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第4話 rescue me Ⅱ

嶺岸家頭首、嶺岸皐月みねぎしさつきは今年の10月で69歳を迎える。

毎朝5時に起床、起きて最初にする事は自宅3階の角部屋に向かい部屋の掃除をする事だ。無類の猫好きである皐月は、この部屋に12匹の猫を飼っている。

みな保護猫ばかりで、目がほとんど見えないモノ、脚をひきづっているモノ、片耳を食いちぎられたモノなど、健常である猫は少ない。一匹一匹個性だと受け取っており、出会った時の事を思い出しながら、毎日丁寧に言葉をかけ、順に撫でていく。


基本的に自分で出来ることは自分でやる派の皐月は、玄関周りや庭の掃除などを手伝いの者と一緒に行う。


必ずご飯は1合、魚や根野菜の味噌汁に葉物のおひたし、納豆など年齢の割にはボリュームのある朝食取ると、数駅先のスポーツジムへ電車に乗って出かける。

そこでウエイトトレーニングにスタジオでローインパクトエアロ、プールでウォーキングが日課だ。

最初は近所のクラブに通っていたが、スタジオプログラムは緩いダンスクラスや寝そべっているばかりのヨガばかり、ジムエリアも知識に乏しい学生アルバイトスタッフばかりになり、クラブを変えた。


帰宅後、軽い昼食を済ませると猫部屋で大好きなミステリー小説を読みふけったり、趣味の編み物をしたり、猫達と昼寝をしたりなどゆっくり過ごす。


夕方になると藤原達と共に夕食の支度にかかるのだが、今日は邸内の道場に赴いた。

長女の雪葉ゆきはが出張中のため、弟子の面倒を頼まれたのだ。皐月が霊能師の試験員ジャッジをつとめており、国家試験が近いこともある。


六角形の修行場はその館内において霊力を行使した攻撃を場外に影響する事なく内壁に吸収するため、音すら漏れないようになっている。

その道場の中央に皐月は立っていた。濃紺の小紋に銀の帯、青い帯締め、いつもの丸眼鏡をかけている。

その正面には、現在修行中の5人の男女が白い道着姿で相対しており、日本刀や鎖鎌などの武器を構えている者もいる。

ちなみにこれらの武具は霊力をもってせねば、常人には驚くほど重く、万一持てたとしてもまったく切れ味を発揮しない。


「さあ、何処からでもかかって来て良いですよ。何なら全員まとめてでも。

私に一撃でも当てる事ができれば良しとしましょう。」

温和な笑顔、穏やかな語り口と対照的な全身からみなぎるオーラに、弟子達は指一本動かせないでいる。


皐月の周りには白い糸が無数に張り巡らされていた。よく見ればそれは糸の割には太い……毛糸だ。毛糸が皐月を守るように縦横無尽に周りを囲っているのだ。


睨み合う両者の緊張が頂点に達した時、


『うぉぉぉぉぉっ!!!!』


プレッシャーに耐えきれず男弟子の4人が一気に襲いかかる。

日本刀を持った者は上段の構えから刀を振り下ろし毛糸を断ち切ろうとするが、あえなく弾かれ後方に吹っ飛んだ。

鎖鎌を放った者は、鎌を絡め取られた。振りほどこうとするればするほど持ち手の方まで毛糸が巻きつき、腕を捻り返される。

手裏剣を持った者は隙間を狙って放つが、張り方を変化させる毛糸にことごとく撃ち落とされた。

唯一武器を持たず手刀を構えた者は、他の3人が正面から攻撃している間に皐月の背に周り、毛糸の間を素早くかいくぐって近づくが、今一歩のところで毛糸に全身を拘束されて一切身動きが取れない。


「さぁ、貴女アナタはどうしますか?」


紅一点、5人のうち唯一の女弟子は全身にびっしょりと汗をかいていた。

震える右手を左手で抑えると、深呼吸一つ。


「参ります。」


右手に持った花束を揺らしながら舞い始めた。

その手に持つのはガーベラの花束。

花言葉は『前進あるのみ』。

花が揺れるたびに花びらが散り、全身から発せられた霊気にのせて辺りを漂い始める。


(雪葉と同じ技を使うのね…)


師匠から伝授された技を大師匠に使うのは結果が目に見えているだろう…が、構わず技を放った!


「はぁぁっ! 威風花弁嵐いふうかべんらん!」


気合いと共に無数の花びらが毛糸の間をぬって襲いかかる!

先程の手裏剣と同じく毛糸が花びらを弾こうとする…とおもいきや、花びらは毛糸に張り付き、包み込む。まるで重りをつけたかのように毛糸が弛み、逆に動きを止めた。

すかさず残った花束を床に散らすと、


蛇哭龍想じゃこくりゅうそう!」


皐月の足元に茎の部分が蛇のようにのたうち回りながら迫る!



タタタタッ!



皐月が瞬時に放った銀色の金属棒、リリアンがその蛇もどきを床に縫い止めた。


「なるほど、花びらは陽動ですか。考えましたねぇ。

さ、次はどうしますか?」

柔和な笑顔を崩すさず問う皐月に、女弟子は額の汗をぬぐい、紫のヒヤシンスを両手に一輪づつ持つと、左足を引き構えを取った。


ーーー


「ただ今帰りました。」

リビングのドアを開けると、皐月がソファで夜のニュースを見ていた。膝の上には猫又のマコルがくつろいでいる。


「おかえり〜待ってたでー。はよメシにしよかぁ。」

マコルが2本の尾を揺らしながら、ソファ越しに覗いてきた。


「おかえり。本日はどうでしたか?」

皐月はテレビから目を離さずかや乃に問う。


「今日は……生徒会長とお近づきになりました。」

「そう? 覇王さんの所の娘さんでしょ?」

向き直り、いつもの笑顔を見せる。


「あそこは男系だから、女の子が産まれた時にはもおぉ大喜びで。三日三晩飲むわ歌うわのお祭り騒ぎだったのよ。

んふふ…でも男衆おとこしゅうの中で育ったせいか、だいぶお転婆だって聞いたけど。」

「ええ…、でも品のある方でした。」

話し方は間違いなく品があった。


「そう、それは良かったわね。さ、着替えてらっしゃい。お夕食にしましょう。」

マコルを床に降ろすと、準備のため椅子にかけていたエプロンを身につける。

「はい、すぐに降りて参ります。」

かや乃も腹ペコだ。一刻も早くデザートにたどり着きたかった。


ーーー


翌日は木曜日、通常通りの授業で問題なく終わった。


廊下を歩いている時に、テニスボール大の目玉に羽が生えたようなモノが複数ふよふよしていたので、通りすがりに燃やした。

授業中、足元に蟻の行列が並んでいた。よく見ると顔がみな老人のそれで、取り敢えず燃やした。

音楽室に行く際に6階の渡り廊下を見たら、スペースいっぱいにムカデっぽいものがモゾモゾしていたが、礼奈の霊獣(大きいver.)が来て前足の爪でツンツンしていたら、パッと消えた。


という以外は。


(アレは食べれるかどうか確認してたのかな?)


などと考えながらかや乃は帰宅した。


さらに翌日の金曜日。この日の授業は午前中のみで、午後は避難訓練の予定。訓練概要は事前にWEB掲示板で確認済みだ。

西棟1階のカフェで火の手が上がったという設定で、西棟の2年生、3年生は速やかに6階渡り廊下をつたい東棟へ。1年生は2階から渡り廊下で体育館へ。

最終的に体育館で点呼という運びになっている。


『生徒会は基本的に、月曜日と金曜日の放課後に集まることになっておりますの。今日は水曜日ですから…次回は金曜日。今週は避難訓練ですので、訓練が終わり次第こちらにいらしてくださいませ。

他のメンバーを紹介いたしますわ!』


先日の会話の最後に、礼奈からこういわれた。特別な行事がなければ、週に2回の集まりだそうだ。

次は罠を張らないということを確約して、OKした。


今回は敵ではなかったが、いつ強力な妖者と遭遇するかわからない毎日に身を投じるのだ。戦いは避けられないと覚悟の上での入学ではあったが、いよいよその幕が開けるのかと思うと、不安が期待を上回る。

そして…、幕はかや乃の予想より早く開いた。



ランチは、藤原お手製のお弁当。

今日は銀ダラの西京焼きをメインに、卵焼き、ほうれん草の胡麻和え、ご飯の上には鶏そぼろと和風だった。相田&鈴木コンビと3人で2階ラウンジで過ごすと、避難訓練のため教室に待機した。


13時20分に非常ベルが鳴り、行動指示のアナウンスが入ってから動くという算段だ。

開始までまだ15分ほどあった。


職員室では、壇校長以下全職員と警備員が一旦集合して誘導手順の確認を行っていた。

西棟5階、覇王礼奈はおうれいなは3年A組の教室で次に作るお菓子レシピの作成に余念がなかった。


そんな時だった。



リリリリリリリリリリリリリリッ!!



耳をつんざくような非常ベルの音がけたたましく校舎内に響き渡った。


「ん? 予定より早くなくて?」

タブレットから顔を上げ周囲を見回す礼奈。

他の生徒も?マークを頭の上に浮かべながら、周りを伺っていた。ベルは鳴り続けるが、一向に避難指示のアナウンスが入らない。


「おいっ! 防火扉が閉まって開かないぞ!」

廊下から聞こえた声に、礼奈は席を立つ。


「みなさん、落ち着いて。何かの手違いですわ。指示があるまでお待ちになってくださいませ。」

と、教室全体に声をかけるのを忘れない。

廊下に出ると他クラスの男子生徒が数名、様子を見に出てきたようだ。たしかに階段の踊り場へと通じる道は白く重い金属壁に塞がれていた。押し引きしてもビクともしない。

礼奈はすぐさま職員室に連絡を入れようとブレザーのポケットからスマホを取り出すが、圏外になっており通信が出来ない。この間にも非常ベルは鳴り続けている。


「おい、どーなってんだ?」

不意に背後から野太い声がした。


振り向く礼奈の表情が明るくなる。


國木田くにきだっ!」


やってきたのは180cmはあろうかという長身に、広い肩幅、均整の取れた体つき、目鼻立ちがくっきりした短髪の男子生徒だ。首元には青と銀の斜めストライプのネクタイを崩し気味にしている。


「ウチのクラスもかなり騒ついてンぞ。誤作動にしては長くないか? 非常ベルは職員室内から止められっだろ。」

両手をズボンのポケットに入れ、天井を仰ぎ見る。


「そうですわね。何かおかしいですわ。…って、ちょっと焦げ臭くありませんこと?」

少し近づいて、國木田にだけ聞こえるように言う。

すると、今度は國木田が目と顎で防火扉の上方を指す。

えっ?と振り向いた礼奈は息を飲んだ。


防火扉の上の隙間から白い煙がうっすらと入り込み、天井をつたい広がりつつある。

この状況に不安を覚えた生徒たちが、次々と廊下に出てきていたが、どうやら彼らには臭いもしなければ煙も見えないらしく、ただ現状を騒ぎ立てている。


「こいつは〜やつらの仕業ってワケか。しかもこんな大胆かつ無差別とはな。」


「ええ、私達が入学して以来、こんな大規模な霊障は初めてですわ。恐らく他の階も同様の状況に陥っておりましてよ。」


「ゲッ!まぢかっ⁈ 下の2年……おいっ! 助けに行くぞっ!」

國木田はあからさまに動揺して駆け出そうとする。

礼奈は若干うんざりした表情で、國木田の袖を両手で取り、制止した。


「大丈夫ですわ。下階にはみちる達がおりますもの。

それより、心配なのはアチラですわ。」

と、東棟の方を見る。東棟には新入生達がいるからだ。その棟の1階は職員がいるはずだが、非常ベルすら止まらないということは、壇や高梨も身動きが取れない状況にある可能性が高い。


うららっ!」


礼奈の鋭い呼びかけと共に、黒いポメラニアンが足元をクルクルと回りながら突如出現する。


一仕事ひとしごとお願いしたいですわ。アナタだけならここを抜けられますでしょ?」


霊獣は実体をこの世とあの世の半々に置いている。

存在のほとんどをもう一つの空間に置くことで、防火扉程度なら楽にすり抜けられるのだ。この黒ポメも基本的に霊力のある者にしか見えない。


「隣の校舎の先生方に状況をお知らせいただきたいのです。

恐らく職員室内に閉じ込められてると思われますわ。

あと、3階の1年生、かや乃さんを覚えてらっしゃいますでしょ? 助けてあげてくださいまし。」


黒ポメはお座りをして礼奈をジッと見つめている。丸い目は今にも涙がこぼれんばかりにウルウルとしている。


しばしの沈黙…いやにらみ合い?


礼奈は右手を腰に、左手をこめかみにあてて、少し考えた後、ふぅとため息。


「わかりましたわ。牛フィレ肉のジャーキーで手を打ちましょう。先日、叔父様が一時帰国された時のお土産がお気に召したのでしょう?

いいでしょう、送っていただきますわ。」


黒ポメは納得したようで、スクッと立ち上がると尻尾をフリフリしながらクルクルと回り、防火扉の向こうへ消えていった。


「おい、ちょっと甘やかし過ぎじゃねーか。」

國木田が呆れ顔だ。

「仕方ないですわ。あの姿になる事を覚えて以来、お父様と叔父様が溺愛してるんですもの。」

礼奈は両手のひらを上にあげておどけて見せた。


一方、廊下は不安に駆られた生徒たちでいっぱいになっていた。


「おい、ちょっとどうなってんだ! いい加減おかしいだろ!」

「私たち閉じ込められたの? 今日は福永真佐張ふくながまさはりのコンサートなのよっ! 学校終わったら横浜アリーナまでいくんだから!

行けなくなったらど〜しよぉ〜〜」


苛立ちを隠せない者、泣き出す者まで現れる……鳴り止まない非常ベルがさらに苛立ちを加速させているのだ。

國木田は、あーうるせーと言わんばかりに両耳を手で塞ぐと、

「おい、アイツら黙らせろよ。 得意だろ、そゆの。」

とこれまた顎をクイッと上げる。

「そうですわね、少しお休みいただきましょうか。」

肩にかかった髪をかきあげながら礼奈は教室に戻っていった。




東棟、3階の1年生の階でも同様の現象が起きていた。

非常ベルが鳴り止まない中、かや乃は臭うはずのない焦げ臭さを感じ、見えるはずのない白い煙が少しづつ防火扉の隙間から入ってくるのに気づいていた。

試しに窓をたたき割れないか椅子で試してみたが、柔らかい素材にあたったかのごとく見事跳ね返ってきた。

椅子が跳ね返った勢いで他の机に当たる音が響くが、そんな音に気づかないほど他の生徒達は廊下に詰め寄りパニックになっていた。


(これはどーしよう…)


考えあぐねていると、


「かーっ! けったいな妖気やなー これまた。」

聞き覚えのある関西弁が、かや乃しかいないはずの教室に響く。


「あっと驚くタメ五郎ごろう〜って、マコちゃん! 何でここにいるの? 」


いつのまにか教台の上に猫又のマコルが、顎に手を当てて考え込むポーズを取っている。

今ハマっている刑事ドラマの主人公のキメポーズらしく、鏡の前でよく練習していたのを思い出した。


「なんや、皐月はんがおもろいことがあるさかいに、今日はかや乃についてきなはれと言わはってなぁ。

あんさんのバッグにはいっとたんや。」

「えっ? 私のバッグに? ぜんっぜん気づかなかったんだけど…」

「わて、こう見えて嶺岸家の霊獣やで! 体を小さくして、内ポケットに潜むくらいわけないて。

てか、生地の肌ざわりが良すぎてすっかり爆睡してもうた〜なんだかとんでもない気配で起こされてもうたけど。」


ちなみにかや乃の通学バッグは、咲良さくらから入学祝いにプレゼントされたフランスの超有名ブランドのトートバッグ。肌ざわりが良いわけだ。


「そうなの、なんだか様子がおかしいわ。みんな閉じ込められたみたい。」

気を取り直して状況を冷静に見るかや乃。

防火扉が閉まって、他の階に移動が出来ない。窓も破る事が出来ない。

下階した壇那だんなや美樹姐さんもおるんやろ? そんで状況が変わらないちゅーことは、元凶は上階うえやっ!」

「でも、窓は開かないし階段も使えないし…」

「任せときっ! こー見えて霊獣や言うたやろっ!」


マコルは2股に分かれた尾っぽを天井に伸ばすと、尾で円を描く。

すると円の内部がポッカリとあき、上の教室の天井が見えた。


「すっごーい! でも、届かないなっ…」

ぴょんぴょん跳ねて手を伸ばすが、当然届くはずがなく、机を積もうと移動させる。


「そんなんせんでもええねん。行っくでー!」

尾をかや乃の体に巻きつけて、マコルは飛び上がる。

「えーっ! 飛びます! 飛びますぅ〜⁈」




1年A組の上は空き教室になっているため、誰もおらず、机と椅子すら無かった。窓から入る日の光が、長方形の教室を陰陽に分けている。


「なんか暑くない? 暖房が入ってるわけないし…」

首元のリボンを緩めながら、かや乃は教室内を見渡す。

「理由は…廊下に出れば一目瞭然やな。」

尾をクイクイっと曲げ指指す…ではなく尾指すマコル。表情はいつになく真剣だ。

教室内の窓から見える廊下は天井のライトに照らされ、何も異常はなさそうだ。


かや乃は警戒しつつ、教室の引き戸を開けた。


だがそこは…


ゴォォォォォォっ!!


廊下一面、紅蓮の焔に包まれていた。

外側の窓も天井も…気づけば教室側の壁やドアにも火が広がっていた。教室内から見たときは、何も見えなかったのに。


「何これ…どーゆーこと?って、熱っ! これじゃ先に進めないわ。」

燃え盛る炎は扉のへりまで迫る。あまりの熱さに後ずさるかや乃。やはり上階が本当に火事になったのか?黒煙を上げかや乃威嚇するかのごとく、何度も炎が吹き出し、熱気とともに襲ってくる。



その時


「あれ…? 何か聞こえた?」

なすすべもなく立ち竦むかや乃の耳に、場違いな声が聞こえた。

耳に集中力を注ぐ。

炎が爆ぜる音の向こうから…


「おぎゃーっ! おぎゃーっ! あぁぁぁぁっ!」


「あっ!赤ちゃんの泣き声がするっ⁈

こんな所で? マコちゃん、助けに行かなきゃ!」

後ろにいるマコルを振り返り見ると、真剣な表情を崩さぬまま、ゆっくり首を横に振る。


「落ち着きや。 こんな所に赤ん坊がおるわけないやろ。この火も見せかけや。 この火はな、騒動をおこしている張本人の心や。こいつの心の中は憎しみっちゅー炎で燃え盛っておんねん。何かが憎くうて憎くうて仕方ないんやろなぁ。」


「こ、こころ?」

この霊障を起こしているであろう妖者ようじゃに憎しみの感情があるというのか。


「憎しみって、封印を守ろうとする私たちに対して?」

礼奈は妖者に『自分たちを閉じ込める封印をとく』という意思があると言っていた。


「せやない。こいつらはな、みなこの世に未練を持っておんねん。恨み辛み、憎しみ、悲しみ。遂げられへんかった想い。それが力の原動力や。」


マコルの話を聞きながら、かや乃は目の前の業火を見つめる。憎しみの炎、恨みを持った相手だけでなく、この世の全てを焼き尽くそうとするかのようだ。


一瞬、目の前で炎が一つ高くあがる。


(えっ⁈)


その炎の先に、泣き崩れる男性の姿を見た気がした。

一瞬見えた服装も髪型も現代のものではない。


「もしそうだとすれば……、妖者はいわゆる悪霊とか地縛霊とかと同じ存在って事? でも、それにしては力が強すぎるわ!この学校内だけとはいえ、影響力が大き過ぎる。マコちゃん、何か知ってるの?」


かや乃は妖者を、廊下にたむろしていたような低級の妖怪もどきの延長線上の存在だと思っていた。


「今はそんなこと考えてる場合ちゃうで。

多くの生徒が巻き込まれてんねん。」

マコルは2本の尾をピコピコさせる。


目の前の炎には、もう先程の男性は見えない。赤ん坊の泣き声も聞こえない。

単なる魔物退治ではないのか……もしかしたら自分の覚悟が甘かったかもしれないと悄然とする。


気持ちを察したかのように、マコルが尾を伸ばしてかや乃の肩をたたく。


(そうだ、今はともかく事態を収拾しなきゃ…)


意を決して、かや乃は業火渦巻く廊下へと一歩踏み出した。下から迫る焔が決意の表情を明るく照らす。白く長い脚は業火包まれ、スカートがひるがえるが、構う事なくかや乃は廊下の真ん中に立った。


「ええかぁ、かや乃。 あんさんの炎は魂を浄化する鬼火や。

こんな負の感情まみれの火なんか吹き飛ばす力を持ってんねん!

目ぇには目ぇ、歯ぁには歯ぁ、火ぃには火ぃやで!

やってまいっっ!!」

マコルが激を飛ばす。


かや乃は目を閉じると両手を胸の前で交差させる。高まる霊力に呼応して、指輪の石が光を放つ。


両手を横に広げ、右手を上へ左手を下に回すと、前方へ上下にあわせた。

その手が描く軌道に合わせて、青白い炎が円を描き、前方には円錐形の炎が出現する。


前方の両手を腰まで一気に引く。ちょうど空手の構えのように。

その動きに合わせて、円の炎が弾けて翼の形に、円錐は鳥の頭部を形作る。


最高点に達した霊力は鬼火の勢いを加速させ、翼を広げ優雅な尾翼をはためかせた鳥が出現した。


気合いと共に、一気に掌底を前へつきだす!




一扇灑浄いっせんさいじょう!Phoenix battant(鳳凰の羽ばたき)!!!!!』






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