた。
「あれっ?これ簪じゃない?なんでこんなモノが廊下に落ちてるの?」
拾い上げたのは、向かいから来た私服の女性だった。首から入校許可書を下げているので、一般利用の大学生だろう。
確かに落ちていたのは、金色の簪だった。先端に桜の花びらを模し、葉っぱの形を繋げた飾りが数本、鎖のように垂れ下がっている。
窓から差す夕日を照り返して光るそれは、何故か淫靡な印象を満に与えた。
大学生はポケットから取り出したハンカチで簪を拭うと、廊下に設置されている鏡に向かう。長い髪を軽くまとめ簪をさし、
「ヤダ、意外と似合う〜これ、もらっちゃダメかしら?」
とお気に召したようだ。
校内の拾得物は一旦、警備室に預ける事になっている。大勢の人が出入りする風間ヶ丘高校では落し物も多く、持ち主に戻る事はあまり多くないが、鬼瓦に会う口実になるなと素早く打算が働いた。
「あの、それ私が届けておきますよ…。」
と、声をかけたか否かだった。
女子大生はビクンと身体を一つ震わせると、細かく痙攣をし始めた。痙攣は激しくなり、その振動に合わせてジャケットやスカートが生き物の様に伸び縮みし始める。
「ダメっ!その簪、すぐ外して!!」
異様な妖気感じ、満が急いでかけよったと同時に女子大生の服が大きく膨らんで破裂した。
吹き付ける風に、思わず顔を覆い立ち止まる。
風が収まったそこには、様相を全く変えた女性が立っていた。紫をベースに金色の花の刺繍が咲いた着物を羽織り、髪は大きく結い上げられ、例の簪の他に銀細工の笄をいくつもさしている。目立つように顔の真上に掲げた大ぶりの櫛には、金箔の蒔絵が施されている。通常は後ろに回されている帯の結び目が、体の正面にあった。いわゆる遊女の姿だ。
化粧を施した美しい顔に似合わない虚ろな目は、何かを探すようにゆっくりと漂っている。
気づいた時には、コンクリート製の廊下は木製に変わり、窓は障子に、外には行燈が並んでいるのだろうか、柔らかな明かりが差している。
満はスカートのポケットからスマホを取り出した。指紋認証でも顔認証でもなく、霊力認証でロックが外れ、素早くカメラを起動する。
姿を変えた女子大生を撮らえようとカメラを向けた……が、画面いっぱいに写ったのは、目の前の女性とは違う目の細い真っ赤な紅を引いた女の顔だった。同じく結った髪に笄をいくつもさし、大ぶりの金の髪飾りが後頭部に揺れている。
その女の口角がわずかに上がった…と思った瞬間、
スマホが弾け飛んだ!
「きゃっ!」
思わず後ろに倒れそうになるが、堪えて踏み止まる。
「ぐぅっ!!」
そこにすかさず、白く長い腕が満の首を捕らえた。いつの間にか目の前に接近していた女子大生だった者は、満の体をゆっくりと持ち上げていく。どんどん食い込んでくる細い指をほどこうともがくが、ビクともしない。
(迂闊だった…いつもより強力な妖者が出るかもしれないって話を昨日したばっかりだったのに……。)
満の能力は念写や予知などに特化しており、本来は霊障の調査・解析や支援を本務とする。低級の妖者ならスマホの画像に取り込んで、そのまま消去してしまえるのだが、今回は部が悪すぎた。
(こっそり撮った鬼瓦さんのベストショット……見られたらヤダな……。)
気持ちが負けそうになったその時、
「Mai danse!(燕の舞!)」
燕の形をした青い炎がいくつも飛来し、遊女の腕に次々に激突する。
ドサッ!
気を失いかけた満が倒れこむ。
素早く駆け寄ったのはかや乃だ。
「満さん、大丈夫ですか?」
意識が朦朧とする中、満は自分が助かったことだけはわかった。
鬼火の突撃で後方に退いた遊女は、目の前に浮かぶ赤く発光した文字に顔を歪めていた。
sin3α = 3sinα - 4sin³α
「嶺岸さん、満を頼みます。」
かや乃達をかばう様に前に出たのは、生徒会会計を務める徳岡益荒だ。右手に持つ支持棒は長く伸ばされ先端がルビーの輝きを放っている。
空中に浮かぶ公式に、遊女はたじろぎ、少しずつ後ずさる。
「あれ?数学はお嫌いですか?少しお勉強しないと。」
x = dia.π
益荒が支持棒で宙に描いた文字は、赤く発光した円に変わり遊女の体を締め、動きを封じた。
「ガァァァァァッ!!」
此の世のモノとは思えない叫び声を上げながら、拘束をとこうと激しく身をよじらせる。
(ダメ…その人は妖者じゃないの……殺しちゃう…)
思ってはみるものの、首を絞められた感触が声を封じていた。
「おいっ!大丈夫かっ?」
通路の反対側から駆けつけたのは、警備員の鬼瓦豪人だ。
(鬼瓦さん…来てくれた……お願い…このままじゃ無関係な人がっ……)
弱っていた心に温かさが戻っていく。
「かっ…かんざしっ!金のっ!」
先ほどまで収縮して固まっていた喉の筋肉が開いた。
精一杯の一言で全てを察したのか、鬼瓦は一つ頷くと静かに構えを取った。右足を引き、両手は攻撃に備えて前方を防御する。
「益荒っ!そのまま抑えていろっ!!」
攻撃の最終段階に入ろうとしていた益荒は、一つ頷き宙に描く公式を止めた。
「おぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁ!!!!!」左足を軸に3回転半して放った蹴りは的確に遊女の髷に刺さった金の簪を捉えた。簪は光の屑となって弾け飛ぶ!
簪の輝きが失せた途端、景色が元に戻った。いつものコンクリート製の廊下だ。何事もなかったかのように、傾きかけた日に、カラスの鳴き声が混じる。
遊女姿になっていた女子大生は、衣服が少し乱れているものの、気を失って倒れているだけのようだった。
口元のマイクに「任務完了、通行止め解除されたし。」と簡潔に報告をした鬼瓦は、床に倒れ伏した女子大生をあっさりと肩に担ぐ。
「すぐ保健室に連れていく。満、立てるか?」
かや乃が立たせようとしたが、うまく力が入らないようだ。
応答できない満は首を振りながら、意識が混濁していく。まるで画面のドットが一つづつ黒く抜けていくように視界が塞がっていった。
(鬼瓦さんの体、大きくて暖かい…)
後からそんな感覚を思い出したが、気がついた時には夢かどうかの判別がつかなかった。
ーーー
校内で満達が戦っているその時、礼奈は再び病院を訪れていた。今日は白地に菜の花柄のワンピース、黄色のカーディガンにグレーのパンプス履いている。バッグも色を合わせてグレーのレザーハンドだ。
例の赤ちゃんの病室にたどり着くと、祖父である鈴原陽平が廊下のソファでを爆睡していた。心労と疲労がピークなのだろう、礼奈が近づいても小さないびきを立て、夢の中だ。
病室内からは、かすかにフルートの音色が聞こえてくる。礼奈本人が演奏したニ長調の協奏曲。オーケストラの代わりにピアノの伴奏がついているが、もちろん父親である大地によるもので、二人の霊力が宿った音楽は退魔・浄化作用を発揮する。
病室には、看護師に抱かれて授乳を受ける赤ちゃんがいた。腕から伸びる管がなければ病気を疑うほど、哺乳瓶を両手で掴んで元気にミルクを飲んでいる。
窓越しに看護師と挨拶を交わした時、視界に鈴原の首元が入り目を見張った。
喉仏を中心に左右に痣が走っていたのだ。それはまるで、首を絞められた痕のように赤黒くはっきり残っていた。昨日は襟付きのシャツに隠れてわからなかったが、今は首元のボタンを外して壁に首を預けているので露出してしまったのだ。
(原因はもっと根深い…か。)
礼奈はため息とも取れない吐息を漏らして、屋上へと向かった。
ーーー
「徳岡さんにラウンジで勉強教わってたんだ。そしたら急に嫌な気配が渡り廊下の方からして。二人で駆けつけたら満さんが派手な着物を着た女の人に首をしめられてたの!
あとで聞いたら、遊女?って昔の人の格好なんだって。
なんとか満さんを助けたんだけど、その遊女姿の人は妖者じゃなくて、一般利用の女子大生だったの。警備員の鬼瓦さんが来て、機転を利かせてくれたから良かったけど…。徳岡さんもとどめを刺さなくて良かったって言ってた。」
事のあらましを一気にまくし立て、カップのお茶を一口のんで落ち着く。
「遊女…かいな〜そりゃまた厄介なのが出てきたな。」
ここはかや乃が一人暮らしをするマンション。学校から西に徒歩で20分ほどの所にある。5階建ての最上階、角部屋。1LDK、浴室乾燥機付き、wifi完備で家賃75000円という格安物件。駅から遠い事と大家が覇王家の顧客であることから、賃料を下げてもらうことができたというわけだ。大通りから一つ入った立地で、開けた窓からは静かで暖かい風が入ってくる。
一人暮らしを始めるようになってから、猫又のマコルが様子見を兼ねて頻繁に遊びに来るようになった。今も夕食後のティータイムに付き合ってもらっている。用意したのは礼奈から貰ったハーブティーと、マコルが大好きなどら焼きだ。
「そうなの。あれは憑依の一種よね?今回のような事は初めてだって。」
かや乃は、一般人が巻き込まれることが厄介だと受け取ったようだ。
(コイツは"花魁"の仕業やな〜。てっきり"能面"が先に出てくると思うてたが…。あの二人仲悪いかて同時に出てくることはないやろが…。階層守護者なんぞ今の面子じゃ、太刀打ち出来へんで…。)
「なぁ、ところであんさん。今好きな人とかおるか?」
「ぶはぁっ!なっ!なんで?」
唐突な質問に、思わずかや乃はお茶を吹き出した。
「汚いなぁ、コレで拭きぃ。」
尾っぽを伸ばしてタオルを持ってくる。
「ありがと…って、すっ…好きな人って?なんの話よ?」
「以前言うたと思うけど、妖者はこの世に未練を持ったモンばかりや。当然、恋愛沙汰の末に死んだモンはそこに執着しよる。今現在、恋心で花の子ルンルンな奴なんぞ格好の標的やで。」
「好きな人…。」
急に胸が苦しくなり、額に熱を帯びたのがわかった。
(あれっ?なんで?好きっていうか、良い人だなって思ったのだったら…)
何故か思い浮かぶ人物に、かや乃は困惑する。次第に頭から湯気が立ち上りそうな様子にため息をつき、
「まぁ、狙われたのは満かもしれへんな。本当は満にその簪を取らせたかったのかもしれへん。」
「満さんを?狙った…?」
最初に保健室に集まった時に祐希が言っていた言葉を思い出した。
『でも満ちゃん、最近きれいになったよね?好きな人できたの?』
「満さんの好きな人…?」
「まぁ、年頃やさかいに、恋の一つや二つあってもおかしぃない。恋したっていいじゃないや。気ぃつけてて見てやり。」
「うん…満さんの好きな人…。」
一気にかや乃の興味は、満の恋相手に移ってしまった。
「さっ!わ・て・わ〜テレビ♪テレビ♪」
「今から明日の予習するから、イヤホンして見てよね!」
「何言うてまんねん!一緒に見よやないかっ!新番組、今夜からやで。火曜ミステリアス、刑事 紫四季舞やっ!」
「嶺岸家で見ればいいじゃない!私、勉強あるし。」
「あっちは雪はんが裏番組見たい言うてはるねん。」
「録画して、後で見ればいいでしょ?」
「何言うてまんねんパート2やっ!!今度は主人公が女性に変わって、しかも先日、貴楽塚を退団したばかりの"美桜蘆華が、いきなりの主役抜擢やで!リアタイで応援して、ツイッターつこうてトレンド1位狙わんでどおすんねん!」
「ツイッターって…どんだけこなれたのよ!」
「実はあんさんの面倒を見る約束でな、皐月はんにスマホこうてもろてん!」
どこから取り出したのか、二本の尾で器用にスマホをいじってニンマリだ。
「スマホでツイッターする猫又って…前代未聞ね。」
呆れ顔のかや乃だが、結局テレビが気になりリアタイ応援に参加してしまったのだった。
ーーー
白い艶のある表面に金の縁取り、小さな紙袋を胸に抱え、緊張の面持ちで東側の渡り廊下を歩いているのは、生徒会書記の矢韋駄満だ。
渡り廊下は体育館の二階と繋がっており、大きなランニングコースとなっている。
今も授業の合間の生徒や、一般利用のシニア世代が黙々と走っている。
「昨日のお礼をしなきゃ。うん、お礼だから。助けてくれてありがとうございましたっ!これ、良かったら召し上がってください。いえ、お礼のお礼とかいらないんで……えっ?それじゃ気が済まないって?
それなら…もし差し支えなければ今度の日曜日、前楽園ホールの全日本プロレスのチケットあるんですけど…ご一緒しませんか?
なんつってーぇぇぇ!!!」
独り言は次第にボリュームを増し、身振り手振りを交えて舞台女優さながらのパフォーマンスに突入した満を、ランナー達は上手く避けていく。
「不審者発見っ!!って、満じゃないかっ?今日は休みじゃなかったのか?」
「おっおっ鬼瓦さンっ!」
廊下の向こうからやってきたのは警邏中の鬼瓦豪人だ。一気に緊張が高まりうなじに汗をかく。
「昨日はありがとうございました。未熟者で申し訳ありません。」
ポニーテールを揺らしながら頭を下げる。
「いやいや、あんな時のために俺たちがいるんだ。無事で良かったよ。」
頭を優しく撫でる手が憎い。
「あの…これ……たいしたものじゃないんですけど、お礼です。お茶のお供にしてください!」
後半を一気にまくし立て、紙袋を突き出す。
「おっ!食いもん?手作りかっ?」
意地悪な顔で聞く鬼瓦に
「既製品ですよ!バレンタインの事、まだ根に持ってますよねっ⁈それじゃ彼女出来ないですよ!」
と反撃。言ってしまってから、しまったと舌を打つ。
「娘が高校卒業するまではなぁ〜まぁ、デリカシーに欠けるから離婚協議に至っちまったんだろ。」と、さして気にもしていない様子で頭をかく。
「娘さん、確か…。」
「あぁ、満達と同い年だ。あと、2年だな。ま、ありがたく受け取っておくよ。昨日の今日だ、早く帰れよ。」
肩をポンポンと優しくたたき巡回に戻っていった。
「娘…か…。」
満は焦げ付くような胸の痛みを両手で抑えながら、その背中が消えるまで見つめていた。
気付いたら頰を伝っていた涙を拭いながら、満は帰り支度をして西門に向かった。御影石の柱に銀の門。作りは南門とおなじだが、門扉に施されているのは今にも咆哮をあげんとする虎の姿だ。
この門の側には大きな金木犀の木があり、満のお気に入りの場所でもある。土地の性質か植物が良く育たない為、風間ヶ丘高校の校内にはほとんど植物がない。敷地は鋳物で紋様を描いた策で囲われ、四方の門は四神の守護をいただいている。
そんな土地に珍しく育った金木犀だが、花が咲くのは秋、今は緑の葉が生い茂るばかりだ。その木陰に隠れて、満はスマホを取り出した。秘密のフォルダーは鬼瓦の姿で埋め尽くされている。
「娘かぁ〜そうだよなぁ…娘さんと同じ歳だもんなぁ。恋愛対象として見てくれるはずないか……out of がんちゅー!」
ひと思いにフォルダーを消去!
と、かまえたが、ゴミ箱マークがどうしても押せない。
ふぅ、とため息の次の呼気と同時に声をかけられた。
「貴女恋をしているわね?しかも叶わぬ恋を。良かったら、相談にのるわよ。」
突然話しかけてきたのは、真紅のフィット&フレアのドレスに身を包んだ女性だった。