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第2話 end of the world Ⅱ

南門を出るとすぐ、タキシード姿の藤原が直立不動で立っていた。春の夕暮れが街路樹を通して地面を茜色に染めている。


「お待ちしておりました。初日から大変でしたでしょう。さあ、お乗りください。夕食の支度ができております。」

後部座席に2人を促すと、藤原はすばやく運転席に乗り込み、車を走らせた。南門を右手にまっすぐ直進し、大通りを右へ。道路は夕方の混雑真っ只中で、停留所には駅へ向かうバスが2台連なっていた。


「藤原さん、今日は本当にごめんなさい。私のせいで一日のスケジュールを乱して、心配をかけてしまうなんて。」

「いえ、お嬢様が謝ることは何一つございません。お嬢様の体調を見抜けなかった、この藤原の落ち度でございます。今夜の夕食はスタミナのつくメニューに変えさせていただきました。

明日からは100%元気で登校いただけますよう、お作りさせていただきました!」


藤原さんのスタミナメニューと言えば……


比較的同年代と比べて食べる方のかや乃にとってもヘビーな料理が頭に浮かぶ。


「今晩はゆっくりと休みなさい。予定に無理がありましたね。あなたが住む部屋は手配済みですが、クリーニングが遅れているとのことで…来週には住めるようになるでしょう。それまでは当家で過ごしなさい。」


日本に戻る時点でかや乃が一人暮らしする事は決まっていたが、物件探しが難航しており、ギリギリになっていたのだ。


「はい、お祖母様、色々ご配慮ありがとうございます。荷物は最小限にとどめておりますし。あまりご迷惑はかけないと思います。」

かや乃は疲れもあってか、やつれ声で答えた。


雪葉ゆきは様の事はお気になさらずに、常にああいったお方でありますから。にしても、雪葉様も雪葉様でございます…いくらかや乃様の能力が秀でているからといって…」

「それまでよ、藤原。あなたの気持ちはわかりますが、これ以上の議論はかや乃を苦しめるだけ。」

皐月が冷静に諭す。

「はっ、で過ぎた真似を。申し訳ありません。今の時間、雪葉様たちは鍛錬中ですし、夕食を滞りなくすませましょう。」


学校から練馬区内の嶺岸家まで車で20〜30分ほど。近隣に某映画会社の撮影所を擁する町の一画に嶺岸家本家がある。

純日本風の家屋……と思いきや、生垣で広く囲まれた敷地内にレンガ貼りの洋風の家が建っている。三階建ての建物は中央に入り口、その上には半円形の出窓、左右にバルコニーが設置されている。大きな鉄門は電動で左右に開いた。


到着するころにはすっかり陽が落ち、4月特有の肌寒さを感じる。


一旦、屋敷前で皐月とかや乃を降ろすと、藤原は車を敷地内の駐車場まで走らせる。その間にかや乃は仮の部屋に戻り、部屋着用のワンピースに着替えてダイニングに向かう。途中、中庭をのぞむ廊下の窓から六角形の平屋がみえる。嶺岸家の修行場だ。

嶺岸家は代々、占いから悪霊祓いまで幅広く請け負う霊能者の家系だ。現在は大物政治家や大企業の社長、芸能人の相談役として日本社会を裏から支える一端となっている。


現在の頭首は嶺岸皐月だが一線を退いており、実際の運営や後進指導にあたっているのは皐月の長女である嶺岸雪葉だ。

嶺岸家の者だけでなく、日本全国から才能のある者を見出し、ここで嶺岸流の霊能師を育てている。

孤児院にいる時に「霊感少女」として有名になっていたかや乃を8歳の時に引き取ったのは皐月だ。

引き取られた当初は一門の弟子として優しく迎え入れてくれた雪葉だったが、かや乃が成長するにつれ、自分が育てた弟子達を大きく凌駕し始めた事を心良く思わなくなっていった。

決定打となったのが、思春期を迎え力の制御が出来なくなってしまったかや乃を雪葉は抑えきれなかった事。結果、結婚してカナダで暮らす次女、咲良の元に修行に出すことを決めたのは皐月だ。単にかや乃と咲良の相性が良いと判断しただけのことだが、家を出て好きな暮らしをしている妹の方に行ったのも面白くない。

三年ぶりに日本に戻ったかや乃に一瞥もくれず、修行場にこもっている始末だ。


(週末には引っ越すし…)

諦めのため息を深呼吸に変え、ダイニングの扉を開ける。


「失礼します。遅くなりました。」

「ほんま、遅いわ〜せっかくの料理が冷めてまうで〜。はよ席に着き〜!」

ダイニングは比較的こじんまりとしていて、6人がけのテーブルが一つ、あとは季節ごとに変わる花を生ける大きな花瓶や中世ヨーロッパ風の電話(置いてあるだけだ)、大きな山の絵が飾られているだけ。


そのテーブルの上にはこれでもかと様々な料理が準備されていた。練馬区内でその朝採れた野菜のサラダに、一羽丸々のローストチキン、根野菜のスープ(コレはかや乃の大好物だ)、魚介類をバルサミコソースで和えたディッシュなど。他にもたくさんの料理が所狭しと並んでいる。

皐月は既に着席していた。

そして皐月の隣には…


「マコちゃん!久しぶりね!元気だった?」

「元気やったで〜今朝まで雪はんとこの坊主どもの修行に付き合わされててん。やっと会えたな。」


マコちゃんの前には、鰹節とホカホカのご飯、デザート用のチューブに入ったおやつ……マコちゃんこと鯖虎さばとらの猫、マコルはよわい100年を越す猫又だ。十数年前から嶺岸家に入り浸るようになり、皐月に仕える霊獣となった。

普通の人間には1本の尾しか見えないが、かや乃達には、尾が2本に見える。

ちなみに「マコル」という名はフランス語で鯖を意味する"maquereau"から来ている。


「ささ、どうぞお座りください。」

給仕の藤原に促され、皐月の向かいに座るかや乃。

「さ、いただきましょう。」

皐月の一言で食事が始まる。昨晩は到着が遅かったし、朝から入学式があったのであまり話が出来なかった分、カナダでの生活や咲良の様子、学校の事など会話が弾んだ。

だが、気を失う前にあった事だけは少し記憶も曖昧で、話題にしなかった。



翌日も藤原に送られて登校した。嶺岸家のある練馬区から学校がある三鷹市まで、電車だと大きく迂回せねばならず、かなり時間がかかる。一人暮らしを予定しているマンションは学校の近所だ。車内に差し込む春の日差しは柔らかく、目に映るものすべてを輝かせる。


「ありがとう、藤原さん。帰る頃に連絡します。よろしくお願いします。」

「いってらっしゃいませ、お嬢様。」

藤原の一礼に見送られ、昨日と同じ南門から入る。

風間ヶ丘高校の授業は1枠が50分、午前中に3コマ、午後に2コマを基本とする。時間が短いのは、各自の予習、復習を前提としている他、タブレットを用いての個人学習が根付いているからだ。

かや乃は書いて覚えるタイプなので、ノートを持参している。


1年生の教室は南門から向かって右手、東棟と呼ばれる黒い校舎の3階と4階に渡っている。2、3年生は反対の西棟だ。

教室に入ると早速、相田鐘子と鈴木沙知子が話かけてきた。


「昨日は大丈夫だった? 突然私の膝に倒れこんできたからビックリしちゃった!」

「私なんか、悲鳴あげちゃって〜ただの貧血で良かった!」

「ありがとう、心配かけてごめんなさい。」


おしゃべり好きな2人に挟まれて、あっという間に1限目の時間になる。初っ端からかや乃の苦手な数学だ。

思わず出るため息を深呼吸に変え、授業に臨んだ。


--ー


放課後、鐘子と沙知子は2階のラウンジで勉強してから帰るとのことで、教室で分かれた。かや乃も誘われたが、昨日見て回るはずだった校内を見ていないので一人で探索したかったのだ。


「じゃあね!また明日!」

『また明日!バイバイ!』

2人の声は美しくハモる。


(将来、ディュオで歌手デビューとかいいんじゃないかしら?)

などと考えながら、教室を後にする。

東棟の1階は校長室や保健室、教員室などが並び、2階は学習用のラウンジだ。ちなみに西棟の2階も同じ作りのラウンジで一般開放もされている。メンバー登録を条件に利用可能で、近隣の大学生なども足を運んでくる。

西棟の1階はそんな学生のためにカフェやコンビニがテナントで入っているのだ。体育館も一般開放されているため、学校には警備員が常駐している。


(西棟は2年生や3年生がいるからな、とりあえずこの棟の上階から見てみよ。)

東棟の5階から上は特殊学習教室、音楽室や美術室などがあり、最上階の7階には生徒会室がある。

棟の端の階段をゆっくりと登り、踊り場に飾られた生徒による絵や書などを見て回る。この時間はほとんど他の生徒は残っていない。


教室の作りなどを覗いてみながら、上階へと登った。途中、6階から7階につながる踊り場で笛の音が聞こえた気がした。

一瞬止めた足を再び階段へと向け7階を目指して上を見上げた時、異変に気付く。

延々と登り階段が続いていた。校舎は7階が最上階のはずなのに。しばらく真面目に登り続けてみたが、当然7階に着かない。登るのを諦め廊下を歩き西棟に向かおうとするが、何故か元の場所に戻ってしまう。


(2日目でコレか〜結界内に閉じ込められたってわけね。)


腕を組みしばし考え込んだその時、廊下の向こうから足音が聞こえた。


チャッチャッチャッ


軽快に爪が床に鳴るかのような音、4足歩行なのは間違いない。その音は近づくにつれ、濁音が混じる様になり、終いには


ドッドッドッ


と明らかに重量を増した。


(ちょっとヤバみかしら? とりあえず上にっと。)


さらに階段を登り廊下を走る……


「ゲッ!!」

皐月が聞いたら間違いなく怒られる一驚の声を上げる。

目の前には、真っ黒の狼としか形容しがたい獣が鎮座していた。漆黒の剛毛に胸元だけ純白の柔毛を備えている。その頭は天井に着かんばかりの高さ、背中に生える翼は銀色に光り、その四肢先に太く鋭い爪を計20本備えている。


グゥゥゥッ!!


魔獣は後脚を立て、体を斜めにして威嚇の体制に入った。体が強張り、一瞬身動きが取れなくなる。


『もし自分の身に危険が及んだ時には、迷わず力を使うのよ。この指輪はその手助けをしてくれるわ。』


咲良の言葉がかや乃の心に語りかける。


「Oui! やってみるます!」

一気に膨れ上がるかや乃の霊力に応え、左手にはめた指輪の石が美しく紫色に輝く。


「Route de serpent(蛇の道)!」


掛け声とともに左手を床につく。そこから5本の青白い炎〜鬼火が蛇の形をとりながら床を走り抜け、壁や天井をもつたって魔獣へと迫る!

魔獣は銀翼を大きく広げ身を隠すように翼を展開する。炎の蛇は魔獣の四肢に絡み、翼ごと胴体に巻きつき動きを拘束する。

翼を広げて拘束を引きちぎろうとする魔獣。

そこへ


「Mai danse(燕の舞)!」


左手で空中に大きく炎の円を描くと、その中から燕の形をした炎が5つ、6つと飛び出し魔獣を襲う。

次々と燕が魔獣の身体カラダにヒットするが、強固な翼と剛毛に弾かれる。


(いきなりこんな強力なヤツに遭遇するなんて…聞いてないなぁ〜)


魔獣は咆哮を上げながら、蛇の拘束を今にも解かんと全身に力をみなぎらせる!


(一応、ココ、結界内なのよね? 校舎に多少影響するかもだけど…このままじゃやられる!)


意を決したかや乃は、両手のひらを合わせて前方へ伸ばす。右手を上、下に動かすとそれに合わせて炎が弓の形を取る。もう一度手のひらを合わせ、今度は左手をゆっくり引く。その動作に合わせて鬼火の矢が出現する。


「ハァァァァッ!!」


かや乃の気合いに合わせて全身から青白い炎が立ち上り、それは次第に人の形を取りながらせり上がる!


「アン・クゥ・ドゥ・シュ…」


必殺の一撃を放とうとしたその時



「そこまでっ!!」



どこからか澄み切った声が響き渡った。


「えっ? 何っ? どこ? 何で?」


疑問詞を、連発するかや乃。

集中力が切れ、炎は消失する。

すぐ戦闘中だった事を思い出し目の前を警戒するが……そこには何もいなかった。


そしていつの間にか……おそらく7階の廊下に立っていた。突然の出来事に呆然と立ち尽くすかや乃。その視界に黒くてモフモフしたものが入る。


「えっ? ポッ……ポメラニアン?」


かや乃の足元をくるくると尻尾を振りながら歩いているのは黒いポメラニアンだった。胸元だけ白い毛が生えている。黒ポメはさらに数回、かや乃の足元を回ると、付いて来いと言わんばかりにかや乃を振り返りながら廊下の先に進む。


(これは…どーゆーことっ?)


あまりの可愛らしい容貌に警戒心がとけ、思わず後を追う。


チャッチャッチャッチャッ♪


軽快な歩様で進む黒ポメは、程なくしてある扉の前で歩みを止めると、お座りの姿勢を取った。

かや乃をジッと見上げている。


「ココに入れって…こと?」

問いかけるかや乃に、一度立ち上がりクルッと回ると、再びお座りをする黒ポメ。

そのドアの横にあるのは「生徒会室」と書かれた看板だった。


(生徒会室? まさか……)


一度ためらい、意を決してドアを強めにノックする。


コンコンッ!!


返事は明朗で澄み切った声で返ってきた。



「どうぞ! お入りになって!!」





0話、1話と前置きが長くなりましたが、やっとかや乃の戦闘シーンまでたどり着きました。

次回は、主要キャラが続々と登場しますので、ぜひお付き合い下さい。

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