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ヒステリー・パニック!  作者: シュガームーン
3/17

壱.自己を熱望せよ 壱

ピピピピッ  チュンチュン


「ん…………んぅ……………」

「起きんか少年」

「ンぶっ!?」


 春の暖かい日差しを受け、気持ちよく眠っていた少年の敷き布団ごと引きはがす男性。

 少年、志賀直哉は床へと激突。


「う……ぐ………、…っつう~……!」

「自堕落な毎日を送ると牛になるぞ」


 油断していたところで襲ってきた激痛に悶える直哉と、それを見てニタニタ笑う男、龍馬は少年を見下ろして話しかける。


「今日から初仕事なんじゃが?」

「…………、……………………そういえば!!」

「おう 起きた」


 初仕事、その言葉で一気に昨日の出来事を脳内でリピート。

 職を失った俺に少し、いやかなり心配な職を与えてくれた方がいる。

 目の前で意地の悪い、黒い笑みを浮かべている男の方…坂本龍馬さん。自警団である(知った時は思わず驚いた)。

 海援隊では隊長のような役割をこなす自称放浪者で……


「服を持ってきた。着てみろ」


 意外と気の利く良い方である、本当に。



 服は白い無地の長袖のインナーと上から羽織る為の薄い水色のパーカー。それと黒く、少しだぼっとしたズボン(後で聞いてみたところワイドパンツというらしい)を貰った。

 お礼を言うと屈託のない笑みを浮かべて、ヒラヒラと手を振って扉から外へと出て行った。


 ちなみに此処は、海援隊の事務所近くの小さなアパート。今まで貸して貰った所からすぐに引っ越した。

 まぁ、元から荷物も少なかったし、それにわざわざ引っ越さなくても良かったそうだが、此処は海援隊専用の所らしく、電気や水道代など以外はほぼ無料。


 即決で借りた。


「初仕事……かぁ……、よしっ」


 服を着替えた後、パンッ!と頬を挟むようたたいて、気合いを入れる。立ち上がり、外で待つ龍馬さんの元へと向かった。


 今日一日、しっかり頑張ろう。











 歩いて五分程度で着く、自警団の事務所。

 階段を上がり、直哉と龍馬は扉を開ける。


「おはよ───うおっ?」

「うぎゃっ!?」


 2人の目の前に何かが迫り、龍馬はしゃがみつつ直哉の膝裏を叩く。

 いわゆる膝カックン方式で直哉はしゃがみ、軽く前髪を擦っただけで、その何かに当たることは無かったが、地面に頭を強打。頭を抱え、涙目でゴロゴロと地面をのたうち回る結果となった。


 一方で龍馬は冷静で、ゆったりと立ち上がるとぽんぽんと着物をはたき、中の人物へと声を掛ける。


「朝から物騒じゃの」

「……や、すいません。調子のった」


 謝ってはいるが、声と表情は昨日と全く変わっていない平賀はポリポリと頬を掻いている。そんな彼に龍馬は笑う。


「構わん構わん。……ん? 直哉、お前………地面を転げ回ってどうした」


 なんとかダメージから回復した直哉は側の壁を伝ってヨロヨロ立ち上がって批難する。


「貴方が膝カックンするからでしょうが……!」

「あぁ、そりゃすまん。じゃが………

 吹っ飛ばされるよかぁ、ましじゃろうよ」

「“吹っ飛ばされる”?」


 何のことかさっぱり、というように龍馬を見て首を傾げれば、彼はにこやかに直哉の後ろを指差す。


 振り返れば、


「……………………ぅ……………ぁ……………」


 体を僅かに痙攣させ、うめく大柄の男がいた。


 ……“先程迫ってきた何か”とは人間これだった。


「………な、何ですか この人……………」


 奇妙な空間に思わず口が引きつっている直哉。龍馬と平賀は全く動じてない。


「まぁ大方…、自警団に恨みを持った奴じゃろ。仕事柄、恨まれる事は多いしな」

「いつもの事だし、気にしない方向で」


 出来ねぇよ……。


 心の中で大きく呟いた。

 部屋の中を見れば、杉田はいない。

 ふわぁ、と大きく欠伸あくびをする平賀と、無言で書類を整理している小野は、直哉を見て小さく会釈。

 つられて直哉も軽く会釈していたが、二人が平然としている様子を見て、一つよく分かったことがある。


 この異常な非日常が、もはや何も変わらない日常の一つと化している、と。


「(……俺、やっていけるかな………)」


 心の中で大きく呟き、ため息をつく直哉を、知ってか知らずか龍馬は笑いかける。


「安心せい。新人にゃ、そこまで過酷な仕事はほぼ与えん」

「つまり、少しはあるんですね……」

「そゆこと」


 思わず口をひくつかせる直哉を見て、龍馬はやはり朗らかに笑う。

 今日の仕事は大丈夫なのかを聞いておきたい、おきたくなった直哉は祈るように


「今日の自分の仕事は……?」


 龍馬に問う。


御主おぬしの初仕事は書類を届けに行くだけじゃが……。安心したか? ん?」


 この時 直哉はホッとすると同時に若干龍馬へイラッとした。


「書類ってなんの?」


 気になったのか平賀が問う。


「カールからな、仕事が終わったとさっき連絡が入ってな」

「(カール……さん?)」

「すぐ帰ってくるつもりだったらしいが、予定いっぱい楽しんでくるとじんがな。振り込みをやっておいてくれ、と」

「(誰だよ)」

「あぁ 観光名所だったっけ、あそこ」


 平賀は納得いったように相づちを打ってポツリと呟く。


「あの二人、本当に夫婦なのか疑いたくなるんだけどもねぇ……」

「仲ぁええじゃろうが」

「(夫婦!?)」


 よく分からない話に、更に知らない人が後2人程居ることに驚き、直哉はふとそういえば、と昨日杉田が2、3人程出張に行っていると言っていたことを思い出した。


「夫婦とか居るんですね」

「ん? あぁ、まぁな。そいつら意外に仲も良くてな」

「いやいや、能力の相性はそこそこ良いけどさ、カールサンは陳サンの性格に振り回されてるだけじゃない?」

ぬしぁ…陳に対して辛辣じゃなぁ」

「?……能力??」


 知らない意味の単語に思わず復唱する直哉に平賀と龍馬の二人は目を向ける。


「(え……。俺なんかおかしいこと言った?)」


 改めて頭の中で考えてみる。


 能力……

 良く聞く単語ではあるが、彼らが口にすると、どこか不思議な響きというか意味が違うような………


「………へ? 直哉クン知らないの? 異能のこと」


 目をパチクリさせる平賀は、直哉へと問う。彼はそんな平賀の様子に苦笑いする。


「………あんまり…………」




 異能いのう────

 ある一部の人間が通常とは大きく異なる特異的、超常的な能力に目覚める事がある。それが異能である。


「生まれた時から持ってる人も居るし、ある時を境に使えるようになった人も居るし……。まぁ、別に持っていようが持っていなかろうが気にしなくていいよ。異能を持っているからって強い訳じゃないし、持って無くても凄く強い人もいるし……」

「へぇ………」


 大まかに平賀から説明を受け、多少異能について理解した直哉。

 そこで思った疑問をぶつけてみる。


「お二人は異能はお持ちで?」

「一応な」「そこまで良いモンじゃないよ」


 朗らかに笑って答える龍馬に対して、平賀は気だるげに、どうでもよさげに答える。

 そんな2人の様子を見た後、視界に入った小野を見て口を開こうとすると


「小町も異能持ちじゃ」

「ついでに玄白サンもね」

「ア、ソウデスカ、ハイ」


 先回りされた。











「まぁ、簡単な仕事じゃけぇ、何も起こらんとは思うが一応な」

「助かります」


 カランコロンとゲタを鳴らして歩く龍馬と、書類の入った茶封筒をしっかりと持ち、苦笑する直哉。


 此処は第参区だいさんく

 一般市民が幸せそうに歩いており、平和な地区である。


 比較的にいちからさん区までは政府による警備がキチンとされており、テロはもってのほか小さなスリや窃盗ですらほぼ起きない。


 よんからろく区までは前者まででは無いが、その次に治安は良い。犯罪は何かしら小さなものから、時には殺人など大きなものまでほぼ毎日しばしば起きる。


 ななからきゅう区に至っては治安は断トツに、最も悪い。

 犯罪行為は日常的で、警備は全く行き届いていない危険区域である。


「そういやぁ、直哉」

「? はい、何でしょうか」


 龍馬はわずかに左後方を歩いている直哉へと話しかける。


「今までどんな職に就いとったんじゃ?」



 龍馬が以前直哉を助けた際、解雇クビ宣告を受けていた。一体どんな職に就いて、どうして解雇にされたのか、龍馬は気になっていたようだ。


「前職ですか? ……えっと、掃除会社でアルバイトの方を」


 意外にもまともな答えにほぅ、と相槌を打つ。


「して、何故解雇された?」


 まだ会って二日と経ってないが、彼自身は人付き合いは良さそうだし、思ったことははっきり口に出しつつ、かといって人の気持ちは考えきれるいわゆる善人。

 関係は無いが顔も良い。


「ああ、上司の方にバケツの水を思いっきりぶっかけてしまいまして」


 追加:意外にドジ。


 龍馬は解雇された理由に、直哉が見た目と性格に対していることに(いや相反してないのか?)驚く。


「まぁ………転んでぶっかけたくらい見逃してやりゃあいいんに」


 そうぼやくと直哉は冷や汗を垂らして視線を横へと逸らした。


 ………ん? 何か違うのか?


 龍馬が不思議そうに見ていたからか、直哉はどんよりオーラを放ちつつ口を開く。


「………正確に言えば、自分が故意にぶっかけたんです」

「……ん?」


 …………………故意?

 直哉の言ったことが一瞬理解できずに、そんな声しか漏れなかった龍馬。直哉は続ける。


「その上司は部下の人達にネチネチ文句ばっかり言ってて、さんざん言葉の暴力と体罰みたいなものまでしてて……。

 つい、カッとなって、ついでに一発殴ってしまって……」


 あはは、と渇いた笑いをこぼす直哉だが、顔の表情は自虐的で目は軽く死んでいる。


「……その前は?」

「介護施設の方を。ただ、いざ入ってみると老人に暴力暴言のオンパレードだったんで、地面に叩きつけて、床に埋め込んでやりました。

 ついでに今までの行いがばれて社会的責任?みたいな感じで営業が終わりましたね」


「その前」

「旅行会社で事務処理をさせて貰っていました。ここは簡単に言うならブラック企業で、社員は苦しい思いをして頑張っているのに社長や位の高い人は稼いだ金で極楽に浸っていまして……。

 これはかなりムカついたんで、上役会議の時に乗り込んで1人残らず血の海に浸してやりました」


 勿論、悪行がばれてつぶれましたけど、と語りながらどんよりムードの直哉。


 重い、とにかく空気が重い……


訂正:正義感が強く、なおかつよく言えば純粋、悪く言えば単純。そして悪が許せず、その性格の為で職業経験が豊富。


「つまり、あれじゃな。ぬしは職運が悪いと」

「……でしょうね。この仕事もあまり長続きしないかと」

「何を言うちょる」


 え、と直哉が龍馬を見れば、彼は心底意外そうな顔をして直哉を見ていた。


「儂がぬしを手放すと思うてか?」


 そう言うと龍馬はニタリと笑う。


「え、で、でも、」

「確かに御主おぬしの職運の悪さは最悪じゃ」

「う、」

「じゃが儂はその悪さにありがたく思っとるぞ?」


 突然の言葉に思わず目を丸くする。


「お陰で直哉と出会った」

「!」


 目を見開いた。

 今どんな顔をしているか分からないけど、相手は吹き出して、カラカラと笑っているから相当な顔をしているんだろうな……。




──────……なんか嬉しい


 心の底から暖かくなった気がした。

 先へと行く命の恩人の後ろ姿を、俺は小走りで追っていった。



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