護衛の仕事には危機感を持て 弐
時代の都 第肆区
「待ち合わせ場は此処だな」
手に持つ手帳を見て、そう言う中岡。
その後ろには、緊張で固まっている直哉と、無表情、無口の小野の姿。
「ほ、本当に自分のような未熟者で警備は成り立つのでしょうか……!?」
先程から顔を青ざめさせ汗を流し、どことなくそわそわしている直哉に中岡は「大丈夫だ」と微笑む。
「重要人物の護衛とはいえども、中身は移動中の行動を共にするだけで良い。多少の緊張感は要るが、特に渋沢殿の場合はちょっとした話し相手になってくれればそれでいい」
「そんなものでいいんですか……?」
「……………」
ちらりと直哉が小野を見れば彼女と目が合った。
そして何やら手をせわしなく動かし始めた。
一見すれば何をやっているか分からないが、直哉はその手の動きに見覚えがあったようで、
「えっと……『そんなに心配しなくてもいい』……でいいんですか、ね………?」
「!」
「直哉、『手話』が分かるのか?」
小野がよく用いる、意思伝達の手段の一つ、手話。
耳の聞こえないしょうがいなどを持つ方々が用いるものでもある。
「前職の中にそういった補助系の仕事がありまして……。
自分も少しはまってのめり込んだ時期があって覚えました。
……まあ、そこは詐欺で責任者が捕まりましたけど」
「……本当に職運が無いんだな」
「……………」────“これからいいことあるよ”
「…………はい」
直哉が自虐的な笑みを浮かべて、空気が重くなる。
気を取り直して建物の中へと足を進める。
静かで歴史を感じる古い洋風の屋敷のような建物。壁と同化するように造られた時計や暖炉。飾りのある皿等の食器まで壁に掛けられていた。
「……ここって歴史の美術館かなにかですか?」
せわしなくキョロキョロと周りを見渡していた直哉が問う。
カツン、コツン、と靴の高い音が三つ分混ざって反響する。
「いや、此処はただの古ぼけた建物だ。内装は管理人の趣味らしい」
「趣味ですか」
落ち着かない直哉と違い、二人は此処へ何度か来ているのか平然としている。
「ああ、いたいた。おーい」
奥から男の声が聞こえた。張りがあり、低音の渋い声だ。
目を向ければ、灰色のスーツを着込んでいる老成した雰囲気の男性。
髪は黒く、短髪。柔らかい笑み。
「御無沙汰しております。渋沢殿」
「久しぶりだねぇ、中岡君。……あの風来坊君は元気かな?」
「えぇ、もう良すぎる程で困っていますよ」
「そうかそうか。あはは、久々に会いたいものだね」
「予定が空きましたら、是非寄っていかれて下さい。皆も喜びますので」
「うん、暇が出来たらお邪魔に行くよ」
片やにこやかに、片や苦笑気味に笑い挨拶を交わす二人。
渋沢と呼ばれた男性はふふ、と上品に笑い、ふと中岡の後ろへ目を向けた。
「やあ、小野君も久しいね」
小野は小さく会釈。
「もう一人は……」
直哉へも目を向け、頭にクエスチョンマークを浮かべた。海援隊のメンバーを思い出そうとしているのか、顎に手を添え、固まっている直哉をじっと見つめる。
「おや……。見ない顔だね……、新人かい?」
「は、はい! 志賀直哉と申します!」
ピシッと直立する直哉に彼はくすりと笑った。
「へぇ、志賀直哉君か……。何とも普通な一般人が入っているとは珍しい。今日が初仕事かい?」
「いえ、自分は数日程度職場で働いておりますが……」
直哉が戸惑い気味にそう言うと、渋沢は目を丸くする。
「おや、そうなのかい? 見た目と違って根性あるようで、何よりだ。どうだ?私の元で働いてみないかい?」
「え?」
今度は直哉が目を丸くする。
「渋沢殿?」
中岡も目を丸くしているとハハ、と渋沢は笑って手を振る。
「冗談だよ。龍馬君には返しきれないほど多大な恩があるし、私自身も自警団を敵に回すような行為はとても怖いから避けたい」
「(あの人、人脈広いよなぁ……)」
昔何やってたんだろう、と目の前の中岡の交渉を見ながら、直哉は無理難題を笑顔で押しつけてくる龍馬を頭の中で浮かべていた。
「目標の様子はどうかな?」
ある廃ビルの屋上で話し声がした。
一人は金髪黒目、二枚目、いや三枚目顔の男。服は見た目と伴いチャラそうな印象を受ける身軽な服。
「……ボディーガード………。護衛が五人に増えたな……。
あれも政府関係者か?」
もう一人は長い銀髪と黄金色の瞳を持つ女。白のトップスの上から紺色のカーディガンのようなスーツ。ズボンも少しヒラリとしたスーツパンツで、生地は少し薄そうで。
頭に深くかぶった藍色のマリンキャップと美しい顔立ちでクールな印象を与える。
チャラそうな男より若い女だ。
「さあ、どうだろう? それよりも四迷ちゃん、
双眼鏡貸してもらえる?」
「は? 自分の奴使えよ。後、オレの名前を気安く呼ぶな。反吐が出そうだ」
幼さの残る顔を歪めて睨む、四迷と呼ばれた女へと歩む男。
「いいじゃないか。僕と君の仲なんだしさ」
そう言って彼は彼女の肩を抱こうとしたが
「っ………!」
その彼の首元に一本のナイフがなぞられ、鋭い殺気が向けられた。思わず息を飲む。
「………いつオレがお前とそんな仲になったよ?」
気圧されている男に舌打ちをして、腕を荒く払って避け、ナイフを手慣れた動作で懐へとしまうと後ろを振り向く。
「作戦決行いたしますか」
金髪の男とは全く違う態度で、誰かへと話しかける。
「………増えた三人は強そうか」
屋上の大きなタンクの上にもう一人男がいた。
口元には笑み。ギラリと光る、血に飢えた猛獣のような、そんな目をした若い男が二人を見下ろしていた。
二人よりも静かで落ち着いた雰囲気だが、二人よりも遙かに禍々しい闘気が宿っている、そんな男。
金髪の男は顔を硬くしてその男を見上げるが、銀髪の女ははぁ、とため息をつけて答えた。まるでそう聞かれることが分かっていたように。
「さあ、どうでしょう……。
一人は大和撫子の少女、一人は気弱そうな青少年……」
ここまで聞いて男は外れだな、と心の中でため息をついた。
自らの欲求を晴らせない、獣のような戦闘意欲が彼の中に渦巻いていた。
男がいつも望んでいるのは強者との闘い。
己を滾らし、満足させ、全力で闘えるような、そんな強者との殺し合いを望んでいるからこそ、余計に飢えていく。
「ただ……」
「ん?」
全部がどうでもいいような、不服そうな表情で報告を続ける女を見た。
「もう一人はとてつもなく強そうでしたが。
和装をした黒髪の男で、腰には刀を差しています」
「刀……? ………刀か…!」
その一人の外見を聞いて、目を見開き、思わず笑みを止めることが出来なかった。
その人物は自分に記憶があり、強者だと認めている中の一人、
それでいて
まだこの世に存在している人間はさらに少ない。
「くくっ……。作戦決行だ……。四迷、伊奈」
姿は白いシャツ、第二ボタンまではだけていて、上着であるスーツは腰に巻いている。
「派手にやろうや」
タンクから飛び降りて危険な笑みで言う男に、金髪の3枚目は背筋を伸ばし、銀髪の少女は半目で息を吐いた。
「はいっ!」
「いつも派手でしょう、高杉さんが仕切ると」
「ちょっと四迷ちゃん」
「うぜぇ」
銀髪の女の態度に金髪の男はそれを咎め、彼女はそれを突っぱねる。高杉と呼ばれた男はふん、と鼻を鳴らした。
「文句があるなら構わねぇが?」
「大ありに決まってんだろ」
二人の間に殺気が交える。伊奈は冷や汗を掻き、後ずさった。
そして片方から殺気を消えた。
女が男から目を背け、手を振る。彼女の殺気が消えたのだ。
「……が、それもあの人が決めたことなら文句はねぇさ」
それにつられて男も殺気を消す。
「そうか そりゃ残念なこった 実力計ってやったのにな」
そう言ってくつくつと笑った。