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地球侵略マニュアル   作者: 野口マリック
8/8

其の八

毛は、剃っても太くならないそうです。

脛毛を剃ると、6%のエアロダイナミクスを得られるそうです。


ち○○を剃っても、子供には戻れないそうです。


 パラテラ卿は頭を抱えていた。

 人間の、あまりの精神力のなさに、だ。前まで三日三晩書物を渉猟し続けていたって、どうってことはなかったのだが、人間はそうはいかないらしい。目はショボショボするし、肩が凝る。気晴らしに伸びをしようと立ち上がれば、目眩が生じ、視界が塞がれるのであるから、さらに疲労が蓄積する。その悪循環だった。


 パラテラ卿は朝一番に女の家を出て、本という本を漁った。本屋や《こんびにえんすすとあ》たる雑貨屋を転々と練り歩いた結果、貸し本屋に行き着いたのである。


 地球における一般常識が自覚できるほど欠損しているパラテラ卿は、百科事典や図鑑を読み漁り、英語、和製英語も暗記した。昨日理解できなかった地球人達の言語は、この英語から来ているものらしい。感想としては、『よく26字だけで言語として成り立っていたな』である。だからか、一つの単語が10字以上なものもザラにあった。


 耳を澄ませながら歩くことで、パラテラ卿と見た目の若さが同程度の地球人の口調も把握した。男の一人称は基本的に《俺》。しかし、目上の人間には使わないと見えた。その場合は《僕》か、《私》。女は大概《私》。地球人は兎国と同じ縦社会らしい。辞典をそのまま引用すると、地球人はセクショナリズムに拘る。


 もう一つ分かったことがある。地球人は『マジ』『やばい』を多用する。『ヤバイ』には上向きな意味と下向きな意味と、両極の意味で使われるようだ。地球人の語彙力のなさからも感じられるデカダンスな生活に呆れたが、パラテラ卿としては覚えることが減って何よりだった。


 昨晩の件もあり、また不良共に絡まれやしないかと身を張り詰めていたが、割り方治安はいいのだと知った。地球人は平和ボケしているのかもしれないと考えると、地球侵略は存外円滑に進みそうである。


 パラテラ卿が頭を抱えている理由はもう一つある。こちらの理由は、また違った苦悩だった。

 それは、レファレンスサービスを利用し、紹介された一冊。《宇宙》と題された大きな図鑑のとある項。《月》に関する論述が6項に渡って解説されている。


 1ページまるまるを使った、真っ白な球体の写真の正体が兎国だと、ひと目でわかった。

 結界がしっかりと役目を果たしてくれているようで、宮殿のあろう位置はまっさらであった。


 パラテラ卿は、どんな内容が記されているのだろうとワクワクしながら文に目を通してみたのだ。

 ところが、最初の傲慢な一文が、パラテラ卿の、兎人の誇りを踏み潰した。


『月は、地球を中心とする衛星である』


 《衛星》。確かに、内容は正しい。しかしこの表現ではまるで、兎国は地球の属国であると、そういったニュアンスが込められているように感じる。彼らが兎人の存在を知らない以上当たり前なのだが、だとしても業腹だ。


「調子に乗りおって」

 胸糞が悪いからといって、本を閉じる訳にはいかない。地球人は兎国に関する情報を、どれだけ把握しているか知っておかねばならないからだ。

 眉間に皺を寄せながら、初仕事に取り組む自分をむりやり褒める。


 最初のページ除く5項に渡る記述を読んだところ、地球人は兎国の構造は把握しているも、そこに現地人がいようなどとは、果然思ってもいないらしい。


 関連要項に、《竹取物語》とある。何かの伝記だろうか。

 司書を呼びつけ、竹取物語を読みたいと伝えると、2箇所の棚に案内された。対応が丁寧で、良識ある青年といった印象だった。

 児童向けの絵本と、古びた古書を、いちおう両方手に取り、机に戻る。


 『今は昔、竹取の翁ありけり。……』

 

 随分と昔の作品と見た。過去の意味を表す《けり》など、パラテラ卿が産まれる前に死んでいる。

 最初は斜め読みしていたが、物語のさわりになると、そこには予想だにしていなかった結末があった。


 実は姫は天人で、彼女を迎えに来た天人と月に帰ってしまい、更には不死の薬を∣みかどに送りつけたとまで書いてある。まさかと絵本の方も開いてみた。


 そこには、雲に乗った女達が姫と思しき女を連れ去らんとしている絵とともに、『……こうして、ひめさまは月にかえってしまったのでした』と括られているさわりがあった。


 竹取物語は、兎国に伝わるにそっくりだったのだ。

 《消姫事件》という題で、著者はゼンダグ男爵。爵位においては最下だが、諧謔性に富んだ発想から、役人というより作家として著名だった。消姫事件は史実である。先代の王が彼に書かせたと知られている。

 竹取物語とは少々結びが異なり、結論を言えば地球人は話を盛っている。

 

 竹から産まれたというのは真っ赤な嘘だ。事実を述べると、相次ぐ反乱により滅亡の危機に瀕した王族は、せめて姫だけでも助かるようにと、地球へ送ったのだという。

 

 あらすじは∣扨措(さてお)く、1ヶ月足らずで人間が成長するなど、それこそありえない。


 先代の王は∣(みかど)に不死の薬など送っていない。彼への顔立てか、∣誣言(ぶげん)を構えている。

 姫を育て上げた翁とその∣(かか)に感謝の印として兎国へ招待し、王族の地位を授け、王居に永住させたらしい。ただ、その夫婦が10年足らずで他界してしまうなどとは、思ってもいないらしかった。姫は、80年足らずしか生きていないのに、と育ての親の早すぎる死を∣痛哭(つうこく)した。《消姫事件》は、そこで筆が置かれている。


 まさかとは思うが、時代背景は一致しているし、作者不明という点が怪しさを増長させる。 

 地球人は最古のフィクション作品と片付けている。竹取物語から兎人の存在が露呈するとは到底思えないが、一応報告書に記した。


 タゲェティブ大臣からの着信は未だにない。兎国であったら、情報網を駆使すれば行方不明者は翌朝になれば見つけられるのだが、まして異星となれば、蓋然性は全くの未知である。


 ニュービーン姫の安否が昨晩からの存念であった。もちろん自分の首が跳ねるのはもっと御免ではあるものの、精神的に幼い子供が∣艱苦かんくに耐えていると思うと、私はこんなところで読書に耽っていいのだろうかと、居ても立っても居られない。



 捜索を彼女に一任してばかりで、申し訳ない気持ちで一杯である。あの敏腕上司のことだから、地球の常識なんてものはとっくに学習し、うまく潜伏できていることだろう。彼女に関しては、さまで心配には及ばない。


 かつては、私利私欲のためにのみ頭を働かせる人間だと、∣見縊(みくび)った情もあった。然諾は重んずれど、犬馬の労を取って働くことなどまずありえない話であった。姫の捜索も、∣梟首(きょうしゅ)を恐れたが故の保身に過ぎないのならば、それこそ幻滅するが、そうではないと信じたい。

 

 時計を見ると、短針は来た時の真逆を向いていた。地面と平行の角度から、15時であると分かった。六時間も貸し本屋に籠っていたことになる。

「帰るか」


 隠れ家は昨晩焼けてしまった。今朝、事件現場を少し覗いてみたら、さてこそえらい騒動に発展していたので、そっと立ち去った。姫が失踪した原因でもある。


 だが、パラテラ卿はちゃんと寝所を確保しているのだった。住人の許可も取っている。


 買ったばかりのりゅっくさっくと言う両肩掛けの荷物入れにに筆と墨汁を放り込み、ちゃっくを閉め、立ち上がった。積み上げた本を元の棚に戻し、司書に会釈する。青年はどこに行ったのか、他に偽札製造器しか入れていないため、鞄の中はスカスカだ。


 自動で開く透明な両開き扉貸から身を出すと、寒風が身を嬲る。結界をまたぐソレより、ずっと違和感は大きい。突然の気温の変化に、身体が慣れることはないだろう。


 焼失した家には近づかないよう迂回して、女の家へ向かった。


 道中、手土産を携えた方がよろしいだろうと思い、朝訪れたコンビニエンスストアへ立ち寄った。自動扉を潜ると、モワッとした熱気が一瞬にして身体を包み込む。「いらっしゃいませー」と頭を下げた店員が、朝と変わっていた。変わっていないようにも見える。どちらにせよ、地球人の顔などいちいち憶えていられない


 地球の若者という若者がバリバリ食べていたお菓子を5個ほど籠に投げ入れ、『売り上げナンバー1!』と大袈裟に装飾が施された棚のカップラーメンも2つ籠に放った。食べ方は分からないが、容器の形状からして、蓋を開ければすぐ食べられるようになっているのだろう。


 『こちらにお並び下さい』の文字と靴底のマークが描かれた矢印に従って列に並ぶ。10人弱もの行列ができていた。

 

 前の女が何を買おうとしているのだろうと、抱えられた籠を覗きこんでいると、彼女は横を向いた。視界に入ってしまっては不審がられるので、さり気なく顎をさすりながら体の状態を戻した。女は掌大の何かを手に取り、前を向く際にこちらをチラッと盗み見た。4秒後、今度はおおっぴらに振り返った。


「あ、やっぱり。」

 ―誰だ。

 パラテラ卿が何と言おうか言い倦ねていると、被せるように喋りだした。嬉しそうに笑みを湛えている。

「昨日はどうもありがとうございました」


 ―なんのことだ。

 パラテラ卿は必死に記憶を辿る。如何せん、顔が分からない。

「お似合いです。……あれ、昨日と同じ服ですか」


 ―ああ、服屋の女か。

 やっと合点がいった。不潔がられると良くない噂を伝播されそうなので、「上着だけ」と言った。


「人でごった返すなか∣邂逅(かいこう)するなんて、世界は狭いものですね。これから食事ですか」

 この女から有益な情報を一つでも得ようと、話を繋いだ。


「かいこう……? ―そうです、これからお昼で……」

「私もです」

 

「なんだか、雰囲気がまるで違う」

 女は怪訝そうに言った。


「そ、そうでしょうか」

「あ、分かった、敬語。あー、やっぱり昨日のはキャラだったんですね」

「はぁ」

 どんどん脱線している。パラテラ卿は、自分に纏わる話がしたいのではないのだ。


「やっぱりすごい作り込みでしたね。異国の貴族のようでしたよ。コミケとか出られるんですか?」

  

 異国というか異星の貴族である。というより、貴族の風格が漏れ出ていたというのか。昨日は―と比較している位だから、今は一般人に溶け込めているのだろう。


「コミケ……は、出ないです」

「そうですか、失礼しました。……お昼はカップ麺ですか」


「ええ」

「他人の私がとやかく言う筋合いはないですけど、2個は不摂生ですよ。そのスタイルも台無しです」

 よく喋る女だ。だが、人間は食事に気をつければならないらしい。タイミングを見計らって、何を摂ればいいか聞く必要がある。


「いや、1つはぁ……その、友人に。手土産です」

「いいですね。こっちはフラれちゃいましたよ。私が声かけたら代引きが来るから無理とか言って。嘘っぽいですけど」

 女はくすっと笑った。


「何か理由あってなんでしょうね」


 女は頷いて言う。

「はい。だから深くは言いませんでした。いつも心配ばかりかける子でして。規則正しい生活を甘く見ているというか」


「規則正しい生活、ですか。ハハ、そういえば、私も疲れが溜まって仕方がない。睡眠が足りないのかもしれないです」

 

 地球人に睡眠が重要なのかどうか、些か賭けではあったが、女は「あ〜」と共感した。

「そうですよねぇ。寝不足も重なって、野菜も取れず。一人暮らしだと忙しくて色々面倒になって、つい手を抜いてしまうんですよね。師走というくらいですから、なおさらに」


 野菜、とは何だろう。まさか、あの毒のような緑の紙のことを指しているのか。

「野菜、全然摂れないですよね」

「サラダとかだと食材揃えるの大変ですけど、私はスムージーよく飲みます」


「スムージー……」

「はい。おすすめは、コレです」


 女は、籠からパックを取り出してみせた。

「ちょっと高いですけど、良いですよ」

「なるほど。私も同じものを取ってきます」


 幸い後ろに人が並んでいなかったので、素早くスムージーを取ってきた。


「おお、10個も!?」

 女は素っ頓狂な声を上げると、口をオの形に保ちながら、納得したように一人頷いた。


「どうされました?」

「いや何でもないです。あ、次私だ」

 女がカウンターまで歩くのを見送っていると、もう片方から声がかかる。

 会計を済ませ、店の外へ出ると、寒さが顔を締めた。どちらかと言うと、急激に冷え込む方が嫌いである。


 女はパラテラ卿を待ってくれていたらしく、「じゃあ、また機会があれば、感想聞かせてくださいとね」と言って、一礼して帰ってしまった。

 違和感が残る別れの言葉だが、これが地球人特有の建前というやつなのだろうか。確かに、言っている事が本心ではなくとも、両者が気持ちよく別れる事ができる方法である。


 リュックサックに詰め切れなかったスムージーを抱え、∣(かじか)む手を温めながら、女の家に到着した。


 昨晩は暗くて全体が見えなかったが、改めて見ると、とてもボロくさい建物だった。屋根の上で交尾している烏が、よりみっともなさを誇張させる。


 そのままもっと顔を上げると、真っ青で空虚な空が広がっていた。∣茫茫(ぼうぼう)としていて、それでいて蓋を被されたように閉鎖的な天井は、映す色こそ兎国と違えど、息苦しさはどこも変わらないような気がした。


 首が疲れたので俯く。頭上を見上げるより、ずっと多彩で、多様な情報が得られた。

 軋る階段を登る。

 今は地球の土にも、兎国の大地にも足を付けていない。しかし影は地面に張り付いている。その有様が、境涯に思えた。


 階段を登る自分が、地球から遠のいているのか、それとも兎国に近づいているのか。それさえも良く分からない。

どうも。ええ、まず、ストックありませんでした。ごめんなさい。


と、言うわけで、その8話です。いよいよ次回

、すれ違い続けたパラテラ卿と鎌倉寺詠子(れんそうじうたこ)が初めてまともな会話をしそうですね。僕がパラテラ卿の立ち位置だったら、多分警察に突き出されます。今話題のえん罪ってやつです。……いや、女性を全裸にしてる時点でえん罪じゃないですね。まあいいや、ではまた次回

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