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第3話 rescue me

「どうぞ! お入りになって!!」


透き通った朗らかな声に少し安心して、かや乃は引き戸を少しづつ覗き込むように開ける。待ち切れなかったようで、黒ポメはわずかな隙間から部屋の中へ駆け入った。

その部屋の奥、窓を背にして配置されたデスクの前に立つ人物の元へ一目散に駆け寄ると、クルクルと3回まわってお座り、尻尾をフリフリしながら期待に満ちた視線を送っている。


「ご苦労様ぁ、うーたん♪ ご褒美よ〜♪」


そう言いながら口元に運んだのは、牛皮の棒に乾燥させたササミを巻いた…いわゆる犬用のおやつだ。

パクッとそれを咥えた黒ポメは、デスク横に置かれたピンクのふかふかベッドに飛び乗ると、ガジガジと夢中になって食べ始めた。


「さあ、どうぞ、お席に。コーヒーはお飲みになりまして? お紅茶、あとハーブティーもありましてよ!」



かや乃より少し高い背、たての巻き髪に光沢のあるピンクのヘアバンドをしている。胸元のリボンは青、3年生だ。力強い目に高い鼻、見覚えがある。


「こうしてお会いするのは初めましてね。」


そう、入学式の時、あの子供の霊を見た時に壇上で話をしていた人物だ。確か豪華絢爛な名前だったような……


「風間ヶ丘高校、生徒会長。覇王礼奈はおうれいなでございます。よろしくお願い申し上げますわ!」

姿勢を正し、首を少し傾げた仕草は気品が漂い美しかった。



会長用のデスクの前、5つの机が島型に組まれた1つにかや乃はとりあえず座った。

というか、座らされた。ことの流れがいまいちよくわからないかや乃は、とりあえず黙って部屋の中を見回した。

室内はL字型になっており、入り口はいってすぐに今座っている机の島、右に曲がった所に簡易キッチンがある。窓には淡いブルーのドレープカーテン。壁には、おそらく代々の生徒会メンバーであろう集合写真がずらりと飾られていた。

書類などは基本的に電子化されているが、本棚が二つあり、ぱっと見で周辺地図や歴史本などが収納されている。


「フンフンフフ〜♪」


奥から、ティーセットとクッキーが盛られた皿をお盆にのせた礼奈が、鼻歌と共に優雅なステップでやって来た。かや乃の目の前で1回転してから、お盆を机の上に置く。


(やっぱり犬と飼い主は似るのかしら?)


と思いながら、黒ポメに視線を送る。先程のオヤツをひとかけらも残さずたいらげ、すっかりお休みモードだ。ベッドのふちにマズルをのっけてうつらうつらとしている。


「カモミールティーをご用意いたしました。精神を落ち着かせる効果がありましてよ。あとわたくしお手製のクッキー。それぞれ、チョコレート、ストロベリー、ジンジャーです。お手拭きをどうぞ。

さ、お召し上がりになって!」


透明のティーポットから、これまた透明のティーカップへ黄金色の小滝が流れる。白の陶磁器の皿には、三色のひと口サイズのクッキーが山盛りになっている。

カモミールの香りが部屋中に広がり、確かに落ち着いた気分になる。

クッキーは、チョコチップをちりばめたもの、苺ジャムを練りこんだもの、生姜パウダーを練りこんだものと三種類。小腹が空いていたかや乃は、遠慮なくいただくことにした。

用意された温かい蒸しタオルで手をぬぐい、いただきます、と両手を合わせてから、大好きなチョコレート味から口に運んだ。


「おいひい…」

一つ二つと口に入れる。

さらに、三つ、四つ…と、あっという間に皿の上のクッキーがなくなる。


「お気に召しまして?」

「はひ……んっ。」


ハーブティーを一口、ソーサーに置いて一言。


「ご説明、いただけますか?」



ーーー


車内から淡い明かりが灯る家々をボーっと眺めながら、今日起きた事、生徒会室における礼奈との会話を反芻する。


「お嬢様、お疲れですか?」

運転席の藤原がミラー越しに声をかける。

「大丈夫です、ありがとうこざいます。今夜のデザートは何ですか?甘いのもがすごく食べたい気分なの。」

「さようでございますか。本日は桜のシフォンケーキをご用意しましたが…足りないようでしたら、フランスの有名パティスリー直送のバニラアイスとサブレがごさいます。チョコレートのストックも充分ございますし、チョコレートパフェなどいかがでしょう?

和菓子でも良ければ、奥様用の仙年堂の大福もございますよ、奥様にはご内密にねがいますが。」

「全部美味しそうですね。お祖母様の大福だけは手を出すのはやめときましょう…」

かや乃の表情に少し明るさが戻る。

「お疲れになった時は甘いのもが一番でございますよ。今夜は道が渋滞しておりますれば、少しお休みになってくださいませ。」

「はい、そうさせていただきます。」


かや乃は霊力を使うと、糖質を著しく消費する。甘いものをリクエストしている時点で、霊力を消耗していることは藤原に見抜かれているだろう。

あえてそれ以上聞かない藤原に感謝しながら、目をつぶった。



ーーー


「先程は失礼いたしました。かや乃さんの力量がどの程度か知りたかったものですから。」

大きめのマグカップにブラックコーヒーを満たしながら礼奈は言った。


「かや乃さんの事は事前に耳にしておりましたが……期待以上でしたわ。あのコの威嚇動作には、恐怖フィアの効果がありますの。並みの霊能師では、その時点で動けなくなるか、気絶しますわ。」


(そーいえば、あの時一瞬体が強張ったな)

と思いながら、かや乃は話の続きを聞く。


「それに最後のはさすがにあのコも無傷では済まなかったでしょうし、私の結界も余波で破られそうでしたから。お止めさせていただきました。」

少しも悪びれる様子もなく微笑を浮かべる礼奈。

「あの魔獣…っていうか、生徒会長が使役している霊獣は何なんですか?」


低級の悪霊や妖怪が出没するとは聞いていたかや乃だったが、あれには驚いた。自身の奥義を出すところだったのだから。


「あのコはね、覇王家に代々仕えていますの。今は私と行動を共にしていますわ。大きな時と小さな時のギャップがたまらないのですぅ〜♪」

デスク横のベッドで丸まっているモフモフをうっとりと見つめる。顔を埋めて寝ているので、もはや黒くてフワフワした塊にしか見えない。

礼奈はかや乃に向き直り、

「この学校の事はお聞きになられてますでしょう?」

「はい、低級の魔物のようなものが出没すると。だから私の力が役に立つ、と聞いてきました。」


カナダで咲良の指導の元、自ら生み出す炎の使い方とコントロール方法を学んだ。それが型になった頃、日本の皐月から打診(…というか命令)があった。


「日本の高校に進学しましょう。」


正直カナダでの生活は楽しく、ここに永住しても良いと思うくらいでもあった。

だが、小さい頃から人に見えないモノが視え、それを燃やしまっくってさらなるトラブルを引き起こしていた…この力が役に立つと言われて興味を引かれたのだ。いわゆる悪霊や妖怪といった類に狙われたことは、両手両足の指を数えても足りないくらいだ。


コクっと一つ頷くと、礼奈は席を立ち窓越しに校庭をのぞみながら話し始めた。

「事の起こりは30年前だそうですわ。私も、もちろんかや乃さんも生まれる前の事ですから、聞いた話ですが。」


30年前の初夏、多摩地方を震源とする地震が東京を襲った。と、言っても震度は2弱程度で大きな被害は無かった。

当時は現在の2棟立ての校舎ではなく、1棟の大きな校舎が東向きに建っていた。地震の次の日からだ、この学校に異変が起こり始めたのは。


・閉めてかっえったはずの教室のドアが翌朝全教室開いていた。

・教室で飼っていた金魚の顔が次第に人間のような顔になってきた。

・消したばかりの黒板に気づくとよくわからない文字の羅列がびっしりと書き込まれていた(当時はまだ黒板が存在した)


……などからエスカレートし、霊感のある生徒には視え始めた。


・教室の窓から大きな男性の顔が中をのぞいていた

・着物姿の女性が廊下を何度も往復していた

・グラウンドでジョギングをしていた生徒が次々と転倒する事故が起こったが、直前に生徒の足首をつかむ手が目撃された


生徒に被害が起こり、ついに行方不明者がで始めた。


・下校した生徒が帰宅しない

・さっきまで喋っていた隣の席の同級生が、振り向いたらいなくなっていた


そしてただの神隠しではないと決定付けたのが、体育の授業でランニングをしていた時のことだ。30名ほどの男子生徒の内一人が見当たらないことに教師が気付いた。「途中でサボって抜けたのか?」と、あたりを見回していると、「たっ…助けてくれー!!誰かーっ!」と声が聞こえた先は、校舎の屋上だった。

フェンスを乗り越え、外側のヘリに両手で捕まり両足は宙に浮いている状態だった。


すぐに救出された生徒は、震えが止まらず保健室から決して出ようともせず、1人になりたくないと誰かしらの裾を掴み、どうしたのかと聞けば、思い出したくないと、ただただおし黙るのであった。

両親に迎えに来てもらい、その後一切登校することなく退学となった。


後日教師が話を聞きに行いっても部屋から出てこようとはしなかったが、両親には事の成り行きを話していたようで、母親は半信半疑ながら語ってくれた。


『ランニング中に急に景色が暗くなり、周りに人が一人もいなくなったそうです。地鳴りがしたと思ったら……グラウンドからたくさんの手が生えてきて、息子をを捕まえようとしたと。必死に逃げて、校舎に飛び込むと…今度は長い髪を振り乱しボロボロの着物を着た老婆や顔も目も口もない死装束の女が追いかけてきて……上へ上へと逃げていくと、廊下の途中に亀裂が見えたと。その亀裂の向こうからは強烈な光が差していて、ここが出口だと本能的に思ったそうです。』


「そして、その亀裂に飛び込んだら、屋上のフェンスにぶつかったそうですわ。外側から。落ちそうになった所を必死で掴むモノを探して…壁の出っ張っているヘリにしがみついたのだと聞いております。」

一旦、席に着き礼奈はコーヒーを口に含む。


「魔物の領域に囲い込まれたんですね。」

「ええ、彼ら…この学校に出没するモノ達は、人間を自分自身の結界内に取り込み、肉体ごと魂を取り込みます。ただの悪霊や妖怪にしては…力が強いモノも多く、明らかに何かの意志を持って行動しています。そういった所から私達は彼らを 妖者ようじゃ と呼んでおります。」

「その…妖者の意志とは?」


事前に聞いたより大きな話に少し戸惑いながらかや乃は問う。


「自らを閉じ込める封印を解き放つこと。それに邪魔な私達、霊能師を消し去ること。」

かや乃の目を真っ直ぐに見つめ、礼奈は低い声で言った。



事が人知を超えた現象だと判断した学校側は、当時国家資格となっていた『霊能師』に解決を依頼することにした。

国からは5名のチームが派遣され、その中にまだ20代だった現校長、壇道成の姿もあった。

土地に原因があるとふんだチームは、この周辺の歴史を調べた。


今から約150年前、そこは山々、田畑が広がるのどかな農村だったらしい。現在でもこの辺りは道が入り組んでおりアップダウンも激しい。

日本国内ではまだ内戦がたびたびおこるような時代だが、平和なその村の山の一部が、いつからか常に怪しげな雰囲気をかもしだし、瘴気を帯びるようになった。

興味本位で山に入った者は帰って来ず、その瘴気に引かれるように昼夜を問わず人の形をした人ならざるモノが周辺を闊歩するようになった。

日中、陽の光が当たっても山は暗く、雨が降れば流れ落ちる水は黒く、雪が降れば積もることなく溶けてしまう。

次第に山の下にあった畑は枯れ始め、田んぼの水は腐っていったのであった。


ある日、困り果てていたの村民の元に通りすがりの修行僧が訪ねて来た。


「嫌な気配を感じて立ち寄った。見たところ、あの山全体が一つの世界、異界となっているようだ。祓うには大き過ぎる。丸ごと封じるしかない。」

と語った。

村人は、しばしの宿と食事といくばかのお礼を約束して、僧に封印を依頼した。


「その山があった所が…」

神妙な顔で語る礼奈に

「この学校が建っている場所ということですね? 建ててはいけない土地に住宅を建ててしまうとか、ありがちな話ですが…なんでまた?」

ありふれたオチに半ば呆れ顔で尋ねるかや乃。


「そうなんですわ…その後関東大震災の影響で資料を紛失したみたいでして…この話も地元の古い方々に聞き込みを行ったのと一部残っていた資料をつなぎ合わせた結果ですの。ただ、その山があったところには村が存続したとのことです。

封印された土地の上に住んだ…監視目的もあったのでしょうが。何故そんな山が出来てしまったかも解らず終いですし。」


人差し指を立てて困り顔の礼奈は、立ち上がると再び校庭を見ながら語りだした。


「派遣された霊能師達は再封印を試みたらしいのですが、力及ばず…封印の構造を解明出来なかったことが原因だそうですわ。

結果、校舎を改築することで封印を強化しましたの。

この学校の校舎、体育館の作り、変わってますでしょ? この建物の配置や形自体が、封印を強化してますのよ。」

傾いた夕陽を背にした礼奈は、窓枠を撫でながらどこか遠くを見るように室内に目線を走らせた。

「でも、それでも妖者が出現するということは、封印が完全ではないということですよね? 弱まっている? 封印の源は何?」

かや乃は礼奈に尋ねながら自問自答し始める。


「それに関しは、ほぼ解明されてますわ。 少子化の影響もあるのでしょうね…。」

「少子化?…在学生の数が影響しているということですか? たくさん人がいればいるほど、力が強まるとか?

いや、重量で決まるものでもないか。」

と、安易な推測を打ち消すかや乃。



「半分当たってますわ。」.

礼奈は生徒会長用のデスクに両手を置き、俯く。

程なく意を決した様に顔を上げ、


「この封印は……この土地には……主に私達世代の未来がある希望に満ちた若者がいればいるほど効力を増しますのよ。」

とノンブレスで言い放つ。


しばしの沈黙。



「えっ……それって…じゃ、私達は…通っている学生…だけじゃなくて、一般開放されているエリアに出入りしている人たちも…」

かや乃は思わず言い淀む。



「ええ、生贄同然ですわ。」










すごく長くなってしましました〜。語りばっかですが、物語の核心にせまります。

次回はドンパチりまっせ!

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