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第7話 slave for you

住みたい街ランキング1位に輝いた事もある街、吉祥寺。

衣食住からエンターテイメントまであらゆるものがこの周辺で揃うため、平日でも街は活気付いている。南側には、住民憩いの場となっている井の頭公園を有し、犬の散歩やジョギングを楽しむ人々が日々行き交っている。

神田川の源流となっている井の頭池には、名残桜が降り積もり、大小の水鳥達がのんびりとその隙間をすり抜けていく。

そんな公園をまっすぐに突き抜けたところ、そこにあるのが都立風間ヶ丘高校、創立49周年を迎える都内有数の進学校だ。全ての授業はタブレットを用いて行われ、実際の授業の他に動画授業で予習、復習を行うことが出来る。また、AIを用いた希望進路別模擬試験を利用することで、大学受験に向けた対策を早期に取ることが出来きる。

校内には一般利用も可能なカフェやコンビニ、大手フィットネスクラブ顔負けの総合体育館、郷土資料や日本の文学史に残る名作を揃えた図書室(これらはあえて紙ベースである)、個人練習用の防音室を備えた音楽室etc.


そこはまるで教育のエンターテイメント施設とも言え、どちらかといえば大学並の装備を揃えている。

入学する生徒は大学進学を見据えていものが多く、放課後もラウンジには勉学に励む学生が絶えない。そのせいか、部活動はあまり盛んではなく、同好会やサークルの体をなしている。もちろん学校の認可が降りれば、都内の大会コンペティションに出場することも可能で、補助金も降りる。

少子化の昨今では、大人数が必要な部活動は下火だが、少人数で行えるものは活動している。ハンドボール部もその一つだ。


「遅い遅いっ!パスの判断が遅ぇんだよ!」

「もっと高く跳べねーのかっ!」

「そこは谷田たにだ、お前が指示出すとこだろ!」


キュッキュッ!と、スポーツシューズがフロアを駆ける音が小気味よく響く体育館、風間ヶ丘高校ハンドボール部の練習が行われていた。檄を飛ばすのは部長であり、生徒会副会長を務める國木田くにきだ総司そうじだ。

180cmを超える高身長に広い肩幅、均整のとれた体には黒いタンクトップが映えている。


「違うっ!フェイント上手く使えねーかなっ⁈ それに谷田っ!お前がもっと前に出てねーから、他の奴らがパス出せねーんだよっ!」

「すみませんっ!!もう一度お願いしますっ!」

谷田と呼ばれた生徒は、拭いきれない汗をほとばしらせながら駆ける。男子としては背が高いとは言えない160cm代の身長と二重の少し垂れ気味な目が容貌を幼くみせているが、真剣な表情まなざしは男の色気を感じさせる。

街を歩けば、声をかけられるのは日常茶飯事だろう。



少し肌寒い4月の空気が体育館内を吹き抜けた。

「おっしゃっ!もう一度フォーメーション確認していくぞっ!」

『はいっ!!』


「相変わらず谷田君には厳しいんですのね。」

「うぅおっ……!って、なんだお前か。」

突然耳元でささやかれ、猫が威嚇するかのごとく身を飛び上がらせる。

明らかにブランドものだとわかるカップとソーサーを両手に、器用に椅子に体育座りしているのは、風間ヶ丘高校生徒会会長、覇王はおう礼奈れいなだ。ゴージャスな縦巻きの髪を優雅にかきわけながら、コーヒーを一口。

「さっきからお隣にお邪魔しておりましたのですけど。誰かさんは誰かさんに夢中で、お気づきになりませんでしたので。」

「つか、蓋のできない飲み物を体育館に持ち込むなとあれほど…。」

「あら、失礼いたしました。」

しれっとコーヒーを一気に飲み干す。

谷田あいつはウチの部のエースだからな。俺が居なくなった後を任せられるのは、アイツしかいねーんだよ。」

「あら、てっきりわたくしは愛情の裏返しかと…。」

突如、胸を刺されるような感覚が二人の口を閉じた。

視線だけを巡らせて、周りを伺う……風が葉を伝う音が聞こえた瞬間、目の前の景色が色をなくした。


「なんだぁ、いつもの子供ガキかぁっ⁈」

「いえ、違いますわ。この気配かんじ……。」

目の前で練習プレイしていた谷田達ハンドボール部面々も、二階部分に設置されたランニングコースを走っていた人々も、全てが動きを止め藍染めされたかのように深い青の世界に溶け込んでしまった。


「結界に閉じ込められましたわ…外には警備員さんもおりますし、すぐいらっしゃいますでしょうけど……。」

「おいっ!上だっ!!」

高い天井から、雫が落ちるかのごとくゆっくり垂れ下がってくるのは、髪の毛の束だ。それはフロア50cm手前まで迫ると、花開く様に広がった。床を這いながら放射状に走る髪の毛は、藍色の人々に次々と絡みつく。

その髪の毛の塊から出て来たのは、白無垢を纏った女だった。青い世界に銀雪の輝きが美しく映えるが、その眼窩はブラックホールのように底が見えない。顔全体から指先まで節くれ立ち、長い指と鋭い爪をくねらせ、渇いた唇は開いたまま、モゴモゴ動き呪詛の言葉を吐いているかようだ。

綿帽子から溢れ出る髪の毛だけは黒く艶やかで、それは蛇のようにのたうち回り、蜘蛛の巣のように四方八方に伸び続ける。

体育館内を埋めつくすかのように伸び続ける髪は、獲物を捕らえようと礼奈達に迫った。

タイミングを見計らい、2人は左右に飛びかわす。


「こんぐれぇ余裕だっつーのっ!」

鮮やかに一回転して着地した國木田は得意げな表情を見せた…が、着いた手に床から突き出して来た髪の毛が絡みつき、全身に広がる。

「ちっ!気持ちわりーなっ!」

「これは困りましたわね。助けが来るまで持ちますでしょうか?」

こちらはバスケットボールのゴールネットから生えて来た髪に手足を縛られてしまった礼奈だが、少し楽しそうに國木田を見ている。

「あらあら、これではスカートの中が見えてしまいますわぁ〜♪」

まるで海の怪物に捧げられた生贄のごとく、十字に手足を抑えられ宙に持ち上げられいく。ヒラヒラと舞うスカートが微妙な高さになって行く……しかし、國木田の目線は全身を髪の毛で覆われようとしている谷田一直線に注がれていた。チャームポイントの垂れ目は光を無くして虚空を見つめている。


「おいっ!てめぇ、死にたくなかったらそんぐらいにしておけよ!」

突如怒りと共に全身からほとばしる霊気が、ブチブチと音を立てながら髪の毛を断ち切っていく。

「ふぅ。その方、とっくに死んでますわ。」

手足をぶらぶらさせて血流を戻している礼奈は、すでに拘束を解きつまらなさそうな顔をだ。その隣にはお座りをした黒ポメが礼奈をみあげて尻尾をフリフリ、期待に満ちた眼差しを送っている。

國木田は手元に置いていたハンドボールを掴むと、ゆっくりと前へ出た。すくうように持ったボールは、相反する磁石を向かい合わせたかのように不安定に揺れながら、手のひらから数cm浮き、ゆっくり回転し始める。


妖者は近づいてくる國木田に首を傾げ戸惑いの仕草を見せたあと、開きっぱなしの口から、掠れた吐息が紫の霧になり前方にひろがった。

だが、國木田は臆することなくその霧に突っ込んで行く。

妖者はさらに髪の毛を伸ばして多方面から國木田を絡めようと迫るが、それらはボールから放たれる霊気にことごとく弾かれ、燃えるように四散した。

魅了チャームは効きませのよ、國木田カレには。」

礼奈は椅子に座って足を組み、頬杖ついて いる。自分の出番がない事を悟った…と、いうより明らかにやる気がない。

黒ポメは伏せの姿勢で、何かをねだるように礼奈を見上げている。


妖者へ近づくにつれ、次第に高まる國木田の霊気がボールを高速回転させる。それを手にした右腕の上腕二頭筋と三頭筋が膨れ上がり、いったん屈むと長い足を伸ばすように静かに跳んだ!


「おぉぉれぇぇのぉぉ隼人はやとに…何してくれてンだーっ!!」

高身長のばねを生かしたジャンプシュートは、雷を放ちながら白無垢の花嫁に迫った。

妖者は、髪の毛を前方に展開してボールを包むように閉じ込める……が、電撃は瞬時に髪を伝い花嫁に命中した!

全身を黒く焦がしながら、妖者はボロボロと劣化したゴムのように崩れて落ちていく。なにかを叫ぶように口がパクパクと動いていたが、聞き取れないままその姿はチリと化した。


「オンナには容赦しませんのねっ…!」

苛立ったように足関節を上下する礼奈のつま先に黒ポメが戯れる。


一瞬で元の景色いろを取り戻した体育館は、何事もなかったかのように騒がしくなった。ハンドボール部の部員たちは練習に汗を流し、ランニングをする人々も黙々と周回を繰り返している。

「おいっ!大丈夫だったか?」

薄緑色ライトグリーンの警備員服に身を固めた大柄な男性が、厳つい顔をさらにゆがめて駆け込んできた。

「えぇ、國木田…君のお陰で事なきを得ましたわ。」

いつものお嬢様然とした振る舞いに戻った礼奈は、一礼する。

「あっ、鬼瓦おにがわらさん。お疲れ様っす。差し出がまし真似をして、すんまんせん。」

普段、敬語を話し慣れないのが隠しきれない口調で國木田も頭を下げる。

鬼瓦おにがわら豪人ごうとは、風間ヶ丘高校に勤める警備員。身長176cm、体重103kg、趣味は筋トレ。プロレスなどの格闘技をこよなく愛する36歳だ。

「いいんだ、君達がいて助かったよ。先日の避難訓練ほどではないが、強固な結界だったな。俺では破れなくて、急いで高梨先生を呼んだんだが……。」

ちょうどパタパタと足音が聞こえてきた。

「ごめんなさい、遅くなって。いや、本当に遅かったわね、ふぅ。」

息を切らしかけてきたのは、白衣きらめく保健教員、高梨美樹だ。途中で脱いだであろうヒールを右手に引っ掛けて肩に担ぐ仕草は、映画のワンシーンのようだ。

「これでも学生時代は短距離やってたんだけど。イヤね、年取るって。」

苦笑いの高梨に鬼瓦は敬礼する。

「いやいやいや…美しさは日々一層輝いておりますですよ。」

「そうでございますっ!」

とならう國木田。

「まぁ、お世辞でも嬉しいわ!先日の報告書レポートもまだなのに。仕事が増えたわねー。2人とも、これから会議でしょ?そこで話聞かせて。」

今日は月曜日、風間ヶ丘高校生徒会は毎週月曜と金曜に集まるのが習わしだ。

「俺…いや、自分はしばらく体育館内を警邏してきますよっと。」

と言いながら、鬼瓦は手刀を右斜め上に振った。それに伴って放たれた霊気はフヨフヨ浮いていたネズミの様な妖者を吹き飛ばす。

「今の騒動で低級のヤツらが寄ってきてるからな。」

「鬼瓦さん、よろしくお願いしますわ。」

髪をかきあげながらだっちゅーの…もとい礼をする高梨への目線のやりどころに鬼瓦は困惑する。

「オトコって、ほんっと、おたんこなすですわっ!」

誰にも聞かれない小声で礼奈は呟いた。足元には黒ポメがゴロンとお腹を見せ、いっこうにご褒美おやつをくれない礼奈かいぬしにアピールしていた。


ーーー


「それで、気づいたら雑木林の中にいました。月も明るかったし、虫の声もしたんです。戦いながら奥に進んだら、古いおうちがあって…畑とか井戸もありました。さらにその中に入っていくと、突然暗闇に引き込まれて……。」

東棟7階の生徒会室では、定例会議が行われていた。先週起こった大規模霊障に関して、かや乃からの報告が続いている。4月中ばの夕陽が明るく差し込み、少し汗ばむくらいに室温を上げている。テーブルには礼奈お気に入りのハーブティーが大きなポットにアイスで用意され、お手製のクッキーが山盛りになっている。

高梨は、キーボードを叩く手を止め、アイスティーを一口、吐息が漏れる。

「ふぅ、学校中の防火扉や窓を開かないようにして、私達を教員室に閉じ込めたのが赤ん坊ね……無邪気な霊ほど突拍子も無いことするけど。」

「結界内とはいえ、木々や家を再現するなんて聞いたことありませんわ。」

「今日でたヤツは体育館内の魂に干渉する程度だったしな。」

「コレ、あの騒ぎがあった時に撮ってみたんですけど…」

風間ヶ丘高校生徒会、書記担当の矢韋駄やいだみちるが取り出したのは、スマホで撮った画像をプリントしたものだった。

2年生がいたのは西棟3階、開かなくなった防火扉を引きで撮ったそれには、苦悶の表情の髷を結った男性の顔が枠いっぱいに写っていた。

「この人、多分その赤ちゃんのお父さんだと思います。」

もう一枚は廊下の窓を撮ったものだが、外側から無数の日本刀が窓に突き刺さっている様子が写っていた。

「校舎の内と外から力がかかっていたのね。これじゃ破れない訳だわ。」

と、写真を手に取るのは生徒会副書記の霞城かじょう祐希ゆうきだ。今日もナチュラルにメイクはバッチリ、前髪をいじりながら唇を尖らす。満が陽とすれば、陰の雰囲気をどことなく漂わせる。

「破れないというか、閉じ込められたとわかった早々、女子にメイク講習始めてましたよね。」

メガネをクイッと指で持ち上げながらツッコミを入れたのは、生徒会会計の徳岡とくおか益荒ますらだ。理数系では常に学年トップ、全国共通模試ランキングでも10位内の常連だ。

「だって、みっちゃんや益荒マスランがダメなら、私の力じゃ無理だって。せめてみんなに被害が出ないようお化粧まじないしてたのよ。益荒マスランだって、難問対策講座開いてたじゃん!」

「僕も防御公式ディフェンスフォーミュラ張ってたんですよ。気づかれないように。派手に霊力使うと、目つけられてさらに攻撃される可能性がありますからね。」

「あの状況では、同じ階の生徒を守るのが優先事項だったと思います。上階うえには会長達がいましたし、先生達の救助を待つのが最善策だったと。30分ほどで防火扉も開いて、館内放送で体育館への移動指示もありましたから。でも、その間にかや乃ちゃんがひとりで戦っていたとは思いもよりませんでしたが。」

と、満が場を収める。

「その通りですわ。4階の3年生のみなさんはお休みいただきました。その間に何度か妖者の結界を破れないか試してみたのですが……國木田のボールが弾かれて、廊下の至る所にバウンドしながらこちらに戻ってきた時には、さすがに肝を冷やしました。」

礼奈はジト目で國木田を見るが、

「リアルにパチンコゲームの中に入ったみたいだったな。普段から鍛えてれば、あんなの避けるなんて楽勝だね。」

当の本人は、頬杖をつきながらあっけらかんとしている。

「それに関しては、教員側こちらも苦戦を強いられて…面目無いわ。これだけ強力な妖者が出たのは……13年ぶりね。もしかしたら、これから中級以上の妖者が度々出現するかもしれない。」

両手を口元で組み、高梨は何処か遠くを見つめていた。

「13年前…、何があったんですか?」

少し聞けない雰囲気を感じ取りながら、かや乃は思い切って尋ねてみた。他の生徒会役員達は、急におし黙る。知らないのはかや乃だけのようだ。

「そうね、話してなかったわね。」

高梨はゆっくり立ち上がると、見晴らしのいい生徒会室の窓から校庭を見下ろす。まだ腕は生えておらず、下校する生徒達が渡り廊下の下の自転車置き場にたむろしている。

みなで何処か寄り道でもするのだろうか、とても楽しげだ。

「13年前にね……一度だけ、とても強い力を持った妖者が出たのよ。当時、すでに生徒会は霊能力を持った生徒達で構成されていて、先生方にも数名、正式な霊能師がいらっしゃたったわ。現校長、だん道成みちなり先生も一般教員としてお勤めになられていたの。」

一旦、話を止め何かを探す様に視線をぐるっと校庭から生徒会室内に戻す。

「その当時は、まだ校庭が普通に使えてね。たくさんの生徒たちが遊んでいたんだけど…、急にバタバタ倒れ始めて……そこには生徒会のメンバーもいたから、すぐに結界を張って生徒みんなを守ることはできたの。うち一人が急いで先生を呼びに行って……壇先生達と駆けつけた時には、もう………。」

アイスティーの氷が溶け、カランと室内に涼しげな音が響いた。うつむきおし黙る高梨に、やはり聞いてはいけない事を聞いてしまったのではと、かや乃は自分の好奇心を責めた。

「先生……。」

「いえ、大丈夫よ。」

顔上げた高梨の表情は、悲しみを乗り越えた決意の表情がみて取れた。

「結果から言うとね、残った生徒会のメンバーは、出現した一人の妖者に魂を取り込まれてしまっていたの。その後、先生達も応戦したんだけど、何人かやられてしまって……。辛くも退けた…というより、目的ノルマを達成した妖者が還ってしまったって言った方が正しいかな。」

ため息をつき、再びアイスティーを一口含む。

「調査以来、あれほどの妖者が出現したのも、被害者が出たのも初めてだったわ。4、5人の霊能師が束になってもかなわないなんて……。」

と、言葉を切り高梨はかや乃を見つめた。

ん?と不可思議に思ったが、次の言葉を待った。

「いえ、ごめんなさい。だからね、今回あなたが強力な妖者を祓ったのは凄い事なのよ。自信を持っていいわ。」

「そんな…私、戦いながら思ったんです。学校ココに来た決意が甘かったって。たくさん迷ったし、たくさんつまづいたし。マコちゃんやうーちゃんが居てくれたから。」

いつの間にか、かや乃の膝の上には黒ポメがお座りをし、どうだと言わんばかりに生徒会メンバーを見ながら尻尾を振っている。

十代そのとしなんて、そんなものよ。」

と、高梨は優しくかや乃の肩を叩く。

「そうですわ。わたくし達だってまだ修行中の身ですもの。だからこそ協力し合えるよう、こうして集まっているのですわ。」

「んだな、嶺岸…いや、かっかや乃ぉさん?アンタすげーよ。今度、俺と模擬戦やろーぜ!」

「ふふっ!副会長、女の子の名前を呼ぶ時にどもるの相変わらずですね!」

「ねぇ、週末、駅のアトゥレにあるメイクショップ行きましょ♪かや乃ちゃん、絶対化粧映えするわ。普段お化粧しないでしょ?肌キレイねー。」

「メイク以外は教わらない方がいいですよ。男の口説き方とか。」

「あら、失礼ね!口説くんじゃなくて、口説かせるのよ!」

「祐希のメイク術、わたくしには効果ないみたいなんですけど⁈」

「おめーは底意地わりーからなっ!」

「まっ!失礼なっ!想人きがあるのに意地悪しか出来ないお子様に言われたくありませんわっ!!」

「そんな礼奈姉さんに〜実は、とっておきの魔性の女メイクを考案したんです……マンドラゴラを使って……。」

「祐ちゃん!犯罪スレスレよ!」

「あ、それ俺のアパートの庭に生えてたな。取ってきてやるよ!」

「そっか!総司兄さんのお住まい、曰く付きのいいとこでしたね?お願いできます?」

「あんな建物とこ、人の住む所ではありませんわっ!それに特殊な材料なら、我が覇王家の庭にもありましてよ。白檀びゃくだん附子ぶし元日草がんじつそうなどなど!」

「それこそヤバイのが混じってますよ!会長ぉ〜。」

「調合に黒魔術を取り入れているんですか?ちょっと興味あるな…。成分分析したの?」

「益荒君までー!」

「それさ、俺用に香水とかにできねー?」


さっきまで沈んでいた空気が一変、騒がしいくらいに明るくなった。かや乃は会話についていけずポカンとしている。


そんな光景を、高梨はとても楽しそうに眺めていた。


ーーー


御影石の柱に銀の門、そこには美しい羽と尾を広げた鳥の姿が彫り込まれている。風間ヶ丘高校の南門に静かにベンツが一台、夕闇から溶け出すように発車した。スポーティなGLクラスだ。

後部座席には諸々の会議を終えた、覇王礼奈が巻き髪を指で弄びながら物思いにふけっていた。

車は大通りに出て左折、程なく右手に大きな病院が見えてくる。白い外壁、建物の曲線に合わせて湾曲したクリアガラスが清潔感を増している。

「桃園大学付属病院」と彫り込まれた大きな銘板の横をすり抜け、ベンツは敷地内にゆっくりと入っていった。


駐車場で車を待たせると、礼奈は受付に向かった。車内で着替えたのだろう、制服ではなく、デニムスカートにピンクのスプリングニット、革靴はそのままだ。左手には銀のチェーンブレスレットをはめ、斜めにかけた少し大ぶりの黒いショルダーバッグは、ナイロンにレザーコンビの大人っぽいデザインだ。

呼び出しをお願いして、座ることなく病院内をなんとなしに眺める。この辺りで一番大きな病院だということもあり、多くの患者やスタッフが行き交っている。この時間は面会に訪れる人も少なくないだろう。清潔な印象を与える空間であるが、陰の気が建物の隅から湧き水の様に流れているのが見える。


「礼奈くん!お待たせしたね。何年振りだろう?これまた綺麗になって!」

場をわきまえつつ驚きを隠せない声の主は、白衣に聴診器を引っ掛けた50代くらいの色黒の男性だった。左胸のネームプレートには、西村孝治にしむらこうじとある。

「西村先生、ご無沙汰しております。ご依頼の件で、覇王家の代表として参りました。よろしくお願い申し上げます。」

スカートの裾を掴みカーテシーで挨拶をする。

「本来でしたら、旧知の仲であるお父様がいらっしゃれれば良いのですけど。来月には国家試験も控えておりますれば、見習アシスタントの私で申し訳ありません。」

西村はこの桃園病院の外科医であり、礼奈の父である覇王はおう大地だいちの高校時代の後輩でもある。卒業後も家族ぐるみの交流があり、今回直接仕事の依頼が来たのだ。

ちなみに関東を代表する霊能師の家系である覇王家や嶺岸家は、文部科学省管轄の霊能師国家試験の運営に深く関わっている。新規資格取得のほかに、継続更新試験も同時に行われるため、特に実技の試験員手配には欠かせない存在だ。

5月中に、それぞれ青森、東京、京都、香川、福岡の5会場で順に行われる。有資格者は全国で約8千人とそれほど多くない。オカルト詐欺から凶悪な犯罪にまでつながる霊能力は公的に厳しく審査する必要があり、試験の合格率は10%と低い。また、継続更新においても合否が分かれる。ただし、礼奈の様に見習いのていをとればある程度活動も可能であることから、受験を回避する場合もある。当然、見習いが何かしくじれば、直属の師匠は即資格停止だ。最悪、資格剥奪もあり得るため、各有資格者も弟子の育成は慎重になっている。

5月に行われる理由は、お盆時期に対応する為とか。


「さ、詳しい話は歩きながらで構わないかな?こちらだ。」

西村に促されて、礼奈はエレベーターへと向かう。

「最後に会ったのが4年前だったかな?中学生の時は、男の子みたいだったのに。もう大人の女性として扱わなければ。」

「ありがとうございます。専門の家庭教師をつけていただいて、なんとかお嬢様道に軌道修正いたしましたわ!」

中学生時代の自分を振り返ると恥ずかしいか、礼奈は苦笑いだ。

「早速、以来の件なんだが。私の担当ではないんだがね、患者は生後3週間の乳児なんだ。」

また赤ちゃんか…と先週の出来事を思い起こさせられた。

「生まれつき心臓に疾患を持っているのがわかって、循環器科に移ったんだが。時々呼吸困難に陥って、チアノーゼを起こすようになったんだ。他に病気が隠れているのかと調べてる最中に…。」

上昇する感覚から短い浮遊感に変わり、エレベーターが7Fを表示して止まった。お先にと促されて礼奈は降りる。

「ここを左だ。話の続きだが、呼吸困難の原因を調べている時に……たまたま呼吸器科の担当医と看護師がね、その…視える人でね…。」

西村自身は霊感ゼロを自負しており、西洋医学に基づく立場としては言いにくいのだろう。もちろん覇王家と関わり合いがある時点で、そういった存在がいる事も承知している。

「何をご覧に…」

礼奈は途中で思わず言い淀み、立ち止まった。

西村は礼奈の視線をなぞって、先の廊下を伺うが何も見えない。

「手…?一つ、二つ……いや三組と言った方が正しいですわね。」

「手っ?まさか手首から先かっ⁈っていうことは……。」

西村が推測を口にする間も無く、廊下の向こう、右手に入った通路から赤ん坊の泣き声が響き渡った。爆発的な泣き声は、次第にエグっ…エググっ…と苦しそうな声に変わった。

西村の先導で急いで駆けつけると、既に看護師が赤ん坊をカプセル型のベッドに移し、何かしらの操作をしていた。

その赤ん坊の首には、複数の手がむらがり首を絞めていた。

うららっ!」

小さく鋭い声で黒ポメを呼び出す。足元から突如出現した黒ポメは、壁をすり抜け素早くカプセルの中に飛び入った。クルクルと何回か回ると、鮮やかな後蹴バックキックで赤子の首にかかった手を蹴散らす。

途端に、赤ん坊の呼吸が正常に戻った。心配そうに見守っていた看護師たちも安堵の表情を浮かべる。

弾き飛ばされた手達(?)は、虫の様に壁を這いながら素早く部屋から脱出した。

「お待ちなさいっ!」

「礼奈くん!どこへっ?」

答える暇はなく、逃げていく手を追った。

一旦、広い廊下に出ると、右手先の階段の方へ天井をつたって行くのが見えた。

幸い進行方向の廊下にはスタッフも患者もおらず、追いつける!と脚を早め踊り場に到達しようとした時、


ドンっ!


「きゃっ!!」

「どわぁぁぁっ!」


正面の階段から駆け下りてきた人物と衝突してしまった。

「大丈夫かねっ?礼奈くん!」

「えぇ、尻餅をついただけですわ。それより、お怪我はありませんか?大変失礼いたしました。」

ぶつかったのは60代くらいの男性。若い礼奈と違い瞬時に対応できなかったのだろう、派手にすっ転んでしまった。急いで抱きおこす。

「あぁ、こちらこそ急いでいたので…。」

「鈴原さんじゃないですか!頭打ちませんでしたか?」

追いかけてきた西村も駆け寄り、怪我をしていないか、全身をチェックする。

「西村先生でしたか…って、それより先生!うちの孫の泣き声がまた聞こえたので、急いで来たんですよ。あおいはっ?葵は大丈夫ですか?」

どうやらこの男性は、先程の赤ちゃんの親族、祖父のようだ。

「えぇ、今回はすぐおさまりました。さ、立てますか?とりあえず、そこの椅子に座りましょう。」

西村は、廊下に設置された休憩用のソファに鈴原を座らせた。

「あぁ、どうしてこんな目に!ただでさえ病気を持って生まれたのに…葵が何したっていうんだ!苦しめるなら、私を苦しめればいいのに……。」

頭を抱えて、うずくまってしまう。

「鈴原さん、落ち着いて。お気持ちは察しますが、戦いはこれからです。私共がお力になりますから。」

西村は膝立ちになり、優しく背中をさする。鈴原は、恐らく…泣いているのだろう、肩を静かに揺らして俯いたままだ。

色々な霊障を見てきたが、幼い子どもが苦しむ姿やそれを変わってやれない親や親族の辛さは心中察するに余りある。

礼奈は改めて受けた責任の重さを自覚し、鈴原に声をかけようとした……が、恐らく呼吸困難に関しては霊障であることは伝えていないだろう。何と言おうか…と考えを巡らせて…ある事に気付き凍りついた。全身に鳥肌が立つ。

鈴原が座るソファの後ろは鏡になっている。その鏡越しに、例の『手』が鈴原の背中を這い回っているのだ。

それらは礼奈の様子を伺うように、鈴原の首や背中に隠れたりのぞいたり…まるで一つ一つが生き物のように蠢いていた。






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